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イギリスのイングランド及びウェールズ地方(以下では単に「イギリス」と称する。)では2005年

にMCA(Mental Capacity Act,意思決定能力法)が制定されている。同法は,生活全般に関して意思決

定に困難を有する本人に対する意思決定支援を追求し,意思決定支援が尽きたところから代行決定が 行われるとして,そのための手続的仕組みの整備を行っている。MCAは,意思決定支援に関して一つ の理想的な制度を定めているとの評価がされている。

また,オーストラリアのサウスオーストラリア州においては意思決定支援のモデル実践が行われ,

いくつかの国際会議等において,意思決定支援の優れた実践であると紹介されている。

本実行委員会は,今回のシンポジウム実施に当たり,イギリスにおける MCA 法の実施状況や課題 とサウスオーストラリア州の意思決定支援の具体的な実践内容を調査するため,イギリスには9 人,

サウスオーストラリア州には6人を派遣した。視察結果は以下のとおりである。

第1 イギリス MCA 調査報告

イギリス

MCA

調査報告の概要

1 はじめに

視察旅行の目的及び視察先,視察スケジュール等について確認する。

2 MCA(Mental Capacity Act)の下での制度の概要

視察期間中の集中研修等で得られた知見を基に,MCAの基本原則(5原則),MCAに関する行 動指針,それに基づく意思決定支援のあり方(本人中心主義の発想),意思決定能力を欠くと判断 された場合の代行決定のあり方,代行決定の際の最善の利益(ベストインタレスト)追求の方法に ついて,その概要を報告する。

加えて,MCAに規定されているIMCA(独立意思代弁人)制度,法定後見制度,任意後見制度

の概況について触れるとともに,本人の意思,好み,意向を酌み取り,意思決定能力を伸ばして いくためのサロック・ライフスタイル・ソリューションズのプログラムを紹介する。

3 視察報告

全11か所の視察先のうち,特に保護裁判所,後見庁,法律事務所,IMCAサービス提供事業所に スポットを当てて報告する。報告書完全版は添付のCD-ROM版資料を参照。

(1) 保護裁判所(Court of Protection)

保護裁判所において,任意後見人による横領が疑われるケースの審理(通常は非公開)を傍聴し,

当事者がどのような主張をし,裁判官がどのような審理の進め方をしていたかに関する概要を報告 する。その後,審理を行った上席裁判官とベストインタレストの判断に関する意見交換の内容,及 び保護裁判所の役割と現状について報告する。

(2) 後見庁(Office of the Public Guardian)

MCAの制定に伴い設立された行政機関であり,任意後見契約の登録作業,法定後見人の監督等 を行っている。日本と比較して圧倒的に多い任意後見の現状及び法定後見人に対する助言・監督の 方法,横領事件等が発生した場合の補償方法等について報告する。

(3) クラーク・ウィルモット法律事務所及びフット・アンスティ法律事務所

保護裁判所における意思決定能力を欠く本人等の特別代理人としての活動を専門に行っている

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事務弁護士,及び財産管理に関する法定後見人を行っている事務弁護士の両名から,弁護士とし て MCA にどのように関わっているのかについての意見交換の内容を報告する。また,対応する ケースに関する弁護士報酬,日本の成年後見制度にみられる取消権がない状況の下での消費者被 害対応,イギリス国内での後見人による横領問題等についても触れる。

(4) ブリストル・マインド(Bristol Mind)

MCAに規定されるアドボカシー「IMCA(独立意思代弁人)」のサービスを提供する慈善団体 であり,実際にこのサービスを提供する管理者及びアドボケイト本人と面談した結果として判明 した,IMCA の役割・権限,求められる資質・資格,及び具体的な関与ケース(①認知症高齢者 でゴミ屋敷に一人暮らしをしていた女性のセルフネグレクトが問題となったケース,②知的障害 及び言語によるコミュニケーションが困難な高齢の男性で,胃ろう増設が問題となったケース)

について報告する。

1 はじめに~なぜ今

MCA

の視察を行ったのか

(1) イギリスMCA視察旅行の目的

① 我が国は,国民の4人に1人が高齢者という超高齢社会を迎え,認知症高齢者は462万人,

さらに認知症になる可能性がある軽度認知障害の高齢者も約400万人と推計されている。これ は,今まで親が財産管理も身上監護も支えるという家庭が珍しくない中で,親の高齢化に伴い,

知的障害や精神障害など,精神上の障害により判断能力に困難を抱える障がい者の意思決定を 誰がどう支えるかという問題とも直結している。しかし,現行の成年後見制度には,本人の意 思決定をどのように支援するかに関する具体的な仕組みが欠落している。また,昨年批准した 障害者権利条約に照らしても,行為能力制限を中心に据えた現在の成年後見制度には大きな問 題点がある。そこで,判断能力が不十分となっても,本人を権利の主体に据えて,その意思決 定を支援することを中心とする制度への転換を求めていくべきである。

② この点について,我々が一つモデルと考えたのは,イギリスで2005年4月に成立し,2007 年10月に施行されたMCAである。これは,特定の場面で特定の意思決定を自力で行う能力(意 思決定能力)に欠ける個人に代わって意思決定をし,行動するための法的な枠組みを規定する 法律であり,イングランド・ウェールズ地方に住む16歳以上のすべての人に適用されている。

この法律には,意思決定に困難を抱える人に対する支援のあり方に加えて,日本でいう法定後 見や任意後見などの成年後見制度も併せて規定されており,そこでは,意思決定支援を優先す る原則と意思決定能力がないと判断されても本人にとっての最善の利益(ベスト・インタレス ト)を追求していく原則とが明確に示されている。意思決定能力がないとされる人を,「保護」

の名の下に,第三者が全面的に管理したり,その行動を過度に制限したりするのではなく,彼 らの意思決定能力を最大限引き出し,可能な限り本人も意思決定の判断過程に参加してもらう ことを目的とした法律であるということができる。

③ 日本でも,MCA に関するいくつかの研究論文が報告されており,概要を知ることができた が,そもそも「意思決定支援」とはどのようなことをしているのか,できれば現地に行って,

実際にMCAがどのように活用されているのかを実務家の視点で検証したいと考え,2015年4 月19日から4月25日まで渡英し,海外視察を敢行した。

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④ MCA視察旅行の目的をまとめると,次の四つである。

ア 意思決定支援とは何か。イギリスMCAの下で,どのように実践されているのか。

イ 最善の利益(ベストインタレスト)は,どのようなプロセスで決定されているのか。IMCA

(Independent Mental Capacity Advocate,独立意思代弁人)の役割とは何か。

ウ 法定後見や任意後見の実態。日本との違いは何か。

エ 法定後見や任意後見に対する司法・行政の監督体制は,どうなっているのか。

(2) イギリスMCA調査報告の視察先リスト

実質5日間に渡り,全部で11か所の団体の訪問・調査を行った。

(3) 視察スケジュール

視察団は全員で9名であったが,実質5日の視察日程のうち,1日目~3日目は全体で行動して いたが,4日目,5日目は,A班(制度概観班)とB班(実務集中班)に別れて行動し,B班は意 思決定支援を実践している団体(サロック・ライフスタイル・ソリューションズ)で,障がい当 事者とともにワークショップに参加した。

また,関係団体の訪問調査をするだけでなく,2日目は,一日かけて,エンパワメント・マター ズのスー・リー氏(元IMCA)により,MCAに関する総合的なトレーニングを受けた。またロン ドンのみではなく,3日目は地方都市ブリストルを訪問し調査を行った。全体を通じて関係団体は

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どこも協力的であり,非常に充実した視察を行うことができた。コーディネートを行った法テラ ス東京の水島俊彦弁護士(当時エセックス大学に客員研究員として留学)に深く感謝する。

※基調報告書ではページ数の制約ですべての視察先の報告を紹介することができない。完全版を御覧になりたい 方は,添付のCD-ROM版資料を参照いただきたい。

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MCA

(Mental Capacity Act)の下での制度の概要

(1) MCAの基本原則(5原則)とは

成年後見制度を中心とした我が国の法制度と大きく異なるのは,MCA第1条に掲げられてい る基本原則である。この5つの原則については,視察報告を有意義に読み進めるための基本的な 知識となると思われるため,最初に場面ごとにまとめて紹介する。

(2) MCAに関する行動指針(Code of Practice)

イギリスでは,判断能力が不十分な人の意思決定支援をどう行っていくか,意思決定能力がな いとなった時の支援方法,任意後見(Lasting Power of Attorney=LPA)や法定後見(deputy)はど のような義務があるかなどについて,具体的な過去の事例をあげた望ましい実務のあり方の手引 きとして,オフィシャルガイドライン(行動指針(Code of Practice))を発行している。

下記の者は行動指針を「尊重」することが法的に求められている。

行動指針に従わなかったからといって罰則はない。しかし,後で本人の同意なく勝手に代行決 定を行った責任が問われたときに,行動指針の不遵守の事実が民事及び刑事の裁判の証拠になる ことがあるとされている。

・意思決定能力を欠く人のために専門家として関わる者・有償で働いている者 ex.医療関係者,福祉関係者,救急隊員,施設職員,警察官など

・独立意思代弁人(IMCA=Independent Mental Capacity Advocate)

・任意後見人(LPA=Lasting Power of Attorney)

・法定後見人(Deputy)