本論文では,トンネル覆工に生じている変状の進行性の有無を,潜在的な進行であ っても検知できるようにするために,変状が進展したときの覆工の振動特性の変化を 定量的に評価する方法を構築することを目的として,まずは,実際の鉄道トンネルで 列車走行時にトンネル覆工壁面で生じている振動測定結果に基づいて,トンネル覆工 の振動特性を評価する指標について検討した。次に,変状を模擬したコンクリートの 試験体,および,トンネル覆工の大型模型試験体を用いた振動実験を行い,ひびわれ 等の変状が潜在的に進展したときの指標の変化や,さまざまな変状に対する指標の適 用性について検討した。
以下に,本論文で得られた結論を記す。
1)実際の鉄道トンネルで列車が走行するときのトンネル覆工表面の振動加速度の 測定結果によれば,列車の通過時の振動加速度のフーリエスペクトルは,列車種 別によって車両の重量や走行速度が異なることから振動のエネルギーの大きさ が異なり,フーリエスペクトルの大きさも異なっている。しかし,測定点間の加 速度フーリエスペクトル比を求めることで,列車種別や速度によらず,8,000Hz 程度までの高い周波数の範囲までも一定の関係を示す。フーリエスペクトル比,
つまり振動の伝達関数は,ひびわれや内部欠陥等が変化しなければ,列車種別が 異なってもフーリエスペクトル比の形状は概ね一致することから,測定点間のフ ーリエスペクトル比を指標として,変状進展性を評価出来るものと考えられる。
2)変状が進展したときの測定点間のフーリエスペクトル比の変化を調べるために,
トンネルのコンクリート覆工を梁試験体で単純化して,この梁試験体に振動を加 えた振動実験を行った。この振動実験では,ひびわれ長さを部材深部で変化させ たコンクリートの梁試験体,および,コンクリートの浮きを模擬した梁試験体を 作製し,ひびわれが潜在的に進展したときのフーリエスペクトル比の変化を分析 した。その結果,部材深部でひびわれ長さが進展した場合,8,000Hz までの広い
176
らかに変状の進展がない場合は 0.1 以下の値を示すが,ひびわれの進展や浮きの 発生を模擬したときには 0.4 以上の大きな値となる。
4)さまざまな変状に対する進行性指標の適用性を確認するために,トンネル覆工模 型に段階的に載荷を行うことで,軽微なひびわれの発生,ひびわれ幅の拡大,コ ンクリートのはく離・はく落等の様々な変状を発生させ,各々の変状が生じてい る状態で振動計測を行った。その結果,トンネル覆工模型への載荷荷重の増大に よるひびわれの発生や進展に伴って,測定点間のフーリエスペクトル比の形状が 広い周波数帯で変化した。すでにひびわれがある状態から,さらに,あらたなひ びわれが発生した場合においても,フーリエスペクトル比の形状が大きく変化し た。また,幅が 0.06mm 程度の微細なひびわれであっても,測定点間のフーリエ スペクトル比は,広い周波数帯で変化が生じた。このひびわれの位置は,フーリ エスペクトル比を求めている測定点間に含まれてはいないが,フーリエスペクト ル比の形状には変化が生じた。また,フーリエスペクトル比の変化を定量化した 進行性指標は,変状の進展の程度が小さい連続する載荷 STEP 間においても,0.2 以上の値を示した。
5)進行性指標を評価するときの周波数を 200Hz とした場合には,測定点間によって は変状の進展を評価できない場合もあることから,測定点間によらずにある程度 大きな進行性指標の値を得るためには,少なくとも 3,000Hz 以上の周波数帯を対 象として,進行性指標を求める必要がある。したがって,8,000Hz までの高い周 波数帯に着目することは,変状の進行性を検知する上で重要である。
6)基準とした変状から連続して進行性指標の変化を見た場合,進行性指標は変状の 進展に伴い増加する傾向を示すが,基準とした状態から変状が大きく進展した場 合は進行性指標が顕著に増加せずに,減少する場合もあることがわかった。しか し,実際の維持管理では,変状が大きく進展する前に補修等の措置を施すことに なることから,変状の大きな進展を捉える必要はなく,潜在的なものも含めて変 状の進行性の有無の把握が重要である。本論文で提案する進行性指標は,ある変 状がわずかに進展したとしても,この変化を検知することが可能である。したが って,要監視対象箇所の変状の程度によらず,進行性指標を活用して変状の進展 を把握できるものと考えられる。
本論文では,上記の検討結果に基づいて,列車が走行する際の振動を活用し,覆工 壁面の測定点間の加速度フーリエスペクトル比の変化に着目して,それを進行性指標 で定量化した変状監視方法を提案した。進行性指標を用いた変状監視方法は,打音検 査による濁音の確認,目視検査によるひびわれ状況等の把握に基づいて,はく落に対 する健全度判定で経過観察が必要と判断された箇所を対象に,経過観察を常時監視で
行うときに用いる監視方法である。この方法は,変状箇所を列車が通過する毎に,進 行性指標を求め,この進行性指標が「0.2」を上回る状態が続けば,変状が進展してい る可能性が極めて高いものと判断することが出来るものと考えられる。この「0.2」は,
変状を模擬した梁試験体,および,トンネル覆工模型の振動実験結果に基づいて設定 したものである。
進行性指標を用いた変状監視方法は,トンネル覆工の部材深部で潜在的にひびわれ が進展しても,この変化を検知できる方法である。また,列車振動を活用しているこ とから,変状箇所を列車が通過する毎に進行性の有無の確認がリアルタイムで可能と なり,さらに,振動エネルギーが大きな列車走行時の振動を活用して数千 Hz の高い周 波数帯までも対象としているため微細な変状の進展もとらえることができる。したが って,提案した変状監視方法は,既存技術と大きく異なる特徴を有した実用的で有用 な監視方法であり,この状態監視方法を適用することで,トンネル覆工はく落のリス クの低減が可能になるものと考えられる。
以上の検討を通じて,今後の課題としては以下のことが考えられる。
1)トンネル覆工のはく落は,乾燥収縮等の初期欠陥等のひびわれが進展して閉合す るひびわれ箇所のコンクリート片が剥落する事象が多い。変状を監視する方法と しては,①変状の進行性の有無を検知する,②変状が進展した局所的な位置を特 定する,③変状が進行した程度を把握する,の 3 段階に区分できる。本論文では,
変状の進行性の有無を検知する方法を構築することを目的としているが,本来は,
変状が進行した局所的な位置や,はく落に至るまでの変状の程度を定量的に評価 できることが望ましい。今後は,先行ひびわれを模擬した大型覆工模型による載 荷試験において,ひびわれが生じている段階から覆工がはく落するまでの実験を 行い,定量的な指標について検討する必要がある。
2)本論文で対象とした変状は,トンネル断面内で生じているものである。しかし,
実際のトンネルではトンネル軸方向にも進展するひびわれも生じる。このような
178
することも考えられるが,覆工の温度収縮が進行性指標に与える感度については,
確認していない。この変状監視手法の実用化に際しては,実際のトンネルで長期 間計測することで,気温の変化に対する進行性指標の感度についても検討する必 要がある。
本論文に関連する発表論文等
1)瀬下雄一,津野究,加藤拓也,小島芳之,杉山俊幸:列車振動を活用したトンネル 覆工の変状進展監視方法の提案,土木学会論文集 F1(トンネル工学)特集号,Vol.68, No.3, pp.Ⅰ-99-Ⅰ-109,2012.11
2) 瀬下雄一,津野究,加藤拓也,小島芳之,杉山俊幸:鉄道トンネルの列車振動を活 用した変状進展度の評価に関する検討,構造工学論文集 Vol.59A,pp.53-59,2013.3 3)瀬下雄一,津野究,杉山俊幸:列車振動を活用したトンネル覆工のはく落監視法に
関する研究,トンネルと地下,512 号 Vol.44 No.4,pp.53-59,2013.4
180
謝辞
本論文は,公益財団法人鉄道総合技術研究所と東電設計株式会社の共同研究で実施 した実トンネルの振動計測,振動実験のデータについて,新たな分析と評価を行って 論文としてとりまとめたものです。共同研究の実施に当たっては,公益財団法人鉄道 総合技術研究所 構造物技術研究部 トンネル室長の小島芳之さんをはじめとして,
焼田真司さん,津野究さん,仲山貴司さん,嶋本敬介さん,当時,トンネル研究室に おられた中西祐介さん,舟橋孝仁さん,橘直毅さんには,大変お世話になりました。
心から深く感謝いたします。
山梨大学 工学部 土木環境工学科 教授 杉山俊幸先生には,本論文のとりまと めにあたり,ご指導やご助言を賜るとともに,研究の進捗を温かく見守っていただき ましたことを心から深く感謝いたします。杉山俊幸先生には,本論文の主査をお引き 受けいただきました。深謝の意を表します。山梨大学 工学部 土木環境工学科 教 授の鈴木猛康先生,平山公明先生,准教授の後藤聡先生,斉藤成彦先生,高橋良輔先 生,吉田淳司先生には,本論文の審査をお引き受けいただきました。また,講義を通 じていろいろご指導を頂くとともに,温かい励ましを頂きましたことを心から感謝い たします。
東電設計株式会社 土木本部 耐震技術部長であった佐藤正行さんには,貴重な機 会を与えて頂き,感謝しております。トンネルでの計測や実験では,東電設計株式会 社 耐震技術部の都築富雄さん,加藤拓也さん,恒國光義さんと一緒に良いデータを とることができ,大変お世話になりました。心から,深謝の意を表します。
山梨大学の博士課程在学中には,東北地方太平洋沖地震があり,一時期は研究に集 中できないような状況でしたが,周囲の方々の暖かい励まし等があり,なんとか本論 文のとりまとめに至ったことは,大変感謝致しております。
NTTアクセスサービスシステム研究所 シビルシステムプロジェクト 管路系 グループの田中宏司さんには,ともに博士課程在学中は励まし合い,研究を進めるこ とが出来ました。心から深く感謝します。
振動計測やモニタリングシステムの開発業務で長年おつきあいを頂いている IMV 株 式会社の高嶋文雄さん,岩切武徳さん,ならびに,同級生の江川和美さん,反町真理 子さんには,何度も挫折しそうになったときは暖かい励ましの言葉をかけていただき ました。明るくそして暖かい励ましのお声は山梨大学博士課程在籍中の大きな支えで した。