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第2章 意思決定支援法

第2節 代理・代行

第1 代理・代行の考え方

1 代理・代行の許容

本人がある事柄について意思決定をしなければならない場面においては,本人による意思決定を 導くために周囲の者による様々な支援がなされなければならない。これらの支援によって本人が意 思決定することができれば,それは本人の自己決定である。

しかし,様々な意思決定支援を行ったとしてもどうしても本人が意思決定することができない場 合には,その事柄について決定をすることが迫られているのであるから,本人に代わって誰かが決 定せざるを得ない。付言しておくと,現時点において,決定をしてもらう必要があるからこそ,支 援を尽くした後の代理・代行決定が問題となるのであり,必ずしも現時点で決定が必要というわけ ではないという場面であれば,引き続き必要な意思決定支援を継続し意思決定を導けばよいのであ って,代理・代行の問題とはならない。このような場面まで代理・代行を認めることは,本人の領 域に対する過度な介入といわざるを得ない。

第1編第3章で説明したとおり,障害者権利条約に関する「一般的意見」は,一切の代理・代行 を認めないという立場をとるが,本報告書では,適切な意思決定支援を尽くしても本人による意思 決定が導けない場合には,代理・代行としての他者決定は許容されると理解する。

ただし,障害者権利条約の趣旨を十分に反映させる必要はあり,十分な意思決定支援がなされな いまま,安易に代理・代行を行ったり,その代理・代行が本人の意向や選好に基づかないようなも のや必要な限度を超えるようなものであることは許容されないと考えられ,適正な代理・代行のた めの原則を定める必要がある。

2 代理・代行の定義

(1) 本報告書では,法律行為についての他者決定を「代理」,事実行為についての他者決定を「代 行」とする。

(2) 正当な権限を付与された任意代理人あるいは法定代理人による決定としては,法律行為につい ての代理の場合や居所決定,医療行為の決定についての代行の場合が想定される。

3 代理・代行の法的位置付け

代理・代行は,基本的には他者による本人の領域への介入であり,本人に代わって他人が決定す ることについては,その正当な権限を有することが必要である。

しかし,例えば日常生活用品の購入の決定など,事柄によっては,そのような正当な権限を有す る者を付するまでもない場合もあり得るのであり,そのような場合における代理・代行を否定する ことは,却って本人の利益が守られないこともある。

ただ,その場合の構成として,本法では,何らかの法的な「権限」を付与して有効とするもので はなく,権限のない者による代理・代行決定は,基本原則に従う限りにおいて違法とは見なされな いと考えるものである。

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第2 代理・代行における基本原則

ここでの原則は,事実行為についての「代行」決定だけではなく,権限が付与された者による法律 行為の「代理」決定等にも及ぶものである。

1 本人が意思決定することができない場合に行われる代理や代行は,本人の要望や信念,

価値観などを十分に考慮した本人の意思と選好の最善の解釈に適うものでなければならな い

(1) 代理・代行が許容される場合であってもそこでなされる他者決定については,あくまで本人の 立場にたって導かれるものでなければならず,代理・代行者自身の価値観や基準によってなされ てはならないことを求めるものである。

(2) イギリスMCAにおいては同様の趣旨を「ベスト・インタレストの原則(第4原則)」として 提示する。

「最善の利益(ベスト・インタレスト)」の用語は,一般的には客観的な最善の利益として使 用されてきた。そこでは,本人の意向よりも客観的に見て合理的であるか否かという保護的観点 からの検討が許容され,重視されていた。

しかし,このような客観的な最善の利益によるとき,代理・代行者による価値観が押し付けら れ,本来の本人の自己決定権が歪められる危険性もある。国連障害者権利委員会の「一般的意見」

では,客観的な最善の利益によるべきではなく,「意思と選好の最善の解釈」によるべきである と指摘しており(第21項),サウスオーストラリアでもこの点の危惧から,「最善の利益」では なく,「表出された本人の意思」に基づくべきことが唱えられている。

イギリスMCAの第4原則も,本人の過去及び現在の要望や感情,本人が有していた信念,価 値観,選好などを最大限に考慮した「最善の利益」を追求している点で,客観的な最善の利益と は異なる概念としているが,混乱を避けるため,ここでは「最善の利益」という用語を使わず,

本人の意思や選好を考慮し,本人が意思決定能力を有していたならば導かれたであろう最善の決 定を行うべきことが求められるものとする。

(3) 何をもって,本人の意思や選好を考慮した最善の決定となるかについては,イギリスMCAが

「チェックリスト」を用意しており,参考になる。

そこでは,

(ⅰ)本人の年齢や外見,状態,ふるまいによって,判断を左右されてはならない

(ⅱ)当該問題に関係すると合理的に考えられる事情については,すべて考慮した上で判断しなけ

ればならない

(ⅲ)本人が意思決定能力を回復する可能性を考慮しなければならない

(ⅳ)本人が自ら意思決定に参加し主体的に関与できるような環境を,できる限り整えなければな

らない

(ⅴ)尊厳死の希望を明確に文書で記した者に対して医療処置を施してはならない。他方,そうし

た文書がない場合,本人に死をもたらしたいとの動機に動かされて判断してはならない。安楽 死や自殺幇助は,認められない。

(ⅵ)本人の過去及び現在の意向,心情,信念や価値観を考慮しなければならない

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(ⅶ)本人が相談者として指名した者,家族・友人などの身近な介護者,法定後見人,任意後見人

等の見解を考慮に入れて,判断しなければならない とする。

(4) ここにおける判断は,客観的な利益を一切排除するということを意味するものではないことに 注意を要する。

イギリスにおいても,「バランスシート方式」が取られており,本人にとっての潜在的利益と 潜在的不利益とを列挙することによる検討がなされるが,そこにおいて本人の心情や意向といっ た主観的要素を重んじるという手法である。

しかし,本人の主観的要素を適切に評価していない場合には,それが客観的利益に適っている からと言って代理権行使の相当性が認められるということにはならない。

(5) この判断に当たっては,重要な事柄については,代理・代行者が一人で決め得るとすることは 相当でない場合がある。そのような場合には,本人に関わる者らによる会議において検討するこ とが必要であろう。

また,本人の意向や心情,信念,価値観等を調査し専門的立場からこれを代弁するイギリスMCA における独立意思代弁人(IMCA)のような制度も必要である。

さらに,これについて相談できる公的機関の設置も不可欠である。

2 代理・代行が許容される場合であっても,それは必要最小限のものでなければならない

(1) 必要な意思決定支援を尽くしても本人がその事柄について意思決定できない場合に,代理・代

行が許容されることになるのであるが,それは当該事柄について必要な範囲に限定されることに なる。

それ以外の事柄については何らの支援もなされていないし,支援の結果意思決定できないと判 断されたわけでもない。したがって,必要以上に代理・代行の範囲を広げることは過度の介入と して正当化されない。障害者権利条約第12条第4項も必要性・補充性の原則を求めている。

(2) また,代理・代行が許容されるのは,その事柄について,その場面においての判断であり,一 度,意思決定することができないと判断して代理・代行が許容されたとしても,それがその後も 継続するものと考えてはならない。前記 MCA のチェックリスト(ⅲ)も常に本人が能力を回復す る可能性があることを考慮するとされている。

異なる場面ではあらためて意思決定支援を尽くした上で,判断されなければならない。

第3 代理・代行(総論)

1 代理・代行を行う者

(1) 基本的には,本人が決定しなければならない事柄が生じたときに,本人との信頼関係に基づい て本人を支援している者が意思決定支援を行い,支援が尽きたところでその事柄について代理・代 行決定を行うことになる。

例えば,在宅で生活している場合には,家族等が意思決定支援者であり代理・代行者となり,

施設で生活している場合には,施設職員等が意思決定支援者であり代理・代行者となる。

(2) 一定の重要な事柄に関しては,正当な権限を付与された者(任意代理人・法定代理人)である