第Ⅵ章 超高圧電子顕微鏡用の高安定電子線バイプリズム機構の開発
2. 超高圧電子顕微鏡用電子線バイプリズムの開発
電子線バイプリズムは電子ビームに対してプリズムを二つあわせたような働き をする光学機器であり、フレネルの複プリズムに相当する。図6-1 に電子線バイプリ ズムの構成を示す。電子線バイプリズムは、フィラメント電極と二つの平行平板電極 で構成されている。一般的に、フィラメント電極には直径1 μm程度のガラス線が用 いられ、チャージアップ防止のため金属コートが施されている。図のように、電子が フィラメント電極と平行平板電極の間を通過するとき、フィラメント電極と平行平板 電極間の電位差によって、横方向に力が与えられ偏向する。このとき、電子の偏向量
𝛼は、フィラメント電極の直径を𝑑𝑓、フィラメント電極に印加されている電圧を𝑉𝑓、フ
ィラメント電極と平行平板電極との距離を𝑟とすると、
𝛼 = 𝜋𝑒
2𝐸・𝑙𝑛 [𝑑2 ∙𝑓 1𝑟]
∙ 𝑉𝑓 (6.1)
によって与えられる。なお式(6.1)の導出については、参考文献[9]に詳しく記されてい る。ここで、𝑒は素電荷、𝐸は加速電圧である。従って、電子の偏向角は、𝑉𝑓によって 決定することができる。
図6-1 電子線バイプリズムの構成
2.2 超高圧電子顕微鏡用電子線バイプリズムの設計仕様
超高圧電子顕微鏡に導入する電子線バイプリズム機構の仕様を検討する。原子 レベルの高分解能・高感度で電子線ホログラフィーを行うためには、電子線バイプリ ズム機構においても機械的振動やドリフトが数十ナノメートル以下であることなど、
高い安定性が要求される。そこで、電子線バイプリズム機構の基本仕様となる微動機 構には試料微動機構を設計ベースにすると共に、外部からの浮遊磁場を遮蔽するため のシールドを配置することで安定性阻害要因の最小化を図った。また、フィラメント 電極の交換の際に鏡体の大気開放が伴うと、マイルドベーキングを実施する必要があ り装置の復帰までに時間を要する。特に超高圧電子顕微鏡では大掛かりな作業になる ことから、それによる時間のロスが大きい。そこで、鏡体を大気開放すること無くフ ィラメントの交換が可能な交換機構を導入し、電子線バイプリズム機構の操作性を高 めることにした。更に、制限視野絞り等と同時に使用できる構造にすることで、高分 解能顕微鏡法や電子線回折法などを用いた観察に支障が無いようにした。
2.3 超高圧電子顕微鏡用電子線バイプリズムの構成
図6-2(a)に1 MVホログラフィー電子顕微鏡に導入した電子線バイプリズム機
構の模式図を示す。バイプリズムステージは、XY 微動と回転機構および高電圧印加 機構を装備している。最大印加電圧は1,000 Vである。フィラメント電極と平行平板 電極は、バイプリズムステージから着脱可能なバイプリズムホルダー(図6-2(b))に 組み込まれている。電子線バイプリズム機構には一般的な試料交換機構と同様な予備 排気機構を有していることから、バイプリズムホルダーの交換時に鏡体を大気開放す る必要が無いため、フィラメント電極を容易に交換することができる。また、トップ エントリー形試料ステージを参考にして、耐振動性能などの機械的安定性の向上を図 った。ステージ周辺には、耐浮遊磁場性能を向上させるため、パーマロイ製の磁場シ ールドを配置している。なお、制限視野絞りとの機械的干渉を回避しており、これら の同時使用が可能である。
図6-2(a)バイプリズムステージの模式図、(b)バイプリズムホルダー
図6-3に、電子線バイプリズムを搭載した1 MVホログラフィー電子顕微鏡の 鏡体断面図を示す[10,11]。電子線バイプリズムは、対物レンズと第1中間レンズの間、
第1中間レンズと第2中間レンズの間、および第2中間レンズと第3中間レンズの間 の3か所に設置されている。それぞれ独立に微動操作、回転操作および電圧印加操作 が可能である。バイプリズム交換機構も各々に設置されており、個別に交換すること ができる。
図6-3 電子線バイプリズムを搭載した1 MVホログラフィー電子顕微鏡の断面図
ここで、結像系に設置された3台の電子線バイプリズムに関連して、電子線ホ ログラフィー光学系の自由度を検討する。図6-4(a)に低倍率広視野観察時、(b)に高倍 率高分解能観察時の光学系を示す。どちらの光学系もレンズ位置などの機械的配置は 同じである。(a)の広視野観察の光学系は、第1中間レンズをフォーカス調整用レンズ として使用しており、バイプリズム 1 を用いている。なお、対物レンズは OFF とし
ている。この光学系では、試料の倍率が第1中間レンズによって決定される。そのた め、低倍率で観察することになり、スクリーン上の第1像面では広い視野を観察する ことになる。一方、(b)の高分解能観察時の光学系では、対物レンズをフォーカス調整 用レンズとして使用し、更に第 1 中間レンズで拡大し、バイプリズム 2 を使用する。
対物レンズおよび第1中間レンズで試料を拡大するため、(a)の光学系よりも観察倍率 が高く、試料を高分解能で観察することができる。
このように、スクリーン上の像面において干渉領域幅や干渉縞間隔が同じにな るように光学系を調整しても、レンズの使い方と使用するバイプリズムによって、低 倍率広視野観察と高倍率高分解能ホログラフィー観察のモードを必要に応じて選定す ることができる。
しかしながら、実際の電子線ホログラフィーでは、干渉縞間隔や干渉領域幅の パラメータは、クロスオーバーの位置や電子ビームの干渉性などの、その他の因子に も影響を受ける。従って、試料に応じた観察領域や空間分解能を最適化する光学系を 構築することが重要である。
図6-4(a) 低倍率広視野観察時、(b) 高倍率高分解能観察時の光学系
3. 複数の電子線バイプリズムを用いた電子線ホログラフィー