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第 3 章 包括利益に関する論点整理と検証内容

第 8 節 本論文の検証課題と全体像

本節では、次章以降の実証課題を説明する。序章でも示しているため、本節では検証内 容について端的に記しておくことにしよう。先節までの利益計算書の報告様式とリサイク リングに関する議論(包括利益を重視する1計算書方式 対 当期純利益を重視する2計算 書方式など)をふまえ、主に検証すべき内容として、まずは以下の点をあげることができ るだろう。

検証内容①

・会計基準導入前後での当期純利益と包括利益の相対的な情報有用性の優劣に関する検証。

検証内容②

・当期純利益に関する情報に追加的にその他の包括利益が表示されることで、会計利益情 報としての有用性が高まるのかに関する検証。特に、会計基準の導入前後でその他の包括 利益の有用性に変化が生ずるのかに関する検証。

これまで包括利益と当期純利益の情報有用性に着目し、情報内容の優劣を比較している 実証研究が多く蓄積されている。先行研究のレビューについては各章の実証分析を行う前 で詳述するが、国内で蓄積されたレビューの結果をふまえると当期純利益のほうが財務情 報利用者にとって有用であるあるいは両利益の有用性に大きな差が垣間見えないというも のがほとんどであり、「包括利益のほうが当期純利益より有用である」と述べている経験的 証拠に乏しい。

包括利益に関する実証的な先行研究では、分析期間が包括利益の表示前に限られており、

基準導入後の期間にまで分析期間を拡張した日本企業を用いた検証が筆者の知る限り存在 しない。本論文ではこの点をふまえ、まずは次章において会計基準導入前後で包括利益の 当期純利益に対する情報内容が変化しているか、その実証的検証を行う。②のその他の包

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括利益の追加的な情報に関する検証は、本章の基準設定主体の議論からも注目すべき点で ある。ASBJは基準第 25 号で包括利益をあくまで補完的な利益として捉えている点に言及 してきた。最新のIASB[2013]のディスカッション・ペーパーでも純損益の合計あるいは小 計の開示が前提とされ、OCIを純損益と明確に区別することを前提に論議が展開されている。

こうした国際的な潮流をふまえ、先行研究より分析期間を近年にまで拡張し、その他の包 括利益の追加的情報内容が観察されるか検証する意義があろう。仮にその他の包括利益に 対して市場が反応するとすればなぜだろうか。これまで蓄積されてきた先行研究では、包 括利益の表示に関する会計基準適用後の分析期間にまで拡張した検証はされていない。こ の疑問に対する一定の答えを導き、その他の包括利益に対して市場が反応する具体的な要 因を特定したい。

続く第 5 章では、本章のリサイクリングに関する議論に注目した検証を行う。検証内容

③は下記に示す。

検証内容③

・自社の業績予想達成のためにその他有価証券を売却した利益調整を行っている企業の当 期純利益と包括利益の相対的な情報有用性を比較した検証。追加的にアナリストカバレ ッジの有無によって、こうした利益調整が見抜かれ包括利益の当期純利益に対する有用 性に変化が生ずるかについての検証。

本章の第 5 節で論じたように、日本では、その他の包括利益のリサイクリングが強制さ れている。こうした会計基準は、IFRS第9号で株式など資本性金融商品の公正価値変動を その他の包括利益に表示したままでリサイクリングを行わずに取り消す選択肢も許容され ている国際会計基準の動向とは異なるものである105

日本では、リサイクリングが強制されているが、こうした会計基準が日本企業の会計行 動に影響を与えている可能性がある。たとえば、詳しくは第 5 章で紹介するが、日本では リサイクリングが強制されている点で、こうした裁量的なその他有価証券売却を通じた機 会主義的行動が行われる可能性に言及している研究も存在する。先にふれたがIASB[2013]

のディスカッション・ペーパーでもリサイクリングに反対している意見として、経営者の 機会主義的な利益操作があげられていた(IASB[2013], para. 8.25〔企業会計基準委員会訳

[2013]〕)。それ故、リサイクリング可能という会計処理方法を通してその他有価証券が経営

者によって裁量的にリサイクリングされた際に当期純利益が果たして有用なのか、包括利 益の有用性と比較した検証が望まれるだろう。

日本企業が行う利益調整行動の観点から包括利益の有用性を検証している先行研究の蓄 積は、いまだ乏しい状況にある。日本では、他国と比較して政策保有株式(政策保有株式 の一部には持ち合い株式があげられる)の割合が多いが、企業をとりまく環境をふまえる

105 詳しくは第5章の脚注で紹介する。

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と経営者がその他有価証券を売却した利益調整を行う可能性がある。こうした理由からも 検証を行う意義があろう。

また、これまで国内外で蓄積された先行研究のリサーチの特徴は、包括利益と当期純利 益の相対的な有用性を検証する点に注目している。先行研究の大きな課題の 1 つにどのよ うな状況下で包括利益が当期純利益と比して有用な利益情報となりうるのかが解明されて いない点があげられよう。第 3 章で確認してきた会計基準設定主体間の議論からは導出し えない実証課題であるが、本論文ではこうした「未解明のテーマ」に挑戦する。

具体的にこの論文ではどのような状況下で包括利益がより高い有用性を示すのかにまで 立ち入った実証的検証を行っていきたい。そして、実証研究によって得られた検証結果か ら、包括利益の情報特性について言及していきたい。こうした特徴をもつ実証研究は、未 開拓の分野に光を当てる貴重な研究成果になると考えるためである。

以上をふまえ、本論文では以下の検証内容④を設定する。

検証内容④

・通常企業と財務困窮企業の当期純利益と包括利益の情報有用性を比較した検証。

最後に包括利益が財務諸表利用者だけでなく、経営者にとって有用か確認するため、具 体的に以下の検証内容⑤を設定する。検証内容①から④では、主な財務諸表利用者として 株式投資家を設定し包括利益と当期純利益のいずれが有用か検証するが、包括利益の表示 を経営者がどう捉えているかに着目していない。包括利益の表示を経営者がどうとらえて いるかはほとんど検証されてこなかったテーマである。経営者が包括利益を有用な利益と 捉えているか検証することで、現実を新しい角度から照らす明かりになる。以下のように 本論文では包括利益と配当との関連にガバナンスがいかに影響しているか検証する。

検証課題⑤

・包括利益と配当との関連に政策保有株式を保有している機関投資家のタイプの違いがど のような影響を与えているかに注目した検証。

以上が本論文の第4章から第7章で取り上げる検証内容である。以下で示す図表3-13は 各章で取り上げる検証内容を端的にまとめたものである。第 5 章は、本章における論点整 理から帰結できるテーマであるが、その他有価証券によって当期純利益が利益操作された 場合に検証内容をしぼっているため、特定状況下での当期純利益と包括利益の情報有用性 を比較した検証とも捉えられるだろう。

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図表3-13 本論文の検証課題(第4章から第7章)

最後に「本論文の全体像」を図表3-14で示し、本章を締めくくることにしよう。図表3-14 で示す通り、先行研究のレビューについては、各実証分析の第 2 節で該当する研究を構造 的に整理する。まずは第4 章及び第5章で、本章で取り上げた利益計算書の報告様式とリ サイクリングと関連する検証を行う。わが国ではあくまで当期純利益をもっとも重視して おり、わが国では、包括利益をもっとも有用な業績利益として表示するというより、当期 純利益に対する補完的な利益として位置づけられてきた点に言及した。こうしたASBJの見 解が導いた経済的帰結は確認できるだろうか。次章では、基準第25号が適用された期間に

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分析期間を拡張し、当期純利益と包括利益の情報有用性を比較した検証を行う。

また、当期純利益が重視されるわが国では利益のリサイクリングが義務づけられている が、こうした会計処理は最近公表されたIASB[2013]のディスカッション・ペーパーの中で も経営者の利益操作を受けやすいと批判されている。詳しくは第 5 章のはじめに詳述する が、一部の研究者は利益のリサイクリングが経営者の裁量的な利益調整をまねくと言及し ている。第 5 章では、わが国でリサイクリングが義務づけられていることが果たして望ま しい会計処理であるか検討するため、利益調整された当期純利益と包括利益の情報有用性 を比較する。その後、第6章と第7章では、第3章の論点整理からは実証課題を導けない 未解明のテーマを取り上げ、終章において各章における発見事項のまとめと今後の展望に ついて論ずる。

図表3-14 本論文の全体像