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国内における意思決定支援の取組

日本国内においても,障がい者の意思決定を支援するため,意思決定支援を意識した取組や,意思 決定支援の要素を含んだ取組等が各地で意欲的に行われている。

それらの取組は,障がい者本人に寄り添う支援者が,本人との信頼関係を築きながら,本人の日常 生活の場面において本人の意思を引き出す支援であったり,本人の居住場所の決定という重要な意思 決定を支援し,本人の意思を実現するための取組であったり,第三者の立場から,本人の意思や必要 な支援を探る取組であったり,医療行為の場面における意思決定の支援,意思決定ガイドライン策定 のための基礎研究など様々であるが,これらの実践的な活動が,日本における意思決定支援のあり方 や制度設計を考える上での重要な参考例となるものと思われる。

以下,本実行委員会の委員において訪問等を行った,各地における意欲的な取組を紹介する。

(紹介する取組の一覧)

第1 横浜市後見的支援制度の取組について

第2 NPO法人PACガーディアンズの活動について 第3 大阪市成年後見支援センターの市民後見人の実践 第4 NPO法人自立生活センターグッドライフ

第5 たこの木くらぶ 第6 青葉園

第7 障害者支援施設「かりいほ」

第8 NPO法人おかやま入居支援センター 第9 ACT-J

第10 パーソナルサポーター事業(千葉県)の取組について

第11 認知症高齢者の医療選択をサポートするシステムの開発等(京都府立医科大学)

第12 フォーカスグループインタビュー

第1 横浜市後見的支援制度の取組について

1 後見的支援制度とは何か

(1) 制度の目的

・障害のある人を支援している人や地域住民などが,制度に登録した人を日々の生活の中で気 にかけたり定期的な訪問をしながら,日常生活を見守る。

・障害のある人とその家族の,将来の希望や漠然とした不安などの相談を受ける。

・生涯にわたり,障害のある人に寄り添いながら,その人の願う地域での暮らしが実現できる 方法を一緒に考える。

(2) 制度の対象者~障害の種類は問わない

・日常の見守りを希望する障害のある人(とその家族)

・将来の生活について相談したい障害のある人(とその家族)

・実施区に住んでいる18才以上の障害のある人

102 (3) 利用料~利用者の側からは報酬は受け取らない

2 後見的支援制度を立ち上げたきっかけ

親亡き後を心配する親からの「条例を作ってほしい」という声を市長が受け,2001年12月25日 に「横浜市後見的支援を要する障害者支援条例」を作った。

その後,障害者基本法に基づく障害者計画・総合支援法上の障害福祉計画を作ることになり,第2 期の障害者プラン(2009年~2014年)を立てるに当たり,「障害者の自己選択と自己決定の実現を 図る社会の構築」が掲げられ,1973年からあった在宅心身障害者手当(一人年額2万5千円~6万 円,年間予算約18億円)を止めて,その予算を使い,2010年4月から「将来にわたるあんしん施策」

を実施していくことになった。

障がい者・家族へのニーズ把握調査の結果,「将来にわたるあんしん施策」として17事業(現在 は28事業)を立ち上げることになり,その中の「親亡き後も安心して地域生活が送れる仕組みの構 築」の柱の中に「後見的支援推進事業」が掲げられた。2009年5月から2010年2月まで当事者・家 族・支援者・弁護士などで組織される「後見的支援推進プロジェクト」で検討した結果,「親なき 後のキーパーソンの不在」,「施設中心の生活だとその型にはまるように障がい者本人の生活を狭 めてしまう」,「同一法人のサービスを利用するのは安心だが,遠慮していいたいことが言えない」

などの問題が指摘され,「親亡き後の本人の地域生活を支えるために従来の障害福祉サービスとは 異なる制度が必要」という結論となった。そして2010年10月に「横浜市後見的支援制度」が横浜 市内18区の内4区でスタートした。

3 後見的支援制度の仕組み

(1) 横浜市は後見的支援推進法人(以下「推進法人」という。)を横浜市社会福祉協議会障害者支 援センターに委託している。横浜市は後見的支援運営法人(以下「運営法人」という。)を各区 に1か所委託し,後見的支援室を設置(委託料は1か所約2000万円)し,2015年3月現在,市 内18区中14区で後見的支援室が委託されている。

(2) 後見的支援制度の利用は登録制となっている。意思確認できる方は本人の意思で登録してもら い,意思確認が難しい方も,本人の表情や仕草,また御家族とのやりとりを通して,できるだけ 本人の意向を確認し,登録してもらっている。中核地域生活支援センターやコミュニティフレン ドではなく,登録制にしたのは,本人の気持ちを大事にしながら,ずっと寄り添っていく,親亡 き後を念頭に,先を見通してじっくり付き合っていこうという考え方による。

(3) 登録者数は,2014年12月現在630人である。障害種別ごとに見ると,知的障がい者が427名

(67.8%),精神障がい者が122人(19.4%),身体障がい者が40人(6.3%),重度心身障が い者が16名(2.5%),高次脳機能障害が2名(0.3%),発達障害9人(1.4%)となっている。

参考までに,横浜市の障害者手帳所持者数のデータ(2014年3月末時点)では,知的障がい者24171 人,精神障がい者26475人,身体障がい者が98706人である。

(4) 後見的支援制度における支援者の役割

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あんしんマネジャー

これまでの障害のある人の暮らしや将来への 希望等を聞き,「後見的支援計画書」を作る。各 後見的支援室の統括的な役割。

あんしんサポーター

後見的支援計画書に沿って,定期的(月1回な ど)に本人の日中活動の場や暮らしの場などを訪 問する。資格は問わず,むしろ市民的な感覚が重 要と考えられている。

あんしんキーパー

地域住民や,本人の職場等にいる人など,本人 の様子に普段とは違う変化があった場合などに,後見 的支援室に連絡。地域で声掛けや見守り,後見的支援 室につなぐ役割もある。

担当職員

各後見的支援室の統括的な役割。マネジャーやサポーターが働きやすいように支援する。

4 後見的支援において意思決定支援にどういう役割を果たしているか

(1) 言葉で自分の思いを伝えるのが困難な人の意思をくみ取るきっかけになっている

まず,月1 回訪問しながら信頼関係を築き,その人の生活を丁寧に追いかける。「情報提供」

「傾聴」する場を積み重ねることで,障害のある人本人がエンパワーメントされ,意思が自ら伝 えられるようになる。あんしんサポーターには約1 時間の訪問の中で,何を聞き,何を感じたか を報告してもらっている。あんしんサポーターが何かをやっていくというのではなく,ただ,ひ たすら本人や家族の気持ちに寄り添い,聞いていく役割を持っている。

(2) 「何もない」といっても,何も課題がないということではない

本人の意思決定を引き出すために,あんしんサポーターは,生活現場,職場など,様々な活動 先にも一緒に行ったりしている。そこで本人がどんな様子だったかを親や事業所に伝える。例え ば,苦情や要望について本人が訴えていたとしても,まずそれに寄り添い,本当か嘘かは確認し ない。後見的支援は,人を巻き込み調整するのが仕事。直接何かをすることは少ない。ただし,

担当職員につなぎ,解決への調整を行う場合はある。

(3) どうやって本人意思をくみ取れるのか

重度の障がい者でも作業所での様子,仕草,表情等をつぶさに横にいて観察して,嬉しいのか,

嫌なのか,関わる中で分かってくる。

障がい者の方でも相手によって意見を変える場合がある。後見的支援室が感じたものが本人の 本意なのか,それを誰が決めていくのかの問題がある,しかし本意なのか本意ではないのかを考 えることは,やはり上からの目線だと思う。こうした方がいいという決めつけをせず,本人を丸

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ごと受け止める。本人が本当のことを話すのには,時間がかかる上,信頼関係も必要である。障 がい者本人と横並びの目線で話を聞く。

制度目的は長い人生の引継ぎである。暮らしてきた歴史がある。一緒に考えながら,じっくり と向き合うのが大事である。親がいると話せないことがある。そんなときは本人の思いを大事に して進めている。本人の希望の実現可能性が難しいとしても,まずは一緒に悩みながら本人の気 持ちに寄り添っている。例えば親亡き後に,本人が一人暮らしを希望した事例があった。生前の 母は,死後にグループホームへの入所を希望していた。周囲は厳しいかなと思ったが,今は一人 暮らしをやりながら困難な部分を一緒に悩みつつやっている。

5 具体的事例~【知的障害を持つ

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代男性Aさんのケース】

【本人】知的障害,内科疾患,父母と同居

小・中・定時制高校と進むが就職してもすぐに退 職し,昼夜逆転の生活を送る。障害者手帳をとっ て作業所に通うがなじめず,職業センターを通し て一般企業障がい者雇用枠で就労している。

【母】 現在の会社で定年まで勤めてほしいとの希望を

持っている

(1) 経緯

母が緊急入院をしたことをきっかけに,将来への不安があり,家族の薦めで登録する。最初は 母と一緒に面談をしていた。最初は,本人「大丈夫です。」,母も「特に問題はありません。」

との回答だった。

→自分から困ったことは一切話さない

(2) 母とは別々に話を聞くようになり,登録から1年が経つ頃から少しずつ変わっていった。

→「仕事を続けることが辛い。」,「仕事を辞めたい。」

→なぜ辛いのかを聞いていくと,色々ことを語り始めた

・仕事の指示がすぐ飲み込めず,当日にならないとどんな仕事があるのか分からないのが不安。

・職場で話をできる人がいない。

・就労している障がい者の集まりにも行ってみたいが,会社を早退しなければならないので行 けない。

・母は毎日,自分のためにお弁当を作って送り出してくれる。だから母には仕事を辞めたいと は言えない。

(3) 母にそれとなく,本人の気持ちを伝える。職場にも訪問して,仕事ぶりを見たり,働く障がい 者の集まりにも一緒にいって,その時に楽しそうな様子だったことを,母に伝えたりする。また 職業センターにも,本人が職場で困っていることを伝えて,職場との調整をしてもらう。

(4) まとめ~Aさんの隠れた思いをくみ取るために

本人の「大丈夫です。」という言葉を鵜呑みにしない。自分の困りごとや不安を上手く伝えら れず,困ったときに誰に伝えていいか分からないだけかもしれない。

まず話を聞く中で信頼関係を作ること。Aさんの「仕事を辞めたい。」という言葉の裏にある