NEA trialLEA trial
1. 運動・トレーニングがヘプシジンの分泌応答に及ぼす影響
運動がヘプシジンの分泌増⼤を引き起こすことを⽰した初期の研究として、Roecker et al.
(2005)の報告が挙げられる。この研究では、⼥性スポーツ競技者を対象に、マラソン実施翌 朝に尿ヘプシジン濃度が⾼値を⽰したことを明らかにした(Roecker et al. 2005)。この研究以 降、スポーツ競技者における鉄⽋乏の発症の要因の⼀つとして、ヘプシジンによる鉄の吸収 阻害が注⽬されてきた。関連する先⾏研究の結果を概観すると、⼀過性の運動後には⾎中や 尿中においてヘプシジン濃度が上昇すること、また、⾎中および尿ヘプシジン濃度の上昇は、
運動後3〜6時間にかけて顕著に⽣じるものと考えられる。⼀⽅で、習慣的なトレーニング の継続 (習慣的な持久性トレーニング)がヘプシジンの分泌応答に及ぼす影響には不明な点 が多い。また、鉄⽋乏が頻発する持久性スポーツ競技者においては1⽇複数回のトレーニン グが⽤いられるが、この際のヘプシジンの分泌応答も⼗分に検討されていない。さらに、ト レーニング時における栄養摂取状況の相違がヘプシジンの分泌応答に及ぼす影響について も検討することも必要である。そこで、本博⼠論⽂では、スポーツ競技者における運動・栄 養介⼊がヘプシジンの分泌応答に及ぼす影響を5つの研究課題 (研究課題1〜5)を通して検 討した。
横断研究として実施した研究課題 1 では、⼤学⽣⼥⼦陸上⻑距離選⼿と同年代の⼀般⼥
⼦学⽣における安静時の⾎清ヘプシジン濃度および鉄代謝関連指標に違いがあるか否かを 検討した。その結果、安静時の⾎清ヘプシジン濃度は、⼥⼦陸上⻑距離選⼿が⼀般⼥⼦学⽣
に⽐較して⾼値傾向を⽰した。また、⾷事調査の結果、⼥⼦陸上⻑距離選⼿は⾷事からの鉄 の摂取量が有意に⾼値を⽰した⼀⽅で、⾎清鉄濃度およびTSATは有意に低値を⽰した。若 年⼥⼦スポーツ競技者 (球技、瞬発系種⽬)と同年代の⼀般⼥⼦における安静時の⾎清ヘプ シジン濃度を⽐較したSandström et al. (2017)の研究では、若年⼥⼦スポーツ競技者は⾎清ヘ プシジン濃度が有意に⾼値を、⾎清鉄および TSAT は有意に低値を⽰した(Sandström et al.
2017)。⼀般に、鉄代謝を反映する指標としては、⾎清鉄やフェリチンが知られている。し かしながら、⾎清鉄には⽇内変動がみられることに加えて、炎症に伴い減少する⼀⽅で溶⾎
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に伴い増加することから、⾎中濃度の解釈には注意が必要である(Aguilar-Martinez et al. 2005)。
この点で、研究課題 1 の⼥⼦陸上⻑距離選⼿において⾎清鉄濃度が低値を⽰したことは、
⽇々のトレーニングに伴い炎症や溶⾎が⽣じ、ヘプシジンが上昇した結果によると推察さ れる。また、慢性的なヘプシジンの増加が鉄⽋乏の発症リスクを増加させている可能性が⽰
された。
⼀⽅、研究課題 1 では異なる集団間 (⼥⼦陸上⻑距離選⼿、⼀般⼥⼦学⽣)で鉄代謝を⽐
較する横断調査であったことから、⽇々のトレーニング量の相違が⾎清ヘプシジン濃度に 及ぼす影響を明⽰することはできなかった。そこで、研究課題2では⼥⼦陸上⻑距離選⼿に おけるトレーニング量の変化が、⾎清ヘプシジン濃度を中⼼とした鉄代謝関連指標に及ぼ す影響を検討することを⽬的とした (縦断研究)。その結果、⽉間でのトレーニング量 (⽉間
⾛⾏距離)が増加するトレーニング期 (鍛錬期)において、⾎清ヘプシジン濃度の有意な上昇 が認められた。この際に、⾎清ヘプシジン濃度と⽉間⾛⾏距離との間に正の相関関係はみら れなかったが、トレーニング期では鉄⽋乏 {⾎清フェリチン濃度 < 20 ng / mL(Reinke et al.
2012)}に該当する選⼿が、通常の練習期と⽐較して増加していた。これらの結果は、試合 期におけるテニス選⼿では⾎清ヘプシジン濃度が上昇した研究(Ziemann et al. 2013)や、7⽇ 間連続のトレーニングに伴い尿ヘプシジン濃度の有意な上昇を報告した研究(Sim et al.
2014)の結果とも⼀致するものである。また、トレーニング量の増加に伴う慢性的なヘプシ ジンの増加は、鉄⽋乏の発症と深く関連している可能性を⽰唆するものと考えられる。なお、
持久性スポーツ競技者では⼀般に 1 ⽇複数回のトレーニングを実施するが、これまでに実 施された先⾏研究の多くは単回の運動の影響を検討したものである。そこで、研究課題3で は、⼥⼦陸上⻑距離選⼿における 1⽇ 2 回の持久性トレーニングに対するヘプシジンの分 泌応答をレプチン (エネルギーバランスの指標)の変化と関連づけて検討することを⽬的と した。その結果、早朝に実施した1回⽬の運動後、午後に実施した2回の運動後に⾎清ヘプ シジン濃度はそれぞれ⼤きく上昇した。また、驚くべきことに、⾎清ヘプシジン濃度の上昇 は翌朝においても依然として認められた。さらにこの際、⾎清ヘプシジン濃度とレプチン濃 度の間には有意な負の相関関係が認められた。これらの結果は、1⽇2回実施する持久性ト レーニングが⾎清ヘプシジン濃度を終⽇にわたり上昇させること、また、ヘプシジンの分泌
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増⼤には負のエネルギーバランスが影響している可能性を強く⽰すものである。
持久性種⽬におけるスポーツ競技者では、⽇々のコンディション維持をねらいとして鉄 サプリメントを摂取する例は珍しくない。また、⼥⼦陸上⻑距離選⼿を対象にした研究課題 2では、トレーニング期 (鍛錬期)において鉄の摂取量が増加しており、16名中7名の選⼿
が鉄サプリメントを利⽤していた。このように、持久性トレーニング時の鉄サプリメントの 摂取がヘプシジンの分泌応答に及ぼす影響は興味のあるところである。そこで、研究課題3 では、3⽇間連続でのトレーニング期間中における中程度の鉄サプリメントの摂取が、ヘプ シジンの分泌応答に及ぼす影響を検討することを⽬的とした。またこの際に、持久性スポー ツ競技において⽤いられるトレーニング形態を模倣するために、1⽇2回の持久性トレーニ ング (1 回あたり75 分間のランニング運動)を負荷した。その結果、3⽇間連続での持久性 トレーニングのみでは安静時のヘプシジン濃度は変化しなかった。その⼀⽅で、トレーニン グ期間中に鉄サプリメント (24 mg/⽇)を摂取した場合には、安静時における⾎清ヘプシジ ン濃度の有意な上昇が認められた。この結果は、従来からスポーツ競技者の間で⽤いられて きた鉄サプリメントの⽇常的な摂取は、鉄⽋乏の予防の⽅策として必ずしも最適でないこ とを⽰唆するものと解釈できる。
研究課題 5 では、運動に伴うヘプシジンの分泌増⼤の要因を明らかにすることを試み た。持久性スポーツ種⽬のトレーニング現場では1⽇に複数回練習を⾏うことが多く、この ことはエネルギー摂取量がエネルギー消費量を下回るLEAの状態を引き起こし、ヘプシジ ンの分泌増⼤を誘発していることが予想される。したがって、持久性トレーニング時におけ るEAがヘプシジンの分泌増⼤に関与しているものと考えられた。上述の仮説を検証するた めに、研究課題5では男⼦陸上⻑距離選⼿を対象に、LEA状態で3⽇間連続の持久性トレ ーニングを負荷し、ヘプシジンの分泌応答を検討した。またその際、⾻格筋内のグリコーゲ ン量を測定し、ヘプシジンの分泌増⼤との関連についても注視した。その結果、3⽇間連続 での持久性トレーニングをLEA状態で実施した場合には、筋グリコーゲン量がトレーニン グ開始前に⽐較して約30 %低下し、⾎清ヘプシジン濃度は有意に上昇することが明らかと なった。
先述したように、⼀過性の運動後3〜6時間にかけて、⾎中ヘプシジン濃度は⼤きく上昇
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する(Peeling et al. 2009a, b, c, 2014, 2017; Sim et al. 2013)。そのため、研究課題3、4、5にお いても、運動3時間後に採⾎を⾏い、⼀過性の運動に対するヘプシジンの分泌応答を検討し た。その結果、⼥⼦陸上⻑距離選⼿を対象にした研究課題3では、1回⽬のトレーニング3 時間後、2回⽬のトレーニング3時間後の時点で⾎清ヘプシジン濃度はいずれも有意に増加 した。さらに、1 ⽇2 回の持久性トレーニングを実施した研究課題4では、2 回⽬のトレー ニング 3 時間後の時点で⾎清ヘプシジン濃度は有意に上昇したが、鉄サプリメントを摂取 したFe群においては、ヘプシジンの分泌増⼤の程度が亢進していた。研究課題5では、エ ネルギー摂取量を調整することで異なるEA条件 (LEA 条件またはNEA 条件)を設定し、3
⽇間連続での持久性トレーニング後のヘプシジンの分泌応答を⽐較した。その結果、いずれ の条件においてもトレーニング 3 時間後の時点で⾎清ヘプシジン濃度は上昇していた。さ らに、研究課題4では、鉄サプリメントを摂取した群で、研究課題5では、NEA条件と⽐
較してLEA条件で⾎清ヘプシジン濃度の分泌応答の増⼤を認めた。これらの結果から、ト レーニング時における栄養摂取状況の違い (鉄摂取量、エネルギー摂取量)は、ヘプシジン の分泌応答に強く影響を与えるものと推察される。
研究課題4 および5 においては、3 ⽇間連続での持久性トレーニングがヘプシジンの分 泌応答に及ぼす影響を検討した。これまでの先⾏研究の⼤半は、⼀過性の運動後における⾎
中ヘプシジン濃度の変化を検討したものである(Peeling et al. 2009a; Peeling 2010; Badenhorst et al. 2014)。これに対して、⻑時間の運動を連⽇実施した際のヘプシジンを中⼼とした鉄代 謝の変化は⼗分に明らかにされていない。Sim et al. (2014)は、7⽇間連続でのトレーニング が安静時の尿ヘプシジン濃度を有意に増加させることを報告した(Sim et al. 2014)。また、
McClung et al. (2013)は、7⽇間連続での冬季トレーニング (4⽇間の軍事トレーニング、3⽇
間のクロスカントリースキー)が安静時の⾎清ヘプシジン濃度を有意に上昇させたことを認 めている(McClung et al. 2013)。さらに、トレーニング強度の増加および期間の延⻑は、スポ ーツ競技者における⾎清ヘプシジン濃度を上昇させた(Karl et al. 2010; Ziemann et al. 2013)。
⼀⽅で、研究課題4におけるCON群 (3 ⽇間連続での持久性トレーニングを鉄サプリメン トを摂取せずに実施する条件)および研究課題5のNEA条件 (運動のエネルギー消費量に⾒
合ったエネルギーを摂取する条件)においては、トレーニング期間を通して安静時における
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⾎清ヘプシジン濃度の有意な上昇は認められなかった。この結果の相違には、本研究で⽤い たトレーニング期間 (3⽇間)が先⾏研究 (7⽇間)と⽐較して短いことが影響している可能性 は否定できない。トレーニングの現場ではトレーニング量やトレーニング強度を1〜2週間 にわたり意図的に増加させ、その後の回復期間中に運動パフォーマンスの向上をねらいと する場合もある。したがって今後は、⾼頻度での持久性トレーニングをより⻑期間 (1〜2週 間程度)にわたり継続した際のヘプシジンを中⼼とした鉄代謝の変化を検討する必要があろ う。
ヘプシジンは⽇内変動を有し、その⾎中濃度は早朝に低下を夜間に⾼値を⽰す。また。
Schaap et al. (2013)は、成⼈男⼥に対して経⼝鉄 (65 mg)を摂取した際の⾎清ヘプシジン濃度 の応答を検討しているが、鉄摂取の有無に関わらず⾎清ヘプシジン濃度は⽇中に上昇し、⽇
内変動がみられている(Schaap et al. 2013)。また、Peeling et al. (2009)は、運動条件と安静条件 における尿ヘプシジン濃度の推移を検討した。その結果、安静条件においても尿ヘプシジン 濃度は上昇し、⽇内変動の存在が改めて確認された。しかし、この研究では、運動 3 時間 後にヘプシジンの上昇が有意に亢進し、この値は安静条件での同⼀時刻の尿ヘプシジン濃 度を⼤きく上回るものであった(Peeling et al. 2009a)。したがって、⼀過性の運動後にみられ る⾎清中や尿中でのヘプシジン濃度の上昇の程度は、⽇内変動による上昇の程度を⼤きく 上回り、運動刺激に伴うヘプシジンの分泌増⼤を反映していると解釈することが妥当であ る。さらに、本博⼠論⽂における各研究課題では採⾎時間を統⼀しており、条件間でヘプシ ジンの分泌応答を⽐較する上で、⽇内変動の影響は無視できると考えられる。
本研究ではいずれの研究課題においても、ランニング運動を⽤いた。これは、多くの持久 性種⽬におけるトレーニング現場ではランニング運動が多⽤されることによるものである。
ランニング運動時には⾜裏への機械的刺激により溶⾎が亢進し、このことがヘプシジンの 分泌を増⼤させることが指摘されている(Miller et al. 1988)。⼀⽅、Sim et al. (2013)は、男性 持久性スポーツ競技者を対象に、異なる運動条件 (ランニングおよび⾃転⾞運動)での運動 に対するヘプシジンの分泌応答を⽐較した結果、運動後 3 時間の時点でのヘプシジン濃度 には、条件間で有意差が認められなかった(Sim et al. 2013)。したがって、本研究によって得 られた知⾒は、ペダリング運動などその他の運動様式や負荷様式を⽤いた条件にも適⽤で