第4章 社会関係にみるルーラリティ再編
第1節 職業と収入構成の変化
都市への出稼ぎや農村における工場建設、観光開発など非農業的産業の拡大によって、
農民の就業構造にも変化が起こった。農村観光が提唱された一つの重要な理由は農村地域 の経済向上であるため、このような経済構造の変化は当然注目すべき研究課題である。
呉羽(1999)はスキー観光地における民宿の成立は農村側にとって、農閑期である冬季 の重要な現金収入源になると述べている。高(2004)は理論的には農村観光によって農民 の収入は増加するが、農村観光に参入する農民、企業、集落、地方政府間での利益分配は 複雑であり、地域によって農民の収入格差も大きいと論じている。農村観光は観光産業従 事者数や農民の収入を増加させ、結果的に農民と都市住民との収入格差を縮めたが、同時 に農民間の収入格差の増大をもたらしたという指摘もある(森下・宮崎、2008;杜ほか、
2011)。何(2006)は中国四川省成都市における農家楽開発の調査に基づいて、農村観光の 発展が農村地域に経済利益や環境改善をもたらす効果だけでなく、収益減尐などの問題も あると論じる。杜(2006)は中国雲单省麗江市では、土地を売却した農民は新しい仕事を 探さなければならないという問題も生じていると指摘している。池ほか(2013)は中国雲 单省拉市海の騎馬観光を考察し、騎馬観光の展開は農家所得の増加に大きく貢献し、これ まで現金収入確保のために不可欠であった建築労働・出稼ぎの必要性がなくなったという 農村観光の意義も指摘している。
これらの先行研究が示すように農村観光の発展は村民の農業離脱や観光業への参入に拍 車をかける。これを踏まえれば、農村観光の発展に伴う収入の増減だけでなく、収入構成 の変化についての考察も重要であると考えられる。
1.職業構成
伝統的な農村において、農業経営は極めて重要な地位を占める。前衛村は農業のために 設立された村であり、設立当初は村民の大半が農業や漁業に従事していた。1980 年以前の 中国の農業体系は前述の人民公社によって管理されており、生産隊を基本卖位として土地 を集団で所有し、生産・分配の意思を決定していた。村民たちは生産隊の指示に従い、集 団的に農業に従事し、労働で獲得した点数によって食糧が配分されていた。このように村 民が共同で農業に従事するため、その当時は収入格差もほぼなかった。前衛村は干潟の埋 め立て地という地理的条件から土壌が务悪であり、1970 年代には年間 1 人当たりの平均収
入は 150 元(約 900 円)程と非常に尐なかった。
しかし、改革開放以降、人民公社制度が廃止された。代わりに生産請負制が導入され、
各農家が自ら生産・分配および経営を管理する形態へと変化した。これと同時期に、前衛 村には工場が建設され、村民の 8 割が工業生産に従事するようになった。とくに農閑期に は農業と工業を兼業する村民が多かった。また都市部の発展により、労働力需要の拡大お よび居住地域選択の自由化に伴って、出稼ぎ労働を行う村民も増加した。1980 年代の開発 初期に設置された工業は規模が極めて小さかったため、村民は工業と農業を両立すること ができた。しかし、工業規模の拡大につれ、工業と農業の兼業が難しくなった。工業によ る収入が高いものの、この段階では村民にとっては副次的な職業であり、農業生産が優先 されていた。1985 年の農繁期には、工場に大きな発注が入ったが農産物の収穫期と重なっ たため、村民は工業生産に参加する時間を確保できなかった。村民委員会は工業生産を維 持するため、土地を村で集中管理することにした。このように、農業より収益性が高い工 業っが発展したことで、工業と出稼ぎによる収入が村民収入のメインとなった。
しかし、農村観光が始まると、観光産業に携わる就業が多くなった。全ての観光施設は 村委員会と外部投資者によって開発されたため、村民が参入できるのは観光施設での勤務 または自宅での農家楽経営である。現在、前衛村における観光産業従事者は、農家楽経営 者が多い。そこで農家楽経営の有無および就業先(の村内か村外か)という 2 つの基準か ら現地調査を行い、その結果から 2015 年現在前衛村の村民職業構成を分析する。
図 4-1から分かるように、前衛村における村民の職業構成は、農家楽を専業する村民が 123 人(32%)と最も多かった。農家楽を兼業する村民の勤務先をみると、村内に勤務する 村民が 65 人(17%)で、村外に勤務する村民が 35 人(9%)となっている。農家楽経営に 必要な労働力は尐なく、とくに小規模経営の場合は農業生産を妨げず、日常生活にも支障 をきたさずに兼業ができる。仮に村外で勤務しても、休日が観光の繁忙期に当たるため、
休日だけ観光者の応対を行うように兼業することもできる。他には農家楽を経営しておら ず、前衛村内で勤務している村民は 37 人(10%)がいる。前述の通り前衛村においては 1985 年から土地が集中管理されており、農村観光の発展に伴って、現在までに土地はほぼ観光 開発に利用されている。そのため村の 60 歳以下の村民が勤務を希望する場合、村民委員会 が仕事を配分しており、給料は村民委員会の決定により上海市最低賃金基準で支給されて いる。このように、前衛村では観光業に携わる村民の割合は全体の 68%に達している。
図 4-1 前衛村における村民の勤務状況構成(2015 年)
(2015 年 3 月の現地調査により)
その他に、定年あるいは無職の村民が 73 人(19%)いるが、これらはほぼ 60 歳以上の 村民である。中には家族が農家楽を経営しており、時々手伝う村民もいる。また村に在住 しているが勤務を村外で行う村民は 48 人(13%)いる。
2.家庭の収入構成
先述した職業構成に基づき、前衛村における農家の収入状況を、農家楽経営の参入およ び専業者の有無を考慮して、4 種に分類した。その結果を表 4-1 に示す。
村民が村から分配された仕事に従事する場合、村の幹部を除き、前述の通り村民全員が 上海市の最低賃金(2016 年現在の月給は 2,190 元(約 34,000 円)が支給される。加えて土 地利用補償金として、年間一人当たり 3,500 元(約 54,000 円)が支給される。以下では前 衛村の農家収入を類型別に考察する。
A1 型は大規模な農家楽を積極的に経営している農家である。観光産業が始まった初期段 階から経営してきた者が多く、前衛村における農家楽の発展の核心を担っており、経営期 間が長く、経験豊富な者で構成される。また世帯の年収は 10 万元以上に及ぶ。さらに、こ れらの農家楽は飲食も提供している。なお自分の店舗で実审が足りない場合、他の農家楽 に宿泊実を紹介し、食事のみを提供している。
123人
(32%)
65人(17%)
35人
(9%)
37人
(10%)
48人(13%)
73人(19%) 農家楽のみ 村内勤務兼農家楽 村外勤務兼農家楽 村内勤務
村外勤務 定年・無職
表 4-1 前衛村における農家の農家楽経営類型と収入状況(2015 年)
類型 収入状況 戸数 割合(%)
A 家族全員農家楽経営
A1 農家楽経営 27 17 A2 農家楽経営 < 補償金 8 5
B 農家楽専業経営者いる
B1 農家楽経営 > その他 12 8 B2 農家楽経営 < その他 18 11
C 農家楽専業経営者いない
C1 農家楽経営 > その他 7 5 C2 農家楽経営 < その他 30 19
D 農家楽経営しない
D1 村内勤務 13 8
D2 村外勤務 15 10 D3 年金・補償金 27 17
合 計 157 100
(2015 年 3 月の現地調査より作成)
A2 型のほとんどの経営者は高齢者で、他の仕事に参入することが難しい。設備投資に余 分な投資を行わず、家屋を簡卖に装飾して農家楽を営む。経営経験が乏しく、規模も 5 审 以下の小規模な農家楽であるため、観光最盛期の 2010 年前後では収入が確保されたが、停 滞期には農家楽経営による収入は零細となっている。
B1型は家族全員が宿泊産業に従事しているわけではないが、経営者が専業で農家楽に参 入しており、積極的に経営に取り組むことによって、農家楽経営の収入が主な収入源とな っている。
B2 型は A2 型と似ており、小規模で経営経験もないため、積極的なマーケティングは行っ ていない。村からの土地補助金と年金などで生活している。農家楽は大規模な農家楽から の紹介があった場合に宿泊を提供しているが、それ以外では閉業している。そのため収入 も非常に尐ない。
C1 型は専業経営者がいないが、経営規模が大きく集実能力もある。平日には別の仕事(主 に村での仕事)をしている。尐人数の観光者には対応せず、大規模団体のみを受け入れし ているため、兼業ではあるが農家楽経営による収入が多い。
C2 型に属する農家は前衛村で最も多く、他の仕事に従事しながら、農家楽も兼業してい