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市場の効率性の分類および適用の類型

ドキュメント内 目次 (ページ 74-97)

第 1 款 序論

前節までに,様々な効率性の概念を検討した。そこでは,効率性の概念は,様々な異同 が見られること,および法域によって適用される効率性に差異が見られることが分かる。

このような差異は,合理的なものであろうか。デラウェア州の裁判所は,効率性の概念に 内包する微妙な差異を,裁判所が理解した上で,判決を下しているように思われる。他方,

3365頁(2010)。

わが国の裁判所では,明文では,この点を明らかにしていない。このような違いは,肯定 されうるのだろうか。

本節では,まず,効率性の概念を分類し,次に,分類された効率性を適用する場面がど のような場面であるかという点を検討してみたい。本節での議論は,会社法および金商法 に関する事案の文脈で,市場価格や市場の効率性が利用される場面に関する試論であり,

議論は,例示的なものに留まっており,包括的なものとはなっていない。また,本稿での 議論は,市場の効率性の解釈に留まっており,実証的分析240,規範的分析や法政策の観点 からの分析241を欠いている242。これらは今後の課題としたい。

本節の議論は,次の順に進める。第2款では効率性の概念の分類を,第3款では分類さ れた概念の適用を扱う。第4款は小括である。

240Gretchen Morgenson,A Safety Valve for Dell Investors, N.Y. Times, June 23 2013, at BU1 (米国におい

て,(1) 1984年から2004年までの40件を対象とした研究で買取請求訴訟により決定された価格

が,中央値で買収価格へのプレミアムが50.2パーセントであったこと,および(2)他の1985 からの46件を対象とした研究で,買取請求により決定された価格が買収価格を下回ったものが 7件しか存在せず,買取価格へのプレミアムは,72パーセントであったことに言及する).

241例えば,飯田秀総「株式買取請求権の構造と買取価格算定の考慮要素(三)」法協1295986 頁(2012(株式買取請求権の存在は,買収側にとってコスト増大要因であり,買収価格を引き 下げる要因となりうること,ひいては買収対象会社株主の利益とならない可能性があることを 指摘する),飯田秀総「株式買取請求権の構造と買取価格算定の考慮要素(四)」法協1296 1255頁(2012(シナジーの分配により支配株主が企業価値を高めるような合併を実行する 誘因を損うことになるという学説を紹介する)。In reSynthes, Inc. S’holder Litig., 50 A.3d 1022, 1040 & n.83 (Del. Ch. Aug. 17, 2012) (Strine, C.) (Cavalier Oil判決を引用し,デラウェア州の株 式買取請求権では,少数株主が比例的に取り扱われ,マイノリティ・ディスカウントが適用な らない点について,支配株主がプレミアムを要求することを難しくさせるだけでなく,買主が 買収を行うことを制限すると指摘する。). また,柳明昌「株式買取請求権制度における『公正 な価格』の意義シナジー分配の問題を中心として」青柳幸一編『融合する法律学(上)』384 頁(信山社,2006)は,株式買取請求権におけるシナジー分配の文脈で,実際にどの程度の多数 派が詐欺的な手段による取引を行うか,効率的な取引を過度に抑制することなく,多数派の恣 意的な行動を抑えることができるかが鍵になると述べ,実証的分析および規範的分析の必要性 に言及している。例えば,Frank H. Easterbrook & Daniel R. Fischel,The Proper Role of a Target’s Management in Responding to a Tender Offer, 94 Harv. L. Rev. 1161 (1981) [hereinafter, Easterbrook

& Fischel,Proper Role]Alan Schwartz,The Fairness of Tender Oer Prices in Utilitarian Theory,

17 J. LegalStud. 165 (1988)等での主張を適用すると,規範的観点から,株式買取請求権が行使

された場合のシナジー分配価格の下限として本源的価値を認めることは,否定的に解されるし,

そもそも株式買取請求権では,ナカリセバ価格のみを認め,シナジー分配価格を認めるべきでは ないという結論になるように思われる。江頭憲治郎「裁判における株価の算定日米比較をまじ えて」司法研修所論集12260頁(2013(株式買取請求の文脈の公正な価格について,米 国では,シナジーを含めるべきではないという見解が相当根強いことを紹介する)。SeeFrank H. Easterbrook & Daniel R. Fischel,Corporate Control Transactions, 91 YaleL.J. 698, 709–11 (1982) (組織再編から生じる利益の分配を強制することで,(1)買収者が組織再編から利益を得ること ができなくなる可能性に言及する,(2)既存の株主が組織再編後の利益へのただ乗りを意図し て公開買付に応募しない(hold out)問題を生じうる,および(3)公正な価格が幾らになるのかを 事前に予期できないというリスクを買収者が負担しなければならなくなるという点を指摘する) [hereinafter Easterbrook & Fischel,Corporate Control Transactions].

242他に,不法行為に基づく損害賠償請求における損害額について,相当因果関係の範囲が市場の効 率性の議論によって限定されるか等,具体的な適用の場面に関する検討も不十分である。

第 2 款 効率性の概念の分類

第1目 序論

本款では,市場の効率性の概念の分類を試みる243。まず,情報効率性と基礎的価値に関 する効率性について述べる。その後,効率性の概念ではないが,重要な概念であるため,

本源的価値の概念を参照する。ここで分類した効率性(および本源的価値)の概念が,ど のような場面で利用されるかについて,次款で検討する。

第2目 情報効率性

情報効率性という用語自体は,様々な意味で用いられている。古い文献や著者によって は,情報効率性と基礎的価値に関する効率性の概念が峻別されていないことがある。また,

(1)情報効率性と(2)基礎的価値に関する効率性は重複する部分が存在することも確かであ る244

(1)情報効率性と(2)基礎的価値に関する効率性を分けて考える場合,情報効率性は2つ の基準で測られる。一方が,(1a)情報が市場価格に反映される速さであり,他方が,(1b)市 場価格に反映される情報量である。

情報効率性と情報が市場価格に反映される速さ (1a)情報が市場に反映される速さにつ いては,即時から時間を経て反映するものまで,様々である。完全な情報効率性が達成さ れる場合,情報が開示された瞬間に証券の価格に反映される。しかし,(1a-1)すべての情 報が即時に反映される市場という概念は,現実にはありえないだろう。他方,(1a-2)一般 の投資者が超過収益を得ることができない程度に効率的な市場245ということは,あり得る であろう246。そして,この「情報がある程度の速さで反映するために一般的な投資者が超 過収益を得られない市場」というものが,証券市場を分析する際に中心的な問題となる。

情報効率性と情報が市場価格に反映される量 (1b)情報が市場に反映される量について 言えば,そもそも(1b-1)弱度の効率性,(1b-2)準強度の効率性および(1b-3)強度の効率性 で反映される情報量が違っている。しかし,情報効率性の文脈で,市場に反映される情報 の量が問題になる場合,準強度の効率性を前提として議論されることが一般的であるため,

243本款における分析は,Marcel Kahan,Securities Laws and the Social Costs of Inaccurate Stock Prices, 41 DukeL.J. 977, 979–80 nn.11–12 (1992)において,情報効率性と基礎的価値に関する効率性が 言及されていたことを契機とする。

244E.g.Macey & Miller,supranote 66, at 1012–15.

245将来の価格が予想できないことが,論理的に市場が効率的であることを意味しないとの指摘があ る。SeeHilsenrath,supranote 6, at A1 (Yale大学のRobert Shiller教授は,価格が予測不可能であ ることが効率的であることを意味しないという点で,効率的市場仮説を採用する理論家が大きな 過ちを犯したと述べる). Shiller教授の指摘に従えば,超過収益を得ることができない程度に効率 的な市場という用語の使い方は,誤解を招くかもしれず,非効率的だが超過収益を得ることがで きない市場というべきかもしれない。Lo& MacKinlay,supranote 15, at 5 (価格が予想できないこ とは,市場が効率的なことを意味しないし,価格が予想できるからといって,市場が効率的では ないことを意味しないと述べる).

246即時に情報が反映しないとしても,一定程度の時間が経過すれば情報が反映される傾向にあると 述べるものもある。Ayres,supranote 63, at 975.

ここでは準強度の効率性を前提とする。この場合,一般に利用可能な情報が(1b-2a)すべ て市場価格に反映している状態が考えられる。これが最も効率的な状態と言えるが,すべ ての情報が反映しているということは,現実には存在しないであろう。次に,(1b-2b)一部 の情報が市場価格に反映していない状態が考えられる。一部の情報が市場価格に反映され ていないという状態は,情報が市場に反映されるまで時間が掛かるために一部の情報がま だ反映されていない状態と類似しており,かつ両者の状態は併存しうる。情報が市場価格 に反映していない場合といっても,その程度は重要な情報が反映しているという状態から,

重要な情報も反映されていないという状態まで様々であろう。また,前段落と同様,「ある 程度の情報が反映しているために一般的な投資者が超過収益を得られない市場」という状 態が考えられる。

第3目 基礎的価値に関する効率性

(2)基礎的価値に関する効率性の概念は,市場が情報を正しく値付けしているかを問題と する。基礎的価値に関する効率性を反映されている情報量に応じて分類してみたい。

一般に利用可能な情報 まず,(2a)一般に利用可能な(つまり,公表されている)すべて の情報が正しく値付けされている状態が考えられる。この状態は,一般に存在するすべて の情報をもとに証券に適切な客観的な価値が付けられた状態と言えよう。この概念は,客 観的な市場価格を問題とする場合に有用である。

発行者が保有する情報 次に,(2b)発行者が保有する情報を考慮に入れた上で存在しう る基礎的価値という概念が考えられる。実際は,発行者が有する情報がすべて市場に開示 されることはないため,これに基づく市場価格は,仮定のものであるが,会社の内部情報 を考慮に入れた上で存在しうる市場価格という概念が必要な場合には有用な概念と言えよ う。この価格は,現実には存在しえないために,効率性を云々する概念ではないように思 われるが,発行者が重要な内部情報を開示する旨の義務を課されていて,実際に当該重要 な内部情報が開示される場合には,特に有用であろう。

現存するすべての情報 次に,(2c)この世に存在するすべての情報を正確に考慮した上 で存在しうる基礎的価値という概念も考えられるであろう247。これは,この世に存在する 情報をすべて適切に値付けしたら得られるであろう証券価格ということになる。この価格 も現実には存在しえないが,基礎的価値の概念の中で最も真実の価値に近いものとなる。

第4目 本源的価値

最後に,(3)本源的価値または真実の価値がある。これは,将来に生じるすべてのキャッ シュ・フローを現在価値に割り引いたものと等しいと言える。例えば,2001年4月1日の 時点で地震が起きて,ある発行者の重要な工場が被災し,製品の製造が一年にわたり停止 するとする。地震が起こる前日における基礎的価値に関する最良の推定は,推定される将 来キャッシュ・フローを現在価値に割り引いたものであるが,割引率は地震が生じる可能 性を考慮したものとなるだろう。なぜなら,2001年3月31日の時点では,地震が生じる

247Kahan,supranote 243, at 979 n.11.

可能性があるという情報は存在するものの,翌日に地震が生じることを知る由もない(つ まり,翌日に地震が生じるという情報は存在しない)からである。他方,本稿において真 実の価値という用語を用いる場合,それは,2001年4月1日に生じる地震を考慮した上 で,2001年3月31日の時点で将来に生じるすべてのキャッシュ・フローを現在価値に割 り引いたものをいう。ここでは,将来に生じるすべてのキャッシュ・フローを知っている ことを前提としており,その意味においてこれは真実の価値とも言うべきものであり,か つ,現実には把握不可能なものである。現実には把握不可能ではあるが,開示制度の目的 はある意味において真実の価値の把握に努めるものともいうことができるので,本源的価 値または真実の価値の概念は開示制度の検討にとって有用な概念である。

基礎的価値に関する効率性と本源的価値を比較すると,基礎的価値に関する効率性とい う場合,情報の評価を「市場が」正しく行なっているか否かという点で,「市場」という 要素が介在しているが,本源的価値に関しては,このような市場の関与はない。ただし,

本源的価値をDCF等で算出する場合,算出する主体によって評価が変わる場合がある248。 その場合でも,本源的価値が市場によって算出されるということにはならないだろう。

また,本源的価値は,市場という要素が介在しないため,市場の効率性とは,違う次元 の概念である。しかし,前述の通り,会社の本源的価値という概念を措定することは,分 析において有用であると思われる。

第5目 小括

以上の概念をまとめると表2.1となる。なお,この表は市場の効率性との関係について 述べたものであり,価値論や評価手法については考慮していない。重要な点は,以下の3 点であろう。

• 情報効率性には,時間軸に基づく捉え方と情報量に基づく捉え方がある。

• 基礎的価値に関する効率性は,反映される情報量の程度が,一般に利用可能な情報 に限定される場合,会社の内部情報を含む場合およびすべての情報を対象とする場 合が考えられる。

• 将来に生じるすべてのキャッシュ・フローを現在価値に割り引いたものと等しいと いう考え方として,本源的価値または真実の価値がある。

第 3 款 どの効率性が考慮されるかに関する事案に応じた分類

第1目 序論

本款では,前款で試みた市場の効率性の分類を,どのように事案に当てはめるべきかに ついて検討する。まず,市場の効率性を考慮せずに株価を用いることができる事案を検討 する。次に,株式を評価する文脈で,情報効率性が考慮されるべき事案(公開情報を反映 した市場価格が用いられるべき事案)を検討し,次に基礎的価値に関する効率性が考慮さ れるべき事案(基礎的価値を反映した市場価格が用いられるべき事案)を検討する。最後 に,本源的価値との比較が求められる事案を検討する。

248例えば,所有者価値の概念について,関俊彦『株式評価論』184–185頁(商事法務,1983)。な お,価値の算出が客観的に行われるべきか主観的に行われるべきかは,対象となる法制度による。

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