9.3.1 まっすぐな弦の振動
(1) 運動方程式
u(x,t)
u(x+ ∆x,t) ρ
T
T
α
β
∆x
∆x
x 図9.38 まっすぐな弦の振動 ここまでは質点が離散的に分布する系を対象としてきた
が,身の回りの社会基盤構造等にはそういった系はほとん ど見当たらない。実際の構造は連続的に質量が分布したい わゆる分布質量系だ。その分布質量系でも振動モードは非 常に重要な概念である。ここではまず曲げ剛性の無い系の 振動を対象とするが,その基本的な代表として吊橋や斜張 橋のケーブルの基礎的なモデルの弦について考察しよう。
弦は予め大きな張力で引張られて初めて安定する構造であ る。ここでも重力の影響は無視して支配方程式を誘導する
が,弦はまっすぐで,1) 弦の変位は非常に小さく,2) 上下方向にしか変位せず,3) 弦の長さも変化しな い29ものとする。ある瞬間の弦を示した図9.38で上下方向の運動方程式は
T sinβ−T sinα=ρ∆x A∂2u(x,t)
∂t2
となる。ρは弦の密度でAは弦の断面積である。弦の変位は非常に小さいので,幾何学的な関係から sinα≃α= ∂u(x,t)
∂x , sinβ≃β=∂u(x+ ∆x,t)
∂x =∂u(x,t)
∂x +∂2u(x,t)
∂x2 ∆x と近似でき,これを上式に代入して整理すると
T ∂2u(x,t)
∂x2 =ρA∂2u(x,t)
∂t2 (9.127)
を得る。ここで波の速度(位相速度)cを
c≡
√ T
ρA (9.128)
で定義すると,上で誘導した弦の運動方程式(9.127)は
∂2u(x,t)
∂x2 = 1 c2
∂2u(x,t)
∂t2 (9.129)
となる。これは式(6.90)に一致し,式(3.155)の波動方程式と同じである。
ここでは両端を固定された長さℓの弦の振動だけを対象にすると,境界条件は両端で
u(0,t)=0, u(ℓ,t)=0 (9.130a, b)
で与えられる。初期条件は初期形状と初速で
u(x,0)=u0(x), u(x˙ ,0)=v0(x) (9.131a, b) のように与えればいい。
29そんなことはあり得ない・・・と考えると怪我をします。線形理論とはそういったものだと信じよう。
(2) 変数分離法による解法—固有関数
まず偏微分方程式の解法の一つである変数分離法を使ってみよう。つまり u(x,t)=q(t)ϕ(x)
と置き,運動方程式(9.129)に代入して整理すると ϕ′′(x)
ϕ(x) = q(t)¨
c2q(t), t>0, ℓ >x>0
となる。この節のプライムはxに関する微分を表す。さて左辺はxのみの関数で右辺はtのみの関数なので,
両辺共に独立して自由に変動できるように見える。しかし,この式の等号は任意の時刻tに任意の場所xで常 に成立しなければならない。ということは,この両辺共に変動せず定数でしかあり得ないことを意味する。つ
まり ϕ′′(x)
ϕ(x) = q(t)¨
c2q(t) = Λ(const.) でなければならないので
¨
q(t)−Λc2q(t)=0, ϕ′′(x)−Λϕ(x)=0 (9.132a, b) が独立して成立しなければならない。境界条件式(9.130)も変数分離すると,任意の時刻でそれが成立しなけれ ばならないことから
ϕ(0)q(t)=0, ϕ(ℓ)q(t)=0 → ϕ(0)=0, ϕ(ℓ)=0 (9.133a, b, c, d) と解釈できる。初期条件は分離できないのでしばらく放置しておこう。
運動方程式と境界条件だけが分離できたので式(9.132b)の方が先に解けそうだ。まずΛ>0の場合はΛ =µ2 と置くと,一般解はϕ(x) = Asinh (µx)+Bcosh (µx)と求められるので,境界条件式(9.133c) (9.133d)に代入 するとB =0, Asinh (µℓ) = 0から積分定数を決めることになる。しかしµℓ > 0なのでA = 0, B = 0のみ が解となり,意味のあるϕ(x)は存在しないことになる。では次にΛ =0の場合の一般解はϕ(x)=A x+Bなの で,境界条件がB =0,Aℓ =0を要求し,これも意味のある解にはならない。したがってΛは負でなければな らないことがわかる。
そこでΛ =−µ2<0と置くと,一般解は
ϕ(x)=Asinµx+Bcosµx であり,境界条件に代入すると
B=0, A sinµℓ=0
を得る。これが意味のあるϕ(x)になるためにはAが零であってはならないので sinµℓ=0 → µℓ=nπ, Λ =−(nπ
ℓ )2
, n=1,2,· · · (9.134a, b, c) でなければならない。したがってAは不定になり,解は
ϕ(x)∼sinµx=sin (nπx
ℓ )
(9.135) と求められる。最終的に微分方程式(9.132a)に式(9.134c)のΛを代入して解くとq(t)の方が
q(t)=L(sincµt,coscµt)=L {
sin (nπc t
ℓ ),cos
(nπc t ℓ
)}
と求められる。この形が固有振動数がωの周期(三角)関数であることから,弦の振動の固有振動数ωnは ωn=cµ= nπc
ℓ = nπ ℓ
√ T
ρA (9.136)
となる。つまり,長い弦や重く太い弦は振動数が小さくなるので音は低くなる。一方,その逆にするか張力を 大きくすると音は高くなる。グランドピアノの蓋を開けてみて欲しい。低い音のピアノ線は太く長くなってい るし,高い音のピアノ線は細く短くなっている。調律(チューニング)では弦の張力Tを調整30する。また管 楽器は(一部は口で音程をとると同時に;おっと管楽器は両端固定条件ではないが)孔の開閉とバルブによっ てℓを変更して音程をとっている。
以上の過程から無限個のµとそれに対応した無限個のϕ(x)が求められ,そのすべてが解の候補であることか らそれを重ね合わせることによって,変数分離法による解は
u(x,t)=∑∞
n=1
(An sincµnt+Bn coscµnt) sinµnx, µn≡ nπ
ℓ (9.137a, b)
のような級数解として求められる。µには添え字を付けて定義し直した。上式を初期条件式(9.131)に代入し て得られる
u(x,0)=∑∞
n=1
Bn sinµnx=u0(x), u(x˙ ,0)=∑∞
n=1
cµnAn sinµnx=v0(x)
の2式が積分定数のAn,Bnを決定する。と書いたが大丈夫か,本当にそんなことができるか。つまり,この2
式は0<x< ℓの任意の点で成立しなければならない上に,求めるべき積分定数は無限個ある。どうやって求め
ますか。数学が好きな読者なら,例えば上の第1式の左辺と右辺を入れ替えた u0(x)=∑∞
n=1
Bn sinµnx
を眺めることによって,あっそぅか,Bnは関数u0(x)をsine-Fourier級数展開したときのFourier係数だと気 付くかもしれない。したがってFourier解析の教科書を勉強し直せばAn, Bnを求めることができるのだが,そ のためにはsine関数つまりϕ(x)が持つ重要な特性を知っておく必要がある。
(3) 固有関数の直交性
ではもう一度ϕ(x)が満たすべき微分方程式等について考察しておこう。まず波動方程式(9.129)ではxとt の微分作用素が両辺に分かれているので,これと変数分離法で得たxについての式(9.132b)を比べてみると
∂2u(x,t)
∂x2 = 1 c2
∂2u(x,t)
∂t2 → d2ϕ(x)
dx2 = Λϕ(x), Λ =−µ2 (9.138a, b, c) という対応がある。また境界条件式(9.130)も
u(0,t)=0, u(ℓ,t)=0, → ϕ(0)=0, ϕ(ℓ)=0, (9.139a, b, c, d)
30芥川也寸志氏の著作(文献は失念)だったと思うが,三味線の弦は両端単純支持ではなく片側はちょっと離した位置に支持点が二つあ る(「さわり」と呼ぶらしい)ので割れた音がすると書いてあった。もう一つ,オーケストラのハーピストの地位はその演奏位置で判 断できるそうで,指揮者よりも向かって右側にいる場合の方が地位が高いらしい。冗談だろうが,芥川氏が考える理由は何だと思い ますか。そのハープだが,半音階をどうやって変更するかご存知だろうか。実は足元には3段階(♯, ♮, ♭)のペダルがCからHまでの七 つに対して配置されていて,上式のTかℓ(調査していない)を変更しているのだ。臨時記号があると,演奏中のロングスカートの中 はたいへんなことになるわけだ。ところでオーケストラの音合わせでオーボェのA音を基準にするのはなぜかご存知だろうか。しかも オーボェ奏者にハゲが多い理由も面白い(これも芥川氏の主張だが)。あのマウスピースの径は小さいのに高価なんですよねぇ。
表9.1 多自由度系と弦の固有値問題間の対照
N自由度系の運動 両端固定の弦の振動 支配方程式 K u(t)=−Mu(t)¨ ∂2u(x,t)
∂x2 = 1 c2
∂2u(x,t)
∂t2 , u(0,t)=0, u(ℓ,t)=0 固有値問題 Kϕn =ω2nMϕn ϕ′′n(x)=−µ2nϕn(x), ϕn(0)=0, ϕn(ℓ)=0 直交性(i, j) ϕti Mϕj=0, ϕti Kϕj=0 ⟨
ϕi, ϕj
⟩=0
固有関数列の級数解 u(t)=
∑N n
qn(t)ϕn u(x,t)=∑∞
n
qn(t)ϕn(x) 第 j次の運動方程式 q¨j(t)+ω2jqj(t)=0 q¨j(t)+(
cµj
)2
qj(t)=0
という対応がある。そしてΛの値や正負によらずϕ(x)≡0が解の一つであるが,非零の解が存在するための条 件からΛが求められるのだ。このようなϕ(x)の問題を一般的には微分方程式の微分作用素d2/dx2に関する固有 値問題と呼ぶ。ちょうど多自由度系の固有振動モードϕnが満たすべき式が式(9.101)つまり
Kϕn=ω2nMϕn
で,ωnの値や正負によらずϕ ≡ 0が解の一つだったことに対応している。この多自由度系の問題の方は行列 KやMに関する固有値問題と呼ばれる。この線形代数における用語に対比させてϕ(x)を固有関数と呼び,Λ およびµを固有値と呼ぶ。物理的な言葉を使うならϕ(x)が固有振動モードであり,式(9.136)からc√
−Λ =cµ が固有振動数である。以上の対比を表9.1の第2, 3行に示した。そして同じ表9.1の第4行2列に示したよう に,多自由度系の固有振動モードϕが持つ重要な特性が直交性だった。このことから,弦の場合の固有関数ϕ(x) もある種の直交性を持っていることが期待できる。
そこで式(9.137b)のµnに対応したϕ(x)とΛを添え字付きでϕn(x), Λnと記して,それを第n次の固有関数
(固有振動モード)と固有値と呼ぶことにする。すると式(9.138b)から,このn次の固有関数ϕn(x)は
ϕ′′n(x)−Λnϕn(x)=0 (9.140)
を満足している。この運動方程式にϕi(x)を乗じて全領域積分すれば,それは弦全体の仮想仕事になり
∫ ℓ
0
ϕi(x){ϕ′′n(x)−Λnϕn(x)} dx=0 となる。第1項を部分積分すると
∫ ℓ
0
ϕiϕ′′n dx=ϕiϕ′nℓ0−
∫ ℓ
0
ϕ′iϕ′ndx となるから,両端の境界条件式(9.139c) (9.139d)から第1項が消え,結局上式は
−
∫ ℓ
0
ϕ′iϕ′ndx−Λn
∫ ℓ
0
ϕiϕndx=0
と書き直される。同じように,第i次モードの方程式に固有関数ϕnを乗じて仮想仕事式を求めると
−
∫ ℓ
0
ϕ′nϕ′idx−Λi
∫ ℓ
0
ϕnϕidx=0 となる。この2式を辺々差し引くと,第1項は同じなので消えてしまい
(Λi−Λn)
∫ ℓ
0
ϕnϕidx=0, i,n
を得る。式(9.134c)からも明らかなように異なる固有値同士は異なる値だったので,この問題の固有関数は
⟨ϕn, ϕi⟩ ≡
∫ ℓ
0
ϕn(x)ϕi(x) dx=
0, i,n ℓ
2, i=n
(9.141) という性質を持っている。この左辺は二つの関数の内積と呼ばれる。そして,二つの異なる固有関数の内積が 零になることから,その固有関数同士は直交していると称するのだ。なお式(9.141)の内積は式(5.57)の一般 的な重みつき内積の定義でm=0,w=1とした特別な場合である。
(4) 固有関数による解法—モード解析法
もう一度最初からやり直そう。ただし固有値問題の微分方程式(9.138b)と境界条件式(9.139c) (9.139d)から ϕn(x)とΛnおよびµnが求められているものとする。そして運動方程式(9.129)の解を固有関数列による無限級 数で
u(x,t)=∑∞
n=1
qn(t)ϕn(x), ϕn≡sinµnx, Λn=−µ2n=−(nπ ℓ
)2
(9.142a, b, c) のように表すことができると仮定して問題を解こう。式(9.142a)の級数解を運動方程式(9.129)に代入すると
∑∞ n=1
qn(t)ϕ′′n(x)= 1 c2
∑∞ n=1
¨
qn(t)ϕn(x) となるので,式(9.140)を左辺に代入すると
∑∞ n=1
Λnqn(t)ϕn(x)= 1 c2
∑∞ n=1
¨
qn(t)ϕn(x)
が成立する。この式と第i次の固有関数と内積(仮想仕事)をとると,結局直交性の式(9.141)によって級数和 の第i次成分以外はすべて零になり,総和記号が無くなるので
⟨ϕi, ϕi⟩ × (
¨
qi(t)−Λic2qi(t))
=0 → q¨i(t)+(cµi)2 qi(t)=0
が係数qi(t)を決定する微分方程式になり,式(9.132a)に一致する。この一般解は前述のように qi(t)=Ai sincµit+Bi coscµit
と求められるから,元の問題の一般解も u(x,t)=∑∞
n=1
(An sincµnt+Bn coscµnt) sinµnx (a) となる。
最後に,この一般解の式(a)を初期条件式(9.131)に代入すると,これも前述のように u(x,0)=∑∞
n=1
Bn sinµnx=u0(x), u(x˙ ,0)=∑∞
n=1
cµnAn sinµnx=v0(x)
となるが,固有関数の直交性を知った今なら,この2式から積分定数を求めることができるようになっている。
再度第i次の固有関数との内積をとると,固有関数の直交性によってn=iの項だけが抽出されて
⟨ϕi, ϕi⟩ Bi=⟨ϕi,u0(x)⟩, ⟨ϕi, ϕi⟩ cµiAi=⟨ϕi, v0(x)⟩ を得るので,積分定数が
Bi= ⟨ϕi,u0(x)⟩
⟨ϕi, ϕi⟩ =2 ℓ
∫ ℓ
0
u0(x) sinµixdx, Ai= ⟨ϕi, v0(x)⟩ cµi⟨ϕi, ϕi⟩ = 2
cµiℓ
∫ ℓ
0
v0(x) sinµixdx (b) と求められる。これがFourier-sine係数の求め方である。ここまでの過程を多自由度系のモード解析法と対比 させたのが表9.1である。
0.5 1
−1 u(x,t)1
u0
x a tc
a =0
0.3 0.5
1.0 0.7 1.2
O
図9.39 弦の振動の例 具体例として文献[77]にある例を転記する。弦の
中央をu0だけつまみ上げ,そぉっと手を離したとき の初期条件は
u0(x)=
u0
2x
ℓ , 0<x< ℓ 2 u0
( 2−2x
ℓ )
, ℓ
2 <x<a
, v0(x)≡0
のように書くことができる。これを式(b)に代入す れば積分定数を求めることができ,結局
An=0, Bn= 8u0
(nπ)2 sin (nπ
2 )
となる。これを図9.39に示した。破線は級数の40項を用いた解で,実線は5項のみで描いた解である。少な い項数でも比較的いい解が求められている。厳密解は次の節の図9.40に示されるように,三角形や台形のよう な区分的な直線である。
(5) 振動と波動
もう一度,一般解の式(a)を眺めてみよう。これを少し書き直すと u(x,t)=∑∞
n=1
(An sincµnt+Bn coscµnt) sinµnx
=∑∞
n=1
An
2
[cos{µn(x−ct)} −cos{µn(x+ct)}] +∑∞
n=1
Bn
2
[sin{µn(x−ct)}+sin{µn(x+ct)}]
となることから,解はf(x−ct)という関数とg(x+ct)という関数で
u(x,t)= f(x−ct)+g(x+ct) (c)
のように表されていることがわかる。ではf(x−ct)という関数はどういった現象を表しているだろうか。例え ばある時刻t=t0にある場所x=x0で,この関数が f0≡ f(x0−ct0)という値を持っていたとする。それから∆t だけ時間が経ったt1=t0+ ∆tのときの,x1=x0+c∆tという場所(ここがミソ)のこの関数の値は
f(x1−ct1)=f(x0+c∆t−c(t0+ ∆t))= f(x0−ct0)= f0
となる。つまり,t=t0,x=x0における「物理現象」が移動して時刻t=t1になるとx=x1で観察されること を意味する。したがって,f(x−ct)という関数は「xの正の方向にcで伝播する物理現象」を表している。と いうことは逆に,g(x+ct)は「xの負の方向にcで伝播する物理現象」を表す。したがって弦の振動解は,正 の方向にcで伝播する波と,負の方向にcで伝播する波の重ね合わせと解釈してもいいことになる。
c c
u(x,t)
g(x+ct) f(x−ct)
ℓ x O
t=0
図9.40 振動と波動 図9.40は,前節で扱った中央をつまみ上げて
離した弦の波動の解の式(c)の模式図である。右 に速度cで伝播する実線と左に伝播する破線の重 ね合わせが下にある図の解であり,初期の三角形 が台形になり,その高さが徐々に変化していくの が正解である。このように波動と振動は同じ現象 であり,その観察の仕方が違うだけであることが わかる。したがって,式(9.129)は波動方程式と も呼ばれているのだ。