第2章 英国版概念フレームワークの史的変遷と主要国の包括利益に関する制度整理…13
第 3 節 米国における包括利益概念の成立と導入背景
損益計算書を経由せずに未実現損益を直接資本に計上する会計処理が見直された時期であ った44。FRS 第3号「財務業績の報告」では、総認識利得損失計算書が新しく導入された。
翌年の1993年6月22日以降に終了する会計年度より総認識利得損失の財務諸表への計上 が要求されることとなったのである。
その後、英国における総認識利得損失計算書の導入は、米国をはじめとした各国の会計 基準設定主体に大きな影響を与えることになった。IASBの業績報告の様式は、英国の会計 制度における業績報告の開示から影響を受けたと言われている(井出[2005], p.125)。
第 3 節 米国における包括利益概念の成立と導入背景
前節では、英国で総認識利得損失計算書が導入された背景に言及した。本節では、米国 の動向を確認した上で、同国で包括利益が表示された要因を探っていきたい45。
・財務会計基準書第130号「公開草案」
米国では、SFAS第130号「包括利益の報告」が成立されるまでの過程で、約300通のコ メントレターが集められている。包括利益の表示に関する報告様式について様々な意見が 寄せられ、利害関係者や産業界からは反発が起こっていた。公開草案の段階では持分変動 計算書によって包括利益の報告を行うことは許容されず、損益計算書を用いた報告様式し か認められていなかった。そのため、包括利益の報告様式についてコメントレターで各界 の意見を募集したとき、損益計算書による報告形式の一元化には反発が相次いだ。こうし た産業界からの反発を緩和するため、SFAS第130号で持分変動計算書による報告が許容さ れたという背景が確認できる(中村[2000], p.7)。
・財務会計基準書第130号-導入前の背景-
44 FRS第3号の特徴は、以下の2点に集約されると言えるだろう。1つめの特徴は、損益計算書に開示さ れない株主に帰属する剰余金の変動である資産再評価益と外貨換算調整変動額が計上されるようになっ た点である。2つめの特徴は、一度、総認識利得損失で計上された構成要素について、実現時に損益計 算書に振り替えるリサイクリングを行わず、剰余金に直接振り返る処理を義務づけた点である。なお、
この2点については若林[2009]の著書でもふれられている。FRS第3号がリサイクリングを禁止する理 由には、再評価が行われた期間で評価損益がすでに認識されている点があげられる(ASB[1992],
para.37)。中村[2000]では、FASBとASBのリサイクリング適用項目とそうではない項目について詳述
している。中村[2000]では、FASBのリサイクリング適用項目には、売却可能有価証券、キャッシュフロ ーヘッジに関するデリバティブ損益があげられると言及しており、リサイクリング不適用項目には最小 年金負債調整額があげられることを紹介している。他方、ASBのリサイクリング項目に該当する総認識 利得損失項目はないとし、売却可能有価証券の保有損益、外貨換算調整勘定、有形固定資産の再評価損 益の3項目すべてが、リサイクリング不適用項目であるとしている。ASBはすべての再評価項目に対し てリサイクリングは行わず、未実現損益が実現した場合には、その金額を損益計算書の脚注で開示する よう求めている点にもふれている。
45 本項は、企業財務制度研究会[1998]及び中村[2000]、Rees and Shane[2012]の記述を主に参照した。
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1997年、FASBはSFAS第130号「包括利益の報告」を公表した。米国が包括利益を導 入した背景には、先に総認識利得損失計算書を導入した英国の動きがあげられるが、その 他にFASBが包括利益を表示することにふみきった主な契機として以下があげられる。
1. 米国証券アナリスト協会からの要請
FASBが包括利益を利益概念として報告することを要請した背景には、いわゆる資本のご み箱化の問題があった。多くの企業が海外へとビジネスの拡大を進め、金融商品や年金債 務の管理など企業を取り巻く金融活動も複雑化しつつあった。
しかし、包括利益を表示する以前の会計処理は、企業実態ないし企業慣行を十分に反映 できていないという問題を有していた。売却可能有価証券の保有損益、外貨換算調整勘定、
最小年金負債調整額などに関しては、認識された期間の損益計算書を経由させ、直接的に 資本の部へと計上されていたためである46。
評価損益を資本の独立項目へと直接的に計上する処理に対しては、会計情報利用者から も改善を求める動きがあがっていた。意義を唱えた団体がAIMR(Association for Investment Management and Research, アメリカ投資管理研究会)である47。AIMRの1つである財務政 策委員会がとりまとめた報告書で包括利益の報告を求める要望があげられ、その理由とし て以下があげられている。
第1に、変動する市場価格と当該価格の影響が報告されることである。市場価値による 会計処理を受け入れる弊害の1つは、こうした会計処理では利益の変動額が大きくなるこ とである。仮に市場価値の変化が実現していようと未実現であろうと、営業活動の成果か ら切り離されてあるがままの実態を明らかにされるならば、アナリストは現在よりも遙か に多くの情報を手にいれるだろう。
(AIMR[1993], 筆者訳)
以上の記述から、当時AIMRが包括利益を利益概念として表示することがアナリストに とっても有用となるという考えを有しており、こうした意向をFASB側に伝えていた可能性 が示唆される。
2. 金融商品プロジェクト
包括利益が表示された第2の要因として、FASBの金融商品プロジェクトがあげられる。
FASBは1986年に金融商品プロジェクトを発足させて以来、1998年までに8つの金融商品
46 SFAS第130号の発表前、売却可能有価証券など純資産直入項目の累積残高、変動額の表示方法に関し ては一貫したルールがなく、企業によってかなりバラバラであった(中村[2000], p.11)。
47 AIMRは証券アナリスト等を主なメンバーとする米国団体であり、財務諸表利用者として米国で大きな 影響力を有している(企業財務制度研究会[1998], p.248)。
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取引に関する会計基準書48を公表した。FASBは、一連の会計基準書で公正価値測定、その 評価から認識された未実現評価損益の表示方法を検討するため、1995年9月に包括利益プ ロジェクトを発足させ、翌年6月には公開草案を公表した。いくつかの経緯を経て1997年 6月にSFAS第130号「包括利益の報告」を公表した。SFAS第130号の公表によって、そ の他の包括利益の形式的な報告様式が確立した。その後、SFAS第133号でその他の包括利 益の構成要素を拡張する論調がFASB内で起こり、金融商品や保険、リースに関する項目が その候補としてあがっていたとされている(Rees and Shane[2012], p.8)49。
金融商品プロジェクトをとおして、FASBは可能な限り金融商品を公正価値で認識・測定 する方針を掲げている50。FASBは公正価値を取得原価よりも優先させた理由として、公正 価値評価に基づく会計情報が投資意思決定に有用となり、実務的慣行にも対応する点をあ げている51。
3. 海外における財務報告プロジェクト
先節でふれたように、FASBが包括利益の表示を要請した大きな要因には、ASBによる総 認識利得損失の導入があげられる。FASBはSFAS第130号の制度設計に際し、世界ではじ めて総認識利得損失計算書を導入したASBの動きにふれている。
さらにFASBは英国の財務報告に注目するだけでなく、国際会計基準委員会(International Accounting Standards Committee, 略称はIASCとする)、カナダ勅許会計士協会(Canadian Institute of Chartered Accountants)、オーストラリア会計研究財団(Australian Accounting Research Foundation)、ニュージーランド会計士協会(New Zealand Society of Accountants)と 包括利益に関する制度設計をする上で意見交換したことを報告している(FASB[1997],
48 8つの金融商品取引に関する会計基準書は以下のとおりである。①SFAS第105号「オフバランスシー ト・リスクをともなう金融商品及び信用リスクが高い金融商品に関する情報の開示」(FASB[1990])、② SFAS第107号「金融商品の公正価値に関する開示」(FASB[1991])、③SFAS第119号「金融派生商品 及び金融商品の公正価値に関する開示」(FASB[1994a])、④SFAS第114号「貸付金減損に関する債権者 側による会計」(FASB[1993a])、⑤SFAS第115号「負債証券及び持分証券への特定投資に関する会計」
(FASB[1993b])、⑥SFAS第118号「貸付金減損に関する債権者側による会計-利益の認識および開示
-」(FASB[1994b])、⑦SFAS第125号「金融資産の移転及びサービス業務ならびに負債の消滅に関する 会計」(FASB[1996])、⑧SFAS第133号「金融派生商品及びヘッジ活動に関する会計」(FASB[1998])
である。
49 SFAC第16号で過年度遡及修正が除去され、代わりにSFAS第52号の外貨換算調整勘定、第87号の 年金勘定、第115号の負債証券及び持分証券勘定をその他の包括利益に含める論調が起こった(Rees and Shane[2012], p.8)。
50 FASB([1997], para.46)。
51 FASB([1997], para.46)。公正価値測定は多くの損益を生じさせ、報告される当期純利益のボラティリ
ティーを増加させうるという懸念を有する。公正価値から生ずる問題に対してFASBは以下の観点から その正当性を主張している。第1に獲得利益をある利益概念の一部として報告することは概念ステート メントで掲げられている包括利益概念と首尾一貫性を有することである。2つめは、評価損益を直接的 に資本の部の独立項目に計上する点と比較して、損益計算書を経由させて表示するほうが利益情報の透 明性が高まるということである。3つめは、包括利益と包括利益を構成する項目の合計値に整合性をも たせることで企業間比較が容易になる点である。