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第1章 序論

第3節 研究の目的と枠組み

1.大都市近郊の農村観光地

農村観光地の多様化が益々進んでいる。空間分布の特徴から見ると、農村観光は都市近 郊型や観光スポット近隣型、遠隔地域型の 3 つの類型に分けられる(肖ほか、2001)。農村 観光は都市化の進展による環境汚染や生活ストレスの増大を背景に発展し、その主体は都 市住民が中心である。そのためこの 3 種類の農村観光地の中でも、とくに都市近郊型の農 村観光は、農村的な観光資源の他に都市からの移動距離の短さや人口の多さという立地的 な条件の良さがあるため発達しやすい。

一方、都市的な要素の影響を受けやすいという性質もある。都市近郊農村において、都 市的要素が景観や社会経済、および生活文化などの面において農村のそれを凌駕し、ルー ラリティが都市的要素やアーバニティの拡大に伴って脆弱になり、ついにはルーラリティ の衰退を決定づけてしまうという観点(菊地、2012)がある。それに対して、ルーラリテ ィを農村観光の核心的な存在で独自のセールスポイントとして認識する観点(OECD、1994)

もあり、農村観光においていかにルーラリティを維持するかが重要であると指摘する研究

(小原、2010)もある。中国では、ルーラリティが農村観光の開発と評価について利用さ れ、それが農村観光の基礎となることから、観光開発におけるルーラリティの維持の重要 性も認識されている(鄒、2005)。これらを踏まえれば農村観光の重要な役割を果たしてい るルーラリティの維持と再編を行うことは重要だと考えられるが、大都市近郊における農 村観光地には、ルーラリティの衰退と維持のせめぎ合いが著しい。

そのため、大都市近郊における農村観光地を研究対象とすることが重要である。本研究 は上海市近郊に位置し、農業生産の村から農村観光地に発展してきた上海市崇明区前衛村 を研究対象とする。

2.本研究の目的

従来の農村観光ではルーラリティの重要性が強調され、それをいかに維持していくかが 主要な課題であった。しかし一般的には、ルーラリティは都市化の進展とともに低下して いく。農村地域では、経済や生産力の発展に伴って都市生活の利便性などを望む意識が拡 大している。实際に都市的な要素が導入されたことで伝統的な農村の特徴、つまりルーラ リティ自身も再編している。その中には都市からの観光者の需要に合わせて創り出されて

きたものや、都市的な要素に影響されたものもあると考えられる。これを踏まえれば、農 村観光研究においてどのような要素がルーラリティを維持し構築しているか、そしてどの ような都市的な要素がルーラリティに影響しているかという観点から、ルーラリティの変 化を考察することは重要である。

このように農村観光の発展によりルーラリティは農村地域における都市化の進展ととも に低下しながらも、農村観光の核として認識されている。またルーラリティは農村地域の いくつかの基本的な要素を再編することで維持され、新たに生み出されていることもある。

そこで本研究では、伝統的な農村から農村観光地に発展してきた上海市崇明区前衛村を取 り上げ、大都市近郊の農村空間における農村観光がどのように進み、観光化された農村地 域がどのような特徴を持つように至ったか、すなわち農村観光の発展に伴うルーラリティ の低下と再編の实態および要因について考察し、そのメカニズムを明らかにすることを目 的とする。

農村観光の発展に伴い、農村地域における変化が様々な側面で表れて、従来の地理学、

経済学、文化学、人類学などの研究者はそれぞれの分野から考察している。しかし、観光 学においても非常に重要な概念であるルーラリティの観点からは、包括的に地域の変化を 分析する例はみられていない。

ルーラリティは農村観光の核として強調されているが、ほとんどの先行研究ではルーラ リティが都市の持たない特徴として強調されている。この文脈ではルーラリティは都市に 居住する観光者が持つ理想な農村像を示すものであり、ネガティブな要素は排除されてい る。このような背景において、中国の研究者の間では、農村観光における都市的な要素を 批判することが多い。日本におけるルーラリティの商品化に関する研究は、農業や自然資 源、伝統的な文化を活用することが注目されてきた。しかし、農村のネガティブな要素は 農村観光の発達を妨げる要素であり、農村観光を発展するために、これらの要素が改善対 象とされている。とくに中国における研究は地域発展のための提言を意図していることが 多いため、伝統的なルーラリティだけ強調すると、農村観光の発展を阻害してしまう危険 性がある。本研究はルーラリティに着目し、関連する要素の変化を考察することを通じて、

ルーラリティの再編を全面的に把握したうえで、その変化のメカニズムを究明する。

3.本研究の枠組み

先述したように、本論文はルーラリティを生産空間と生活空間、社会関係に分類し、前

衛村の観光化プロセスにおける、それらの 3 つの側面の変化とそれぞれのルーラリティと の関係について明らかにする。

農村観光地としての前衛村は、農産物を生産する農地の観光化からはじまり、その発展 に伴って、多様な観光施設が農地で展開されるようになった。また、宿泊需要の増加によ り、住宅を農家楽とよばれる宿泊施設に転用したことが、観光発展に重要な役割を果たし ている。本研究では土地利用の変化を生産空間から考察し、住宅に関する変化は生活空間 に考察する。

ルーラリティを評価する指標を設けた上で、それに基づいた各観光対象におけるルーラ リティの強弱を定量的に評価し、ルーラリティの変化とその要因について考察する。最後 に、ルーラリティの変化の特徴とその要因を考察して普遍的なモデルをまとめることを試 みる(図 1-4)。

図 1-4 本研究の枠組み

本研究を進めるため、前衛村の農村観光に関する現地調査を、2014 年 3 月と 2015 年 3~

4 月に 2 回に渡って实施した。

第 1 回の現地調査ではまず村長の N 氏に聞き取り調査を行い、前衛村の農村観光発展の 経緯を調査した。村民委員会によって発行された観光パンフレット、2012~14 年の観光者

統計表などの資料を収集し、前衛村における農村観光の概要を把握した。その次に現地調 査では前衛村の農家楽を経営している農家の 40 世帯を対象に、聞き取り調査を行い、経営 者構成と経営の経緯、経営内容、実审数、集実方法、収入構成に関する情報を収集した。

第 2 回の現地調査では、農家楽経営者に対する調査を引き続き实施するとともに、農家 楽を経営していない農家にも聞き取り調査を行い、家族構成と職業、収入、生活習慣の情 報を収集した。出稼ぎなどの原因で实家に住んでいない村民に直接調査できない場合、近 隣住民からその家族に関する情報を収集するように努めた。中国の農村地域において、近 隣に住む住民同士には密接な付き合いがあるため、代替策であるものの、調査結果には、

信憑性が確保できると考えられる。最後に、前衛村では歴史的な土地利用に関する資料が 作成されていなかったため、本研究は観察調査によって前衛村における土地利用の現状と 観光施設の分布を把握するとともに、経営者と村民への聞き取りから、各施設の開業時間 と経営内容、開業前の土地利用状況、開業のきっかけについて調査し、土地の利用歴を明 らかにしたうえで、前衛村の観光施設の発展と土地利用変化のプロセスを把握した。