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『新選漢和辞典(第七版)』

(以下『新選漢和辞典』) 出版社:小学館

出版年:1963年初版,1966年改訂新版,2003年第七版 編者:小林信明

収録字数:約12,780字 熟語数:約64,000語

字音については、「この辞書の使い方」(p.8)において、

「字音」は、わが国に伝来して国語化した漢字の音。呉音、漢音、唐音など のほか、わが国で慣用的に使われている慣用音がある。

のように記されているだけで、これ以外の言及はない。

『学研新漢和大字典』

出版社:学習研究社

出版年:1978年『学研漢和大字典』初版,2005年『学研新漢和大字典』初版 編者:藤堂明保・加納喜光

収録字数:約19,700字 熟語数:約110,000語

字音については、凡例(p.6)において、

字音は、呉音・漢音・唐宋音・慣用音の区別をして、まず現代仮名遣いで示 し、歴史的仮名遣いを( )の中に示した。そのさい、国語資料に未見の音で あっても『広韻』と『韻鏡』によって同音字から、呉音・漢音を推定して示し た。

のように記されている。

字音について見ると、『角川新字源』では、用いられない音は確知できても省略し、一 方、『学研新漢和大字典』では、国語資料に未見の音であっても『広韻』と『韻鏡』によ って同音字から、呉音・漢音を推定して示す、といったように、辞典によって字音の認 め方が異なる。

第4節 調査資料の漢語と漢字音

(1)現代漢和辞典の漢語

現代漢和辞典の漢語に関しては、本研究の調査対象とした漢和辞典について見ると、

収録語数: 約60,000(『角川新字源』)~110,000語(『学研新漢和大字典』)、 収録字数: 約10,000(『角川新字源』)~20,000字(『学研新漢和大字典』) である。これらはいずれも中規模な辞書で、一般に広く使用されているものである。

これらの漢和辞典のうち、『学研新漢和大字典』に収録されている漢語を見ると、

例)「水」

「水運スイウン」「水干スイカン」「水鏡スイキョウ」「水虞スイグ」

「水源スイゲン」「水交スイコウ」「水晶スイショウ」「水上スイジョウ」

「水草スイソウ」「水滴スイテキ」「水讁スイタク」「水漏スイロウ」…

のような漢語が収録されている。これらの漢語は、

現代の漢語として日常的に使用されているもの…「水滴スイテキ」など

日常的にはほとんど使用されない(日本の)古漢語…「水干スイカン」など

中国の古典にしか現れないと考えられる漢語 …「水讁スイタク」(吐魯番文書)など

のように分類できる。

このように見ると、現代の漢和辞典に収録されている漢語のすべて...

が「現代漢語」と は言いきれない。また、各辞書が立項の必要性を認めなかった“易しい漢語”や“特殊 な漢語”は収録語には含まれないが、これらの漢和辞典に収録されている漢語は、主要 な現代漢語を概ねカバーしていると考えられるので、現代漢語の調査にこれらの漢和辞 典を使用することは、本研究の目的に矛盾しない。

なお、「就活シュウカツ」「歴女レキジョ」などの新漢語も、本調査で使用する漢和辞 典には収録されていないが、これらは調査対象に含めないことにする。

(2)現代漢和辞典の漢字音

現代漢和辞典の漢字音に関しては、すべての辞書に「呉音」「漢音」「唐(宋)音」「慣 用音」の類別がなされている。例えば、「茶」の項を見ると、

例)「茶」

『角川新字源』 呉音「ダ」 漢音「サ・タ」 唐音「サ」慣用音「チャ」

『新選漢和辞典』 呉音「ダ」 漢音「タ」 唐音「サ」慣用音「チャ」

『学研新漢和大字典』呉音「ジャ(ヂャ)」漢音「タ」 唐音「サ」慣用音「チャ」

のように、本調査で使用する三種すべての辞書に字音の類別がされている。

ところが、字音の類別について詳しく見ると、辞書によって呉音に認めている音を漢 音に認めたり、逆に漢音に認めている音を呉音に認めたりとまちまちである。例えば、

「空」の項を見ると、

例)「空」

『角川新字源』 呉音「ク」 漢音「コウ」慣用音「クウ」

『新選漢和辞典』 呉音「クウ」漢音「コウ」

『学研新漢和大字典』呉音「クウ」漢音「コウ」

のように、『新選漢和辞典』と『学研新漢和大字典』で呉音に認めている「クウ」は、『角 川新字源』では慣用音に認めている。このように、字音の認め方は、辞書によって異な る場合が少なくない。

さらに、この「空」のように、日本漢語としての使用が認められる音(「クウ」)や、

日本漢語としての使用例がなく、韻書や韻図から導き出されたと認められる音(「コウ」)、

「供ク」「公ク」などからの類推によるものと考えられる音(「ク」)が混在している。

『角川新字源』に収録されている「空」の漢語は、

「空間クウカン」「空虚クウキョ」「空言クウゲン」「空疎クウソ」

「空洞クウドウ」「空白クウハク」「真空シンクウ」「天空テンクウ」…

のように、すべてが「クウ」で読まれる。「ク」「コウ」で読まれる例は見出せない。こ のように、漢和辞典に掲げられている字音は、実際に使用された例がなくても、韻書や 韻図から導かれた音が記されている。

次に、漢語の音と漢字の音について言えば、漢字の音は、実際は漢語の音として使用 される。従って、漢字の音と漢語の音は一致するはずであるが、漢和辞典に掲げられて いる字音を見ると、必ずしもそうではない。以下に3つの例を挙げる。

①促音化する字については、「-ッ」形を認めるものと認めないものが存在する。

・三辞書ともに「-ッ」形を認める漢字の例

「合」…「合唱ガッショウ」「合体ガッタイ」など

『角川新字源』 呉音「ゴウ(ゴフ)」漢音「コウ(カフ)」

慣用音「カッ・ガッ・ゴウ(ガフ)」

『新選漢和辞典』呉音「ゴウ(ガフ)」漢音「コウ(カフ)」慣用音「カッ・ガッ」

『学研新漢和大字典』呉音「ゴウ(ゴフ)・コウ(コフ)」漢音「コウ(カフ)」

慣用音「カッ・ガッ・ゴウ(ガフ)」

・三辞書ともに「-ッ」形を認めない漢字の例

「国」…「国会コッカイ」「国家コッカ」など

『角川新字源』 呉音「コク」漢音「コク」

『新選漢和辞典』 呉音「コク」漢音「コク」

『学研新漢和大字典』呉音「コク」漢音「コク」

「合」「国」どちらにも促音化した漢語がある。にもかかわらず、三辞書ともに「合」

にのみ「-ッ」形を認めており、「国」には「-ッ」形を認めていない。

②半濁音化する字の字音は、パ行音で示されず、ハ行音のままである。

例)「発」…「出発シュッパツ」「反発ハンパツ」など

『角川新字源』 呉音「ホチ」漢音「ハツ」慣用音「ホツ」

『新選漢和辞典』 呉音「ホチ」漢音「ハツ」慣用音「ホツ」

『学研新漢和大字典』呉音「ホツ・ホチ・ハチ」漢音「ハツ」

③連濁によって濁音化する字の字音には、それを慣用音とするものと、清音のまま濁音 を掲げないものがある。

・慣用音とする漢字の例

「宮」…「神宮ジングウ」「遷宮セングウ」など

『角川新字源』 呉音「ク」漢音「キュウ」慣用音「グウ・クウ」

『新選漢和辞典』 呉音「ク」漢音「キュウ(キウ)」慣用音「グウ」

『学研新漢和大字典』呉音「ク・クウ」漢音「キュウ」慣用音「グウ」

・清音のまま濁音を掲げない漢字の例

「北」…「南北ナンボク」など

『角川新字源』 呉音「ホク・ハイ」漢音「ホク・ハイ」

『新選漢和辞典』 呉音「ホク・ハイ」漢音「ホク・ハイ」

『学研新漢和大字典』呉音「ホク」漢音「ホク」

以上①~③で示したように、本調査で使用する三種すべての辞書から、現代の漢和辞 典に掲げられている字音には、漢語の音が反映されていないということが指摘できる。

①については、漢和辞典が字音に「-ッ」形を認めるものと認めないものを入声字別 に見ると、調査に使用した漢和辞典が「-ッ」形を認める字は、「合」のように唇内入声 字に限られる。舌内入声字と喉内入声字に「-ッ」形を認める辞書は、少なくとも調査 に用いた漢和辞典からは見出せない。

例)唇内入声音

「合」…「合併ガッペイ」「合体ガッタイ」など

『角川新字源』呉音「ゴウ(ゴフ)」漢音「ゴウ(ガフ)」「コウ(カフ)」

慣用音「カッ・ガッ」

舌内入声音

「出」…「出発シュッパツ」「出産シュッサン」など

『角川新字源』呉音「スイ」漢音「シュツ」「スイ」

喉内入声音

「国」…「国会コッカイ」「国家コッカ」など 『角川新字源』呉音「コク」漢音「コク」

ちなみに、この舌内入声音と喉内入声音の促音化には規則性がある。

例)舌内入声音

「出」…「出発シュッパツ」「出典シュッテン」「出産シュッサン」など

→無声子音が後接すると、すべて促音化する

喉内入声音

「国」…「国宝コクホウ」「国体コクタイ」「国産コクサン」

「国会コッカイ」「国家コッカ」 など

→喉内入声音と同じ無声子音kが後接する場合に限り促音化する

一方、唇内入声音の促音化には規則性が見出せない。

例)唇内入声音

「立」…「立派リッパ」「立体リッタイ」など

→無声子音が後接すると、すべて促音化する

「習」…「習得シュウトク」「習慣シュウカン」など

→無声子音が後接しても、すべて促音化しない

「合」…「合併ガッペイ」「合体ガッタイ」「合格ゴウカク」など

→無声子音が後接すると、促音化する場合としない場合がある

辞書が認める「-ッ」形の有無については、唇内入声音に見られる促音化の不規則性 に原因がある可能性がある。但し、すべての唇内入声字に「-ッ」形が認められている わけではない。「入」のように、促音化する漢語があっても漢和辞典では「-ッ」形を認 めていない字も存在する。

例)「入」…「入唐ニットウ」「入声ニッショウ」など

『角川新字源』呉音「ニュウ(ニフ)」漢音「ジュウ(ジフ)」慣用音「ジュ」

この唇内入声音の促音化の問題については、第3章で取り上げる。

②については、「出発シュッパツ」「反発ハンパツ」などのように、入声音や鼻音にハ 行子音が後接すると、そのハ行子音はパ行子音(p 音)となる。これが「半濁音化」と 言われるものであるが、ハ行子音は入声音・鼻音に後接すれば必ず半濁音化というわけ ではない。

例) 入声音+ハ行子音 唇内入声音-p 「執筆シッピツ」「合併ガッペイ」

舌内入声音-t 「吉報キッポウ」「絶品ゼッピン」

喉内入声音-k 「国宝コクホウ」「宿泊シュクハク」

鼻音+ハ行子音 唇内鼻音-m 「審判シンパン」「音符オンプ」

舌内鼻音-n 「乾杯カンパイ」「伝票デンピョウ」

喉内鼻音-ŋ 「公平コウヘイ」「豊富ホウフ」

例のように、唇内入声音・舌内入声音および唇内鼻音・舌内鼻音に続くハ行子音は半 濁音化するが、喉内入声音と喉内鼻音に続くハ行子音は半濁音化しない。

この半濁音化の条件については、第4章で取り上げる。

③については、調査に用いた漢和辞典では、連濁によって濁音化した字の音は「慣用 音」に認めている。連濁する字のほかにも、辞書が認めている慣用音には以下のような 字がある。

例)例字 中古音 呉音 漢音 慣用音

漁 ŋɪo ゴ ギョ リョウ 漁師リョウシ

「漁」は中古音から呉音「ゴ」、漢音「ギョ」になる。「漁」には呉音「ゴ」で読まれ る漢語が見出せないが、「漁業ギョギョウ」のように漢音「ギョ」で読まれるものは存在 する。このほか、「漁師リョウシ」の「リョウ」のように、中古音から導き出すことはで きない音は、慣用音とされる。

この慣用音については、第5章で取り上げる。