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江川 由紀雄

(新生証券株式会社 調査部長 チーフストラテジスト)

1 言い換えれば、ミシュランガイドの飲食店の星印などは本稿では取り上げない。金商法第2条は、「信用格付」を「金融商品又は法人の信用状態に関する 評価(以下この項において「信用評価」という)の結果について、記号又は数字を用いて表示した等級をいう」(一部省略)と定義する。もっとも、本稿 では、必ずしも日本の金融商品取引法の定義にも拘束されないこととしたい。

2 信用格付けとは言えないが、Henry V. Poor 氏が1850年代に American Railroad Journal の定期刊行を始め、1868年には、「マニュアル」を出版したとされ ている。19世紀終盤から20世紀始めに掛けての、格付会社および格付会社の創業者らの動向については、【参考文献】Sinclair[2005]の Chapter Two

(pp.22-27)を参照。

図表1 ACRAA(アジア信用格付協会)会員一覧(全30社)

国名 格付会社名

バングラデシュ Credit Rating Agency of Bangladesh Limited (CRAB)

Credit Rating Information & Services Limited (CRISL)

Emerging Credit Rating Ltd.

National Credit Ratings Ltd.

インド Brickwork Ratings India Pvt. Ltd.

Credit Analysis and Research Limited (CARE)

CRISIL Limited ICRA Limited

SME Rating Agency of India Limited インドネシア REFINDO Credit Rating Indonesia

PTICRA Indonesia

日本 Japan Credit Rating Agency Limited (JCR)

カザフスタン Rating Agency of Regional Financial Center of Almaty city (RARFCA)

韓国 Korea Investors Service, Inc. (KIS)

Korea Ratings Corporation (Korea Ratings)

NICE Investors Service Co., Ltd. (NICE)

Seoul Credit Rating & Information, Inc. (CCRI)

マレーシア Malaysian Rating Corporation Berhad (MARC)

RAM Rating Services Bhd

パキスタン JCR-VIS Credit Rating Co. Limited (JCR-VIS)

Pakistan Credit Rating Agency Limited (PACRA)

中国 China Chengxin International Credit rating Co., Ltd. (CCXI)

China Lianhe Credit Rating Co., Ltd.

ドイツに7社等としている文献もある。

ア ジ ア 開 発 銀 行 を 事 務 局 と す る Association of Credit Rating Agencies in Asia(ACRAA)には、

2012年9月末日現在で、13か国・30社の格付会社が加 盟している。日本からは、株式会社日本格付研究所

(JCR)のみが ACRAA に加盟しているが、中国から は5社、インドも5社、韓国は5社、バングラデシュ が5社等と、多数の格付会社を擁する国もみられる(図 表1)。なお、アジア諸国の全ての格付会社が ACRAA に加盟している訳ではない。たとえば、フィリピンに

は、前述の ACRAA に加盟している PhilRatings 以外 に、Credit Rating and Investors Services Philippines Inc.(CRISP)がある。

欧州にも格付会社の団体が存在する。European Association of Credit Rating Agencies(EACRA)と 呼ばれる、パリに本拠地を持つ団体だ。同団体のウェ ブサイトによると、ドイツ、ロシア、イタリア、ト ルコなどに本拠地を持つ格付会社11社が加盟している 模様である。

格付会社の新設や統合、廃業は、頻繁に起きている

3 http://www.defaultrisk.com/rating_agencies.htm 4 【参考文献】黒沢[2011]、pp.39-41

5 【参考文献】三井・野崎・有吉・大越・徳安[2011]、p.6掲載の「世界の格付会社」

6 ACRAA のウェブサイト http://www.acraa.com/ および ACRAA の事務局を務めるアジア開発銀行のウェブサイト http://aric.adb.org/initiativetable.php?

iid=108&ssid=2&title=Association%20of%20Credit%20Rating%20Agencies%20in%20Asia%20(ACRAA)(2012年10月1日アクセス)

7 ホームページ http://crisp.com.ph/

8 European Association of Credit Rating Agencies ホームページ http://www.eacra.fr/

と思われるうえ、格付会社に対する登録制などの規制 を導入している国・地域は少ない。このため、現存す る格付会社を漏れなく把握することは容易ではない。

そのうえ、そもそも格付会社の定義があいまいであ る。そうしたことを踏まえても、少なくとも、世界に は数十社から百社を超える数の多数の格付会社が存在 するということは言えそうだ。

格付会社は、かくも多数存在するということを強調 しすぎたかもしれないが、これには理由がある。筆者 は、本稿を執筆するにあたり、先行研究の確認の意味 もあり、格付けに関する文献をざっと眺めた。そうし たところ、格付会社が多数存在することを前提とした 議論がほとんど見られないことに気付いた。あたか も、ムーディーズとS & Pの2社のみ、あるいは、

これに Fitch を加えた3社だけが格付会社であるかの ように論じる文献は多い。

⑶ 日本における格付会社の導入

日本では、1984年5月の日米円ドル委員会報告書に おいて、「大蔵省は、将来においてユーロ円債の適債 基準が両国の指導的な格付機関の格付によって置き換 えられ得るならば、このような格付制度の採用に向け て検討を行なうことになろう」とされたこと、および 同年12月の社債問題研究会(事務局は経団連)の『新 たな格付機関の設立に向けて』において、格付機関の 設立が提唱されたことを受け、1985年4月に株式会社 日本格付研究所および株式会社日本インベスターズ サービスが民間の金融機関等の共同出資により設立さ れた。同時期に、1970年代から日本経済新聞社の社内 組織であった日本公社債研究所が分社化し、株式会社

となった。また、1985年から86年に掛けて、ムーディー ズが在日現地法人を設置し、IBCA(現在のフィッチ の前身の1社)およびS & Pが東京に事務所を設置 した。こうした一連の動きが、日本における「格付会 社」の始まりだと位置づけられよう。なお、「格付会 社」の設立に先立ち、1970年代から、日本経済新聞社 の内部組織であった公社債研究会と、「三國債券情報」

で知られる三國陽夫氏が率いる三國事務所が格付けを 行なっていた。

日本では、「格付会社」は、当初より、適債基準に 格付を利用するといった、政策的目的に沿った形で設 立されたことが確認できよう。当局主導で、民間主体 が出資する民営の株式会社として、2社の格付会社

(JCR とR & Iの前身の1社である NIS)が1985年4月 に設立されたのである。歴代の JCR 経営トップ(社長)

は、大蔵省(現在の財務省)出身者のポストとなってい る(本稿執筆時現在)ことは、こうした格付会社設立 の経緯を背景としているものと筆者は推測している。

米 国 の 大 手 格 付 会 社( ム ー デ ィ ー ズ、 S & P、

フィッチ等)は、1960年代までは発行体から手数料を 収受することなく、出版物の購読料を主な収益源とし ていたところ、1969年に、スタンダード&プアーズ

(S & P)が地方債の発行体に対して格付手数料を請 求し始めたことを皮切りに、1970年代には一般的に発 行体から格付手数料を収受するようになり、格付手数 料が格付会社にとっての主な収益源となった。一方 で、日系格付会社は、1985年の設立当初より、起債者

(発行体)から格付手数料を収受するビジネスモデル を採用した。ただし、日系格付会社は、設立直後は、

試験的に無償で格付けを行っており、実際に格付手数

9 たとえば、【参考文献】森田[2010]、pp.67-75

Dagong Global Credit Rating Co., Ltd (Dagong)

Shanghai Far East Credit Rating Co., Ltd. (SFECR)

Shanghai Brilliance Credit Rating & Investors Service Co., Ltd.

フィリピン Philippine Rating Services Corporation (PhilRatings)

スリランカ RAM Ratings (Lanka) Ltd.

台湾 Taiwan Ratings Corp. (TRC)

タイ TRIS Rating Co. Limited (TRIS)

注:社名は英文表記による。2012年9月30日現在。

出所:ACRAA http://www.acraa.com/

料を請求・収受し始めたのは1987年頃だと筆者は推 測10している。

適債基準とは、起債関係者(一部の銀行と証券会社)

が定め、運用していた社債発行の資格要件であり、

1980年代においては、純資産額、純資産倍率、自己資 本比率等の数値基準が用いられていた。証券取引審議 会の提言を受け、1987年に適債基準に格付けが採用さ れ、1988年には格付け要件以外の基準が大幅に緩和さ れた。適債基準は、1996年1月に廃止された。

大蔵省は、1992年、企業内容等の開示に関する省令 の改正および証券会社の自己資本規制通達の省令化に 伴い、指定格付機関制度を導入した。適債基準が廃止 された1996年には、有価証券届出書等の発行開示書類 に指定格付機関から取得した格付の記載が義務付けら れた。指定格付機関制度は、2010年一杯まで存続した。

なお、1983年から格付け事業を営んでいた三國事務 所は、2009年12月末をもって廃業した。三國事務所は、

大蔵大臣または金融庁長官から指定格付機関とされた ことはない。バーゼルⅡの導入に備え、2006年以降、

金融庁は、銀行等の自己資本規制に用いることができ る「適格格付機関」を、期間を区切って指定する「適 格格付機関」制度を導入した。三國事務所は、適格格 付機関となることもなかった。三國事務所が格付け事 業を廃業した2009年は、改正金商法によって格付会社

(信用格付業者)の登録制が導入されることが決まっ た年11でもあった。こうした、制度や規制とは距離を 保ち、格付手数料を徴収することなく、投資家に対し て情報提供をするユニークな格付会社は、日本では淘 汰12されてしまい、いまや存在しない。

⑷ 信用力または信用リスクと格付け

格付会社各社共通に、格付けは、信用力が高い(信 用リスクが低い)ものに、高い等級を、そうではない ものに低い等級(格付け)を付与する体系となってい る。格付けの定義は、格付会社によってバリエーショ ンがある。各社各様の格付けの定義や格付けに関する 説明資料は、格付会社各社のウェブサイト上で簡単に

見つかる。

たとえば、ムーディーズ・ジャパン株式会社は、「長 期格付」を「当初の満期が1年以上の金銭債務の相対 的な信用リスクに関する意見である。この格付は、金 融債務が約定通りに履行されない可能性を示す。格付 にはデフォルトが発生する確率と、デフォルト発生時 の金銭損失の両方が反映される」と説明する。言い換 えれば、デフォルト確率だけではなく、デフォルト発 生時の損失の規模も考慮して、評価がなされるという ことを言いたいのであろう。

株式会社格付投資情報センター(R & I)は、「発 行体格付」を「発行体格付は、発行体が負うすべての 金融債務についての総合的な債務履行能力に対する R & Iの意見です」と説明し、「長期個別債務格付」

を「個々の債務等が約定通りに履行される確実性につ いてのR & Iの意見です。長期個別債務格付は、債 務不履行となる可能性に加えて回収の可能性(債務不 履行時の損失の可能性)も評価します。そのため、発 行体格付を下回る、または上回ることがあります」と 表現している。

スタンダード&プアーズ・レーティングズ・サービ シズ、スタンダード&プアーズ・レーティング・ジャ パン株式会社、及び日本スタンダード&プアーズ株式 会社は、「発行体格付け」を「債務者が債務を履行す る総合的な能力(信用力)についてのフォワードルッ キングな意見を示すものである。発行体格付けは、債 務を期日通りに履行する債務者の能力と意思とに焦点 を当てたものである」と解説し、「個別債務格付け」

については、「この意見は債務を期日通りに履行する 債務者の能力と意思を評価するものであるとともに、

担保や劣後性など、債務不履行に陥った場合の最終的 な支払いに影響しうる条件を評価する場合もある」と 説明する。このように、現状、日本では、格付会社に よって、格付けの説明や定義が異なっているというこ とに着目しておきたい。

なお、インドでは、2011年に、インド証券取引ボー ドが発表したガイドライン13に沿って、インドで活動

10 文中の記述は、筆者が複数の業界関係者から聞いた話を元にしている。

11 三國事務所の格付事業の廃業と、信用格付業者登録制導入との間に、理論的または実証的に直接の因果関係を立証できないため、このような表現とした。

12 発行体から手数料を収受しないことを原則としている格付会社としては、米国の Egan-Jones Ratings Company が挙げられる。また、一般的に格付会社と して認知されているかどうか不明であるが、やはり発行体から格付手数料は収受せず、財務指標のみを元に数理モデルを用いて(言い換えれば、「アナリ スト」を雇わずに)格付けを行なっている RapidRatings の名称で格付け事業を行なっている会社(現在の本拠地は米国であるが、ニュージーランドとカ ナダで創業)もある。