第 5 章 文法化実験 53
5.1.2 意味要素間の関係
ここでは、意味要素間の関係の設計について述べる。意味要素間には概念的な繋がりの ある意味とない意味を設定することができる。すなわち特定の意味要素にとって、他の意 味要素との関係は平等ではないとすることができる。本研究の文法化モデルにおいては、
この意味要素間の繋がりを1.意味の取り違え、2.意味の共起頻度、3.意味の貸し借りの 三通りの方法で表現する。
意味の取り違えは、学習エージェントが学習において行う。意味の共起頻度は世界に設 定され、発話エージェントの発話の傾向を変化させる。意味の貸し借りは、発話エージェ ントが発話の導出時に行う。
なお、これらの意味空間の諸設定の適用・非適用は、実験条件によって選択できる。
1一般的な時間論理の表記を本モデルの設定に合わせた形で表現する。一般的な時間論理の表記では、
[P]Aで「過去においてAである」、Aで「現在においてAである」、[F]Aで「未来においてAである」を 意味する。これらを本モデルでは、文の前の[ ]に時制要素を書くことで表現する。
2時制要素を[present]に限定した場合。
5.1.2.1 意味の取り違え
特定の意味要素の組み合わせにおいて、学習時に意味を取り違える。
「EtでEoをEdに取り違える」とは、意味を構成する意味要素にEtとEoが含まれて いる場合、EoをEdだと思って学習することである。意味を取り違えるのは学習において のみであり、知識としてはEoがそのまま残る。
例えば「goでpresentとf utureを取り違える」とは、goが含まれる文脈でpresentが あれば、このpresentをf utureに置き換えて学習を進める、というものである。この場 合の学習プロセスの具体例を以下に示す。知識に、あるルール
r1 :S/[present]go(mary, john)→abcd (5.5) が存在するとする。このとき、r1にはgoおよびpresentが意味要素として含まれている。
従って意味を取り違え、r1を次の式(5.6) で示すr10と思って学習する。
r10 :S/[f uture]go(mary, john)→abcd (5.6) 例えば知識に以下のように上記r1とともにr2があるとする。
R (
r1 :S/[present]go(mary, john)→abcd
r2 :S/[f uture]like(mary, john)→abef (5.7) このとき、この二つのルールによってchunk は起こらない。なぜなら、意味要素が二 箇所異なっているために、chunkの定義(3.1.3.1節)に合致しないからである。しかし
「goでpresentとf utureを取り違える」ときは、r1を式(5.6)で示したr10と思って学習 するので、学習時にルールセットRを次のようなR0だと思い込む。
R0
(r10 :S/[f uture]go(mary, john)→abcd
r2 :S/[f uture]like(mary, john)→abef (5.8)
これはchunk条件に当てはまるので、chunkされる。ただし、chunk後のルールは以下の
通りである。
R00
r3 :S/[present]p(mary, john)→ab N1/p r4 :S/[f uture]p(mary, john)→abN1/p r5 :N1/go→cd
r6 :N1/like→ef
(5.9)
すなわち、本来のchunkでは全く同じ知識となるためにどちらかが削除されるはずのr3 とr4が、違う知識であるために両方とも文法に残る。これは、学習の瞬間には意味を取 り違えるけれども、知識としてはきちんと区別できていることに相当する。
この意味の取り違えの設定は、現実において、「行く」という意味が未来を強く想起さ せる、という仮定をモデル化したものである。すなわち「行く」という意味が出てくる と、文全体が現在の意味であっても、未来の意味かのように思い込んでしまい、その思い 込みに基づいて学習を進めてしまうとどうなるのかを実験において調査しようという意 図をもって行った設定である。
5.1.2.2 意味の共起頻度
意味の共起頻度が設定された場合、親が話さなければならない意味がランダムに設定さ れず、ある分布をもって与えられる。
「Eiに対するEjの共起頻度」とは、意味mが意味要素Eiを含むときに、その意味を 構成するのにEjもまた含める割合(百分率)を指す。例えば、goに対するf utureの共
起頻度を80%で設定すると、親が話さなければならない意味がgoを含んでいる場合には、
そのうちの80%がf utureを含んだ意味となるように意味が選ばれる。すなわち、親が話 さなければならない意味が
[E3]go(E1, E2) (5.10)
の形で表されるときには、80%の確率で E3 =f uture である。
この設定は、「行く」という意味は未来の文脈でよく現れる、ということをモデル化し たものである。
5.1.2.3 意味の貸し借り
図5.1に示すように、意味要素に概念的な繋がりのある意味要素と繋がりのない意味要 素を設定する。その上で、繋がりのある意味要素間では、意味を貸し借りできる。具体的 には、単語型ルールをその意味の代わりに使うことができる。
図5.1に示した例では、行動要素のgoとwalk、goとrunには意味の重なりがあると 考えている。これに対して、likeとbeatはどの意味要素とも重なりを持たない。これは、
「行く」という意味が指し示す内容と「走る」や「歩く」が指し示す内容には、(場面に よっては)重なりがある場合もある、という意味空間を設定したことに相当する。
意味の貸し借りができる場合、単語型ルールを貸し借りすることができる。例えば、go にwalkの単語型ルールを貸す、ということは、goの意味のためにwalkのための単語型 ルールの終端記号列を用いてもよい、ということである。これは、例えば現実の世界で、
「行く」の意味を表すのに《walk》という発話で代用してもよい、などと言ったことに相 当する。
さらに、この意味の重なりには方向性がある。例えば、goはwalkやrunから単語型 ルールを借りることができるけれども、walkやrunはgoから単語型ルールを借りること ができない、などと設定される。これは、単語によって意味の一般性に差があるとみなし ていることに相当する。
意味の貸し借りが起こる場合、本来その意味を表す単語型ルールによっても発話でき、
借りた単語ルールによっても発話できる場合に、あえて借りた単語ルールを使用する割合
(百分率)を、以下では、借りたルールの優先利用率ということがある。
図 5.1: 行動要素の指示領域に基づいた差異の例: 行動要素をそれぞれ独立したものとせず、ある 要素とある要素は関係があると考える。この例では、goとwalk、goとrunには、その意味の周辺におい て重なりがあると考える。それに基づいてこれらの語の間では意味の「貸し借り」ができるようにした。貸 し借りが可能であることを図では矢印で表示した。また、行動要素の中には、そのような関係がなく意味を 貸し借りできない語(本例ではlikeやbeat)も設定する。これにより、これまで同等であった行動要素間 に差異を設ける。