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法定代理制度(現行法定後見制度)

第2章 意思決定支援法

第4節 法定代理制度(現行法定後見制度)

第1 総論

本節の「法定代理制度」は,現行成年後見制度における法定後見制度を意思決定支援の考え方に 基づいて再構築したものである。

現行法定後見制度は,後見,保佐,補助という三元説をとり,例えば後見類型の場合,精神上の 障害により財産の管理処分に関する事理弁識能力を欠く常況にあると判定された場合は,本人はす べての法律行為ができないものとされ,成年後見人に包括的な財産管理権(すべての法律行為につ いての代理権)が付与される。しかし,財産管理に関する判断能力とそれ以外の事柄についての判 断能力は異なるものであり,このような人単位の基準によって本人の能力を制限することは過度に 広範な制限であるといわざるを得ない。保佐の場合も事理弁識能力が著しく不十分と判定されるこ とにより,当然に,民法第13条第1項に規定する九つの法律行為について同意権が留保され(行為 能力制限),個別に判断能力の有無を審査されない。

意思決定支援の考え方は,精神上の障害がある人も確定的に意思決定能力がないと認定されない 限り意思決定できるということを前提とし,意思決定に困難がある場合には支援をすることが必要 であるとする。

しかし,本人がある事柄についての意思決定を必要とする場合において,周囲の者が様々な方法 で意思決定支援を尽くしても,本人が意思決定をすることができないことはあり得る。このような 場合,意思決定を必要とする事柄が,例えば,継続的に繰り返される財産管理等の法律行為や居所 決定など一定の重要な事柄であるときは,本人の利益を護るため,正当な権限を付与された法定代 理人が選任され,本人に代わって意思決定を行う必要がある。

そして,意思決定をすることができないということは,意思決定を必要とする当該事柄について の支援を受けた結果であって,支援を受けていない他の事柄についても意思決定ができないという ことにはならないので,法定代理人の選任は,あくまで支援を受けた個別の事柄ごとに判断しなけ ればならない。この点,現行法定後見制度は,本人の事理弁識能力の程度によって後見・保佐・補 助の三類型に分類し,後見人には包括的な代理権が付与されるので,実際に本人が意思決定できる 事柄についても後見人が本人に代わって意思決定を行うことができ,その結果,本人の自己決定を 侵害する事態も生じている。

そこで,本法の法定代理制度は,判断能力の低下の程度による類型化はせず一元説の立場に立ち,

支援をしても本人が意思決定をすることができない場合の当該事柄について法定代理人が選任され 個別具体的な代理権が付与されるものとする。【事柄ごとの代理権】

また,本法における法定代理人は,本人意思尊重義務を負う。この点は現行制度と同様であるが,

現行制度のように,具体的な指針が示されておらず代理人の裁量に大きく委ねられた本人意思尊重 義務ではない。本法における法定代理人は,代理・代行における基本原則に従わなければならず,

本人の要望や信念,価値観などを十分に考慮し,本人が当該事項について意思決定能力を有してい たならば導かれたであろう本人の意向等を尊重した最善の決定を行うことが求められる。【代理・

188 代行の基本原則の適用-最善の決定】

その他,本法の法定代理は,個別行為の代理権行使に必要とされる範囲で足りること,また,本 人の意思決定能力は常に回復する可能性を考慮しなければならないことや,代理権の濫用防止の観

点(障害者権利条約第12条第4項参照)から,代理権の存続期間を定め,定期的な見直しのシステム

なども設けている。【期間制限と見直し】

第2 制度概要各論

1 代理人の権限

意思決定支援は,ある特定の事柄について本人が意思決定しなければならない場面において,本 人がその決定をすることについて困難を抱えている場合に,その自己決定を導くためになされるも のであり,意思決定できるか否かはあくまで特定の事柄について個別的に判断することになる。そ うすると,代理権付与に当たっては,包括的代理権ではなく,特定の事項について個別具体的に代 理権を明記すべきである。

例えば,銀行取引については,「本人名義の○○銀行△△支店普通預金口座番号××の口座に関 する取引の代理権」となり,現行法定後見制度(補助,保佐)における「金融機関との取引に関す る代理権」というような包括的な定めは認められない。本人の能力と支援によっては,多額の預金 を管理することは困難であるが,少額の預金であれば管理はできる場合もあり得るのであり,必要 最小限での代理権付与とすべきである(例えば,「50万円以上の取引に関する代理権」の付与)。

なお,本人が遷延性意識障害状態にあるような場合には,一般的に代理人による代理権行使が必 要となる範囲は広くなると考えられるが,そうであるからといって本人が意思決定を必要としてい ない事柄についての代理権まで含んだ包括的代理権を付与することは,本人への過度の干渉となる ので,必要な代理権を個別列挙すべきである。

また,法定代理人の不祥事防止の観点から,例えば,多額の残高がある預金口座の取引代理権を 付与する場合には,一定額以上の出金については,監督官庁が発行する許可書を必要とすることな どが考えられる。

法定代理人は,後述のとおり善管注意義務を負っており,本来であれば,適正な代理権行使が確 保されるはずである。しかしながら,近年,親族後見人はもとより専門職後見人による財産着服等 が頻発していることからすれば,代理人による財産着服を防止する方策を検討すべきである。この ような成年後見人等の不祥事は,現行制度における成年後見人の権限が包括的かつ広範であること に起因するものと考えられるところ,個別代理権付与とすることによって一定程度の抑止効果が期 待できるといえる。しかし,高額の預金管理等においては,なお着服等の危険性が残るため,代理 権行使に一定の制限を定めることができるとするべきであろう。もちろん,預金取引に限らず,そ の他の代理人の行為についても適正な行使が確保されるよう制限を設けることも相当である。上記

「指示書」の発行は,家庭裁判所による決定(例えば「50万円以上の払い戻しについては,後見庁 の指示を受けなければならない」など。)に基づき,監督官庁の監督権の一環としてなされること になる。

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2 代理人選任,代理権付与の申立て

(1) 申立権者

特定の事項について意思決定することができないと判断された場合,本人に代わって当該事項 にかかる権利を行使できるよう,法定代理人を選任し,代理権を付与する手続が必要となる。

この法定代理人選任の申立権者としては,本人に必要とされる意思決定の代理行使が迅速かつ 有効に機能するよう,本人及び本人と一定の身分関係あるいは法律関係にある者,すなわち,配 偶者,4親等内親族,任意代理人,法定代理人に申立権を付与すべきである。

また,福祉関係者等から行政に対する情報提供に基づき的確に代理支援につなぐことができる 様,市区町村長にも申立権が付与される必要がある。

なお,本人以外の者が申立てをするときは,原則として本人の同意を得なければならないとす べきである。

(2) 職権におる選任・付与

さらに,家庭裁判所の職権による代理人選任,代理権付与を認めるべきであると考える。

現行法定後見制度は,申立主義を採用した上で,適切な申立権者がいない場合に備えて,特別 法により市区町村長に申立権を付与した。しかし,この首長申立ては,予算上の問題やマンパワ ー不足等により,必ずしも有効に機能しているとはいえず,申立てまでに半年から 1 年程度を要 したという事例もあり,やむを得ず判断能力が著しく減退している本人申立てという形式をとら ざるを得ない事態も生じている。そこで,本人支援の実効性を確保するため,職権による代理人 選任,代理権付与を導入すべきである。

これによって,代理人選任手続開始の間口が広がり,支援が必要な者に対し,適時に適切な代 理人が選任されることになる。もっとも,このように間口を広げるとしても,家庭裁判所が自ら 支援を要する者を探し出すことは困難であるから,広く市民(本人の支援に関わっているが申立 権者ではない者)が裁判所の職権発動を促すことができる仕組み作りが不可欠である。

本法では,代理や代行の前に意思決定支援を優先させることが前提とされており,職権発動を 促すことが本人に対する過度の介入となるものではなく,もし不当な場合にはこれを救済する仕 組みも設けている。

3 代理人選任及び代理権付与機関

法定代理人を選任し,代理権を付与する機関は家庭裁判所とする。

法定代理人の選任,代理権の付与は,権利や義務に関わる権限を他人に付与するものであるから,

司法機関による判断が相当であり,家庭裁判所が担うべきである。

付与の対象となる代理権は,本人が意思決定を必要とする事項についての代理権であり,本人が 当該行為について意思決定することができないのか,当該代理行為を行う必要性があるかなどにつ いて,本人の周囲にいる支援者の状況も勘案した上で決定すべきことになる。特に本人がどのよう な意思決定支援体制の中にあるかは判断の中で重要な要素を占めることになり,現行法定後見制度 よりも実質的な審査になると考えられる。

なお,意思決定できないとの判定については当該事柄の性質によって程度の違いがあることは考 えられ,例えば,一身専属的な事柄についてはできる限り本人の意思によるべきであるためかなり の能力減退が要求されることになるし,継続的な財産管理の場合にはその程度はやや緩やかになる