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言語学的類推による文法カテゴリーの統合

第 6 章 議論 78

6.7 言語進化現象としての文法化

6.7.1 言語学的類推による文法カテゴリーの統合

言語学的類推により、文法規則はそれまで適用されなかった形式にまで効力をもつよう になる。その拡大適用の根拠はメタファー的能力の一つである認知的類推により見出した 類似性である。言語学的類推は、二つの知識や概念に一つの観点からみた類似性が存在す ると(別の観点からみれば違いが存在するのにも関わらず)メタファーによってこれらを 同じ種類のものだと分類するという、概念の類型化の一種である。モデルにおいて、この 概念の類型化は文法カテゴリーの統合として表現されている。

言語学的類推はmergeおよびreplaceによって実現していた(3.2.4節)。従って以下で は、mergeとreplaceにおいてどのように文法カテゴリーが統合されているのかについて 説明する。

6.7.1.1 mergeによる文法カテゴリーの統合

mergeにおける文法カテゴリーの統合について、式(6.3)で表すGmが、式(6.4)で表す

Gm0へとmergeによって変化する例を用いて述べる。ここで用いる例は3.2.2節で用いた

例と同じものである。

Gm





















r1 :S/eat(x, sausages)→N/x t r2 :N/tiger→jr

r3 : N/john→ot

r4 :S/read(x, book)→swM/x e r5 : M/john→ot

r6 :M/mary kw

(6.3)

merge

Gm0













r1 :S/eat(x, sausages)→N/x t r2 :N/tiger→jr

r3 :N/john→ot

r40 :S/read(x, book)→swN/x e r60 :N/mary→kw

(6.4)

このmergeの結果、カテゴリーMはカテゴリーN と同じものだとみなされる。その根

拠は、どちらのカテゴリーにも同じ【john】のための《ot》という形式を導くルールがあ るからである。これが、認知的類推に基づいた言語学的類推であることは既に3.2.2節で 述べた。ここでは、NとM のカテゴリーの統合が何を意味するかに焦点を当ててmerge の過程を詳細に検討する。

そもそもmergeが起こる前、GmにおいてカテゴリーN は「ソーセージを食べる作用

主」を包含するようなカテゴリーであった。また、カテゴリーMは「本を読む作用主」

を包含するようなカテゴリーであった。ここからのmergeの過程を詳細に述べると以下 のようになる。

 1.(現象)カテゴリーN 「ソーセージを食べる作用主」としての【john】は、《ot》と

いう形式で表現できる。

 2.(現象)カテゴリーM 「本を読む作用主」としての【john】は、《ot》という形式

で表現できる。

 3.(推論1)NMの共通性の把握 1,2より、「ソーセージを食べる【john】」と「本 を読む【john】」とは同じものであることが分かった12

12この推論をそのまま現実に当てはめてしまうと、「ソーセージを食べる」【john】と「本を読む」【john】

とが同じ【john】であると気づくのは、これらが同じ形式をもつこと、すなわち例えば同じ《john》と呼 ばれていることに気づいたからだということになる。それらが同じ音で呼ばれているからという理由によっ て初めて「ソーセージを食べる」【john】と「本を読む」【john】とが同じ人物を指していると気づくとい うのは、現実の人間の認知過程と対応しているとは考えにくい。従ってこのmergeにおける推論は、現実 においてはやや不自然であると言わざるを得ない。ただしここでは、二つのカテゴリーの統合のきっかけが 実際にこのような方法によると主張するものではない。どのような共通点であれ、何らかの一部の共通点を もとに(他には違う部分があるにもかかわらず)二つのカテゴリーの全てを同じカテゴリーに分類してしま う点だけを議論する。

 4.(推論2)NMとを統合 3より「ソーセージを食べる作用主」を表すカテゴリー N と「本を読む作用主」を表すカテゴリーM とは実は同じカテゴリーであったの だろうと推論する。

 5.(結果)統合の結果 「ソーセージを食べる【mary】」と「本を読む【mary】」とに

ついても、これらを同じものだとみなしたことになる。

この推論において特に重要な点は、「ソーセージを食べる作用主」というカテゴリーと、

「本を読む作用主」というカテゴリーを、ただ一つ【john】についての共通ルールを含ん でいたというだけですべて一緒にしてしまう点である。つまり、形式に共通点のあった

【john】だけでなく、merge前には区別されていた「本を読む【mary】」と「ソーセージを 食べる【mary】」とについても区別しなくてよくなる。merge後のカテゴリーNは「ソー セージを食べるか本を読む作用主」を表すカテゴリーとなっている13。そしてさらに重要 なことは、この統合によって、認知主体はメアリーがソーセージを食べた場面を見たこと も、そのときの発話を聞いたこともないのに、【eat(mary, sausages)】という意味を表現 するために《kwt》と発話できる知識を得ているということである。

以上が、mergeの言語学的類推による文法カテゴリーの統合である。

6.7.1.2 replaceによる文法カテゴリーの統合

replaceにおける文法カテゴリーの統合について、式(6.5)で表すGrが、式(6.6)で表す Gr0へとreplaceによって変化する例を用いて述べる。ここで用いる例は3.2.3節で用いた 例と同じものである。

Gr









r1 :S/eat(x, sausages)→N/x t r2 :N/tiger→jr

r3 :N/john→ot

r4 : S/read(john, book)→swote

(6.5)

replace

Gr0









r1 :S/eat(x, sausages)→N/x t r2 :N/tiger→jr

r3 :N/john→ot

r40 : S/read(x, book)→sw N/x e

(6.6)

非終端記号Nが表すのは、replace前には「ソーセージを食べる作用主」を包含するよ うなカテゴリーである。このreplaceには、非終端記号はNしか存在しないため、この過 程が二つのカテゴリーの統合であるとはすぐには分からない。replaceにおけるカテゴリー

13このようなカテゴリーの統合がさらに進めば、特定の状況に依らない「作用主」という全ての名詞が取 り込まれるカテゴリーが生まれるであろう。そして最終的にはすべての対象要素を含んだ「名詞」というカ テゴリーにまで発展することは既に見てきた。予備実験(4章)や付録B参照。

の統合が分かりにくい理由は、新たなカテゴリーの生成と同時に、既存のカテゴリーNと の統合が行われているからである。一度、r4r40となるときに、新たな非終端記号が生 まれている。この非終端記号は表面化しないが、ここでは仮にこれをMとする。replace においては、MがNであるということが瞬時に決められている。ここにカテゴリーの統 合が隠れている。Mは本来、「本を読む作用主」というカテゴリーであるはずである。な ぜ、新たに発見した階層構造を表すカテゴリーM が「ソーセージを食べる作用主」とい うカテゴリーNだと決定できたのか。その根拠は、【john】のための《ot》という形式が どちらのカテゴリーにも含まれているからである。すなわち、同じルールがひとつあると いうだけで、本来違う二つのカテゴリー全体を統合している。これは前節でmergeにつ いて考えたときと同じく、言語学的類推に基づく文法カテゴリーの統合である。

6.7.2 「見たことも聞いたこともない」ことを表現できる言語

前節において、言語学的類推が共通点に基づいたカテゴリーの統合を行っていることが 示された。6.6節での議論と合わせると、これは人間のメタファーの能力に基づいた概念 の類型化の一種だとみなせる。ただ一つの共通点をもとに、ある範囲にある全てを同じ ものに分類するということは、ある意味で「過度な」類型化といえる。この場合の「過度 な」とは、論理的には有り得ない、厳密には正しくない、という意味である。しかし、そ もそもメタファーの能力とはそのような意味での過度な類型化が含まれる能力である14。 論理的には有り得ない、厳密には正しくないメタファーによる類型化によって、当初有り 得なかった表現をもつ言語へと変化する。すなわちその状況を見たことがなく、その状況 を表す発話も聞いたことがない意味を表現することが可能となる。本モデルにおける言語 学的類推は、このようなメタファーによる人間の過度な類型化をうまくモデル化している といえる15

見たことも聞いたこともないはずの表現を可能にするということは、言語の進化の文脈 では「今、ここ」から解放された言語の獲得に繋がる。進化言語学では、動物のコミュニ ケーションシステムと比較したときの人間の言語の特徴として「今、ここ」から解放され ている点が指摘されている(橋本, 2004)。すなわち、動物のコミュニケーションシステム が危険の告知や求愛など、そのときその場所でそのコミュニケーションに参加している主 体がおかれている状況に強く結びついているのに対して、人間の言語は、そのときの状況 や経験にある状況の描写だけではなく、抽象的な考えや想像上の事物を表現することがで

14一般的な比喩(暗喩)の表現は、ほとんどが論理的には正しくない表現である。

15とはいえ、前節で見たモデル内におけるmergereplaceのカテゴリー統合は、「過度」すぎるのでは ないかと思うかもしれない。その疑問は「過度さ」の量的な影響についての疑問だといえる。本研究におい

てはreplaceを行わない実験(5章、実験2)によってこの過度な類型化が「ある」か「ほとんどない」か

の二つの場合については述べることができるが、「過度さ」をパラメータにするようなモデルを組み立てな い限り量的な関係は述べられない。そのようなモデル化は今後の課題のひとつとなる。本節では、言語学的 類推が極端に制限されると意味変化がほとんど起こらなくなったという結果から十分に議論可能である事 柄についてのみ議論する。