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第 3 章 音楽大学への進学理由の認知についての検討

3.2 進学理由因子と大学適応感との関係についての分析

3.2.3 結果と考察

方法で述べた平均・共分散構造モデルをFigure 3.1に示した。なお,Figure 3.1には,

因子の性質を表すために,群間で等値の制約をおいたパス係数について,ピアノ群の標準化 係数を例として示してある。なお,標準化解であるため,分析方法で述べた群間における等 値の制約や固定した係数の値が,そのままの形ではパス係数の値に反映されていない。

この多母集団モデルの適合度は,CFI=0.940,RMSEA=0.052 であり,モデルがデータに 適合していることが示された。

今回検討の対象とするのは,まず,自由に推定を行う以下のパラメータについてである。

すなわち,3 つの進学理由に関する因子(「積極的動機」「消極的動機」「他者のすすめ」)か

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ら「適応感」への影響を示す係数,「積極的動機」の下位因子である「将来展望」因子の誤 差成分と「消極的動機」因子との間の相関である(Table3.4,Table 3.5を参照)。また,

進学理由に関する因子のうち,3 つの外生変数(「積極的動機」「消極的動機」「他者のすす め」)の平均・分散と,3 つの内生変数(「能力活用」「同一視」「将来展望」)の切片について は,方法で述べたように「ピアノ群」を基準とした群間比較を行う(Table 3.6を参照)。 以下,群ごとに検討を行う。なお,パス係数の大きさの判断基準については,相関係数に 関する一般的な目安(豊田・前田・柳井,1992)を参考にする。つまり,絶対値が 0.2 未満 でほとんど関係がないものとみなし,0.2 以上 0.4 未満で「弱い」,0.4 以上 0.7 未満で「中 程度の」,0.7 以上の場合に「強い」関係を示すとみなして解釈を行う2。また,パス係数の 大きさに言及する際には,標準化解(Table 3.4)を用いる。

「ピアノ群」については,まず「積極的動機」から「適応感」への影響を示す係数が 0.69 である。専門である音楽活動を自分の一部と感じ,自分の能力を生かし,将来を見通して進 学を考えるという積極的な動機に基づく理由で進学した場合に進学後の適応感も高くなり

2 パスが有意であるかどうかも重要な判断基準になり得るが,今回の分析においてはデー タ数が少なかったため,影響力の大きさに関する判断基準のみを使用している。

Figure3.1 進学理由と大学での適応感の因果モデル

  パス係数の標準化解は,すべて群間で等値の制約をおいたものである。

なお値を1に固定したものについては,下線を付した。

(標準化解は,ピアノ群(N =145)のもの)

適応感 積極的

動機

消極的 動機 同一視

能力 活用

将来 展望

他者の すすめ d1

d2

d3

d4 V4

V5 V6

V2 V3 V1

V7

V8 V9 V10 V11

V12 V13 V14

V15 V16 V17

V18 V19 V20 V21 V22 V23 V24 V25 e1

e2 e3 e4

e5 e6 e7

e8 e9 e10 e11

e12 e13

e15 e16 e17

e18

e19 e20

e21 e22

e23 e24

e25 e14

0.68 0.49 0.91 0.57 0.84 0.77 0.51

0.65 0.45 0.77 -0.65

0.63 0.97

0.74

0.78 0.77

0.50

0.73 0.69 0.75 -0.74 -0.60 -0.61 0.65

0.60

34 Table3.4 自由推定を行ったパラメータ(標準化解)

パス 積極的動機 消極的動機 他者のすすめ 将来展望の誤差と

専攻  →適応感  →適応感  →適応感 消極的動機との相関

ピアノ群 (N=145) 0.69 -0.40 -0.17 -0.41

管楽器群 (N= 35) 0.66 0.17 -0.34 0.04

声楽群 (N= 77) 0.59 -0.27 0.01 -0.60

教育群 (N= 27) 0.51 -0.21 0.37 -0.77

Table3.5 自由推定を行ったパラメータ(非標準化解)

パス 積極的動機 消極的動機 他者のすすめ

専攻  →適応感  →適応感  →適応感

ピアノ群 (N=145) 0.61 -0.35 -0.15

(0.08) (0.07) (0.07)

管楽器群 (N= 35) 0.54 0.15 -0.29

(0.15) (0.14) (0.15)

声楽群 (N= 77) 0.66 -0.24 0.01

(0.20) (0.11) (0.18)

教育群 (N= 27) 0.53 -0.18 0.26

(0.26) (0.18) (0.15)

非標準化解の下のカッコ内に示した値は,標準誤差である。

Table3.6 進学理由因子の平均・分散・切片(非標準化解)

因子 積極的 動機 消極的 動機 他者の すすめ 能力 同一視 将来

活用 展望

専攻 平均 分散 平均 分散 平均 分散 切片 切片 切片

ピアノ群(N=145) 0.00 1.00 0.00 1.00 0.00 1.00 0.00 0.00 0.00

管楽器群 (N= 35) -0.37 0.94 0.21 0.82 -0.34 0.85 0.10 0.25 0.22

(0.34) (0.35) (0.18) (0.23) (0.21) (0.29) (0.21) (0.23) (0.21)

声楽群 (N= 77) 0.17 0.36 -0.11 0.56 -0.28 0.34 0.02 -0.05 0.21

(0.19) (0.13) (0.13) (0.12) (0.13) (0.11) (0.14) (0.15) (0.14)

教育群 (N= 27) 0.02 0.44 -0.13 0.61 -0.15 0.98 -0.67 -0.18 -0.16

(0.31) (0.22) (0.18) (0.19) (0.24) (0.36) (0.22) (0.23) (0.21)

非標準化解の下のカッコ内に示した値は,標準誤差である。

なおピアノ群は,固定した値を示した。

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やすいことが示唆される。次に,「消極的動機」から「適応感」へのパスは,-0.40 と低い負 の係数であり,他により良い選択肢がなかったという消極的な理由で進学した場合に,進学 後の適応感も低くなる可能性が示唆される。なお,この「消極的動機」因子と「将来展望」

の誤差成分との間には,r=-0.41 という負の相関が見られ,「消極的動機」による進学が将 来への見通しに乏しいものであることがうかがわれる。さらに,「他者のすすめ」から「適 応感」へは,ほとんど影響が見られないことが示された(-0.17)。「他者のすすめ」は,両 親と音楽の先生によるすすめに関する 3 項目に影響を与える因子である。両親のすすめが あることは家庭の音楽環境の充実を示し,音楽の先生のすすめがあることは本人の能力の 高さを示す可能性がある。一方,「他者のすすめ」を進学理由として学生自身が認知してい ること,つまり進学に関して他律志向的であることは,過去の進学理由研究の結果から,大 学における不適応につながる可能性が指摘されていた。今回の結果は,この両者の効果が相 殺されたためとも考えられる。

この「ピアノ群」とほぼ同じ構造が見られたのは、「声楽群」である。まず,進学理由に 関する因子から適応感へのパス係数については,「積極的動機」から「適応感」への影響を 示す係数が 0.59 と中程度の強さを示し,「消極的動機」から「適応感」へのパスは,-0.27 と低い負の係数であり,「他者のすすめ」から「適応感」へは,影響が見られないことが示 された(0.01)。なお,「消極的動機」因子と「将来展望」の誤差成分との間には,r=-0.60 という負の相関が見られる。また,「ピアノ群」を基準として,3 つの外生変数の平均・分 散について比較すると,分散の値が小さくなってはいるが(「ピアノ群」の 1 に対して,「積 極的動機」0.36,「消極的動機」0.56,「他者のすすめ」0.34),その分散の大きさの違いに比 べると平均は,「ピアノ群」とほとんど違いが見られない(「ピアノ群」の 0 に対して,「積 極的動機」0.17,「消極的動機」-0.11,「他者のすすめ」-0.28)。さらに,3 つの内生変数の 切片についても,ほとんど違いが見られない(「ピアノ群」の 0 に対して,「能力活用」0.

02,「同一視」-0.05,「将来展望」0.21)。声楽専攻群とピアノ専攻群は,例えば Manturzewska

(1990)にも示された音楽経験年数の違いなどから,異質な群と見なされることが多い。し かし,本研究で扱った音楽大学への進学理由という観点からは,構造に大きな違いはないと いうことが示された。

「管楽器群」の進学理由因子の平均・分散・切片については,「ピアノ群」や「声楽群」

とほぼ同様の値を示した。ただし,進学理由因子から適応感へのパス係数については,「積 極的動機」から「適応感」への影響を示す係数が 0.66 と中程度に高い点以外は,異なる傾

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向を示した。まず,この群の「消極的動機」から「適応感」へのパスは,上記 2 群に見られ るような負の係数が示されていない(0.17)。その原因として,「消極的動機」因子と「将来 展望」の誤差成分との間がほぼ無相関である(r=0.04)ことを考慮する必要があるだろう。

つまり,今回使用した項目で測定される「消極的動機」は,「将来展望」因子特有の目的意 識がはっきりしている傾向と負の相関にある場合にのみ,「適応感」にマイナスに働く可能 性が示唆される。また「他者のすすめ」については,-0.34 と低い負の係数を示した。そも そも一般的な進学理由研究では,親のすすめなどの環境的要因に基づく進学は不適応につ ながるものとして扱われていた。もし,音楽領域特有の事情として,家族や先生のすすめが,

本人の音楽能力の高さや音楽的環境の豊かさを示すものであれば,上述の効果と相殺され ることが予想され,本研究においても,「ピアノ群」と「声楽群」ではそのような結果が示 された。しかし,「管楽器群」の場合,「他者のすすめ」は大学での「適応感」を低めている。

この専攻に進学した学生の音楽的環境の特徴が,「他者のすすめ」の表す意味に影響してい る可能性がある。例えば梅本(1992)の研究にも見られるが,この専攻の学生には,中学校 の部活動等において自主的に楽器演奏の訓練を開始した者が含まれている。そのような学 生の音楽的環境において家族や先生のすすめは重要な位置を占めていないために,適応を 高める要因として働いていないことが予想される。ただし,「管楽器群」のデータ数(N=35)

は少なく,結果の解釈は慎重に行う必要がある。

「教育群」について,進学理由に関する因子から適応感へのパス係数を見ると,「積極的 動機」から「適応感」への影響を示す係数が 0.51 を示し,「消極的動機」から「適応感」へ のパスは,-0.21 と低い負の係数であることは,「ピアノ群」や「声楽群」と同様である。ま た,「消極的動機」と,「将来展望」の誤差成分との間にも,これら 2 群と同様に負の相関

(r=-0.77)が見られる。ただし,「他者のすすめ」から「適応感」へのパスは,低い正の係 数である(0.37)。これを,この専攻の特徴と考えるには,十分な根拠が見出せない。さら にデータを集めた上で検討する必要があるだろう。また,進学理由に関する因子の平均・分 散・切片については,「積極的動機」因子の下位因子である「能力活用」について,「教育群」

の切片が他群より低い(「ピアノ群」と比べて,-0.67)点に特徴がある。つまり,「積極的 動機」因子からの影響を受ける前の「能力活用」因子の値に差が見られるのである。これは おそらく,音楽教育専攻へ進学する学生には,他の専攻と比べて幅広い能力が求められるた め,一つの分野に特化した専門技術に関しては他群ほどの自負を持っていないためと思わ れる。