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NEA trialLEA trial

2. ヘプシジンの分泌動態に影響する要因

運動に伴う鉄⽋乏の発症は、⾷事による鉄摂取量の不⾜やトレーニング時の発汗に伴う 鉄喪失(Brune et al. 1986)、⾼強度運動に伴う消化管からの鉄の吸収阻害(Stewart et al. 1984)、

⾜裏への衝撃に伴う⾚⾎球の破壊 (溶⾎)(Miller et al. 1988)が主な要因とされてきた。これら に対して、本研究では持久性トレーニング実施時におけるEAの相違がヘプシジンの分泌応 答に及ぼす影響に着⽬した。ヘプシジンは、体内 (⾎液中)での貯蔵鉄量の恒常性を維持す るために、肝臓より産⽣される。したがって、運動後にヘプシジンの分泌が増⼤する⽣理的 意義としては、運動に伴う溶⾎などの影響で循環⾎液中の体内の鉄量が急増することに対 して、恒常性を保つことが考えられる。

これまでに、ラットに対する薬剤投与によるランニング運動後の⾎漿 IL-6 濃度の上昇抑 制は、肝臓におけるヘプシジンのmRNAの発現を減弱させることが⽰されている(Banzet et al. 2012)。本博⼠論⽂では、持久性トレーニングによる翌朝の安静時のヘプシジンの分泌応 答への影響する要因を検討するため、安静時の⾎漿 IL-6濃度と⾎清ヘプシジン濃度の関連 を検証したが、いずれの研究課題でも関連はみられなかった。この要因として、測定のタイ ミングが挙げられる。研究課題1〜4においては運動直後に⾎漿IL-6濃度を測定することが できなかった。これまでの先⾏研究で、運動直後にIL-6が増加すること、1⽇2回の運動で は、1回のみの運動に⽐較してIL-6の増加は亢進することが明らかとなっている(Ronsen et

al. 2002)。このため、運動直後に⾎中IL-6濃度を測定した場合には、その後に⽣じたヘプシ

ジン濃度の上昇との間に関連がみられたかもしれない。これらに対して、運動直後に⾎漿

IL-6 濃度を測定した研究課題 5 においては、⾎漿 IL-6 濃度と⾎清ヘプシジン濃度との間

に有意な正の相関関係が認められた。したがって、本研究においても、⼀過性の運動後に⽣

じたヘプシジンの分泌増⼤には、運動に伴うIL-6 の産⽣増加が少なくとも部分的には関与 していると考えられる。その⼀⽅で、Peeling et al. (2017)は、運動3時間後のヘプシジンの 分泌増⼤は⾎清フェリチン濃度、運動前の⾎清鉄濃度と運動直後の⾎漿IL-6濃度の3変数

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から77.4 %を説明できることを指摘している(Peeling et al. 2017)。そのため、本研究でみら

れたヘプシジンの分泌増⼤には⾎漿IL-6 濃度の上昇以外の要因も関与していると解釈する ことが適切である。

筋グリコーゲン量が減少した状態での運動は、肝臓における糖新⽣を促進させるため IL-6の増加を助⻑させる(Steensberg et al. 2001; Pedersen 2009)。これらの背景を踏まえて、運動 前または運動中の炭⽔化物の摂取は、運動後におけるヘプシジンの分泌を抑制する可能性 が指摘されてきた。しかし、75 %AEVEAOR2maxR に相当する⾛速度で90分間のランニング運動中 20分ごとに炭⽔化物 (糖質を6 %含む溶液を体重当たり3 ml)を摂取させた研究では運動後 のヘプシジンおよびIL-6濃度の変化に影響は認められなかった(Sim et al. 2012)。さらに、⾼

強度間⽋的運動 (85 %AEVEAOR2maxRに相当する負荷での3分間 × 8回のランニング運動)を実施し た直後に炭⽔化物 (炭⽔化物を1.2 g/kg 含む飲料)を摂取する条件(運動終了直後、2時間後 ごと)または運動終了から間隔をあけて摂取する条件 (運動終了 2、4 時間後ごと)を設けた 研究においても、ヘプシジンおよび IL-6 濃度の変化に条件間の有意差はみられなかった (Badenhorst et al. 2015b)。⼀⽅、Badenhorst et al. (2015)の報告によると、筋グリコーゲン量を 低下させるための運動を⾏った後に低炭⽔化物⾷ (3 g/kg)または⾼炭⽔化物⾷ (8 g/kg)を摂 取させた場合、低炭⽔化物⾷を摂取した条件では翌⽇に実施した運動直後のIL-6および運 動3時間後のヘプシジン濃度がいずれも増加した(Badenhorst et al. 2015a)。このように、炭

⽔化物 (糖質)のヘプシジンの分泌抑制に対する効果は、現時点では⼀致した⾒解が得られ ていない。しかし、これらの研究の限界点として、運動に伴う筋グリコーゲン量の減少の程 度が定量されていないことが挙げられる。これに対して、研究課題5では、EAの異なる状 況下での 3 ⽇間の持久性トレーニング期間中の筋グリコーゲン量の推移を評価することが できた。Pasiakos et al. (2016)は、4⽇間にわたる軍隊でのトレーニングに伴う⾎清ヘプシジ ン濃度の増加が、エネルギーバランス (エネルギー摂取量と消費量から評価)と負の相関関 係を⽰すことを認めている(Pasiakos et al. 2016)。同様に、研究課題3では、1⽇2回の持久 性トレーニング後の⾎清レプチン濃度と⾎清ヘプシジン濃度の間に有意な負の相関関係を 認め、ヘプシジンの分泌増⼤にはエネルギーバランスが関係している可能性が⽰された。さ

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らに、研究課題5では、3⽇間連続の持久性トレーニングに伴い、LEA条件では2⽇⽬〜4

⽇⽬ にかけて筋グリコーゲン量の減少と⾎清ヘプシジン濃度の上昇が併発した。これらの 結果は負のエネルギーバランスや体内 (⾻格筋)における貯蔵グリコーゲン量の低下が持久 性トレーニングに伴うヘプシジンの分泌増⼤の⼀因であることを⽰唆するものである。⼀

⽅で、研究課題 5では筋グリコーゲン量が 2⽇⽬で低下しているが、この時点でヘプシジ ンの上昇は確認されておらず、両変数のタイムコースは完全には⼀致していない。また、筋 グリコーゲン量の測定は、主に早朝の空腹安静時のみであり、⼀過性の運動に対する筋グリ コーゲン量の低下の程度を評価したものではない。そのため、今後はLEA条件でのトレー ニングに伴う筋グリコーゲン量の⼀過性の変化を検討する必要があろう。また、研究課題5 では、3⽇間連続での持久性トレーニングを実施したが、⾎清CK濃度には条件間で有意差 はみられなかった。したがって、筋損傷の程度は、NEA条件とLEA条件におけるヘプシジ ンの分泌応答の違いに影響していないと考えられられる。

2016 年にカナダ栄養⼠会とアメリカスポーツ医学会から発表された栄養と競技⼒向上に 関する⾒解では、⾼強度・⾼容量のトレーニングを実施する場合、⾼炭⽔化物を摂取するこ とが重要であること、特に1⽇1〜3時間の中〜⾼強度の運動では、体重あたり6〜10 gの 炭⽔化物を摂取することが望ましいことが指摘されている(Thomas et al. 2016)。また、運動 に⾒合った適切なEAは⾝体の健康や⽣体機能を維持する上で重要であり、減量など体組成 を変化させることが⽬標の場合でも適切なEAを維持するべきである(Mountjoy et al. 2015)。

研究課題 1〜3 で対象とした⼥⼦陸上⻑距離選⼿は、⽇常的に LEA の状態に陥っている可 能性が考えられた。また、研究課題5において、EAを48 kcal/ kg LBM/dayと設定したNEA 条件では、3⽇間連続での持久性トレーニングに伴い安静時における⾎清ヘプシジン濃度の 増加は認められなかった。この際の炭⽔化物の摂取量は1⽇あたり約9 g/㎏であり、筋グリ コーゲン量もトレーニング期間を通して⼤きく変化しなかった。これらを踏まえると、持久 性トレーニング時にはエネルギー消費量に⾒合った適切なエネルギー摂取量を確保し、LEA 状態でのトレーニングに伴う筋グリコーゲン量の低下を回避することがヘプシジンの分泌 増⼤を抑制する上で有効な⽅策と推察される。

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研究課題4では、3⽇間連続での持久性トレーニング期間中の鉄サプリメントの摂取がヘ プシジン濃度に及ぼす影響についても検討した。これは、持久性スポーツ競技者においては、

コンディションの維持や改善をねらいとして鉄サプリメントを利⽤することが多いためで ある。結果として、3⽇間連続での持久性トレーニング期間中に中程度の鉄サプリメント(24

mg/⽇)を摂取したFe群では、安静時の⾎清ヘプシジン濃度の上昇が認められた。この際の

Fe群での鉄摂取量は⾷事を含めると約30 mg程度であり、現実に起こり得るレベルの摂取 量であった。さらに、研究課題 2 では⼥⼦陸上⻑距離選⼿のトレーニング期(鍛錬期)で は鉄の摂取量が増加し、安静時の⾎清ヘプシジン濃度も上昇した。これまで、⾼容量の鉄摂 取がヘプシジンの分泌応答を刺激することが指摘されてきたが(Moretti et al. 2015)、本研究 の結果は、短期間の持久性トレーニング期間中の中程度の鉄サプリメントの併⽤は、ヘプシ ジンの分泌亢進を助⻑させる可能性があることを新たに⽰唆するものである。

本博⼠論⽂では、男⼥の被験者を⽤いて持久性トレーニングがヘプシジンの分泌応答に 及ぼす影響を検討したが、ヘプシジンの分泌応答に対する性差の影響も考慮すべきである (Kong et al. 2014)。男性ホルモンであるテストステロンは、ヘプシジン転写を阻害すること が⽰唆されており(Guo et al. 2013)、ヘプシジンの24時間あたりの総分泌量は、⼥性が男性 に⽐較して⾼値を⽰すことが報告されている(Schaap et al. 2013)。ヘプシジンの分泌は性差 の影響を受けることも想定されるが、スポーツ競技者を対象とした研究課題2~5において、

⾎清ヘプシジン濃度の値に⼤きな差は認められていない。⼀⽅、⽉経も鉄⽋乏に影響し、⼀

般⼥性を対象とした研究では、⽉経⾎(失⾎)による鉄の減少によってヘプシジン濃度は低 下することが報告されている(Angeli et al. 2016)。しかし、研究課題2で対象とした⼥⼦陸上

⻑距離選⼿では、トレーニング期 (鍛錬期)に正常な⽉経周期を有する者は全体の19 %に過 ぎず、⽉経を有する被験者と正常の⽉経周期の者との間でも⾎清ヘプシジン濃度に有意差 はみられなかった。このことから、⽉経⾃体が本研究の結果に影響している可能性は低いと 予想される。

85 3. 本研究の結果を解釈する上で注意を要する点

⾎中ヘプシジン濃度の解析⽅法は、液体クロマトグラフ質量分析法 (LC-MS/MS 法)が主 流であり(Ganz 2003; Nemeth et al. 2004a; Ganz and Nemeth 2006; Peeling et al. 2009a, b, c)、こ の⽅法では正確に活性型ヘプシジン(ヘプシジン-25)を同定することが可能である(Lefebvre

et al. 2015)。本研究ではLC-MS/MS法の他に、⼀部の研究課題ではELISA法を⽤いて⾎清

ヘプシジン濃度を評価した。⼀⽅で、解析⽅法の違いが⾎清ヘプシジン濃度に及ぼす影響は

⼗分に知られていない。そこで、研究課題3で採取した検体をLC-MS/MS法とELISA法の 双⽅で解析したところ、極めて⾼い正の相関関係が認められた (p < 0.001, r = 0.971)(Fig. 23)。

同様の結果が他の先⾏研究においても⽰されており(Dahlfors et al. 2015)、本研究でELISA法 により解析をした⾎清ヘプシジン濃度は、活性型のヘプシジン-25の⾎中濃度を反映してい るものと考えられる。

Figure 20. Correlation of serum hepcidin levels between ELISA and LC-MS/MS.

-10 0 10 20 30 40 50 60 70 80

-10 0 10 20 30 40 50 60

LC-MS/MS

ELISA

p < 0.001, r = 0.971 (ng/mL)

(ng/mL)

86 4. トレーニング現場への⽰唆

本博⼠論⽂では、持久性トレーニングはヘプシジンの分泌応答を増⼤させること、特に LEA 状態でにおいてヘプシジンの分泌増⼤は亢進することが明らかとなった。そのため、

⽇々の持久性トレーニングにおいて適切なEAおよび炭⽔化物の摂取量を維持することは、

鉄⽋乏を予防する⽅策として有効であると考えられる。これに対して、Heikuera et al. (2017) は、エリート⻑距離競技者の⾷習慣を調査したところ、対象者の26 %は定期的に断⾷や炭

⽔化物を制限していたことを指摘している(Heikura et al. 2017)。運動前後の低炭⽔化物⾷ま たは早朝空腹時の運動を実施するような「Train-low法」や「Sleep-low法」と呼ばれる⽅法 では、脂質利⽤の亢進や脂質代謝関連遺伝⼦の発現増加、ミトコンドリア新⽣の増加など持 久性パフォーマンスの向上に有益な効果が注⽬されている。また、炭⽔化物の摂取量の増加 は、体重の変動に影響を及ぼすことから審美系種⽬や体重階級制種⽬の競技者では抵抗感 を⽰すことも多い。しかし、本研究の結果を踏まえると、適切なEAの維持や炭⽔化物の摂 取は、トレーニングの質の改善や疲労軽減などの既知の効果に加えて、ヘプシジンの過度の 産⽣を抑制し、鉄⽋乏の予防に貢献するものと考えられる。

ヘプシジンの分泌を抑制させる栄養処⽅以外の⽅策としては、トレーニングの実施回数 が挙げられる。持久性スポーツ競技者においては、1⽇に複数回トレーニングを⾏うことが 多く、1 ⽇ 2 回の持久性トレーニング後は翌朝まで⾎清ヘプシジンの分泌増⼤が認められ た。したがって、⻑時間のトレーニングを1⽇に複数回実施する場合には、翌⽇のトレーニ ング内容や強度を軽減するなどの配慮が必要であると考えられる。

最後に、本博⼠論⽂では運動・栄養介⼊がヘプシジンの分泌応答に及ぼす影響に注視した ものであり、鉄⽋乏の予防や改善に対する効果を⻑期的に観察したものではない。したがっ て、今後は本博⼠論⽂から得られた知⾒をもとに、持久性トレーニング時の栄養介⼊の効果 の検証や鉄⽋乏の抑制に対する実際の効果を⻑期的に推察することが必要である。