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第2章 英国版概念フレームワークの史的変遷と主要国の包括利益に関する制度整理…13

第 5 節 日本における包括利益の導入

英国や米国をはじめとする諸外国では、包括利益に関する議論が長きにわたって展開さ れてきた。わが国では、2004年にASBJによる概念フレームワークで包括利益と当期純利 益に関して定義されたが、包括利益を財務諸表情報として表示するよう要請されたのは 2011年3月期からである。1990年代後半から、会計ビックバンにより取得原価主義会計を 堅持してきた企業会計に時価会計が部分的に導入され、資産の評価差額を計上する風潮が 高まった56

金融商品の時価評価に関する議論が進展するにともない、その評価差額をどのように処 理するのかに関する議論も重要な問題となり、財務業績の報告として多くの基準が公表さ れてきた(倉田[1997], p.47)。先節までに確認してきたように、包括利益に関する報告書と して英国におけるASBのFRS第3号「財務業績の報告」(1992年10月公表)、米国のSFAS 第130号「包括利益の報告」(1997年6月公表)、IASCのIAS第1号「財務諸表の表示」

(1997年8月)、G4+1とIASC共同による特別報告書『財務業績の報告 : 現状と将来の方 向』(1998 年 1 月)などがあげられる。これらの会計基準を考察すると、報告書の名称だ けでなく、その中身を観察すると多くの相違点が確認されたと言えよう。

では、わが国の包括利益計算書はどの国の報告書の影響を受けて導入されたのか。この 疑問に対する答えを導くことは困難をきわめるが、部分的に英国の影響を受けつつも大枠 では米国の影響を受けたというのが筆者の考えである。包括利益が導入される前は、その 他有価証券評価差額金や為替換算調整勘定などが損益計算書を経由せずに貸借対照表の純 資産の部に直入され、クリーン・サープラス関係(連携利益観)が保たれずダーティー・

56 金融商品の増加など経済環境が変化している現在、貸借対照表の表示は従来の取得原価主義に加えて一 部の項目で時価による評価が採り入れられている。わが国の会計実務でも、1999年に公表された「金融 商品に係る会計基準」(2006年には「金融商品に関する会計基準」に名称変更されている)が20013 月期から適用されるようになり、売買目的有価証券とその他有価証券は時価で貸借対照表に計上されて いる。

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サープラス関係(非連携利益観)であったと言われている。このダーティー・サープラス 会計は英国の慣習でもあった。

また、わが国では1998年3月から2002年3月の間に終了した事業年度に一度だけ企業 が保有する事業用の土地を時価評価し、土地再評価差額金として直接的に資本計上する対 応がはかられた。英国では土地や建物などヨリ広範な資産の再評価を認めて総認識利得損 失に計上している。わが国では土地再評価法が時限立法であるものの策定されていたこと から、少なくとも固定資産の時価変動を認識するか検討されていたことが考えられる。

このように英国の財務報告はわが国の貸借対照表で表示する項目に一部寄与してきたが、

筆者はわが国の包括利益計算書は主に英国ではなく米国から影響を受けていると考える。

このように考える第 1 の理由は、その他の包括利益に該当する項目が米国の SFAS 第 130 号と似ている点である。米国ではその他の包括利益に計上する項目を為替換算調整勘定、

売却可能有価証券の未実現損益、最小年金負債調整額、ヘッジ関連項目など金融商品の公 正価値評価に関するものに限定され、固定資産再評価益が含まれていない点がわが国と類 似している。

第 2 の理由は、損益計算書と新たに導入された包括利益計算書の役割分担ないし優先順 位に対する考え方が、わが国と米国で似ている点である。米国では、新たな計算書である 包括利益計算書を導入する前、まずは損益計算書の対象となる利得・損失を決定し、それ 以外の利得・損失を損益計算書の対象とする方法をとっている。一方で英国では、逆のア プローチを採用しており、新たな業績報告書の対象となる利得・損失を決定し、それ以外 の利得・損失を損益計算書の対象とする方法をとっている。わが国では、従来の伝統的会 計において費用の発生主義、収益の実現主義、そして収益と費用の対応を中心とした取得 原価主義会計が一般的に理論的枠組みとして承認されてきたといえるだろう(倉田[1997],

p.48)。すなわち、収益と費用の側から決定し、残った評価差額を新たな計算書に表示する

という考えをとってきたと解される。

第 3の理由は、具体的には第 3章で詳述するが米国では実現概念を重視し、利益のリサ イクルを業績報告書に記載しているためである。米国のSFAS第130号ではある利得・損失 が実現して純利益(net income)に含められた期に、再分類調整(reclassification)を行うべ きこととしている(企業財務制度研究会[1998], p.227)。他方、英国では総認識利得損失計 算書でいったん認識された損益はそれが実現した時点でも、損益計算書上認識されないこ ととされている(企業財務制度研究会[1998], p.227)57。そして、総認識利得損失計算書で

57 FRS3号では「この財務報告基準では、当期内に認識されたあらゆる種類の利得と損失によって株 主資本がどの程度増減しているか示すため、主要財務諸表のひとつとして総認識利得損失計算書を作成 することを要求している。このような観点からは、同じ利得および損失は二重に認識すべきではないと いうことになる。(たとえば、固定資産の再評価時点で認識された保有利得は、この再評価資産を売却 した時点で再び認識すべきではない)」(para.56)と記している。辻山[1995]では、「ここで留意すべき 点はFRSにおける「損益計算書」と「総利得・損失計算書」は両計算書に示される利益額の区分に意 味があるというよりは、2つの計算書が一体となって一期間の純資産の変動総額を明らかにすることに 意味があるということである」(p.90)と記述している。

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前期以前に認識された利得・損失が実現した場合には、「歴史的原価に基づく利得・損失に 関する注記」で開示すべきとしている。そのため、基本財務諸表においては従来の利益概 念が維持されていないことが指摘できる(井出[2005], p.129)。わが国の会計基準において は、資産負債の増減のみならず、投資リスクから解放されることが収益費用を認識する要 件となっている。投資リスクからの解放を重視し、利益のリサイクリングを強制している 点は少なからず米国の計算書の影響を受けているものと考えられる。

以上の点が、英国や米国がわが国の財務報告書あるいは包括利益計算書の導入に与えて きた主な背景になるが、会計ビックバン以降、わが国で包括利益が表示されるまで実に10 年以上を要している。それではなぜいま、わが国で包括利益の表示が要請されるようにな ったか。その直接的な契機として、これまでの経緯をふまえ筆者は以下の 3 点を取り上げ たい58

1つは、EUによる日本の会計基準に対する評価があげられる。2005年にEUがIFRSを 域内統一基準に打ち出した。このころ、EU は「日本の会計基準がIFRS と同等であるか評 価する」と言及した。EU 側による同等性評価で、日本は26 項目に関して同等ではないと 評価され、日本に対して補完処置が要求された。EU側の要求に対して、日本側はコンバー ジェンスを推し進め、2008年12月にIFRSと同等という評価となった。

2つめは、2007年にASBJとIASBの間で東京合意が結ばれた点である。IASBとFASB 合同の「財務諸表の表示プロジェクト」で当期純利益を廃止する声があがり、2005年にEU がIFRSを域内統一基準に打ち出した出来事を契機として東京合意が締結した。東京合意で は、ASBJとIASBが日本の会計基準と国際会計基準の重要な差異を2008年までに解消し、

残りの差異も2011年6月30日までに解消することが当面の目標とされた。

3つめは、2011年11月に米国証券取引委員会(Securities and Exchange Commission : SEC)

から米国企業のIFRS適用に向けたロードマップが提出された点である。ロードマップの文 言は、「米国はIFRS適用を義務化するか否かを2011年までに決議し、2011年に決議した 場合には2014年から2016年にかけて段階的にIFRSを義務化する」というものであった。

ロードマップが提出されたことにより、日本では2010年3月期から「任意適用」を行うこ とが望ましく、強制適用の判断は2012年に行われることになった59。IFRSの任意適用が許 可された直後の2010年6月、ASBJ「包括利益の表示に関する会計基準」を策定し、翌年3 月から上場企業に対して適用することを義務づけている。

58 主にわが国の対応に焦点を当てた菊谷[2002]の第7章、河合[2010]を参照した。また佐藤[2012a]及び佐 藤[2012b]の記述も参考にした。

59 上場会社に関して言えば、わが国では現在のところ、①日本基準、②米国基準、③IFRS(103月期か ら選択適用を認める)という3つの選択適用が認められている。わが国で指定されているIFRSは、カー ブアウトが一切行われないピュアIFRSであり、20103月期からその適用が認められている。2012 3月期時点で5社が採用しており、その背景ないし論拠にはIASBFASBの共同作業がある。なお、

2011621日には、金融担当大臣からのアナウンスで、「IFRSに関しては、20153月期からの 強制適用は考えておらず、仮に強制適用する場合であっても、その決定から5年から7年程度の十分な 準備期間の設定を行うこと」という内容のアナウンスが流れている(伊藤[2013a], p.2)