第 3 章 包括利益に関する論点整理と検証内容
第 2 節 米国版概念フレームワークと財務会計基準書第 130 号
1997年6月、FASBはSFAS第130号「包括利益の報告」を発表し、同年12月以降に開
始される事業年度から包括利益が表示されるようになった。以下では、FASBが包括利益を どのように捉えていたかを確認するため以下のアプローチをとる。
第1に、米国の実現概念に注目し、概念フレームワークとSFAS第130号の実現概念に 着目した考察をすすめるアプローチである。SFAS第130号では、当期純利益に含まれない 項目をその他の包括利益として位置づけている。しかし、包括利益と未実現利益としての その他の包括利益について、その明確な分類規準に特にふれられていない。だが、米国の 実務でこうした分類規準に近い役割を担うものとして実現概念・実現可能概念があげられ る(河合[2010], p.129)。本項では、米国における主な実現概念についてその史実をたどる。
具体的には、概念フレームワーク、SFAS第130号における実現概念と実現可能概念の機能 について確認する。
第2に、FASBが掲げた包括利益の報告形式とリサイクリングの考え方について考察をす すめるアプローチである。包括利益の報告形式とリサイクリングに注目することで、米国 で実現利益である当期純利益を重視してきたか否か確認できるだろう。1986年に金融商品 プロジェクトを発足させて以来、1994年までに6つの基準書を精力的に公表してきたFASB は、1990年代中旬以降、金融商品の評価損益を「包括的利益」に含めて認識する報告の制 度化にむけて本格的に取り組み始めた。こうした動きの中で、FASBが掲げてきた利益報告 の様式とリサイクリングに関する考え方はいかなるものであったのだろうか。
まずは1つめのアプローチについて考察していきたい。
2-1 米国における実現概念の変遷- Paton and Littleton と AAA を中心とする実
現概念-
本項では、Paton and Littleton[1940]に公表された『会社会計基準序説』とAAAから公表 された『会社財務報告の基礎をなす会計の諸概念と諸基準』(厳密にはAAA会計基準の
「1957年改訂版」)に焦点を当てて、米国における実現概念の変遷について端的にまとめる。
この『会社財務報告の基礎をなす会計の諸概念と諸基準』の公表を契機に、米国では実現 概念の定義について変化が垣間見えるようになった。
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1980年代の中ごろから本格化した「包括的利益プロジェクト(Comprehensive income
Project)」では「包括的利益」概念について言及しているが、ここでの包括的利益は実現概
念と密接な関係を有している(辻山[1995], p.83)。実現概念の変遷を確認することは少なか らず意味があろう。なお、本項で記すところは、Paton and Littleton[1940]の「会社会計基準 序説」を邦訳・概観した中島[1971]、中島[1979]と辻山[1995]、河合[2010]などを参照し、
まとめている点に留意して欲しい。
AAAが公表される前、米国会計基準の実現概念の確立に大きな影響を与えた文献は、
Paton and Littleton[1940]によって公表された『会社会計基準序説』であろう。まずはこの「会 社会計基準序説」が策定された変遷を辿りたい。
『会社会計基準序説』が公表された主な発端には、当時AAA[1936]によって「アカウン ティング・レビュー」誌に公表された「会社報告諸表会計原則試案(The Tentative Statement of Accounting Principles Affecting Corporate Reports)63」に対して、1937年以降多くの反論が 寄せられた点があげられる。こうした経緯のもと、1941年の改訂に至る過程でペイトンと リトルトンは「原著者序」の中でも述べているように、「試案」の基礎となっている理論の 適用を共同で執筆する必要性を感じて『会社会計基準序説』を作成した(中島[1979], p.4)。 『会社会計基準序説』は全8章で構成されているが、その第2章では「基礎概念(basic
concepts)」が記されている。第2章の「基礎概念」では、会計基準全般に関する基礎的か
つ一般的な性格を有する「企業実体」、「事業活動の継続性」、「検証力ある客観的な証拠」
について論じられている(Paton and Littleton[1940],〔中島訳編[1979], p.40〕)。そして「序 説」では、第4章で「期間収益の計上基準」、第5章で「費用の期間配分基準」について討 論されている。この2章の内容をふりかえり、費用・収益の対応関係を中心とする会計観 とその期間配分の基礎的な考え方は、米国の場合『会社会計基準序説』における第4章及 び第5章から確立されたと考えられる(Paton and Littleton[1940], 〔中島訳編[1979], p.23〕)。
「企業という活動単位」を会計の対象として規定し、企業活動の測定値として収益と費用 とを会計の中心的概念として捉えている(Paton and Littleton[1940], 〔中島訳編[1979], p.43〕)。
中島[1979]の解説から『会社会計基準序説』の内容がその後におけるAAA会計基準1957 年改訂版に少なからず受け継がれた部分もあると筆者は考えている。その理由として、以 下2点をあげることができるであろう。
まず第1に、AAA[1957]では、実現概念が序説第2章であげられた「企業実体」、「企業 の継続性」、「測定対価(貨幣的測定)」と同等の基礎概念として位置づけられると言及して
631935年12月末、ニューヨーク市で開かれた米国会計学教師協会(American Association of University Instructors in Accounting-AAUIA)の年次大会では、米国会計学会(American Accounting Association)との 合併によって、新しい全国的な団体としての米国会計学会を形成しようという意見が圧倒的な支持を得た。
こうした機運の中で1936年6月号の「アカウンティング・レビュー」誌に公表されたのが「会社報告諸 表会計原則試案」(An Tentative Statement of Accounting Principles Affecting Corporate Reports.)であった(中 島[1979], p.4)。
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おり、実現概念を重視したPaton and Littleton[1940]の指摘と共通しているためである(中島 [1979], p.40)。
第2に、AAA[1957]では実現概念に関して、「資産または負債における変動が、会計記録 上で認識計上を正当化するほどの確定性と客観性を備えるということ」(AAA[1957], p.538
〔中島訳編[1971] , p.132〕)と記しているが、実はこうした記述がPaton and Littleton[1940]
の『会社会計基準序説』の第6章と重なっているものと解されるからである。AAA[1957]
ではそれまで重視されていた伝統的な収益認識基準である「実現概念」に立脚せず、あく までも資産と負債変動の認識基準として定義し、費用・収益対応の原則を示した『会社会 計基準序説』とは異なっているようにも解釈できる。しかし、『会社会計基準序説』では「包 括主義」と具体的に明記されていないが、これに類似する記述が示されている。
特に注目して欲しい点であるため、中島[1979]における以下の文言を見て欲しい。以下の 記述をみる限り、AAA[1957]では実際に資産測定にもとづいて利益測定を行うことを支持 していた点が垣間見える。
「序説」は、第2章の基礎概念の討論において「努力と成果」を論ずるにあたり、「長期 的な対応」という表現ですでにこの問題に関する関心を示していた。期間外損益もまた、
総合的な対応の一部として、正規の損益から区別されてではあるが、純資産の増減をもた らす事実として報告されねばならない。そのことを「序説」は「努力と成果」と題する節 の末尾の部分で強調している。
(中島[1979], p.161)
上述の1点目の理由と2点目の理由は、性質を異にしており、両者は結びつかないもの と考えられる。しかし、この2つの理由の間には一定の関係が見出される。河合[2010]では
AAA[1957]の記述を参考に、AAAの実現概念が伝統的な実現概念を拡張したものであるが、
実質的には収益と費用との対応にもとづくアプローチを踏襲している点に言及している
(河合[2010], p.132)。そして、「AAA[1957]では実現の要件を従来よりも拡大することとな ったが、資産の測定方法として取得原価主義を採用したため、評価益を計上することにな ったのである。AAA [1957]による実現概念は伝統的な実現概念へと拡張した概念であるこ とが伺える」と記している(河合[2010], p.132)。
以上をふまえると、Paton and Littleton[1940]の『会社会計基準序説』とAAA[1957]の『会 社財務報告の基礎をなす会計の諸概念と諸基準』は、その後FASBにおける利益概念の基本 的な考え方のベースになったと考えられる。次項で詳述するが、資産・負債の未実現の評 価損益(少なくともそこから貨幣価値の変動にもとづく名目的な部分を除いた実質額)は 利益に属すると考えるのがFASBの基本的な考え方である。
とはいえ、資産・負債の評価損益によって認識された未実現評価損益をFASBが実現利益 としてみなしているか問われれば必ずしもそうとは言い切れない。1997年に最終的に制度
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化されたSFAS第130号で包括利益の表示が義務づけられるまで、FASBは資産・負債を時 価評価しても、その再評価損益を実現時までは資本の部に区別表示して実現時に損益ある いは留保利益に算入させる方法をとっていた。このように資本と利益とを区別し、利益計 上のタイミングについて原価主義による利益計算と異なるところが確認できない点をふま えると、少なくとも米国における利益概念の基本的な考え方はPaton and Littleton[1940]の
『会社会計基準序説』とAAA[1957]の『会社財務報告の基礎をなす会計の諸概念と諸基準』
に立脚しているものと考えられるだろう。
2-2 概念ステートメントの利益概念
AAAは米国における初期の公表物であるが、それから時を経て登場したのが米国版概念 ステートメントである64。1997年にSFAS第130号で包括利益の表示を義務づける前、FASB は金融商品の評価損益を「包括的利益」に含めて認識する方法の制度化に向けて本格的に 取り組み始めた。1995年7月、FASBはこうした問題を取り扱う「包括利益プロジェクト
(Comprehensive income Project)65」発足させ、諸外国の会計基準設定主体とも共同でこの 作業を進めることが模索された(辻山[1995], p.82)。
包括利益プロジェクトの当面の課題は、資産や負債を時価評価するということが未実現 の評価損益を認識(オンバランス)することにつながるが、こうした未実現の状態で認識 された評価損益の最終的な帰属をいつ、どのようにして財務諸表上に現すかにあった。未 実現評価損益の「認識」に関する問題は、その「帰属」問題と同時に、認識後の資本・利 益への算入のタイミングと、それをいかにして表示するかという問題とも切り離して考え ることができない(辻山[1995], p.82)。こうした利益概念の認識、帰属に関する点をふまえ ると円熟した討論を展開することは困難であったと解される。
本項では、包括利益概念が登場した概念ステートメント第3号(Statement of Financial Accounting Concepts No.3, 以下SFAC第3号と略す)から当該利益の導入に関する史実をふ りかえる。また、概念ステートメント第5号(Statement of Financial Accounting Concepts No.5, 以下SFAC第5号と略す)と概念ステートメント第6号(Statement of Financial Accounting Concepts No.6, 以下SFAC第6号と略す)では実現概念に言及しているが、包括利益概念66は この実現概念ときわめて密接な関係を有し、実現概念の変遷をたどる上でも有益な議論に なるためである。
1997年最終的に制度化されたSFAS第130号は、SFAC第6号で定義された包括利益の 報告形式を基準化したものと解されるが、利益の報告様式と実現概念は少なからず関連性
64 概念ステートメントは概念フレームワークとも呼ばれる。
65 厳密には、「包括利益プロジェクト」でなく、「包括的利益プロジェクト」と呼ばれる。委員長は、L.Todd Johnsonであった(辻山[1995], p.82)。
66 厳密には、当時、包括的利益という名称であった。