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近代地方 自治の成立 と展開

ドキュメント内 成羽町の歴史と現在 4集 / (ページ 140-178)

1 行 政 の沿革 と区域 の変遷 (1)廃藩 置県

往時 ,現在 の成 羽町 あた りに発達 した自然村 は ,下原 ,上 目名 ,下 目名 ,成 羽 ,羽山 ,月J数村の うち字星原 ,佐 々木村 の うち字本村 ,布寄,長 池 ,用坂 ,羽根 .小泉 ,坂本 ,吹星 .中野村本郷組 , 同小野路組 ,同大野路IWの村 々であった 。明治4年( 18 7 I )7月の廃藩 置県に より,下原 ,上

目名 ,下 目名 ,成羽 ,羽 山

,

星原 ,本村及び羽 板は成 羽県 の所管 とな り,それ以外 の村 は明治元年 ( 18 6 8)設置された倉敷県 に属 していた。明倍 4年 11月の県 の統廃合 によ り深津県 とな り, 翌5年6月小田県 と改称 し,明治8年 ( 18 7 5 ) 12月岡山県 に合併 した。

(2) 大区小区制の施行 打)大小区‑番務所 の編制

廃薄田県 の実射 こよる中央集権的官政機構 の軽備 とともに ,新 しい末 端地方行政機構 の確立化 が 行われ始めた。その第‑若手は ,明治4年 ( I87 I )公布 された戸籍法 に よる戸籍編成事務 を行

うための区画の設定 と戸長 の設 置であった 。 (8) 区画

深津県 (の ち小田県 )では ,明治5年( 1 87 2 )3月, 1 7大区3 5 6小区 を設供 し

,川

上部 は第九 大区 となった。現在 の成 羽町 あた りの小区 の区 画は次の ようであった 。 (図5‑ 11,

5‑ 1‑ 2参照 )

小 二区 上 目名村 ,下 目名村 ,下原村 .本町 両町 ,桃町 ,茶町 ,鷹 部屋町 ,千原町 ,新町 小 三区 佐 々木村 ,三滞村

, .

EA散村

小十四 区 東油野村 ,坂本村

小十五区 布寄村 ,長州射 ,用坂村 ,長屋村 小十七区 中野村 ,吹農村

小十八区 宇治村 ,小泉村 ,羽板村 中十九区 羽 山村 ,松 岡村

小二十区 成 羽村

この大区小区制は ,従 来の町村 の行政上 の地位 を否藷 し,地方行政の最小単位 を小区 とし,区戸長 を通 じて地方行政 を行 なお うとした もの である。

(b)区 長 ,戸長

小田県 では明治6年( 1 8 73 ) 12月に 「正副戸長押傑 長希蹄方職務権限」 を ,翌7年7月に

「区 長織制権 限」 を制定公布 し,区長 ,正 則戸長及 U保長 の柑掛 こつ いて規定 してい る

「区 内之 風俗 を健 し戸籍 を槽査 し正粗雑税骨促 し郡 焚村費 を精密 に検査す る本 」な ど大区 の事務 を総理 し たのが区 長で,小区の寄掛 こあた ったのが戸 長で .さらに 「正副戸長の指揮 を受け区 内の事務は勿 論道路堤防橋梁等の偉膳 を専 注意」 し各村 に置かれたのが床長である0

‑129‑

(I) 区 務所 の編制

弘治 10年 ( 18 78 ) 11月8日 ,県 内の各会 息所 ,小 区 事務所 及 び区戸 長 ,保 甲 長 をす べ て 廃 止 し ,新 たに区務所 及 び戸長役 場 を設 問 し ,区務所 には区 長 ‑名 ,戸長役場 には戸長 二名 ,町村 には 副戸長 を置 くこととな った

(a) 区長 ,戸長 ,則 戸長

区 番 所 の鴨制 について 岡 山県 では次 の ように定 めて いるO 区 長

副 区 長

一区務 所に区 長 一人 を匠 く区 長 らは 副区長 を匿 かす

成 典例 規 を遵奉 宣 布 し.上 旨 を下達 し下情 を上 通 し区務 を統 括 し部民 の安寧 風俗僑 正 の車 を箪 る ,戸 口を評 に し,徴租徴兵勧 業勧学 の事 を暫 し ,区 内 の耕務 挙 らされ は某省 に任 す区 入費 を 暫 し,町村 諸費 を監 督 し,人民 を して其 冗費 なき を知 ら しむ るを要 す ,戸長役 場諸 務 の挙香及 正 副戸長 の能 否勤惰 を監 祝 し具状 す る ことを得 。

戸畏 一見

常 に区務所 に在 て区 長 を補 佐 し区務 を調 理す若 し区 長不在 の時 は代理す る を得 喬 役

(省略 )

戸長役 場の職制 については , 戸長弐貝

部内 一切 の訴 務 を担 当 し区長 の指揮 を受 け細 大順序 を逐 て之 を整 理 す ‑ し (以 下省 略 ) trT 投

(省略 ) 副 戸 長

一村 一員 を置 く者 と し五 十戸 以下の小村 はニ ケ村 以上 を併 て一員 を値 も妨 な し

常 に町村 に在 て実地 の語勢 を担 当 し戸長役場 ‑往来細大 協議 し人民の話 中牒 を審零連署 す る こ とを掌 る (以 下省略 )

なお,副 戸長 は次 の通 りであ る。

副戸長 (明治10年1月9日‑ 1 1年12月3日 ) 上 目名村 藤 井 文次郎 (第 一声長役 場 ) 下 目名村 平松 幸 太郎 ( )

下原村他 六町 ( )

渡 辺 蔵 六 藤 後 斉代 太

佐 々木村 ,は 数村 ( ,, )

赤 木忠八郎

坂 本村 西 江勝 三郎 (第三 戸長役場 )

‑130‑

布寄村 赤木徳太郎 (第四戸長役場 ) 故地村 ,相坂村 ,長屋村 ( ,, )

赤木豊次郎

中野村 広兼満太郎 ( )

吹屋村 長尾佐助 (免職 )

田村国五郎 ( )

羽山村 ,宇治村

本t^仁 之吉j

( , I

羽根村 高田恒 太郎 (

小泉村 赤木佳一郎 (

成羽村 日向憐 一郎 (免職 ) ・ 千田尾括作 (第五戸長役場 ) 荘 政次郎

(b)区 画

第九大区 では ,下 原村 に第 十五区議所が匿かれる と同時に第 一戸長役場が置かれ ,中野村 に第四 戸長役場が置かれたα各村が どの戸長役場に属 したかは副戸長の ところで述 べた。 (図5‑ 1‑ 3

参照 )

図 5‑ 1‑ 2 大区 小区制下 の区 画

‑131‑

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‑ ノ ・・・・.ノ…

J

●■=′■●

51 1‑ 3 区務所編制 下の区画

(3) 郡区町村編制法の施行 打) 郡区町 村編制法

大区 小区制は現 実の生活に堅 く結 びついていた町村 を無視 した ことか ら種 Jtの無理 を生 じたの で , その対 帝 と して郡区町村 編制法 が明治 1 1年 (1 8 7 8 ) 72 2日制定 されたOそれは ,府 県 の 下に郡 区町村 を匿 き ,郡毎 に郡長 一員 ,区毎 に区長 一員 ,町村毎 に戸長一員を置 くことを規定 して お り,従来 の大区 小区制 を廉止 して ,町村 を明白な行 政区 画 として確認 した ことを示 しているO

岡 山県 では明治 1 192 0日に施行 され ,その際 ,下原村 に川上郡 役所 が鮭かれ る とともに , 各村 に戸島 が置 かれた 。戸長 は町村会 の公選 に よ り ,県 令が認可 の うえ任 命す る こととされ ていた。

戸長は次の通 りで ある

戸長

下原村 小川 氏慶 (明12, 12. 3 13. 4.21 ) 渡辺 蔵六 (〃 13・ 5・ 413, ll. 10 ) 吉井 永 命 ('y l3,ll.29‑ 13,12, ) 田辺良夫也( 'yl3.12, 14 ‑ 16. 2.15 ) 上 目名村 藤井文治郎 ('y ll,12, 3‑ 16, 2.15 ) 下 目名村 平松幸太郎('yll.12. 3 】 6. 2. 15 )

‑132‑

佐々木村 ,級 数村

赤木忠八郎 (明日 .12,

3‑

1

3 h

lly 8 ) 平松 剛四郎 (〃 13,ll, 2

6‑ 16 .

2.1 5 )

坂本村 西江勝三郎 (〟 l l.12,

3‑ 16 ,

2.15 )

吹屋村 田村国五郎( ,,l l.12.

3‑ 12 .

4. 1 ) 片 山 伝二( ,' 12. 4. 2

3一 一 12 .

ll.14 ) 長尾林三郎( ^' 12.12.

4‑ 13 .

4.1 6 )

松 田 定衛( ,' 13. 5.

6‑ 13 .

ll.1 0 )

柳井幸 三郎 (〟 lュ.12.

8‑ 16 .

1.1 0 ) 中野村 広兼 満太郎 (/Il l.12.

3‑ 16 .

2.1 5 )

布寄村 赤木徳 太郎( ,yl'1. 1之 3 ‑ 1丘 2. 15 ) 長池村 ,相坂村

渡辺 仲蔵 (明 . 12. 3 ‑ 12. 9. 1 5 ) 渡辺 若松( ,'12. 10. 2 ‑ 1 6, 2. 1 5 ) 羽根村 高田恒太郎(//ll. 1 2. 3 ‑ 13. 3. 22 ) 高 田益 太郎(〃 13, 3. 12 ‑ 16̲ 2. 15) 小泉村 高木常 太郎('Jl1. 12. 3 ‑ 16. 2. 1 5 ) 成 羽村 千 田尾清作(//ll. 12 3 ‑ 16. 2. 15 ) 羽山村 本倉伊和尾(//ll. 12. 3 ‑ 1之 2. 2 6 ) 本台健 太郎(,' 12. a 2 5 ‑ 16 2. 1 5 ) (I)連合戸長役場制度

明治16年( 18 83 )2月 ,岡山県 では戸長の公選制 を廃 し,すべて県令の茸任 に よることと したo同時 に ,従来町村毎 に置いていた戸長 を .町村 の大小に応 じて数町村 が連合で置 く連合戸長 役場制度 が設け られた C各村 の所属戸 長役場及び戸長は下に記 す (図5‑ 1‑ 4も参照 )。 なお, 遵合戸長役場の管頼区域 は,明治2 2年( 18 8 9 )の町村制施行 に伴 う大規模 な町村合併にあた

って ,新町村 の区域の基準 とされた。

川上郡 第一部戸長役場 (位芯 ,下原村 ) 下原村 ,下目名村 ,上 目名村

戸 長 田辺農 夫也 (明 16. 2. 16 ‑ 1& 4. 9 ) 小川 氏慶 (//1& 4. 9 ‑ 2a I. l l ) 侶原徳太郎 (〃2 2. I. ll‑ 22. 6. 1) 川上郡 第十二部戸長役場 (位置 ,吹屋村 )

吹屋村 ,中野村

戸長 片 山 叢書 (明16. 2. 16 ‑ ) 川上郡第十四部 戸長役場 (位 臥 布寄村 )

布寄村 ,長地村 ,相坂村 ,羽根村

‑133‑

戸長 赤木徳太郎 (明16. 2, 16 ‑ 2 2 6. 1 ) (改名 ,忠節 )

川上郡 第十五 部戸長役場 (位 配 ,成羽村 ) 小泉村 ,羽山村 ,成羽村

戸長 千田尾括作 (明16. 2. 16‑ ) 坂 本村 は東油野村 の第十一戸長役 場に属 した。

図5‑ 1‑ 4 連合戸長役場制度 下の区 画 図5‑ 11 5 町村制施行下 の区画 (4)町村 制

政府 は ,明治2 2年の唐法公布 ,翌2 3年 の国会開設 を控 え ,地方 自治制度 の確立 をはかるため , 明治2 1年 ( 188 8 )4月市制町村 制を公布 した 。これによ り 「町村 ‑法律 上一個 人 卜均 シク権 利 ヲ有 シ義務 ヲ負担 シ,凡町村 公共 ノ事務 ‑官 ノ監督 ヲ受 ケテ自ラ之 ヲ処理 スルモノ」 (法律第‑

号町村制第二粂 )とな り, 「叫 村 会 ‑其町村 ヲ代表 シ此法秤 二準拠 シテ町村 一切 ノ事 件並従前持 二 委任 セ ラ t,,又 ‑将来法律 ガ令 こ依 テ委任 セラルル砺件 ヲ裁決 スルモ ノ トス」 (同第三十二粂 )と された 。岡山県 では同年6月1日か ら町村制が実施 され ,その際 ,表5‑ 1‑ 1のよ うに各村合 併 され ,新 たに東成羽村 ,成羽村 ,中村 ,吹農村 が発足 した。 (図 5‑ 1‑ 5参照 )

(5) 成 羽町 の成 立

吹屋村は明治 34年( )90 1 )2月6日町制 を施行 して吹屋町 とな り .東成 羽村 も明治34年

134‑

4月1日成 羽町 と改称 した。さ らに明治3 9年(190 6 )4月1日,成 羽町 と成 羽村 とが合併 し 成 羽町 とな ったO成羽町は昭和 30年( 195 5 )3月 l日中村 と合併 ,次 いで4月 lElに吹屋町

と合町 して現在の成 羽町 に至 っている。

町村制施行後の歴代の長は次 の通 りである。

元東成 羽村 (成 羽町 )長

信原徳 太郎 (明治22. 8, 8‑ 明治23. 10. 8 ) 小川 氏慶( 〃 2 3.

村擬兼太郎 ( /y 2 7̲ 中村 久武 (〃 34. 元成 羽村 長

佐藤平八郎 (明治22. 千 田尾括作 ( 〃 2 6. 小杯虎太郎 (〃 3 6. 千 田尾括作 (〃 3 6. 本合点三郎 ( 〃 3 8. 成 羽町長

中村 久武 (明治39, 橋本 武市 (大正 2̲ 渡辺貫太郎 (

6. 丸橋房太郎 ( 〟 15. 原 田竜右衛門 (昭和 3 藤井 品衛 (昭和 17. 渡辺 貞次 ( 〃 21. 平松 幹革 (〃 24. 中村轟

赤木 忠康 (明治2 2. 赤木杢太郎 (〃 4 4. 大福 節夫 (大正13. 土谷宮代太郎 (昭和 8, 大福 節夫 (昭和 12. 尾頃信太郎 ( 〟 16. 那須 忠雅 ( 〃 2 2 吹屋村 (町 )長

片 山 基音 (明治22. 片 山 伝二 (〃 2 4.

12 19 // 2 7.12. 18 ) 12 19

〃 3 4. & 3 1) 9. 2 ‑ ,I 3 & ll. 2 9 )

10. 8‑ 明治2 6. 10. 7 ) 10. 8 // 3 6. 4.25 ) 6. 15 ‑ /y 3 6. l l. 2 ) 12, 10 〃 3 7. 7.17 ) 9. 3 0 ‑ /y 3 9. 3. 3 1)

7. 31 ‑ 大正

2 .

& 6 ) 9, 18 ‑

〝 6 .

9. i ) 9, 2 1 ‑

/

y 13. 5. 9)

5, 10〜 昭和 3. 1. 8 ) 5. 3 // 17̲ 4. 1) 7. 2 6

〃 2 1. 5. 10 ) 7. 17 /y 2 4. 3, 10 ) 4. 17 ‑ /y 3 0. 2. 2 8 )

9. 3 0 ‑ 明治4 4. 5. 2 5 ) 9 2 7‑ 大正 la 9. 2 6 ) 9, 2 7‑ 昭和 7.10. 2 2 ) 2. 2 1 I, 12. i. 23 ) 2. 23 ‑ /y L6. 2. 22 ) 3. 9 ‑ 〃 2 L 10. 24 ) 4 5 ‑ 〃 30. 2. 2 8 )

9. 2 0‑ 明治24. 10. 9) 10. 】0 〃 2 8. 6.26 ) 松田 和( 〃 2 8 l l. 9 ‑ 〃 2 9 9. 7 )

13 5 1

大塚 金津 (明治29.ll. 1I ‑ 明治30. 10 6 ) 枚 田 和

(

/J 30. 10. 1 4

,J 3 5.l l. 4 ) 長 尾 佐助( /, 35. ll. 19 ‑ 大正 6. ま 2 6 ) 原 田 吾平 (大正 7. 6. 1 5

‑ / ,

9. 之 15 ) 長尾 佐助( // 10. 5. 9 ‑ 昭和 3. 9. 2 3 ) 片 山 茂三 (昭和 4. 4. 9 9. 3. 5)

丘 誠之

(

l l. 9. 8

〃 19. 9. 2 0 ) 田村 弥太郎

(

/, 19. 9. 2 1

,I 20. 1 17)

大 河 千尋

(

;, 20. 6 7

,, 2 1. 10. 2 4 ) 三 浦 末吉( 〃 2 2. 2. 2 4

,, 26. 4. 4 ) 片 山浅治郎 (;, 26 4, 23

,I 30. 3. 3 1 ) 新成 羽町長

平松 幹革 (昭和30、 3. 1】〜 昭和34. 1.31)

土田 滞吉

(

〟 3 4. 3. I ‑ )

5‑ 1‑ 1 町村朋 分合

( r

剛 県郡治誌 」上巻 よ 。)

&.村Je

F 'gezT

羽 LC

FMf作.恥.鴎.= EZ]

EEZtL

M g!・6itt羽村

136

(山根 美代子 )

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下 町

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H ;

2

合 併 と町 政 の 展 望

(1)第一次合併 ‑ 成羽町 と中村 の合併 打)合併以前 の状況

昭和2 6年 頃か ら町村 合併 の気運が台頭 し,郡町村会及 び議長会 において も川上郡 内の町村合併 構想 を発零 して これ を研究す るよ うにな った。昭和2 8101日 ,町村合併促進法 の施行 にと

もない,合併気運 は ますます高 まり,各町村 ともたびたび議会 で協鼓 され るよ うにな った。

成 羽町 では ,昭和3 0年12月2 9Elに町盛会 で町長 ・平松幹華氏 ,助役 ・土 田酒 害氏 ,県会 議 員 ・秋 岡博氏参与 のも とに ,川上郡 内六 ケ町村 (有家村 .平川村 ,場野村 .吹属町 ,中村 ,成羽町 ) 合併 の可能性につ いて封鼓 され新町建設の条 件 と して以下 のことがあげ られたo

① 新庁舎 は富家村地内に置 く。

② 本庁舎設置 につ いての時期 ,場所 は ,各町村選出の合併協執委員 に よって決定 する。

③ 本庁舎 が成

町 に設 置 され なか った場合 は .成 羽町 は六 ケ町村合併 よ り離脱 する。

この条件 で ,新庁舎 (仮庁舎 )を富家村 に監 くとしたのは有家村 が六 ケ町村 合併に対 して姓色 を示

・して いたため ,その対応帝 としてであ って .合併完了 までの連絡事務所 と しての新庁舎設 道であっ た。その後 ,宇治村 を加 えた七 ケ村合 併零 が打 ち出 された。

一方 ,昭和29年 1月高架市制構想が発表 され, 3月 に高梁町 よ り成羽町 ‑正式 に合併 の申 し入 れ があ り,成羽町 としてはあ くまでも当初 の七 ケ村合併 か ,高梁市制参加 か ,利脊得失 の面 を研究

して決定 せざるをえな くな った。

(p) 利害関係

この時点 において ,町長 ・平松幹華氏は ,セ ナ町村合併 においては ,成 羽町 は行政 の中心地 とな りうるとしなが らも ,高梁市 制参加 に よ って資源的発 の促進 とい うことも考 えられる として以下の 条 件が全部東諾 されれば ,高梁町 と合 併 して もよい と晶会 で表 明 し

,

「高梁 ・成 羽合併条 件」 を読 会 に挺出 した。

く高梁 ・成 羽合併条件>

① 市名 は現在 の町名 の何 れ もとらな いこと。

⑨ 川上郡 の総合開発 を急速 に実現 する様 ,最啓 の方途 を講 ずること。鉄道巌殻 .資源開発等 当 然考 えられる ところな るも ,先 ,成羽 を中心 とす る道路網 の拡充に鋭意努 め られた きこと。

③ 建設中の病院 は将来 ,備北 地区 の噛 合病院とい う構想 のも とに麻殻 内容 の塵備拡 大 を図 られ た い O現在 ,普通病床3 0床 ,結核病床50蘇 (昭和2 9年 建敦予定 )を啓通橋床60床 .結 核病床 10 0床 にされたい。

④ 保 健所 は将来 8級 保健所 と し,病院 とともに保鍵蘇生関係 の中心地 として認 めて もらいたき こと

⑤ 将来建設 を予定せ られる市 民住宅 の半数 は現在 の実 軌 こ照 して も成 羽地区 に設 けられたい。

⑥ 艶 良振興 を重点施術 とし,成羽地区 を中心 と して認め ,施設 を設 ける場合成 羽区域 内に設 け られたい。早急 に畜産常習所 を設 け.30人乃至50人 の青年 を教育 し,この地域 を難曲発展 の焦点 とし .将 来 工場は成 羽地区 に設 けること。

137‑

ドキュメント内 成羽町の歴史と現在 4集 / (ページ 140-178)

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