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行政区活動や組合等の活動が重層的に加わり、所有の区切りによらず一体的に 境界領域を形成している。
例えば、道路と岡畑・森林の境界部分は、行政区における共同事業(集落内 景観整備事業)の一貫として「野焼き」、「里山整備」等が、年に1回の割合で、
住民総出で行われる。この時、集落は結いではなく五人組として機能する。ま た、祭りの目に併せて、地区内の道路周辺の樹木を、景観・安全・防犯等の観 点から伐採する。つまり、境界領域は、結い的な共同作業に加え、公共的、あ るいは祭事的な枠組みとの融合的な社会的活動諸相として管理されている。
各集落に存在する祠は、樹木(草木)とともに集落のまとまりを表徴する。
2つの神社は、地区の領域の境界を押さえ、領域境界を表徴している。
上述の空間構成要素のなかには、補助金、条例等を通じて、行政や地域の公 共的団体が制度的に関与することにより維持されている、V)制度関連による景 観、が存在する。国、県、村が、分権的な補完性の原理7)に削った補助を行っ ている訳ではなく、個別且つ分散的に関与している様子が図上に現れている。
さらに、電柱・鉄塔のように、Vi)村外管理の景観、の構成要素が、外部(図 の最下部)に存在することも、一つの特徴である。
Vii)祭事に関連する神社・祠等による景観も、特徴的な位置を占めている。
祭事においては、行列経路が各集落に横断的に関わる。また、祭事は、これに 併せて行われる地区の清掃、草刈り等の活動諸相により、境界領域とも強い関 わりを有している。祠は五人組、神社は行政区の行政的組織とは独立した氏子 による構成で管理される。さらに、敷地内に存在する墓地・石仏、集落内に存 在する祠、村落(地区)境界に位置する神社の関係が図3−5の相互関係の構造 図のなかを左上から右下に向かって斜めに横断する。これは、身体(民家)を 中心とした同心円状の多重な空間認識のなかに位置づけられている。
以上の空間構成要素を近景、中景として、周囲を回続する山並み越しに遠望 される御嶽山が、髭沢地区の景観の領域性に対し象徴的に関与している。
3−2−3.髭沢地区の空間構成要素と社会的活動諸相の相互関係の変遅調査・分析
(1)変遷調査の諸元
2009(平成21)年9月18目に、末川地域(髭沢地区を含む)に長く居住するI 氏とともに末川全域(髭沢地区を含む)の現地調査を行い、山地部を見渡せる 眺望点5箇所から、肉眼で地形・植生等の現状を確認しつつ、過去の土地利用 状況及び管理方法等の詳細な情報をヒアリングした。その上で、髭沢地区の地 域景観に関しては、1947(昭和22)年の航空写真(USA M482−2 73.1947(昭和 22)年9月17目撮影、国土地理院)を、2000(平成12)年の航空写真と比較し、
その変遷を把握した(図3−6)。なお、1947(昭和22)年当時の活動実態は、その 他のヒアリング結果や文献資料等8)で情報を補足した。
(2)変遷調査結果とその分析
変遷調査の結果を平面的に捉えたものが図3−6である。ここで、変遷調査結 果と現状の平面図を比較すると(図3−3及び図3−6参照)、最も大きい景観的変 化は、産業構造変化に伴って集落を取り囲むカッパ(採草地)・蕎麦畑が、カラ マツの植林地へと姿を変えた点に見られる。1947(昭和22)年の航空写真で見る と山の稜線部まで続いていたカッパ(採草地)と帯状の森林(カラマツではな く雑木林であった)は、2000(平成12)年には、髭沢地区の集落群と山地部との 境界部のごく限られた範囲に縮小している。さらに、ヒアリングによれば、山 裾部の蕎麦畑は完全に姿を消したという。こうしたなかで、カラマツの植林地 は、集落と山裾、山地の問の、空間的な連続性や広がりをも喪失させたと言え
る。
社会的活動としては、カッパ(採草地)の一部は、集落単位の記名共有地と して管理されており、その利用は各集落、あるいは、個人別に特定の割り当て を行っていた。カッパ(採草地)での集落の共同作業としての火入れや、個人 的な採草、薪拾いなどの作業は、馬の飼育、蒋の確保等、生活に欠かせない重 要なものであった。カッパの縮小は、それに関わる共同作業、個人的作業が喪 失したことを意味する。その後の、林業活動を通じて山地部の利用は継統した が、現在、林業も衰退傾向にあり森林の手入れはほとんど行われていない。結 果的に、行政区の日常的な社会活動の範囲は大幅に縮小した。
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