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Ⅰ 要旨
脳循環系に及ぼす電磁波の影響評価は多くの研究者によって進められている。これら の研究では、脳循環の指標となるパラメータを電磁波ばく露の前後で計測し、その変化 について評価している場合が多い。したがって、電磁波ばく露中にのみパラメータ変化 を生じるような一過性反応が存在する場合は、従来の方法では電磁波による影響を検出 できない可能性がある。そこで、本研究では、ラット脳軟膜微小循環動態を電磁波ばく 露中に観察できる方法を開発し、各種脳微小循環動態指標に及ぼす電磁波の影響を評価 した。さらに、電磁波の及ぼす生体影響が未成熟の脳ではより強く生じることが懸念さ れているため、幼若ラットと成熟ラットを対象に検討し、それぞれの結果を比較した。
今年度は、脳微小循環動態指標のうち白血球挙動および細動脈血管運動を評価対象とし た。その結果、いずれの指標においても電磁波ばく露中の一過性反応は認められなかっ た。また、成熟ラットだけでなく幼若ラットにおいても同様の結果を得た。
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Ⅱ 研究目的
脳循環系に及ぼす電磁波の影響が懸念されている。これまでに、血液脳関門(BBB) 透過性および血流量について電磁波ばく露影響が報告されている。BBB透過性に及ぼ す影響については、1994年にSalfordらによって示された[1]。電磁波ばく露後のラット 脳において血中アルブミンの血管外漏出が認められ、電磁波ばく露によるBBBの透過 性亢進が示唆された。血流量への影響については、 Huberのグループが、ヒトボラン ティアの脳血流量が電磁波ばく露後に増加することを認め、電磁波ばく露が脳血流に影 響を及ぼすことを示唆している[2,3]。これらの報告を背景として、現在WHO・EMFプ ロジェクトでは、電磁波ばく露による中枢神経系血流変化に関する研究を優先的研究課 題の一つとして掲げている[4]。
我々のグループでは、ラット脳微小循環動態を電磁波ばく露後に観察し、電磁波ばく 露がBBB透過性および脳血流に影響を及ぼさないことを既に報告している。BBB透過 性 お よ び 脳 血 流 を 含 む 脳 微 小 循 環 動 態 を 直 視 的 に 観 察 で き る 長 期 埋 込 型cranial
window法を開発し、微小循環動態指標を電磁波ばく露後に検討した。その結果、防護
指針値レベルである脳平均SAR2.0W/kgの電磁波では、10分間の短時間ばく露条件だけ でなく、1日1時間のばく露を4週間継続した長期ばく露条件においても、微小循環動態 指標としたBBB透過性・脳血流・白血球挙動に対して影響が認められなかった。
さらに我々は、電磁波ばく露中に生じる一過性反応にも着目してきた。この一過性反 応とは、電磁波ばく露中にのみ惹起される生理的変化のことを指し、ばく露後の影響を 評価する従来の研究手法では検出できない反応である。この一過性反応を評価するには 評価対象の観察を電磁波ばく露と同時に行う必要がある。そこで我々は、平成14年に本 研究課題を立ち上げ、ラット脳微小循環を対象にこの一過性反応の有無を検討してきた。
これまでに、観察およびばく露を同時に行えるシステムの開発を終了し、幼若および成 熟ラットのBBB透過性、血流速度、血管径(細静脈)については防護指針値レベルの 電磁波影響が認められないという結果を得ている。
今年度は、脳微小循環動態指標のうち上記以外の白血球挙動および細動脈血管運動に ついて評価した。白血球は免疫系に関与し、脳内の生理的環境変化に応じてその挙動を 変える。また、細動脈の血管運動は、脳神経活動などに依存して脳血流量を局所的に調 節する。したがって、電磁波ばく露中の脳内変化がこれら二つの指標に対して反映され ると考えられる。そこで本研究では、ラット脳微小循環を対象に、電磁波ばく露中の白 血球挙動および細動脈血管運動をリアルタイム計測し、これら指標に対する影響を評価 した。さらに、電磁波の及ぼす影響が脳の成熟度に依存する可能性が指摘されているこ
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とから、週齢の異なるラットを用いた評価も合わせて行った。
本報告書では、白血球挙動および血管運動計測のために新たに構築した観察システム を説明すると共に、4および8週齢のいずれのラット脳微小循環においても電磁波ばく露 中の一過性反応が認められなかったことを示す。
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Ⅲ 試験方法
1. 長期埋込型クラニアルウィンドウの装着
電磁波の及ぼす影響が脳の成熟度に依存する可能性が指摘されていることから、幼若 獣として4週齢、成獣として8週齢の週齢の異なるラットを使用した。ラットの脳軟膜微 小循環動態を直視的に観察するため、実験に先立ちラット頭部に長期埋込型cranial windowを装着した。3週齢および7週齢のラット頭部を麻酔下(ketamine:xylazin, 100:10mg/kg, i.m)で脳定位固定装置に固定し、電動ドリルを用いて頭頂部左側の頭蓋 骨を直径約7.5mmの円形に切除した。次に開口部の脳硬膜を頭蓋骨切り口に沿って三 日月状に切開し、Bregma-Lambda間に寄せた。最後にwindowをかぶせてシアノアク リレート系接着剤にて固定した。術後、各個体の埋込型cranial window内に炎症および 感染、血行障害が生じていないことを確認してから実験に供した。全てのラットは、室 温23±1℃、湿度50±5%、明暗が12時間ごとに調節された室内にて飼育し、固形飼料 は自由給餌法、水は自動給水にて与えた。
2. 生体顕微鏡的観察
埋込型cranial window内の脳軟膜微小循環動態は蛍光実体顕微鏡を用いて生体顕微
鏡的に観察した(図1a)。麻酔下(ketamine:xylazin, 100:10mg/kg, i.m. + pentobarbital, 12.5mg/kg, s.c.)のラット頭部を脳定位固定装置に固定し、蛍光実体顕微鏡(SZX120 ま た はMVX10, OLYMPUS, Japan) 下 の 電 動 ス テ ー ジ (LEP5, Ludl Electronic Products Ltd., USA)上に設置した。実体顕微鏡により観察された蛍光像は、各種フィ ルタを介したのち高感度CCDカメラ(C7190, HAMAMATSU, Japan)により撮影した。
撮影した画像は、血管運動解析システム(後述)上に表示するか、またはオフライン解 析用にデジタルビデオレコーダに記録した。
3. 血管運動計測
脳軟膜細動脈を蛍光色素により可視化し、その血管径変化を計測した。蛍光色素 FITC- dextran(200kDa, 25mg/kg)を静脈内投与し、励起光490nmのSZX120蛍光顕 微鏡下で脳軟膜血管を造影した。観察開始時の血管径が30~50μmの細動脈を各個体か ら1本選択し、麻酔30分後から12分間細動脈を撮影した。撮影した細動脈画像は直ちに 超高速デジタル画像処理装置( CV-2000, KEYENCE, Japan)に取り込み、所定のア ルゴリズムに従いサンプリング間隔100msecで経時的に血管径を抽出した(図2)。
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4. 白血球挙動計測
細静脈内白血球を蛍光色素により可視化し、MVX10蛍光顕微鏡下でその挙動を観察 した。白血球はrhodamine 6G(100μg/kg)の静脈内投与により蛍光標識した。514nm の励起光を観察部位に照射し、蛍光を示した白血球の挙動を光学フィルタを介して撮影 した。観察部位は1個体につき3箇所選択した。同一箇所の蛍光像は10分毎に30秒間の 動画として計8回記録した。
白血球の挙動は粘着現象(sticking)および回転現象(rolling)の2種類に分類し、
それぞれの現象を呈する白血球数を計測した。各観察箇所の中から任意の細静脈を1~2 本選択し、この細静脈上の分岐の存在しない部分を血管長軸上で100μm指定し計測領 域とした。計測領域内を30秒間観測し、血管内腔面に接着し続けた白血球を粘着白血球、
血管内腔面を回転しながら移動した白血球を回転白血球としてその数を計測した。
5. 電磁波ばく露
本実験では、一般環境下の防護指針値レベルである脳平均SAR2.0W/kgに電磁波ばく 露量を設定した。電磁波は、周波数1,439MHzのPDC(Personal Digital Cellular) 方式の信号を使用し、脳表面標的部位における平均SAR値が2.0W/kgとなるように入力 を調整した。このSAR値は、本実験で使用した4週齢および8週齢ラットの体重に近い ラット数値モデルを用いたばく露評価により取得した値である。
ラット頭部へ電磁波局所ばく露は改良型8の字ループアンテナを用いて行った(図 1b)。アンテナは、アンテナボックスに挿入後、その位置がcranial windowのガラス面 より5mm上方に位置するようにアクリル製脳定位固定装置に取り付けた。シグナルジ ェネレータ(MG3670B, Anritsu, Japan)より発生させた信号を、パワーアンプ
(A2000-50L-R, R&K, Japan)により増幅した後にパワーリフレクションメーター
(NRT, ROHDE & SCHWARZ, Germany)およびL型コネクタを介してアンテナに入 力し電磁波を発生した。
電磁波ばく露スケジュールは、血管運動計測用と白血球挙動計測用の2種類設けた(図 3)。血管運動計測では、12分間の計測時間の中で計測開始3分後から3分間だけ電磁波 をばく露した。白血球挙動計測では、80分間の計測時間の中で計測開始20分後から50 分間だけ電磁波ばく露した。
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6. 統計解析
全ての計測値はmean±s.e.で表した。有意差検定は t 検定を行い、有意水準5%未満 を有意差ありとした。
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Ⅳ 試験結果
1. 血管運動
脳軟膜細動脈の血管運動において電磁波ばく露に伴う変化は認められなかった(図4)。 また、4週齢および8週齢のいずれのラットにおいても同様の結果が得られた。血管運動 の指標には、振幅変動を繰り返す血管径の3分間の平均値を用い、電磁波ばく露前の平 均値を100%としてばく露中およびばく露後の値を比較検討した。8週齢のラットにお いて、ばく露中およびばく露後の平均値がばく露前に比べ有意に変化することはなかっ た。さらに、平均値の経時変化についてもばく露群および偽ばく露群で有意差は認めら れなかった。4週齢のラットにおいても8週齢と同様の結果が得られ、電磁波による影響 は認められなかった。
2. 白血球挙動
4週齢および8週齢のいずれのラットにおいても脳軟膜細静脈内に存在する白血球挙 動において電磁波ばく露に伴う変化は認められなかった(図5、6)。白血球挙動は、細 静脈内の回転白血球数および粘着白血球数を指標に、電磁波ばく露中の変化を観察した。
8週齢のラットにおいて、回転白血球数および粘着白血球数ともに、その数がばく露後 にわずかに減少した。しかし、同様の減少は偽ばく露群でもみられ、ばく露群との間に 有意差が認められなかった。4週齢のラットにおいても白血球粘着性はわずかに低下し たが、その経時変化についてばく露群と偽ばく露群との間に有意差は認められなかった。
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