本節では,わが国の金商法における強制開示制度である,企業内容の開示制度の現状を 概観する。発行市場における開示として,(1)金商法5条1項に基づく有価証券届出書7お よび(2)金商法13条に基づく目論見書が挙げられる。また,流通市場のための開示とし て,(3)有価証券報告書,(4)半期報告書または四半期報告書,(5)臨時報告書がある。さら に,わが国の場合,(6)証券取引所に提出される適時開示書類が重要であるのでこれも取り 上げる。情報が投資者に直接提供される直接開示および情報が財務局や証券取引所に提出 された上で公衆縦覧に供される間接開示という分類8に従えば,目論見書が直接開示に当た り,それ以外が間接開示となる。
6本稿では,社会の構成員の効用と社会厚生の関係を明示的に区別しておらず,議論が抽象的なも のに留まっている。社会厚生について,例えば,HalR. Varian, IntermediateMicroeconomics: A ModernApproach634–38 (8th ed. 2010).
7金商法5条1項に基づいて届出書を提出しなければならない外国会社に関して,平成23年改正 により,金商法5条6項は,外国会社届出書の制度を設けている。外国会社届出書の場合,証券 情報は,日本語である必要があるものの,発行者情報については,英語での記載が許容される。
証券情報については,投資者の投資判断に直接的に影響を及ぼす重要な情報であり,金融商品取 引業者が説明責任を果たす上で重要であるから日本語で作成されていること,また,発行者情報 については,投資者が適正に投資判断を行うためにはその情報が投資者の十分な評価の対象と なっており,その発行者の有価証券について市場において適正な価格形成が行われていることが 必要であると考えられることから,外国の法令等に基づき外国の市場において適正に開示されて いることを要求している。古澤知之ほか『逐条解説2011年金融商品取引法改正』99頁(商事法 務,2011)。
8龍田節「証券取引の法的規制」竹内昭夫ほか『現代の経済構造と法』490頁(筑摩書房,1975)
(投資者にとって間接開示よりも直接開示の方が便利ではあるが,(1)分量が多い場合に経済的な 限界がある,および(2)もとよりすべての情報の開示が不可欠でもないという理由で,間接開示 で済ませると述べる)。
第 1 款 有価証券の定義
有価証券の定義は,金商法の適用範囲を定め,規制が及ぶ範囲を画するという効果もあ る9。本稿との関係で言えば,ディスクロージャー規制の適用範囲を画するということにも 通じる。このため,本款では,有価証券の定義について概観する。
有価証券の定義は,金商法2条1項および2項においてなされている。
第1目 金商法2条1項
金商法2条1項各号は,有価証券となるものを列挙している。例えば,国債証券(1号), 社債券(5号),株券(9号)等である。同条1項各号は,証券または証書という物理的な 存在を前提とした規定となっている10。同項21号は,政令への権限の委任であり,「流通 性その他の事情を勘案し」,「公益又は投資者の保護を確保することが必要と認められるも の」について,政令で追加が可能になっている(金商令1条)。
第2目 金商法2条2項
金商法2条2項は,(1)同条1項で定められた証券または証書に「表示されるべき権利」, (2)電子記録債権法に基づく電子記録債権および(3)同条1項で列挙される有価証券以外の 権利について,有価証券とみなして金商法を適用する場合を定めている(金商法2条2項 各号)(以下「みなし有価証券」という)。同条2項各号は,証券または証書という物理的 な存在を前提としていない11。同条2項7号は,(1)みなし有価証券と同様の経済的性質を 有すること,(2)公益または投資者の保護を確保することが必要かつ適当と認められること 等を条件として,みなし有価証券について,政令で追加が可能になっている(金商令1条 の3の4)。
第3目 集団投資スキーム持分
金商法2条2項5号は,集団投資スキーム持分に関する定義として,包括的な定めをす る条項である12。集団投資スキーム持分は,民法上の組合契約等の権利のうち,出資者が 出資または拠出をした金銭を充てて行う事業(以下「出資対象事業」という)から生ずる 収益の配当または当該出資対象事業に係る財産の分配を受けることができる権利と定めら れる13が,幾つかの例外を置いている。
9近藤光男=吉原和志=黒沼悦郎『金融商品取引法入門〔第3版〕』27頁(商事法務,2013)(有価 証券概念と金商法の規制対象の関係について),藤田友敬『有価証券の範囲』証券取引法研究会 研究記録25号2頁(2008)。
10金商法2条第1項に定める有価証券は,原則として,講学上の有価証券の流通方法(指図証券の 裏書,無記名証券の証券交付)による流通が可能であるという性格がある。山下友信=神田秀樹 編『金融商品取引法概説』32頁(有斐閣,2010)〔山下友信〕。
11山下=神田編・前掲注(10)32頁〔山下友信〕。
12神田秀樹ほか「座談会新しい投資サービス法制」商事1774号9–10頁(2006)〔松尾直彦発言〕。
13法改正の際に参考とされた米国連邦証券判例であるHowey基準では,投資契約は「投資家が,投 資家の金銭を,投資家以外のプロモーターまたはその他の者の努力のみから利益を得る期待を もって,共同事業に投資する」と解釈されている。Sec. & Exch. Comm’n v. W.J. Howey Co., 328 U.S. 293, 298 (1946). 共同事業の形態には,水平的共同(horizontal commonality),広範な垂直的 共同(broad vertical commonality)および限定された垂直的共同(narrow vertical commonality)があ
例外として(1)出資者全員が,出資対象事業に関与する場合(金商法2条2項5号イ,金 商令1条の3の2),(2)出資または拠出をした金銭の額を超えて配当または財産のを受け ることがない場合(金商法2条2項5号ロ),(3)保険契約や共済契約等の権利(金商法2 条2項5号ハ)および(4)政令で定める権利(金商法2条2項5号ニ,金商令1条の3の
3,持株会の規定として同条5号および6号,定義府令6–7条)が定められている。例外
が置かれる理由として,(1)投資者としての保護が不要である,(2)投資性が乏しいおよび
る。SeeSec. & Exch. Comm’n v. SG Ltd., 265 F.3d 41, 49 (1st Cir. 2001).「水平的共同」は,事業 からの利益とリスクを分配するために,複数の投資家からの資産をプールすることを指す。See
id.わが国でHowey基準が言及される場合に,合同運用という用語が用いられる場合,水平的共
同を意味していると思われる。「垂直的共同」は,あるの投資家と一緒に投資する他の投資家の 利益や損失が対応するかではなく,個々の投資家と事業の運営を行う者との利益や損失が連動す るかに注目する。See id.その中でも,「広範な垂直的共同」は,全ての投資家の損得が事業の運 営を行う者(プロモーター)に依存することを要求する。See id.他方,「限定的な垂直的共同」
は,投資家の財産が,プロモーターや第三者の努力や成功に絡み合い,かつ,依存(interwoven with and dependent upon)することを要求する。See id. Howeyテストにおける共同事業(common
enterprise)の定義は各巡回区控訴裁判所で判断が異なっているが,最高裁判所での判断は,まだ
なされていない。SeeMordaunt v. Incomco, 469 U.S. 1115 (1985) (mem.).そこで,各控訴裁判所 の判断を検討すると,水平的共同を採用し,広範な垂直的共同および限定的な垂直的共同の判断 を明示的に保留する控訴裁判所として,第1,3,4巡回区合衆国控訴裁判所およびコロンビア特 別区合衆国控訴裁判所が挙げられる。SeeSec. & Exch. Comm’n v. SG Ltd., 265 F.3d at 50 & n.2;
Sec. & Exch. Comm’n v. Infinity Group Co., 212 F.3d 180, 187–88 (3d Cir. 2000),cert. denied, 532 U.S. 905 (2001); Teague v. Bakker, 35 F.3d 978, 986 n.8 (4th Cir. 1994).第2巡回区合衆国控訴裁判 所は,水平的共同を採用し,広範な垂直的共同を明示的に否定し,限定的な垂直的共同について,
明示的に判断を保留している。SeeRevak v. SEC Realty Corp., 18 F.3d 81, 87–88 (2d Cir. 1994).第 5,11巡回区合衆国控訴裁判所は,広範な垂直的共同を採用し,水平的共同および限定的な垂直 的共同を否定する。SeeSec. & Exch. Comm’n v. Koscot Interplanetary, Inc., 497 F.2d 473, 478–79 (5th Cir. 1974); Villeneuve v. Advanced Bus. Concepts Corp., 698 F.2d 1121, 1124 (11th Cir. 1983), aff’d en banc, 730 F.2d 1403 (11th Cir. 1984); Sec. & Exch. Comm’n v. ETS Payphones, Inc., 300 F.3d
1281, 1284 (11th Cir. 2002).第6,7巡回区合衆国控訴裁判所は,水平的共同を採用し,広範な垂
直的共同と限定的な垂直的共同を明示的に否定する。SeeCurran v. Merrill Lynch, Pierce, Fenner
& Smith, 622 F.2d 216, 222, 224 (6th Cir. 1980),aff’d on other grounds, 456 U.S. 353 (1982); Wals v.
Fox Hills Dev. Corp., 24 F.3d 1016, 1018 (7th Cir. 1994).第8巡回区は,現在のところ,何らの判示 も行なっていないようである。SeeTop of Iowa Coop. v. Schewe, 6 F. Supp. 2d 843, 852 (N.D. Iowa
1998).第9巡回区合衆国控訴裁判所は,水平的共同と限定的な垂直的共同を認めているように
思われるが,広範な垂直的共同に言及する判決は存在しないようである。SeeHocking v. Dubois, 885 F.2d 1449, 1459 (9th Cir. 1989) (en banc); Sec. & Exch. Comm’n v. Glenn W. Turner Enters., 474 F.2d 476, 482 n.7 (9th Cir. 1973); U.S. v. Sumeru, 449 Fed. Appx. 617, 620 (9th Cir. 2011).第10巡 回区合衆国控訴裁判所は,経済実質テスト(economic reality test)という独自の基準を用いてい る。SeeMcGill v. American Land & Exploration Co., 776 F.2d 923, 925–26 (10th Cir. 1985).水平的 共同および垂直的共同の両方を採用していないとも言えるが,経済実質が存在すれば,水平的 共同や垂直的共同が存在している事案について,共同性を認めているように思われる。SeeSec.
& Exch. Comm’n v. Merrill Scott & Assocs., Ltd., 2011 U.S. Dist. LEXIS 134010, *35–36 (D. Utah
Nov. 21, 2011). 集団投資スキーム持分は,合同運用を含む共同事業を要件としていない点で,
Howey基準とは違いがある。黒沼悦郎「金融商品取引法の適用範囲と開示制度」金法1779号11
頁(2006),黒沼悦郎「金融商品の種類」河本一郎=龍田節編『金融商品取引法の理論と実務』
14頁(経済法令研究会,2007),山下=神田編・前掲注(10)38頁注46〔山下友信〕。
(3)業法で手当するため14が挙げられる15。
集団投資スキーム持分は,包括条項であり,包括条項の導入に反対する意見として,明確 性に欠けるというものがあった。しかし,法令適用事前確認手続(日本版ノー・アクショ ン・レター)制度が創設されて,法の適用の有無については,以前より予測可能性が高まっ ていると指摘されている16。
投資商品について,(1)形式だけで規定できるもの,(2)形式に加えて実質で判断するも の,(3)実質でしか規定できないものの3類型に対応するために,金商法では,第一のもの について個別列挙,第二のものについて政令指定,第三のものについて包括条項で対応す るという方針であると言える17。
金商法は,有価証券を定義する際に,流動性を要件とせず,流動性の乏しい商品につい て,公衆縦覧型の開示に代えて相対型の情報提供規制を用いるという方向性を示したと理 解される18。
第 2 款 有価証券届出書
有価証券の募集および売出しは,発行者が,当該有価証券の募集または売出しに関し,
届出をしていなければすることができないと定められており(金商法4条1項)19,当該届 出は,有価証券届出書を提出することによって行われる(金商法5条1項)。
第1目 有価証券の募集
「有価証券の募集」の定義 有価証券の募集は,金商法2条3項において定義される。
同項は,まず,新たに発行される有価証券の取得の申込みの勧誘を「取得勧誘」と定義す る20。取得勧誘のうち,募集に該当するものは,第一項有価証券21と第二項有価証券22で個
14この点,(3a)確定金銭債権である社債と銀行預金について取扱いが分かれているが,ある投資対 象を金商法の適用対象とするかについての政策論的考慮が働いていること,および(3b)変額保 険・変額年金のように一部集団投資スキーム持分の定義を満たすものがあるだけであり,保険一 般が集団投資スキーム持分に該当するとは理解できないことが指摘されている。山下=神田編・
前掲注(10)39–40頁〔山下友信〕。
15黒沼・前掲注(13)14頁。
16神崎克郎=川口恭弘=志谷匡史『金融商品取引法』116頁(青林書院,2012)。
17黒沼悦郎「総論—改正の概要と背景」証券取引法研究会編『金融商品取引法の検討(1)』別冊商 事308号2頁(2007)。
18黒沼悦郎「金融商品取引法の将来像」上村達男編『企業社会の変容と法創造4企業法制の現状と 課題』230頁(日本評論社,2009)。
19他に,適格機関投資家取得有価証券一般勧誘(金商法4条2項本文,定義府令10条2項)およ び特定投資家取得有価証券一般勧誘(金商法4条3項本文)が挙げられる。
20「取得勧誘類似行為」として,定義府令9条で定められる行為も,取得勧誘に含まれる。金融商 品取引法2条3項柱書第1括弧書。取得勧誘類似行為として規制される行為のうち,重要なもの として,会社法199条1項の規定に基づいて行う自己株式の売付けの申込みまたはその買付けの 申込みの勧誘がある(定義府令9条1号)。有価証券の売出しとしてではなく,有価証券の募集 として開示規制を適用することが,投資者保護の観点から適切であると説明されている。谷口義 幸「『有価証券の売出し』定義の見直し等」商事1872号41頁(2009)。
21金商法2条1項に掲げる有価証券または同条2項により有価証券とみなされる有価証券表示権利 もしくは特定電子記録債券にかかるものをいう(金商法2条3項)。
22金商法2条2項により有価証券とみなされる同項各号に掲げる権利をいう(金商法2条3項)。