• 検索結果がありません。

田吉 禎彦

(株式会社日本政策投資銀行 シンジケーショングループ長)

つの源流について、多くの読者の方には復習というこ とかもしれないが、簡単にまとめてみたい。

① リース・クレジット債権の流動化

まず、SFJ Journal の読者の方には馴染みの深いと 思われるリース・クレジット債権の流動化について述 べることとしたい。リース会社やクレジット会社は、

その性格上、多額の中長期資金を、しかも、低コスト で調達する必要があるが、それにも関わらず、かつて は資本市場からの調達が旧出資法により原則としてで きなかったため、その調達を銀行等からの借入等に頼 らざるを得なかった。そのため、資金調達の多様化は そのようなノンバンクの財務上の重要な課題であっ た。そういったニーズにより、当時、米国のノンバン クの重要な資金調達手段の一つとなっていた「証券 化」の我が国への導入が検討され、1993年に、旧特定 債権等に係る事業の規制に関する法律(特債法)が施 行され、我が国における本格的な証券化の契機となっ た。但し、有価証券としての国内資本市場での流通は、

1996年の国内 ABS(Asset Backed Security)解禁ま で待たなければならなかった。

② 売掛債権の流動化

我が国で企業の売掛債権が初めて証券化されたの は、1990年に当時の川崎製鉄(現 JFE スチール)が Citibank の ABCP プログラムを用いたのが最初と言 われている(福光寛「日本における資産証券化の展開

(上)」成城大學経済研究142,180頁)。当時は、ABCP を国内で発行することは認められていなかったため、

邦銀は、海外 ABCP 発行プログラムを作り、こういっ たニーズに応えようとした。その後、バブル崩壊によ る我が国での企業の業績悪化もあり、バランスシート のスリム化のニーズが高まり、こういった海外 ABCP プログラムを用いた売掛債権の証券化は、徐々に増え ていったが、ABCP の国内発行は、やはり1996年の 国内 ABCP 発行の解禁を待たねばならなかった。

なお、教科書的には、ABS と ABCP は長期か短期 かの違いと説明する向きもあるが、両者はビジネスモ デルとしても全く異なる用いられ方をされることが多 い(現に、長期債権を ABCP にてファンディングす ることも多く、また、売掛債権の ABS も量は少ない が存在した。)。オリジネーターの立場から言うと、

ABS は原則として直接アセットのクレジットで市場

に出て行くものである一方で、ABCP の多くは、銀 行の保有するプログラムを用いて、一部あるいは全部 に銀行の信用力を含めたファシリティを用いながら市 場に出て行くものである。また、その多くは、オリジ ネーターのネームが市場に出ることはない。従って、

オリジネーターにとっては、銀行さえ納得すれば、資 本市場へ出て行くより融通が効くため、その「練習」

的な利用法や、また、証券化の対象となる資産が積み 上がる前の「繋ぎ」としての利用法がある。銀行に とっても、銀行の信用力を用いるのであれば、何も AB「CP」にせずとも、銀行がダイレクトにリスクを 取ればよい。実際に、銀行のプログラムには ABCP だけではなく、ABL もある。つまり、ABS は資本市 場に直接売っていく証券会社のビジネスであり、

ABCP は、アセットのリスクを銀行が一部あるいは 全部を取りながら、CP でファンディングを行いつつ、

オリジネーターにファイナンスを付けていくという銀 行のビジネスモデルである。従って、ABCP を銀行 の 立 場 か ら 言 う と、 シ ン ジ ケ ー ト ロ ー ン や CLO

(Collateralized Loan Obligation:貸付債権担保証券)

といった市場型間接金融モデルに近いものがある(実 際に Basel Ⅱでは ABCP にかかる信用補完や流動性 補完のエクスポージャーは銀行がオリジネーターであ る証券化と同じ分類である。)。無論、銀行と証券会社 の垣根が低くなる中で、この違いも曖昧になっていく のであるが、この辺りを正しく理解していないと、な ぜ、 サ ブ プ ラ イ ム 危 機 に お い て SIV(Structured Investment Vehicle)を含めた ABCP プログラムが、

主要な舞台の一つとなったか、理解を誤る恐れがある だろう。

③ 銀行の貸付債権の流動化

1988年に BIS 規制が初めて導入されたのは、周知 の通りである。従来も銀行のアセットについては、大 口融資規制もあり、銀行法上も一応自己資本比率規制 もあり、また、日本銀行の窓口指導といったものもあ り、必ずしも伸ばし放題でいいというわけではなかっ たが、一律の国際的な数値基準として導入され、その 基準値が相応の努力を行わないと達成出来ないレベル であったということは、我が国の銀行に大きな影響を 与えた。

特に、従来は国内では殆ど考えられなかった貸付債

権を「売る」ということに手がつけられるようになっ た。周知の通り BIS 規制導入後の我が国は、バブル 崩壊を嚆矢とする「失われた20年」に入って行き、大 手邦銀は不良債権処理とそれに伴う自己資本対策に追 われることとなる。当初は実質的な銀行保証付き、買 い戻し条件付きで始まった「貸付債権の流動化」も BIS 規制対策上有効な売切り型に移行し、やがて、90 年代後半の大規模なバランスシート型 CLO 発行の時 代に突入する(ちなみに、CLO と言えば、長期の貸 出債権をベースとした債券形式のものを思い出す方が 多いかもしれないが、商業銀行の貸出は短期のものが 多く、信託受益権や ABCP を用いた短期のものも多 く発行されている。)。

なお、このような流れもあってか、BIS 規制の導入 は、当時、海外でプレゼンスを増していた邦銀を抑え るためのものだったということがよく言われるが、現 実としては、BIS 規制導入時は、米銀がラテンアメリ カ向け等の不良債権に最も苦しんでいた時期であり、

BIS 規制という観点でも邦銀より米銀の方が苦しかっ たはずである。そして、その苦しみが、彼らに「資産 回転型ビジネスモデル」への転換を促したのは周知の とおりである。米銀では、90年代の前半から中盤にか けて、自己資本対策に始まり、そのようなビジネスモ デルの転換という動きが出ていたのに対し、当時は体 力的にもまだ余裕があった邦銀の場合は、そういった 動きはもう少し先になったということである。

⑵ 証券化の離陸期(1996年〜)

以上、3つの流れをみてきた。証券化の歩みという と、上述の中ではノンバンクの証券化を中心に語られ ることが多いが、ボリューム的には、他の二つの方が むしろ、大きかったかもしれない。その意味では、そ ういった形での我が国証券化市場の解説は全体を捉え ていない。また、注目していただきたいのは、ノンバ ンクの場合は、純粋に資金調達の多様化のニーズから くるものも多かったが、他の二つは、銀行にせよ事業 会社にせよ、財務上のニーズ(自己資本対策やバラン スシートのスリム化等)から来るものも多かったとい う点である。90年代の後半は、銀行も事業会社も苦し んでいた時期であり、この点は、この時期に、いよい よ我が国の証券化市場が本格的に立ち上がって行く過 程の説明に付合する。これら証券化市場の立ち上がり

について、1996年の国内 ABS・ABCP 解禁やそれに 続く証券化関連法制(旧債権譲渡特例法や旧 SPC 法 等)の整備を背景とする向きもあるが、この時代は、

金融危機が訪れていた時代であり、銀行も事業会社も 業績が悪かっただけでなく、銀行からの資金も出な かった時代である。つまり、ノンバンクも証券化を利 用「せざるをえない」状況であった。確かに、一部の ノンバンクの資金調達の多様化のニーズは金融危機以 前からあったが、銀行や商社や大手メーカーの系列の ノンバンクも多く、これらは、もともとは、親会社の 信用力もあって、証券化に頼らずとも取引銀行や市場 から十分に有利な調達が可能であったと思われる。し かし、市場がタイトになり、また、そのような系列の ノンバンクは、連結ベースでの親会社の財務対策への 協力も必要となる中で、証券化を行わざるを得なかっ たところも多いと思われる。即ち、この時代は、銀行 も事業会社もその系列ノンバンクも独立系ノンバンク も財務対策あるいは資金調達の観点で証券化に「取り 組まざるを得ない」時代であり、銀行が資金供給でき ない以上、それは市場に出ざるを得ない。それが、急 速に市場を拡大させたということである。少し言い過 ぎかもしれないが、この時期に証券化市場が発展した 最も大きな要因は、「銀行」であったと言えるのでは ないか。

そうすると、確かに、90年代の後半は、我が国証券 化の離陸期であり、市場は急速に拡大した。しかし、

その背景は、上述のようなものであり、環境が変われ ば、即ち、企業や銀行の財務内容が回復し、また、銀 行も積極的に融資ができるようになれば、ニーズが激 減しても仕方のないような状況であった。ただ、現実 には、90年代後半の金融危機後も我が国の証券化市場 は伸びている。だがそれは、その中身が変質を見せて いるところに起因する。以下、それを見て行きたい。

⑶ 証券化の発展期(90年代後半からサブプライム・

ショックまで)〜サブプライム・ショック後

① 不動産の証券化

上述のように、我が国の証券化は金銭債権からス タートしたが、次には、不動産が対象とされた。当初 は、銀行の担保不動産のオフバランス化や、やはり、

企業のバランスシートのスリム化といった財務上の要 請から来るものが多かったが、次第に、不動産会社の