(1)調査と考察の範囲
本研究の対象は、現代日本漢語の漢字音である。従って、今日使用されているすべて の漢語が考察すべき範囲であるが、現実問題として、すべての漢語を調査するのは困難 である。本考察の範囲は、限定せざるを得ない。そのためには、まず調査対象となる漢 語に用いられる漢字の字種を選定する必要がある。
これについては、既存の漢字表を用いることにする。基本にするのは、「常用漢字表」
である。この表に掲げられている漢字は、2,136 字である。新聞や雑誌などで使用され ている漢字を見ると、この表に掲げられていない漢字も数多く用いられていることが認 められるので、「表外漢字字体表」で補足し、合計2,967字を本研究の対象字種とする。
この「常用漢字表」と「表外漢字字体表」に掲げられている字種は、いずれも社会で 広く流通している書籍・雑誌等のデータを調査した出現頻度に基づいて選定されたもの で、通常の文書等で用いられるほとんどの漢字をカバーしていると見なされる。その漢 字が使われている漢語を調査すれば、今日用いられている漢語のほとんどをカバーでき ると推測されるので、これらの漢字表を利用することは、本研究の目的に矛盾しない。
(2)常用漢字表と表外漢字字体表
次に、上記の「常用漢字表」と「表外漢字字体表」について述べる。
常用漢字表
現行の「常用漢字表」は、2010年に改定されたものである。
これまでの漢字政策を振り返ると、漢字表の最初は「当用漢字表」(1946)である。
この「当用漢字表」は、法令・公用文書・新聞・雑誌および一般社会で使用する漢字 を“制限”し、国民のだれもが読んで理解できることを目的として制定された。
その後、約30年後に改められた「常用漢字表」(1981)は、使用する漢字の“目安”
として制定され、「当用漢字表」で定められた使用する漢字の制限が緩和された。
この「常用漢字表」もまた、約 30 年間使用されたが、情報機器の発達によって、
漢字の使用量は著しく増加し、「使用漢字の目安」の見直しが必要となったため、2010 年に改定された。
字数(字種の数)に着目すると、「当用漢字表」では1,850字が選定された。旧「常 用漢字表」(1981)では、この「当用漢字表」の 1,850 字に 95 字追加した 1,945 字が 選定され、新「常用漢字表」(2010)では、この 1,945字から196 字追加し、5字削除
した2,136字が選定された。改定されるごとに、字数が増加している。
字種は、一般社会においてよく使われている漢字(=出現頻度数の高い漢字)を選 定する必要がある。コンピュータの発達により、2010年の改定の際には、大規模な調 査が行われた。
「新常用漢字表」の基礎資料となったこの調査は、2004 年~2006年に出版最大手 の凸版印刷から出版された書籍・雑誌等の組版データに基づく『漢字出現頻度数調査 (3)』である。
調査漢字の総数は、約50,000,000字。これに、朝日新聞・読売新聞の紙面データ2 ヶ月分と、ウェブサイト調査の抽出データを加え、選定作業が行われた。詳細につい ては、表(1)の通りである。
表(1) 「常用漢字表 Ⅰ基本的な考え方 3字種・音訓の選定について」より抜粋
対象総漢字数 調査対象としたデータ A 漢字出現頻度数調査(3)※1 49,072,315 書籍860冊分の凸版組版データ
B 上記Aの第2部調査 3,290,795 Aのうち教科書分の抽出データ
C 漢字出現頻度数調査(新聞)※2 3,674,613 朝日新聞2ヶ月分の紙面データ D 漢字出現頻度数調査(新聞)※2 3,428,829 読売新聞2ヶ月分の紙面データ E 漢字出現頻度数調査(ウェブサイト)※3 1,390,997,102 ウェブサイト調査の抽出データ
※1 Aの調査対象総文字数は「169,050,703」。また、Bとは別に、第3部として月刊誌4誌の抽 出調査も実施している。これらの組版データは、いずれも平成16年、17年、18年に凸版印 刷が作成したものである。
※2 C、Dは、いずれも平成18年10月1日~11月30日までの朝刊・夕刊の最終版を調査した データである。
※3 調査全体の漢字数は「3,128,388,952」。このうち、「電子掲示板サイトにおける投稿本文」の データを除いたもの。
以上のように、新「常用漢字表」は、「当用漢字表」や旧「常用漢字表」では不可能 であった大規模な調査に基づいており、従って、より正確に一般社会における使用漢 字の範囲をとらえていると認められる。
ちなみに、字種の決定については、パブリックコメントが2度行われている。
なお、「常用漢字表」には音訓が付されているが、本研究では「常用漢字表」に掲げ られている漢字を使った漢語を調査範囲にすることから、表に記されている漢字の音 にはこだわらない。
「常用漢字表」に掲げられている漢字は2,136字であるが、テレビや新聞などでは このほかの漢字も多数使用されている。従って、本調査では「常用漢字表」を「表外 漢字字体表」で補う。
表外漢字字体表
「表外漢字字体表」(2000 年)は、一般の社会生活において、「常用漢字表」に載せ られていない漢字(以下、「表外字」と記す)を使用する場合の「字体選択のよりどこ ろ」を示すために作成されたものである。
この「表外」とは、1981年に制定された「常用漢字表」に掲げられている漢字以外 の漢字を指す。
「表外漢字字体表」は、「常用漢字表」と同様、出現頻度数に基づいて作成されてい る。具体的には、
第1回 凸版印刷・大日本印刷・共同印刷による『漢字出現頻度数調査』
平成9年、文化庁
調査対象漢字総数(三社合計)37,509,482字
第2回 凸版印刷・読売新聞による『漢字出現頻度数調査(2)』
平成12年、文化庁
調査対象漢字総数 凸版印刷 33,301,934字 読売新聞25,310,226字
である。
この二表によって、現在使用されている漢語のほぼすべてに用いられる漢字をカバー できる。