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第 4 章 予備実験 36

4.3 考察

4.3.4 文法化に向けて

に加えている状態で起こっている。また、この二つの変化は前提条件および変化プロセス が複雑である。一方、新しい意味の獲得は、それまでに単語が意味を失っていると、比較 的容易に行われる12。これらの変化のプロセスをまとめると、次のようになる。

 1.変化する語に同義語が存在し、その同義語が多義的 親が同じ意味【Ei】を表す二つ の単語型ルール r: Ei →T+a、rsyn : Ei →T+bをもっている。かつ、親がT+b

(発話時に用いる)別のルールの導出記号列の一部としてもっている。

 2.同義語を学習済み 子供がrsynのルールを知識に加えている13。 上記の状態で、

 3.両方の単語が使われた発話 親が意味にEiを含んだ文をrを使って発話したとき、そ の発話に《T+a》と《T+b》の両方が含まれている。

ということが起こると

 4.変化する語がその役割を失う 子供は《T+b》がEiという意味だと解釈する。そのた め、《T+a》はEiを意味する必要がなくなる(役割変化)。世代を経てやがて意味を 失う場合もある(意味の喪失)。

 5.他の意味への変化 もともとの役割を失った語は別の意味に変化する。意味を失って いる場合は容易に他の意味に変化する。

上記1は、その前の世代で使われている言語体系への条件である。2はその世代の学習者 への条件である。3は実際のコミュニケーションで起こるべき場面であり、その結果4を 導き、5という現象が観察される。

Kirbyモデルで表現できるのは、このようなプロセスを経る意味変化だと考えられる。

4.3.4.1 本研究のモデルが表現することのできる文法化の型

Kirbyモデルが表現できるのは、4.3.3.4節で示したタイプの文法化である。すなわち、

    変化する語に対して同義語が存在し、同義語のほうが原義の語として流通するた め、変化する語は原義の意味でのはたらきをする必要がなくなり、意味を喪失する などの変化を経て他の語として流通するようになる。

という型を基本にして起こる文法化である。文法化にはこのような型に基づいて起こる例 が存在すると思われる。

4.3.4.2 文法化実験に向けたモデルの変更

Kirbyモデルを変更して文法化モデルとするには、意味空間の設計を行わなければなら

ない。4.3.2節で検討したように、意味空間の設計に必ず必要なのは、機能語に相当する 様態や時制などを表す意味要素を含めることである。

意味要素として対象要素、行動要素に加え、例えば時制を表す要素(以下、時制要素)

を加えたとする。対象要素を指し示す単語型ルールは名詞に、行動要素を指し示す単語型 ルールは動詞に、時制要素を指し示す単語型ルールは助動詞に相当すると考えられる。こ のとき、予備実験結果から想定される意味変化現象は、表4.10に示した9種類が考えら れる。

表 4.10: 観測される意味変化の種類

以下では、表4.10に示した通り、語彙範疇を越えない意味変化、語彙範疇を越える意 味変化、機能語への語彙範疇を越える意味変化、機能語からの語彙範疇を越える意味変化 を、それぞれ範疇内変化、範疇間変化14 、文法化、脱文法化とよぶ。表4.10に示したよ うに、時制要素を加えることにより文法化を表現することは可能である。

14ここに示した定義では、脱文法化と文法化は範疇間変化の一種でありこれに含まれる。ただし不明瞭に なる恐れがない限り、以下で範疇間変化という語を用いるときは、脱文法化および文法化を除く語彙範疇を 越える意味変化のことを指す。脱文法化および文法化を含む場合はそれを明記する。

しかし、意味空間の設計は、それだけでは不十分である。時制要素を加えることにより 文法化に相当する変化は確認できるだろうが、それはモデルの構造に従った、方向性を持 たない同等な変化である。実際の文法化においては、2章までで様々な角度から議論した ように、例えば“be going to”が未来の意味になったり、“back”が過去の意味になったり するようなことが見られる。これは人間の意味理解の上で「go(行く)がfuture(未来)

の意味に変化する」「back(背中)が後方、またはpast(過去)の意味に変化する」とい う、特定の意味と意味とが関係しあっていることによるものである。本研究では、その意 味理解の構造が言語に表出することで文法化が起こる、という仮定の下に文法化のモデ ルを立てている。従って、この意味理解の構造をモデル内の意味に設計しなければなら ない。

現状では、Kirbyモデル内においては各対象要素は独立であるので、例えば対象要素の petemaryの間には何の区別もない。行動要素のlikehateは意味に貼られたラベル としては反意であるが、実際には反対の意味であるというモデル化はされていない。like

admireとの関係と、likeとhateの関係は全く同等である。すなわち、意味空間が均

質である。ここに、特定の語の結びつきを表現し、各意味要素間の関係を設計したとき、

Kirbyモデルはその意味理解の構造を反映した言語変化を表現できる可能性がある。具体

的には、意味要素間で何らかの差異を設定する、意味要素同士の関係に基づいた学習の傾 向を含める、などの方法を採る。詳細は5.1節で説明する。

本章で議論した、Kirbyモデルを文法化のモデルとして利用するのに必要な主な修正点 は以下の通りである。

意味要素に時制要素のような機能語範疇に含まれる意味要素を加える。

特定の意味要素と意味要素との間に差異を設け、均質な意味空間を、意味要素同士 の関係が設計された意味空間へと変更する。