要 約
4 財産区は市町村の一部として特別地方公共団体を構成するとして破産能力を否定した判例(大決昭 12.10.23 民集 16.1544)がある。
定めておくことは想定されていない。
現在の首長と議会が借り入れた債務を返済する という約束を、将来の首長と議会が履行するよう 予め拘束しておくことはできないので、そこで、仮 に、将来の首長と議会が債務を返済しないという戦 略を採った場合に、貸し手が強制執行を申し立てて 地方政府の財産を差し押さえることができるか考 えてみよう。この点、憲法 94 条で「地方公共団体は、
その財産を管理し、事務を処理し、及び行政を執行 する権能を有し、法律の範囲内で条例を制定するこ とができる。」と定められている。また、
「この憲法 94 条の規定は、…地方公共団体の権能に属 すべき事項を抽象的・概括的に例示し、これを憲法上に 保障しようとするものであるとされている(法学協会「註 解日本国憲法(下巻)」(有斐閣)1395 頁参照)。つまり、地 方公共団体の自治権は、国から分与されたものと考えら れるが、憲法 94 条の規定によって、これらの権能が憲法 上のものとして保障されることとなり、法律を以てして はこれを奪うことが許されない。松本(2004、107 頁)」
とされるのである。
このため憲法で保障された財産を管理するとい う地方政府の自治権を、他の法律を以てしては奪う ことは難しいので、仮に、将来の首長5と議会が債 務を返済しないという戦略を採った場合には、貸 し手が破産や強制執行を申し立てて財産を差し押 さえ、地方政府に債務の返済を強制することは難し いと考えられる。つまり強制執行や破産を申し立て られることができるという破産能力が無いので、地 方政府が意図的に債務を返済しないという戦略を 採った場合に、貸し手が強制執行や破産を申し立て て債務の返済を強制し、地方政府のデフォルト・ペ イオフを十分引き下げることができない。このため 意図的に債務を返済しないという戦略を採り得る 不確実性が生まれ、債務を返済しないという戦略 で地域の住民満足を増やすことができる場合には、
「国が何とかしてくれる」という神話を信じるよう になる恐れがあるので、地方政府は信頼に足る返済 の約束を成すことができなくなるのである。
1 − 3.市場での評判のメカニズム
しかし将来の首長と議会が債務を返済しないと いう戦略を採った場合に、破産や強制執行を申し立 てて債務の返済を強制できないとしても、信用市場 では、安易に、債務を返済しないという戦略を採っ た者は、新たな融資を得にくくなるという「評判の メカニズム」が働いている。返済しないという戦略 を採った借手への新たな融資には応じないことで、
借り手のデフォルト・ペイオフを十分低下させる ことができれば、新たな借り入れができないために 住民満足を損ねるようになることを恐れて、将来の 首長と議会も、現在の首長と議会が借り入れた債務 を返済するという約束を誠実に履行するようにな る可能性がある。この場合には市場による規律が働 いて、将来の地方政府が意図的に債務を返済しない という戦略を採る不確実性が無くなる。債務を返済 しないという戦略を採ることを前提に、借り入れた 資金を非効率な事業に浪費する恐れも無くなるた め、国と同様、地方政府の財政健全化を図るために、
敢えて、いわゆる 再生型破綻法制 を整備する必 要は無いかもしれない。
実際、Bohnet et al(2001)氏らは、東欧諸国の市 場経済化で深刻な混乱が発生した原因として、先 ず、私的な経済取引に関する法的規制が全く整備さ れておらず、また、私的な信頼関係のみに基づいて 取引が行われていた市場経済化以前は、相手が契約 に違反しても裁判に訴えて契約の忠実な履行を法 的に強制できないので、契約の履行を法的には強制 できないことを前提に、このため取引を行おうとす る相手同士が、相互の信頼性を事前に慎重に審査す るという評判のメカニズムが働いて、少数の取引相 手同士についてではあるが、却って、契約が忠実に 履行されることを期待できたとしている。そして市 場経済化と同時に私的な経済取引に関する法的規 制が整備されると、契約の履行を法的に強制できる ようになったので、以前のようには慎重には審査せ ずに多くの相手と取引するようになった。
ところが導入された法的規制が不十分で、契約
5 地方自治法 177 条では、
「普通地方公共団体の議会の議決が、収入又は支出に関し執行することができないものがあると認めるときは、当該普通地方公共団体の長 は、理由を示してこれを再議に付さなければならない。3. 前項第一号の場合において、議会の議決がなお同号に掲げる経費を削除し又は減額したときは、当該普通地 方公共団体の長は、その経費及びこれに伴う収入を予算に計上してその経費を支出することができる。」としているので、首長が義務費として予算案に計上すれば、この経費を議会が削除した場合には再議に付した上で、再度、議会が削除しても、首長は予算に計上して支出できる。
の忠実な履行を効果的には強制することができな かったので、このため市場経済化以降は、却って、
契約が忠実に履行されることを期待できなくなっ たとして、市場経済化のため導入した不十分な法的 規制で混乱が引き起こされた可能性があると指摘 している。そして私的な経済取引に関する法的規制 を導入しないで、相手の信頼性を慎重に審査すると いう評判のメカニズムを働かせた方が、効率的に取 引を実行できるようになる場合もあるとして、これ を実験心理学的に確認して More Order with Less Law という論文を著している 。
また、国際金融市場について Michael(2007、223
〜 224 頁)氏は、
「政府は国際金融市場から資金を手に入れると、債務の 返済を拒もうとする誘惑に駆られる。債務不履行は、特 に、近視眼的には、各国政府にとって、経済的に魅力的な 選択肢である。世界政府が存在せず、法的に契約の履行 を強制する仕組みが存在しないのに、何故、それぞれの 政府は国際金融市場から借り入れた資金をきちんと返済 し、また、投資家達は自信を持って何十億ドルもの資金 を、毎年、外国政府に貸し付け続けるのか?その答えは、
私に言わせれば、信用である。」
としている。そして、地方政府の場合と同様、司 法の力では返済を強制できない国際金融市場では、
安易に返済を怠った借り手は新たな借入が困難にな るという評判のメカニズムが、債務の返済を強制す ることで各国の財政を規律付けてきたことを、過去 3 世紀間の歴史を詳細に検証して明らかにしている。
つまり、
「投資家達は外国政府の真の意図が分からないという、
不完全な情報の下で、融資の可否を決定しなければなら ない。しかし彼らは投資家との信頼関係を大事にする政 府が存在することを知っており、これらの、しっかり者 の政府は国際金融市場の価値を熟知していて、良いとき も悪いときもきちんと債務を返済することを知ってい る。一方、たちの悪い政府は一度借り入れてしまうと、今 度は、債務の返済を過重な負担と感じ、悪いときや、ま た、時には、良いときにさえ債務不履行を起こすことが
ある。そして中間的な様子見の政府は良いときには進ん で債務を返済するが、悪いときには簡単に債務不履行を 起こしてしまうことを知っている。投資家達は、更に、政 治的な変化の可能性、つまり現在の政府が過去の政府と は異なった考えを持ち、全く異なった行動を採るように なる可能性があることも理解している。
そして時々に応じて、投資家達は借り手が、しっかり 者の政府か、たちの悪い政府か、様子見の政府かという 期待を形成し、状況の推移に応じて期待を修正する。彼 らは、借り手政府が過去どのような行動を採ってきたか を観察して、どのタイプに属するのかについての情報を 収集する。このことを知っているので、将来良い条件で 融資を得たい借り手政府は、投資家達の信頼を高めよう とするインセンティブを持つようになる。このため、た ちの悪い政府と判定され、または、国際金融市場から閉 め出されることを恐れて、借り手政府は債務を誠実に返 済するようになる。また、苦しいときにも返済を続けて、
国際金融市場での評判を高め、より低い金利で、将来、融 資を得ようとするようになるのである。こうして投資家 達は、国際金融市場で良い評判を持つ政府に、進んで多 額の資金を提供するようになる。」
としている。
このように国際金融市場では、安易に、債務を返 済しないという戦略を採った者は、新たな融資を得 にくくなるという評判のメカニズムが働いている。
しかし、こうした評判のメカニズムが働くためには Michael(2007)氏の事例で明らかにされているよ うに、何年も、又、時には何十年も、債務を返済し ないという戦略を採った政府は、新たな融資を得ら れないという状況が継続する必要がある。ところが 地方政府については、仮に、こうした状況が長期間 続くと予想される場合、または、過剰に借入れた債 務を返済して市場での評判を回復するために、政府 サービスの大幅な削減や増税などを長期間継続す る必要があると予想される場合には、過剰な債務の 原因となった非効率な事業の実施を支持し、また、
支持しないまでも見逃した多くの住民は他地域へ 転出6してしまう可能性が高い。