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第 3 章 包括利益に関する論点整理と検証内容

第 4 節 国際財務報告基準第 1 号

では、G4+1報告書の影響を受けたとされるIAS第1号「財務諸表の表示プロジェクト」

の主な変遷を確認する77

「財務諸表の表示プロジェクト」は、2001年、IASBの発足直後に開始された「業績報 告プロジェクト」が発端となっている78。この業績報告プロジェクトは、業績報告の形式を 世界的に統一することを目標に始められ当初ASBと一緒に進められた79。しかし、IASBの 当初提案は従前の業績報告と本質的に異なり、そうした内容に批判が集中していた。

2003年10月には、プロジェクトパートナーがASBからFASBに変更され、プロジェク ト名も「業績報告プロジェクト」から「包括利益の報告プロジェクト80」になった。業績と は何かという議論を展開せず、「業績とは包括利益である」という前提を置いたうえで、そ の報告形式に限定された議論が進められた(辻山[2009], pp.13-14)。

包括利益の報告は、利益計算の過程で2通りに分けられる。1つは業績そのものをフロー の配分に基づいて捉える報告形式(収益費用アプローチ)であり、いま1つは業績報告を ストック評価に基づいて計算する報告形式(資産負債アプローチ)である。等しく包括利 益の報告と言っても両者は似て非なるものである。式で示す場合、包括利益をいかにして 報告するかは、以下2つの方法に区分できる。

① 包括利益=当期純利益+その他の包括利益

② 包括利益=再評価前利益+再評価差額

前者の右辺第1項と第2項は、利益認識のタイミングの差による区分であることから、

第2項のその他の包括利益は将来的に第1項に繰り入れられ、右辺第1項の当期純利益の 総額と左辺の包括利益の総額は最終的には一致する。これに対して、後者の右辺第1項と 第2項は利益の種類による区分であることから、再評価前利益の総額はあくまでも包括利 益総額の部分集合に過ぎない(辻山[2007], pp.32)81

77 本節で記述する内容は、主に辻山[2007]、辻山[2009]、若林[2009]、河合[2010]を参照した点に留意さ れたい。

78業績報告プロジェクト」は議論の過程で、「業績」とは何かということが論争の的になった。この問 題は、資産や負債の評価の問題とも密接に結びついていることが明らかになったため、審議スケジュー ルの大幅な見直しとともに、内容の再検討を余儀なくされた。結果として、IASB2003年の議論開始 から2年経っても具体的な成果を出せないプロジェクトに対するサンセットレビュールールを導入した。

IASBのボードメンバーを中心に、20036月に行われたサンセットレビューの結果、同年10月には プロジェクトの続行が決まった(辻山[2009], p.13)

79 コンバージェンスプロジェクトに関しては、IASB発足当初のリエゾン国(日、米、英、加、独、仏、

豪、ニュージーランド)は、基本的にIASBが公表する会計基準を受け入れることが期待されていた(辻 山, [2009], p.13)

80 包括利益の報告プロジェクトは「共同プロジェクト」とも呼ばれる。この点については、第2章の脚注 内でも記している。

81 この関係は、人口を大人と子供に分ける場合と、男女に分ける場合の違いに似ている。前者の場合には、

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では、IASBが採用しようとしていた報告形式は、①収益費用アプローチと②資産負債ア プローチのどちらに依拠していたか。以下では、IASBによる財務諸表の表示プロジェクト の変遷をふり返り、包括利益の報告形式に関する論点を中心に考察をすすめる82

4-1 IASBの業績報告プロジェクト-当初の提案-

G4+1の影響を受けて、IASBは2001年の発足直後、業績報告プロジェクトを英国ASB とのパートナーシップのもとでスタートした。当時、財務業績報告は主な論点として取り 上げられ、業績報告をいかに行うかが大きな議題として取り上げられていた。

では、業績報告に関するIASBの当初提案はどのような報告形式であったのだろうか。

図表3-7 業績報告に関するIASBの当初提案

合計 再測定前 再測定後

営業(operating) ×× × ×

財務(Financing) ×× × ×

税(tax) ×

包括利益(comprehensive income)

×××

辻山[2007] , p.31を参照, 筆者作成)

図表3-7で示されているIASBの当初提案では、包括利益は保有する資産と負債の再評価 に起因する部分である再評価差額とそれ以外の再評価前利益に区分され、その各々が営業 活動に基づく部分と財務活動に基づく部分に区分されている。IASBの当初提案によれば、

資産と負債の再評価によっていったん認識された再評価差額(評価差額)はただちにその 期における業績として確定していた。したがって、その後の実現時に再評価前利益に振り 替えることは禁じられていた(辻山[2007], p.31)83

子供は(例外ではあるが)いずれ大人になるから、全期間を通算した大人の数と人口総計は原則として 一致する。しかし、後者の場合には、女性がやがて男性になることはなく、全期間を通算しても男性人 口が人口総計に一致することはない(辻山[2009], p.18)

82 IASBは、IASCF(International Accounting Standards Committee Foundation : 国際会計基準委員会財団)によ って設立された機関で本部はロンドンにある。IASCの活動期間は1973年から2001年であり、IASB IASCを改組して設置され2001年から引き継いだ。

83 たとえば、ある期に固定資産を再評価したとする。その場合には、再評価差額は再評価した期の業績と して図表4-1の一番右上のセルに表示される。仮に、その後にその資産を売却した場合には、再評価後 の帳簿価額と売却価額との差額だけが売却損益になる。他方、その後に資産を使用し続けた際には、そ の後の減価償却費の計算には再評価後の帳簿価額が用いられる(辻山[2007], p.31)

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注目すべき点は、再評価前利益が再評価差額を分離した包括利益の部分集合であり、当 期純利益をこの業績報告書から確認することができない点である(辻山[2007], p.31)。当時 IASBは、業績そのものをストック評価に基づいて捉えようとしていた傾向にあり、当期純 利益よりも包括利益の表示を重視する立場をとっていたと解される。以下における図表3-8 は、IASBの提案したマトリックス形式による表示例である。

図表3-8 IASBのマトリックス形式による報告様式例

(河合訳[2010], p.18(著者は第4回リエゾン国会議報告http://

www.asb.or.jp/html/iasb/liason/20020520_04.phpより引用)を参照, 筆者作成)

マトリックス形式は、2002年4月にIASBとASBによって最初に進められた業績報告プ ロジェクトである。図表3-8をみると、IASBが2×2のマトリックスで4分の1ずつカテ ゴリーに諸項目を区分する意向があったと解釈できる84。業績報告プロジェクトで公表され

84 なお、マトリックス形式の原則として、すべての包括利益計算書の構成要素を事業と財務の範疇に区分

営業 売上 800

売上原価 -300

売上総利益 500 500

販売費及び一般管理費 -100

減価償却費(原価) -30 再評価 100 減価償却費(時価) -10 減損(原価) -15 減損(時価) -25 資産売却益(原価) 45 資産売却益(時価) 5 勤務費用 -34将来キャッシュアウト

フローに関する数理計算 上の仮定変化

-69

過去勤務費用 -12 公正価値の期待外の変動 -5 -150

314 36 350

金融 利息収入 25

年金利息費用 -53負債に適用される割引率 の

期待外の変化

-135 期待運用収益 73期待外の運用収益 480

45 345 390

359 381 740

    当期の活動 将来利益の期待改訂

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た報告書は、現行の業績報告書とは明らかに異なっていることが分かる。

IASBが選択したマトリックス形式は、英国のFRS第3号で採用されていた情報セットア プローチの影響を少なからず受けていた。提案されたマトリックス形式の列には、当期の 活動と将来利益の期待改訂とに分類される。後者には、主に期待外とされる資産及び負債 の時価変動が記載された。行では営業と金融の区分に分けてその発生原因を究明しようと いうIASB側の意図がよみとれる(河合[2010], p.18)。

業績報告プロジェクトは、1計算書方式で包括利益を表示しその構成要素を重視するとい うマトリックス形式を推進する形で進められた。マトリックス形式による業績の報告方法 は、当期純利益をボトムラインに位置づけて重視する業績方法と異なり、当期純利益が排 除されている点に大きな特徴がみられる。当期純利益の表示を排除することは、利益のリ サイクリングを認めないという立場をとっていると解される。筆者がこうした経緯をふま え考えるに、当時のIASBはすでに当期純利益に情報価値を見出しておらず、情報セットア プローチの観点から包括利益の内訳をいかに報告するかを重視していたのではなかろうか。

情報セットアプローチは、単一の計算書のみを重視して業績報告を行うのでなく会計情 報の利用者自身で重要な構成要素を識別するアプローチである。このアプローチは、1992 年に英国で公表されたFAS第3号、1997年に米国で公表されたSFAS第130号でも重視さ れていた85。単一の業績指標から業績の重要な構成要素を強調する多元的な情報セットアプ ローチへと移行したからである。しかし、FAS第3号では従前の当期純利益に相当する操 業計算書が基本財務諸表に組み込まれ、SFAS第130号ではAAA[1957]の実現概念に立脚 し1計算書方式が好まれ、利益のリサイクリングも支持されている。こうした過去の会計 基準と比較しても、当時IASBは包括利益へ1本化しようとしていた点が確認できよう。

4-2 改正前の国際財務報告基準第1号-公開草案-

2004年4月、IASBとFASBは、業績報告に関するその後の作業を「包括利益の報告プロ ジェクト(共同プロジェクト)」と名称を改めることにした。まず両審議会は、2006年3 月16日にIAS第1号「財務諸表の表示」に関する公開草案を公表した。両審議会は2006 年7月17日まで募集し、公開草案で意見を取りまとめた上でIAS第1号を米国のSFAS第

する方法があげられる。財務セクションには、資本提供者に対するリターンを提供する項目が表示され る(たとえば負債の利息)(柴田[2008], p.10)

85 たとえば河合[2010]では「マトリックス形式は、FRS3号で取り入れられている情報セットアプロー チの影響を受けている。情報セットアプローチとは単一の業績のみを重視して業績を報告するのではな く、財務諸表の利用者自身で重要な構成要素を識別することを重視するアプローチである。このアプロ ーチに従ったため、IASBが提案するマトリックス形式は財務諸表の列と行の様式が従来と大幅に異なる ことになった。まず、列は、当期の活動と将来利益の期待の改訂とに分類され、後者は期待外利益とさ れる資産負債の時価変動が記載される」と記述している。