本研究は,小学校の第6学年において社会的スキル指導を導入し,そ の効果を確かめようとしたものである.社会的スキル指導については,
先行研究に見られるような学級活動等の時間を使った集中的な集団への 社会的スキル指導とともに,他の指導法をあわせて導入した.それは,
教科学習の時間における導入,人間関係づくりゲームを通した指導,個 別な指導,機会利用型指導など,学級の実情に即した方法となるように 配慮:された.その結果,エピソードや学級雰囲気調査,授業中の行動観 察から社会的スキル指導が児童の行動変容を図る上で有効であったと考 えられる.以下,それぞれの詳細について考察を加える.
4,1 本調査 A町立B小学校第6学年
4,1,1 エピソードに見る児童の変容
結果におけるエピソード分析から,学級への社会的スキル指導が学級 成員の人間関係に対してよい影響を与えるのではないかとの示唆を得
た.しかし,人間関係の変化は,学級や学校におけるイベント(運動会 など)の影響も大きく受けるのではないかと考えられる.また,担任の 学級経営の影響も強いと考えられる.
以下,個別事例について検討する.
(1)啓太
啓太は他の男子と遊ぶことがほとんどなく,休み時間は図書室で本を 読んで過ごすことが多かった.他のほとんどの男子はボールゲームをし て休み時間を過ごしていたが,それに加わることはほとんどなかった.
他の男子も啓太を誘うことは見られなかった.しかし,1人でいること
が好きなのではなく,他の児童とのかかわりを求めていたことは参与観
察から推測できた.啓太に対して筆者は,他の児童との接点になること
ができるように心がけたが,常にその姿勢でいることは困難だった.ま
た,高学年ということもあり,啓太に対する個別なかかわりを重視すれ
ば,「なぜいつも啓太に」といった詮索を生む可能性があったため,機
会を選んでかかわることにした.啓太と会話を楽しむことから始め,ま
ず,啓太がどんなことを考え,どんな思いを持っているかということを
理解するように努めた.そして,啓太と会話をしている中で筆者が他の
児童を誘いかけをし,啓太と他の児童が自然に交流できるようにした.
また,啓太と筆者が会話をしているときに,他の児童から話しかけてく ることもあり,徐々に交流は増えていった.主に,啓太は女子とのかか わりが増え,女子の遊びの中に入っていくようになった.女子も気軽に 啓太を誘うようになった.特に憲子は啓太に対して遠慮なく発言する.
遊びに誘う場合でも,「いいから入りなさい」というような口調で啓太 を誘うので,啓太も入りやすかったのだろう.1学期の終わりには,休 み時間を女子と一緒に過ごすことが多くなり,啓太の表情からも以前よ りは楽しそうに過ごしていることが伺われた.しかし,男子との交流は なかなか進まなかった.それは,男子のほとんどが外にでており,啓太 はそのほとんどを室内で過ごすことが多かったためであると思われる.
また,啓太は運動を苦手としていることも挙げられる.
2学期になり,運動会の練習がはじまると,応援の係や放送の係,準 備の係等,係ごとの活動が休み時間に行われるようになった.すると,
1学期に見られた休み時間の仲間関係が変化し始め,いつもの友達と過 ごすことができないことも多くなった.啓太は以前,給食時間を他の男 子と過ごしていたが,そのうち1人で食事をするようになる.担任も何 度か声をかけたが,他の児童と一緒に食事をするまでには至らなかった.
また,他の児童と食事をしていたときも,自分から話をすることがなく,
楽しそうには見えなかった.それが,2学期になってしばらくすると,
芳之らと一緒に食事をとるようになり,会話も自分からするようになる.
啓太が,「ほら,男子はほとんど一緒に食べているよ」と芳之に話しか
けたことがあったが,それは啓太のうれしさをも表しているように感じ
られた.担任は,できるだけ一緒に食べた方が良いと思うが,本人に任
せようという姿勢を初めからもっており,それは他の事柄についても同
様だった.担任は「もう,小姑のようにうるさくいってます」とは言い
ながらも,児童の心情を大切にしょうと心がけていた.だから,友達関
係に教師が強く介入することは好まなかった.児童はそんな担任の姿勢
を理解して受け止めていたようだった.筆者から見ると,担任が主導権
を持って進めていった方がよいのではないかと思える場面もあった.し
かし,本学級の児童にとっては担任のとった方策の方がよかったのかも
しれないと,今になって思う.啓太も,教師が主導権を持って友達関係
にかかわろうとすると,かえって反発を招いたかもしれない.担任と児
童の関係や,担任の学級経営が重要であることを実感した.
(2)幸子
幸子は以前いじめにあい,それがもとで文恵以外の女子とはかかわり を持とうとしなかった児童である.他の児童も幸子を敬遠しているよう なそぶりが見られ,人間関係の改善はかなり難しいと思われた.ただ,
授業中,文恵が他の児童と普通に会話をしていたことと,幸子もグルー プ活動には参加していたことから,あからさまにいじめを受けたりいや がられたりということはないと思われた.幸子が自分から話しかけるの は女子の文恵と男子の太郎だけである.担任に対しても自分から話しか けることはほとんどなかった.2年前に隣学年担任であったためか,筆 者には話しかけてくることがあったが,そのほとんどは太郎への苦情だ った(太郎に対しては思ったことを言えるようだった).また,校舎の 隅で泣いていることもしばしば見かけたが,筆者が理由を尋ねても「な んでもありません」と答え,自分の心情を筆者を含めた他人に伝えるこ とはなかった.ただ,文恵にはある程度の話をしていたのではないかと 思われる.幸子が変わってきたのは,妙子らと一緒に給食を食べるよう
になってからである.妙子らが幸子の家に遊びにいったことがきっかけ になったようだが,なぜ幸子の家に遊びにいったのかは分からない.こ れまで,妙子らが幸子の家に遊びにいったということは担任も聞いたこ とがなく,前担任もそれは同じだった.同じグループで給食を食べるこ とが何度か続き,他のグループとも一緒に食事をするようになる.泉子 らのグループである.泉子らのグループは,成員が固定しており,遊び 時間も常に一緒に行動していた.そのグループの中に幸子が入ったこと
を担任はとても驚いていた.かといって,このような,グループへの参 加が継続したかというと,そうでもない.遊び時間は文恵と2人で過ご
すことがほとんどであり,他の児童と一緒に遊ぶことは,下学年を除い て見られなかった.しかし,自分から担任へかかわることが次第に増え てきて,1学期の終わりや2学期には,担任に対して笑いながら話しか けてきたり,冗談とも思えるような会話をしてくるようになる.担任は
「以前は私に話しかけてきたり,くすくすっと笑ったりすることなんて なかったんです」と筆者に語った.筆者に対して話しかけてくることも 多く,その際の表情も以前の表情と違って明るくなってきたように感じ
られた.
筆者が社会的スキル指導の時間で,いじめにあった女性の手記を紹介 したことがあった.小学校時代にいじめにあい,それが中学でも続き,
不登校になってしまった女性の話である.その女性は現在トリマーの専
門学校を卒業し,トリマーの地方大会でよい成績を収め,地域に戻って
トリマーの店を開きたいと思っているという話である.いじめていた人 のことは,今では何とも思っていない.いじめられだからこそ,今の自 分があると,その女性は語っていた.それを紹介した.その授業直後,
幸子が,「先生,今の話は本当ですか」とたずねてきた.「本当だよ」と 答えると,「ふ一ん」と言っていたが,2学期になっても同じことをた ずねてきた.その女性の話が幸子にどのような影響を与えたかは不明だ が,印象には残ったようである.
(3)その他
第3章で示したとおり,行動の変容は他の児童にも見られた.特にポ
ドキュメント内
学級への社会的スキル指導の効果とその可能性
(ページ 73-76)