驚 聖 人
の 求 道
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瀬
和
敬 近頃殊に法の重さをずしりと深く感じます︒
と言うのは︑高田本山の宝庫には御開山聖人のお書きになりましたも
のが
︑ 七百有余年の歳月を経て殆ど損欠なく︑私共が間近にお筆の跡を拝むことが出来る幸せを得ているのでありま す︒それが近頃迄広く公開されるという機会がなかったのであるが︑
この真宗連合学会が生れてから︑度々その数多 くの聖人のお筆の跡が公開されて︑聖人をお慕いになる方に︑本当に有難くおし頂いて拝観をとげて頂いているので あります︒その数ある御真筆の中に︑今迄は真筆に間違いないと内外共に許るされていたものも︑近頃になって本当 に開山聖人の御真筆が輝いて頂く為には︑今迄一応聖人のお筆だと伝えられていたものも︑
これは純粋な立場からそ
うでないものはそうでないと申し上げた方が︑限りなく真実を愛し給うた御開山聖人に酬ゆる道であろうという考え がもたれて︑参ったのであります︒そして今迄聖人のお筆であると申されていたものも︑特定の門弟の方が謹んで殆 ど聖人のお筆と同じような形でお写しになったものであろうと︑堂々と発表されて参ったのでありますが︑
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親鷺
聖人
の求
道
一四
九
親驚
聖人
の求
道
一 五O
姿の中に私は如何して門弟方がそこまで聖人のお筆の跡を真似してゆこうとされたのであろうかと思うて来た時︑成 程これは聖人の烈しい求道の一生が︑ー聖人は決してある時期までに終って了って︑
それ以後求める必要がなくなっ たというのでなく︑御一生を通して烈しい求道の念に燃えておいでになった
l
この求道の思いというものが︑
お弟
子 を揺り動かしているのであろう︒こういうことに私共の眼が聞かれて参りますと︑特にそのお弟子方が聖人の文字ま で聖人と同じような筆方を真似てゆかれましたことを︑師弟一味の信境として受取る次第であります︒弦に一つお聞 き頂きたいのは︑聖人の吉水時代と推定されているのでありますが︑観無量寿経と阿弥陀経とをお書きになりまして︑
その註釈を非常に詳しくそのお経の行間・上下・裏に至るまでお書きになったものが︑西本願寺に襲蔵されて居りま す︒その聖人のお筆の俸を︑存覚上人が一年七ヶ月もの歳月を費して書写され︑而もその観阿弥陀経集註と名付ける 存覚上人の書写本を︑野州高田の第四代専空上人にそのま
L喜んで寄託されておるのであります︒
一体こういう事実 というものは何を物語るものでありましょうか︒
これは私は教法社会︑生きている僧伽が現にあり︑存覚上人が御自 分の労作を喜んでそこに収め︑安心してそこに安置することが出来る︑自分の奉仕すべき教団の中心というものを︑
野州の高田に仰いでおいでになった︑その当時の僧伽の中には明かに報思奉仕の中心が︑厳然として念併の御同行御
同朋
の中
に見
えて
いた
︑ こういうことを私は痛切に感ずるのであります︒
と申しますのは︑先程聖人は御一生の問︑求道宕なさったということを申し上げましたが︑大体求道というのは︑
道を求める道が喚びかけている
道があるに違いないのだが道に遇うことが出来ない
たしかに道が聞けている
たしかに道の喚ぶ声が聞える︑法が人を求めている︑
一切
がこ
Lに
究極
する
︑
かくして第二義・第三義に心を労する
ととなく︑第一義に立ち還えらしめられた人間の相を求道と呼ぶのであるが︑道に求められ道に励まされて進み給う
た聖人の求道の御相というものが
念僻念法念僧︑即ち僧伽を離れたものではないのであります︒僧伽を離れて念
悌だけが生きているのではなく︑教法社会があり︑奉仕すれへき中心があって︑真宗念伸がさかえたのであるというこ とを︑私はこの存覚上人の奥床しい業蹟の中に仰いで参りたいのであります︒
果して私共は開山聖人の求道に励まされて︑私共も亦道を求めることが出来うるでありましょうか︑私自身宕顧み
れば
︑ 不精進悌怠で道に励まされつL
道を歩んでいないということ︑痛傷より他にないのであります︒聖人が私共に お示しになった求道というのは︑凡夫の求道であります︑凡夫は道を求めようとしない︑
しかも凡夫は道を求めねば
ならぬ︑その道をお示し下さったのである︒聖人の晩年の御言葉でありますが︑
﹁凡夫といふは︑無明煩悩われらが
身にみちみちて︑欲も多くいかりはらだちそねみねたむこころ多くひまなくして︑臨終の一念にいたるまで︑
とどま
らずきえずたえずと︑水火二河の検にあらはれたり﹂と︑
いかにも明瞭であります︒凡夫がこのま
Lにして生きてゆ
ける道︑凡夫を離れずして伸道を歩む相を︑こtA
に明瞭にお示しになって居ります︒もう一つお言葉を伺って参りま しよう︒悌道のために労苦をなめた心がにじみ出ております︒
﹁わ
れら
はよ
き人
にも
あら
ず︑
かしこき人にもあらず︑賢人といふは︑
かしこくよきひとなり︑精進なる心もなし 僻怠の心のみにして︑内はむなしく
いつはりかざりへつらうこころのみつねにしてまことなるところなき身
なりとしるべしとなり﹂
こLに﹁精進なる心もなく﹂とありますが︑
このお一言葉の中に私共は一体どういうことを聞きとって参るべきであ
りま
しょ
うか
︒ 一体この七百回の御遠忌の忌という文字は︑嫌う・いやがる︑慨怠をにくむ︑博けて居ることから離 れる︑すなわち精進ということであります︒そういたしますと︑私共は慨怠であるけれども︑時節が到来してこの勝 縁に遇うことが出来て私が歩まざるに祖師が向うから歩みを運び︑祖師が私を捕えて頂いて︑
乙の時節到来の御遠忌
に遇うことが出来たという喜びに︑
お互全身を挙げてひたり切って居るのであります︒伸法は精進であり︑
この
時乙
親驚
聖人
の求
道
一 五
親鷲聖人の求道
−五
そ第一義の声を聞いてゆこう︑道に励まされてゆこう︑何を長い間愚なことにむを労しておったかと︑我が身を励ま
し我
が身
を勇
づ気
け︑
この時に適切ったことを人生最大の喜びとして受取っておるのであります︒が同時に︑
か﹁
しこ
き人にもあらず
よき人にもあらず︑精進の心もなし﹂
これが凡夫の姿であります︒精進せよと言われても精進 することが出来ない︑一言葉の上でどれほど精進の言葉をとり上げてみても︑どうしても悪業煩悩の此の身がついて行
斗ノ
hム ︑
︑ 1 v
中J︑νそういう歎きをそのまL
に開山聖人が︑凡夫は機悔せよと言われても働悔することが出来ない︑機悔ほど尊 い事実はないと知らされても憤悔の出来ないようなこの凡夫︑精進の心もなく︑至誠の心もなく︑慨怠の心のみであ る︒そういう内面が空しく偽りの相であるからして︑外に賢善精進の相を見せてゆかなければならない︒こういう聖 人の機悔不能の究極の機悔を︑
吐露遊しておられるお姿の中に︑私共は計り知れぬ道が喚びかけておって下さる戸を 聞くのであり︑開法に引き入れられてゆくのであります︒聞法こそ開法のみが私にとって唯一つの精進の姿でありま しよう︒機悔も讃嘆もお念併を通してであります︒
こうして御遠忌にお遇いさせて頂き︑聖人のお一言葉を頂きつ
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求道するζ
との出来ない私が︑聖人の求道の御一生に支えられ︑その曇りなき真実の世界に引き入れられて参ること そ︑本当に人聞に生れたこの上もなき喜びだと︑仰ぎ慕うて居る
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であ
りま
す︒