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なぜ Kirby モデルが文法化のモデルとして利用できるのか

第 3 章 文法化のモデルを構築するための定義と考察 17

3.2 なぜ Kirby モデルが文法化のモデルとして利用できるのか

のか

以上に述べてきた通り、Kirbyモデルは合成性のモデルである。しかし本研究はKirby モデルが文法化のモデルとしても有効であることを主張し、これに立脚する。

Kirbyモデルが文法化のモデルのベースになりうる理由を簡単に述べると、Kirbyモデ

ルにおいて仮定されている学習能力が2.2.2節で述べた認知能力としての再分析と類推を 表現していると考えるからである。これを示すには、Kirbyモデルにおける学習能力を エージェントが持つことが、認知的な観点から見てどのような前提を認知主体としての エージェントに与えたことになるのかを考察する必要がある。すなわち具体的にはchunk、

merge、replaceというオペレーションが実現している能力を、認知的な観点から検討する

ことが必要である。

3.2.1 chunk が前提とする認知能力

3.1.3節で一般的に定義したchunkの具体例を考える。文法Gc中に式(3.19)で示す二つ のルールr1, r2からなるルールセットがある場合、これらのルールセットはchunkによっ て式(3.20)で示すルールセット{r3, r4, r5}になる。

(r1 :S/eat(tiger, sausages)→jrt

r2 :S/eat(john, sausages)→ott (3.19)

chunk





r3 :S/eat(x, sausages)→N/x t r4 :N/tiger→jr

r5 :N/john→ot

(3.20)

13意味に構造があるからといって、それが言語に写し取られるということは必ずしも自明とは言えない。

まず、式(3.19)の解釈を考える。学習エージェントが式(3.19)を知識にもつということ は、学習エージェントが次の二つの状況とそのとき得た知識を覚えていると解釈できる。

[状況の記憶と知識1] 「虎がソーセージを食べる」という状況に遭遇してその状況を

《jrt》という発話で表すことを知った。

[状況の記憶と知識2] 「ジョンがソーセージを食べる」という状況に遭遇してその状 況を《ott》という発話で表すことを知った。

次に、この知識をもとに式(3.20)で表現されている知識を得ることができる、という ことの解釈を考える。この過程で学習エージェントが行っていることは、次の3点だとい える。

[1.状況の類似性の認識] 二つの場面は、「ソーセージを食べる」という状況は一緒で ある。「誰が ソーセージを食べているのか」つまり動作主体14が違うだけである。

[2.発話の類似性の認識] 二つの発話には《○○t》という共通の形式がある。

[3.推論による文の中の新しい単語列と表現形式の発見] 上記1,2より、《jr》が(ソー セージを食べる)虎を指していて、《ot》が(ソーセージを食べる)ジョンを指すの だろう。そして「○○(何者か)がソーセージを食べる」という状況は《○○t》と いう表現形式で言えるのだろう。

上記1および2でchunkが前提としているとわかるのは、状況の類似性と発話の形式の

類似性を認識できる能力である。この能力は、定義6(2.2.2節)の認知的類推に当たる。

上記3でchunkが前提としているとわかるのは、自らの認識に基づいて文の区切りを推

論し文の構造を把握することができる能力である。この能力は、定義4(2.2.2節)の再分 析に当たる。

以上の検討により、chunkは認知的類推および再分析に当たる認知能力を前提にしてい ることが示された。

3.2.2 merge が前提とする認知能力

3.1.3節で一般的に定義したmergeの具体例を考える。式(3.21)で示すルールセットを

もつ文法Gmを考える15

14モデルにおける意味要素の「作用主」に相当する。

15r1r3は、上のchunkの例(3.2.1節)で示したchunk後のルールセットと同一である。従ってr4r6

についても、r1r3が生まれたのと同様の過程で「“ジョン”“メアリー”“本を読んでいる”」状況か ら得た知識をもとにした学習で生まれたものと想定することができる。ここに示したのはあくまで一例で ある。しかしここでのmergeの具体例はそのような学習の途上で起こっていることだと想定すると理解し やすい。

Gm



















r1 :S/eat(x, sausages)→N/x t r2 :N/tiger→jr

r3 :N/john→ot

r4 :S/read(x, book)→swM/x e r5 :M/john→ot

r6 :M/mary kw

(3.21)

Gmには操作的にmergeの定義(3.1.3節)に合致した二つのルールr3, r5(下線)があ る。従ってmergeが施される。その結果Gm中のすべてのMNで書き直されて式(3.22) で示すGm0となる。

Gm0













r1 :S/eat(x, sausages)→N/x t r2 :N/tiger→jr

r3 :N/john→ot

r40 :S/read(x, book)→swN/x e r60 :N/mary→kw

(3.22)

mergeを施せるということがどのような認知能力を前提としているのかをこの例に沿っ

て考える。まずmergeの定義に合致していることに気づくために、認知的類推が必要で あることは明らかである。次にmergeを施したことによって、mergeを施す前の知識と比 べてどのように変わったかを考える。chunkについて3.2.1節で考えたように、mergeが 起こる前にr1 ∼r3を持っていることの意味は

  1. 「○○(何者か)がソーセージを食べる」という状況は《○○t》という表現形 式で言えるということに気づいていて、

  2. 虎《jr》とジョン《ot》については1の表現形式で言うことができると知っている。

ということであった。しかし、mergeが起こったことによってr6r60になり、

  3. メアリー《kw》についても1の表現形式で言うことができる。

という新たな知識が追加されたことになる。すなわちr1の適用範囲がそれまでr1を適用 されていなかった対象にまで拡大されていることになる。これは定義5(2.2.2節)の言語 学的類推である。

すなわち、mergeは認知的類推と言語学的類推を前提としていることが示された。

3.2.2.1 言語学的類推による表現力の増加に関する重要な注意

ここで、本例によって示されたmergeが前提とする言語学的類推と文法の表現力につい て、非常に重要な注意を行う。

本例において、r1と同じくr4に関して考えても言語学的類推により適用範囲が広がってい ることがわかる。すなわちmergeによって、r4に【tiger】の意味のための音列《jr》を適用し てもよいということになった(r40)。ここで、虎《jr》をr40に適用すると【read(tiger, book)】

という意味のための《swjre》という少し不自然な表現が生まれる点にも注意したい。も ちろん「虎が本を読む」という表現が不自然という感覚は私たちの自然言語の常識から 来るものなので、違う言語であれば当然あってもいい表現である。しかし、mergeされる 前にはr4は私たちの自然言語の常識からも自然な表現しか生み出さなかった点に注意す べきである。すなわち、merge以前になかった表現が生まれることで、merge以前の感覚 からではおかしい表現を生み出す可能性があるということである。これは2.2.1節で示し た、再分析現象が起こる前には不自然であった表現を可能にする類推現象の効果に相当す ると考えられる。しかもこれは全く何の根拠もなく文法形式に適当に単語を当てはめたわ けではなく、「虎が本を読む」という表現が生み出されるまでに行われた推論は認知的類 推に基づく根拠をもった推論であり、推論自体は比較的自然なものである。

mergeやreplaceを適用すると、それらの適用前に比べて表現力が増加する(または等

しい)ことを既に述べている(3.1.3.2節、3.1.3.3節)。従って、mergeやreplaceによって 適用前には不可能であった表現が生まれる。そして何らかの意味で「不自然」な表現が生 まれることがある。mergeでこのような変化が起こりうることは、「二つのカテゴリーNMとの間16に、1つのルールについてでも重なりがあればその二つのカテゴリーを同じ カテゴリーだとみなしてしまう」という、mergeがもつ汎化の度合いに起因すると考えら れる。

これがどこまで自然な推論といえるのか、これはどのような認知能力から来ているの か、この現象は何を意味しているのかなどについて、本件には言語進化の観点からの非常 に重要な議論点が含まれている。従って、6.7節でさらに議論する。

3.2.3 replace が前提とする認知能力

3.1.3節で一般的に定義したreplaceの具体例を考える。式(3.23)で示すルールセットを もつ文法Grを考える17

16形式文法において、非終端記号Naから導出される終端記号列の集合は、特定のまとまりを持つグルー プ(カテゴリー)Caに対応すると考えることが可能である。以下ではこのCaを指して「カテゴリーNa と言う表現をする場合がある。

17Grr1r3は、上述のchunkの例(3.2.1節)で示したchunk後のルールセットと同一である。従っ て文法Grのような状況が生まれるには、例えばこのchunk直後の発話エージェント(親)の発言が「ジョ ンが本を読んでいる」状況に対する《swort》であったと考えるとわかりやすい。

Gr









r1 :S/eat(x, sausages)→N/x t r2 :N/tiger→jr

r3 :N/john→ot

r4 :S/read(john, book)→swote

(3.23)

Grには操作的にreplaceの定義に合致した二つのルールr3, r4がある(下線部が共通部 分である)。従ってreplaceが施される18。その結果、r4r40となり式(3.24)で示す文法 Gr0となる。

Gr0









r1 :S/eat(x, sausages)→N/x t r2 :N/tiger→jr

r3 :N/john→ot

r40 :S/read(x, book)→sw N/x e

(3.24)

replaceを行うにはどういう能力が前提とされるかを例に沿って考える。replace前の知

識は

  1. 「○○(何者か)がソーセージを食べる」という状況は《○○t》という表現形 式で言える。(r1

  2. ジョン《ot》について、1の形式で言えることを知っている。(r3)   3. 「ジョンが本を読む」ことを《swote》ということを知っている。(r4

である。replaceを起こすには、ここから推論によって以下の二つのことに気づかなけれ ばならない。

  4. 《ot》は1の形式で「ジョン」を指すのだから、3の《ot》も「ジョン」を表して いるのだろう。

  5. ということは、《ot》以外の部分が「○○(何者か)が本を読む」ことを表すのだ ろう。すなわち、「○○(何者か)が本を読む」という意味は《sw○○e》という形 式で表せるのだろう。(r40

18ただし、例えばもしこれら以前に「メアリーが本を読んでいる」状況に出会っていてルール r : S/read(mary, book)swkwe を得ていたとすると、3.2.2節で示したmerge前の文法Gm中のr4 r6

を導くchunkが起こる可能性もあるし、ここで示すreplaceが起こる可能性もある。chunkをした場合はそ

の次には3.2.2節で示したmergeが起こるが、replaceをするとこのmergeは起こり得ない。このように、

場合によっては複数のオペレーションが可能な状況が起こり得るし、その場合にどのオペレーションを行う かによってその後の学習状況が変化し得る。オペレーションの選択の仕方とその影響については付録A 照。