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人 口

ドキュメント内 成羽町の歴史と現在 4集 / (ページ 37-45)

明治22 27 32 37 42 大 正元年 2年 3 4 5

(l世日成羽町 )男帯 数 930‑ 930 950 4,980600 4,990 (1700 (3,,219) (1256) (3.,224) (1287) (3.1..08021259) (3.2) (1,255) (3,215) (I,193)202) 女 ‑ (3.471) (3,343) (3,417) (3.522) (3,261) 総 人 口 4.050 4.200 4,300 (6.726) (6.630) (6.4.800676) (6,575) (6,463) 性 比 ‑ ‑ (93.8) ( 98.3) ( 95.3) ( 92,4) ( 98.1)

一世帯当 りの 人 口 4.35 4.52 4̲53 4.69 4.75 ( 5.52) ( 5.42) ( 5,( 99,(1118.14.9137.51)44.4401 ( 5.2)3)5 41) ( 5.42) 人 口 密 度 116.0 120.3 123.1 131.7 134.6 (192,6) (189.9) (188,3) (185.1)

人 口 指 数

(中 村 )数 389100 103.374 17 06.3924 113.398 116.6 3902 100 98,6 f 97.8 96.1 人 口 2,471 2,5】3 2.649 2.750 2.541 ‑ ‑ 2,445i ‑ 一世 帯当 りの 人 口 6.35 6,72 6.72 6.91 6.48 ‑ ‑ 6.】0 ‑ ‑ 人 口 密 度 136.1 138,4 145.9 151.5 140.0 ‑ ‑ 134.7 ‑ ‑

人 口 指 数

(合 計 )数 1.100695 2,10111,74 1i2,07.246 112 2,281 11.3 2,02.4978 l 2,98,5329

人 口 8,451 10,125 ll,027ll,927 12,376 ‑ ‑ 12.321 ‑ ‑ 一世 帯当 りの 人 員 4.99 4̲79 4.91 5.23 4.96 ‑ ‑ 4.89 ‑ ‑ 人 口 密 度 102,99 123.4 134.3 145.4 150.8 ‑ ‑ 150.2 ‑ ‑

注) o岡山県那治誌 明治2 2‑大正1 4

0( )は,成羽町役場 資料 よ り,大正1‑昭和6

0国典調査 昭和10, 15, 2 2, 2 5

0旧成羽町 の人 口指数 は,明治元年.大正元年 をそれぞれ1 0 0とした。

0 1 9年 と20年 は

,

「岡山県の人口」 に よる。

‑26‑

B 大 正6年〜昭和25年 (合併前の人口推移 )

大正6 7 8 9 lO Jl 12 13 l∫l 15 (吹 盛 )

世 帯 数 ( 980)( 922)( 842)842 ( 842875 ( 743ー( 760) ( 780) ( 774) ( 77) 783 ( 772)4) 罪 (2,813) (2,757)(2,595)(1.871) (1.905) (1.938) (2.104)(2.078)(1.689)(1.640) 女 (2,526)(2.302) (2,432)(1,930)(1,918) (I,833)(1.861) (1,886) (1.732) (1,733)

性 比 (111.3)(119.5) (106.7) (97.9)( 99.3)(105̲7)(113.0)(110.1)( 97.5) ( 94.6)

‑o世宍当且 ( 5,21)( 5.45) (5.20)( 5.97)( .4.5.i)(4.96)( 5.08)( 5.12) (4,4.43 ( 4.42) 37) 人 口 密 度 (184.5)(174.9)(173.8)(113310..4)1 (132.i)(13O.3)(137.1)(137.0)(11118.9.3)8 (116.6)

人 口 指 数 (旧成羽町)

世 帯 数 ((127,16.85)(262.6)(1,176)(2a)1)(11,,161100 (1.4))(119,,141736.6)9)(i198..143)(195.1 (1.144)1)(2(105.,156)(205.4)(1.156) (174)(11,,15177,8 (174.3)3)(1.159)8) 男 (3,232)(3.242)(3,470) (2,747)(2.779)(2,730)(2,822) (2,752)(2.761) (2,778) 女 (3,303)(3,325) (3,251)(2.899) (2.895) (2,834)(2.974) (2.781) (2,794)(2.811) 総 人 口 (6,535)(6.567) (64.,91421)0 (5.5.522 (5646) .674)(5.564)(5,796) (5.533) (55,,555)497 (5.589) 性 比 (97.8)(97.5)(106.7) (94̲7) (95.9)( 96.3) (94.8)( 98.9) ( 98̲8) (98.2) 石世慧 当良 (5.5‑1)( 5.58)( 5.53)( 4.93)( 4.96) ( 4.88)( 5.01)( 4,79)( 4.82) (4.82) 人 口 密 度 (187.1) (188.1)(183.9)(16̲1.7) (162.5)(159.3)(166.0)(158,4) (159.157,4 (161) 0,0) 人 口 指 数 (92,2)(97.6) ( 95.5) (83.8) (84^)( 82.7) (86.2) (82.3) (82.6) (83.1)

昭和2 3 4 5 6 10 L 15 1 19 L 20 22 25 (吹 屋 )

世 帯 数 ( 761)( 766) ( 699)( 651)( 613) 553

罪 (1,662)(1,729) (1,504)(1,429) (1,349) ‑ ‑ ‑ 1,468 ‑ 1.429 女 (1,707) (1,772)(1,603) (1.543)(1,469) ‑ ‑‑ ‑ 1.649 ‑ 1.465 総 人 口 (3.3(盟)(3,501) (3,107) (2.972)(2月18) 2,526 2.395 2.252 3.117 2,861 2,894 性 比 (97.3)(97.5)( 93.8) (92.6)(91.8 ‑ ‑ 89.0 ‑ 97.5

人 口 密 度 (116.5) (121.0) (107.4)(101.2)(97J1) 87.3 82.8 77.8 107.7 98.9 101 人 口 指 数 (174.6)(181.4)(161.0)(154.0)(146.0) 130.9 124.1 116.7 161.5 148.2 150.0 (旧成羽町)

世 帯 数 (1.159)(1,1 5 2 ) (1,158)(1.161)(⊥.167) 1,156 1,436 1.394 罪 (2,758) (2.785) (2.801) (2,786) (2.798)2,720 3,269 ‑ 3,321

女 (2,809)(2,833) (2,835) (2.813)(2.825 2,795 5.152.3131 3,930 3.574 総 人 口 (5567)(5618)(( 95.636)8.8)(5598)(5( 9.6239.0)5515 5146.,1134 7,83.1992 6,972 6895

E>

性 比 ( 981) (98.3) ( 99.0) 97.3 92.9

石世禦 当良 (4.80)(4.88) ( 4.87)( 4.82) (4.82) 4.77 5.01 ‑ 4.95 人 口 密 度 (159.4) (160.9)(161.4) (160.3)(161.0) l57.9 206.2 194.5 200 人 口 指 数 ( 82.3) (83.5)( 83.8)(83.2) (83.6) 82̲0 80.0 76̲0 107.32 103.6 102.5

合 計

総 人

lO,708 10.14ー 9.721 9.245 12.62112,097 12,061 人 口 密 度 130.5 123.6 118.5 112.7 153.8 147.4 147.0

C 昭 和30年 以降 合併後成羽町の世帯数 と人口

(住民基本 台帳 )

30 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44

世 帯 数 (22,234364) 2,316 2.286 2.309 2,310 2,314 2,318 2.301 2,308 2,276 2.242 男 (5:749) 5.2ユ2 5.348 5.326 5.159 5.040 4.930 4.787 4,684 4,463 4,259 女 (5,975) 5,558 5.747 5,638 5.469 5,375 5,271 5,168 5,080 4,863 4.671 総 人 口 (ll,724)10,770ll,095 10,694 10.628 10,415 10.171 9,955 9,764 9,326 8.930 性 比 (96.2) 93.7 93.1 94,4 94.3 93.7 92.9 92.6 92,2 91.7 91.2 蒜世栗当 ( 55:221 4.93 4.85 4.63 4.60 4.50 4.39 4.32 4.23 4.09 3.98 人 口 密 度 (142,9) 131.3 135.2 130.3 129.5 126.9 124.0 121.3 119.0 113.7 108.8

45 46 47 48 49 50 51 52 53 54

世 帯 数 2.213 2,185 2.176 2.171 2.1g3 2,184 2,194 2,lB7 2,202 2J98 男 4,045 3.926 3,834 3,759 3.716 3.740 3.676 3,674 3,665 3.624 女 4.425 4.292 4.195 4.106 4.068 4.058 4,003 3.898 3,963 3.921 総 人 口 8,470 8.218 8.029 7,865 7.784 7,798 7,679 7.672 7.628 7.545 性 比 91,4 91.4 91.4 91.5 91.3 92.2 91.8 94.3 92.5 92.4 一世帯当 り

の 人 員 3.83 3.76 3.69 3.62 3.57 3,57 3、50 3.51 3.46 3.38 人 口 密 度 103.2 100,1 97.9 95.9 94.防 95.0 93̲6 93.5 93.0 92.0

図2‑ 1‑ 1 成羽町総 人口の推移

‑28‑

(イ) 総人 口の推移

2‑ 1‑1か ら明 らかな ように,旧町村 の総人口推移 を見 てみ ると吹屋 町の伸 びが特徴的であ

る。 以下にそれぞれの町村について述 べてみ よ う。

まず旧成 羽町で は, グラフ上 においては大正 8年 まで順 調に増加 を続 け,翌9年 に は,わずか一 年で約6 0 0人 の増加 を示 し,昭和6年 まで停滞す るがそれ以後,倭や かな減 少傾向 をた どり昭和 19年に最低の5,113人が翌2 0年には7,19 9人と急増 す る。 しか し大 正8‑ 9年 については, 岡 山県新治誌資料 と成羽町役場資料 に約1,5 0 0人 とい う大 きな くい違 いが あるため,旧成羽町の 総人 口には二通 りの見方ができる。 すな わち郡拾誌 資料による とこの間, 6 12人増加,役 場資料 に よると7 75人減少 とい う結果にな る。 ここで減少 とい うこ とを考 えれば原 因は よくわ か らない が,増加 とい うことにす れば,吹屋 の富鉱 を梱 り尽 した後戻 って きた ということが考 え られ る。 ま た昭和19‑ 2 0年にかけての急激 な増 加 は,終職に よる外地 か らの引き掛 ア・軍人の復員 ・都市 か らの疎開に よるもの と思われる。

次 に吹屋 では明治2 2‑ 4 2年 まで毎回5 0 0人程度 の増加 を続 けるが, その後大正8年 までわ ずかに減少す るが翌9年 に,吹屋 の人 口は世帯数 の増加 にもかかわ らず1.50 0人, 2 5%の激減 を示す。 これ らの現象 は銅 山によるものが大 きいと思 われ,明治期の増加 は串 山の繁栄 に伴 うもの で, また大正9年の急変については,初 め銅 山の富鉱 梱 り尽 しによるものと思わ れたが,後の産業 別人 口推移 を追 跡する と, その時期の減少 は段掌 ・商隼 人FIに よるもので資料 に掛 、が もたれ る。

中村についてはあ まり変動が見 られず,吹畠,旧成羽町に比較 して安定 していた と思われる0 位 後に現成羽町の総人 口推移 を見 てみ ると,明治20‑ 40年に かけて著 しく卿加 してお り, こ れは吹屋の人 口増加 の彫密 を受 けた もの と恩われる。 明治4 0‑大正8年 までは1 2.0 00人前後 の停滞 で, この時鵜が成 羽町 のはば人口位 宿願 を示 してい るO大正9年〜 昭和1 9年 までは減少傾 向 にあるが,他 町村 同様翌2 0年 に再び励 口して扱高の12,6 2 1人 を示 した。 これも終城の影響

と患われるが,それ以後 は,現在に至 るまで人 口は減少 を続 けてい る。 特に昭和30年代後半 では, 高度経折政卿 こ伴 う血相 の労 働力 が都市に集中す るこ とによって,よ り過疎化が進 んだ もの であろ

う。

(ロ) 性 比

総人 口の うち,男女別の割合 につい て述べ よ う。 しか し, これは役場 の資料 しかなか ったためそ れ を利用 させ ていただ くO まず衷 2‑ 1‑ 2と図2‑ 1‑ 2よ り成羽町 の性比の年 次推 移 を見てみ ょ うQ (以下性比 は女100に対 する輿 の割合で示す )これによると, 日本全体 に比較す る と旧成 羽と吹屋の性比は激動 してい ることがわか る。 これは両者 の絶対数 の蓋にも よるが,旧成羽 と吹屋

を比較 した場合 でも大 きな差がある。

すなわち吹屋で は,大正5年, 7年 は性比が12 0を示 し,絶対数 が小 さい とい うことを考慮 し ても激動 である。大 正8‑ 9年 にか けて男 性28%減少,女性2 1%減少 とい う総 人 口の著 しい減 少の中 で女性敬 が男性軟 を上 まわった。 これは掛 =も述べた よ うに銅 山の掘 り尽 しによる男性人口 の流出 によるもの と考 え られ る。 またその後 大正 11. 1 2, 13年 の性比に よる と男性数が増加 してきた。 これは男性数 が女性数の増加 に較べて多 かったために起 こ ったものである. しかし昭和

‑29‑

2‑12年齢別人口構成比 昭和21年旧(成羽町)昭和30年・(成羽町)I昭30年̲(岡山県)昭和50年(成羽町)昭和50年(岡山県) 男女男女男女男女男女 85(帝)0,10.I0.30̲70̲10.20.850.20,4 80840.20.30̲30.40.40.6 75.‑790.50̲E!0.70.90.60.81.51.70.91.2 70741.11.51.

0

1̲30.91.22̲22̲61.41.7 65691.81.91.51.71.21.32.72.81.82,1 60642ー61.81.661.61.62̲33.32̲12̲5 55592.01.82.22.42.22̲12.73.22

.0

2̲6 50542.32̲12.42̲42.42̲53.33,92̲53,1 45ノー492.32.62.52.62̲52.74̲24̲53.53.5 40442.82.82.32̲82,73.13,43.83.73.7 35.‑392.63.42.22.72.43.12̲73

,0

3.43.5 30342.43.52.93̲22.93.61.42.63.83.9 25292,13.83.63̲73.94

.0

2̲42̲74.44.5 20246.14.53.43.94

.0

4.62.33.53.23.6 15194.46.14.54.14.34.84.44

.0

3.43.6 10145.86.75.85̲75.55.33̲83.93.63.4 596.86

.0

6.56.46.15̲93.62.93.83.6

0‑

44.22̲95.55.24.64̲52̲82.7444,2 0.1432.4%35.1%31.9%19.7%23% 156462057

.0

58.363̲666.5 書聖)・昭和21年は旧成羽町 ・国勢調査資料,ただし昭和21年は成羽町役場資料による。 ・合計が100にならないのは,年齢不明人口と四捨五入によるもの。

図2‑ 1‑ 2 性 比 の 推 移

.i' .:∴

ー31‑

05

06

07

UHI

09

0人U

002

図 2‑ 1‑ 3 年齢別性比 (昭和50年 ) (症 ) 国幹諏萱 女 を100とす る

1211 110 100 90 80 70 6t) 51)

図 2‑ 11 4 年齢別性比 (昭和5 0年 ) (注 ) Ea勢調査 女 を100とす る

成羽 流動人 口調査 による推計

の初 め か ら,それまで 日本 に比較 してほほEE倒 的 に男性数 が多か った吹屋 で も減少 が著 し く,性比 は 日本 全国のそれ に較べ て顕著 に低下 する。

また旧成羽町では大 正7‑ 8年に かけて,男性数増 ,女性数滅に よ り性比 はこの年 だ け男性数 が 多 くな るO その後 は性比 は9 5あ た りで安定 し,昭和期 にな ってか らは9 8あた りで安定す るが , 旧成羽 で性比が10 0を上まわ ってい るのにもかかわ らず吹屋 ,旧成羽 とも性比 は1 0 0を下 まわ る。

さ らに合併 後の成羽町 の性比 は.昭和36‑ 44年頃まで高度成長 に伴 う全体的 な過疎化の中 で 特 に男性人口の流出が見られ ,性比は91あた りで停滞 し5 2年頃 には9 3ぐらいにあがる。

これに対 し 日本の性比 は戦後9 6ぐらいで安定 している。

次 に昭和30年, 50年 の成羽町 と岡山県の年 令別性比 を比較 してみ ると,昭和30年 では岡山 県 .成羽町 とも30‑ 45才あた りの性 比が80ぐらい になるのは職没 に よるもの と思われ,両者 の相違 はそれ程 ないが15‑ 39才の青年層 にお いて成羽 の方がや や高 く注 目できる。 が, 20年 後 の昭和50年においては50‑ 6 5才 ぐらい まで30年同様戦没 のため男性 が少な いO この時期 特徴的な ことは, 20‑ 50代において成羽町 の件比は岡山県に較 べて著 しく低い。 これは成羽町

の男性人口の流出 を切実 に語 る ものであ る (図2‑ 1‑ 3. 2‑ 1‑ 4参照 )0 (/,) 世帯数 と一世帯 あた り人員 の推移

まず世相 教につい て述べ ると,大正9‑ I0年にかけ て吹屋 では役場資料 に よると約10 0世帯 減少 してい るの に対 し,人口 は20人程 増加 している。 しかし,この資料 につい ては疑問が持 たれ る。 また昭和30年か ら現在 に至 るまで人 口は約4,0 00人減少 してい るが世辞数 は約10 0樫度 しか減少 していない。 これは全体 の世博 にわ たってわずかずつ労働人 口が流 出した ものと思わ れるO

次に一世 帯あた り人員の推移 につい て見 る と,中村に ついては明治期の資料 しかないが,吹f‑.,I., 旧成 羽町のはば 4.5人 に対 して6 5人 を示す。 また成羽は大正 1‑8年 ぐらい までに平均54‑55 に増加する。 吹屋の万 も大正 にはい って から5,2‑ 53,大正9年 には597人 まで増加 している。

が以後 ,吹屋 ,成羽 とも戟後直後 の20年 を除いて減少傾 向にあ り,合併後 も減少 して, 4 4年に は3r9 8人 とな り54年 には3 3 8人 とな ってい るO これ らを日本 の数値 (昭和3 0年5,13人 , 4 0年4・2 5人, 50年3.5 7人)に比較 する と成羽 町 はあ まり変 わ らないo Lかし これ には構成 員 の差 があ る と思わ れ,日本全体 では核家族化 が進 んで いるのだが ,成羽町で は老令者 による構成

と思 われ る。

( 2 )

年齢別 人 口構成 の推移 と比較

まず図2‑ 1‑ 5の昭和21年の旧成羽町の人口 ピラッ ドを見てみ ると戟没のた め2 0‑ 3 4 才の男性が少 な く.またその年代 を父親 とする年代 (0‑ 4才 )も少 な くな ってい る。図2‑ 1‑ 6

6の昭和3 0年成 羽町では,や はり3 5‑ 4 4才 の男性 が少 ないが, 5‑ 9才の層 が多 くな る。 図 211‑ 7の 県全体 ではこの層 が著 し く多 くて,ベビー ブーム を反映してい るが ここで はそれ程形 馨があ る とは思えない。 また0‑ 4才 の年令層の数値 は出生 率の減少 を示 しているO図 2‑ 1‑ 8 の昭和4 0年成羽町 では20‑ 3 4才が少な くヒョウタ ン型 とな っているo これは2 0‑ 24才に おい ては戟没者 を父 とす るためもあるが ,それに もまして20‑ 34才 ぐらい までの磨者 の都市へ

32 ‑

和 21 frl成 羽町

500 (lJ,)

0 0

図2‑ 1‑ 5 年齢別人口構成 (成羽町役場資料 )

昭和30年 成 羽 町

500 (女)

d〕‑ 75‑

70‑74 65‑69 650‑65‑549

5432L105.0‑450505‑10‑15‑ 90‑a‑2‑5‑3‑24一‑4一 44949l919l1

l

I I

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