• 検索結果がありません。

情報伝達性能

ドキュメント内 九州大学学術情報リポジトリ (ページ 71-77)

第Ⅳ章 情報伝達性能の評価手法の開発

2. 色収差格子像を用いた空間周波数情報の伝達性能評価手法の開発

2.1 情報伝達性能

TEM 像にコントラストがつく要因は複数あるが、原子オーダーで試料を観察

する高分解能電子顕微鏡法においては、位相コントラストをもとに議論されることが 多い[5]。

いま、波動関数𝛹1(𝒓)であらわされる入射電子ビームが、結晶性試料を透過する

事例を考える。試料によって散乱を受けるために、透過した電子(試料出射直後の電 子)の波動関数𝛹2(𝒓)は、次のように表される[6]。

𝛹2(𝒓) = 𝑞(𝒓) ∙ 𝛹1(𝒓) (4.1)

ここで、𝑞(𝒓)は透過関数と呼ばれており、𝒓は入射方向に垂直な面内の位置ベクトルで

ある。このとき、入射ビームに対して、試料が特に弱い位相変化しか起こさない場合

(弱位相物体近似)の透過関数は、

𝑞(𝒓) = 1 + 𝑖𝜎𝑡𝑉𝑝(𝒓) (4.2)

と表される[7]。ここで、𝜎は相互作用定数、𝑉𝑝(𝒓)は結晶ポテンシャル(静電ポテンシ ャル)、𝑡は膜厚である。式(4.2)の両辺をフーリエ変換することにより、レンズの後焦 点面における回折スポットの振幅は次のように求まる。

𝑄(𝒒) = 𝐹𝑟{1 + 𝑖𝜎𝑡𝑉𝑝(𝒓)} ≈ 𝛿(𝒒) + 𝑖𝜎𝑡𝑉𝑞(𝒒) (4.3)

ここで、𝒒は散乱ベクトル、𝑡は試料の膜厚であり、𝐹𝑟{ }はフーリエ変換を表す。また、

𝛿(𝒒)はデルタ関数、𝑉𝑞(𝒒)は、𝑉𝑝(𝒓)のフーリエ係数をそれぞれ表している。

一方、後焦点面の回折スポットから出た電子が像面で干渉して像を形成すると き、散乱ベクトルの長さとなる𝑞を用いて、後焦点面上での振幅を𝑄(𝑞)、レンズを通過 することによって生じる位相変化量を2𝜋𝜒(𝑞)とすると、像面上における合成振幅𝜓(𝑟𝒊) は次のように書くことができる[8]。

𝜓(𝑟𝒊) = 𝐹𝑞[𝑄(𝑞)𝐴(𝑞)exp {2𝜋𝑖𝜒(𝑞)}] (4.4)

ここで、𝐹𝑞[ ]は𝑞に関するフーリエ変換を意味する。𝐴(𝑞)は後焦点面に挿入された絞り

の効果を示す関数である。このとき、絞りの穴径が無限大(𝐴(𝑞) = 1)であるときに は、

𝜓(𝑟𝒊) = 𝐹𝑞[{𝛿(𝑞) + 𝑖𝜎𝑡𝑉𝑞(𝑞)}exp {2𝜋𝑖𝜒(𝑞)}] (4.5) となり、像面上での強度は次のようになる[9]。

𝐼(𝑟𝑖) ≈ 1 − 2𝜎𝑡 𝐹𝑞[𝑉𝑞(𝑞) sin {2𝜋𝜒(𝑞)}] (4.6)

よって、像のコントラストはsin {2𝜋𝜒(𝑞)}に依存することが示される。このsin[2𝜋𝜒(𝑞)]

は、コントラスト伝達関数(Contrast transfer function: CTF) と呼ばれており、対物 レンズの球面収差によって決定される。𝜒(𝑞)は収差関数と呼ばれており、以下のよう に示される[10]。

𝜒(𝑞) =1

4𝐶𝑠𝜆3𝑞4−1

2𝜀𝜆𝑞2 (4.7)

ここで、𝐶𝑠は球面収差係数であり、𝜆は電子ビームの波長である。𝜀はデフォーカス量

であり、𝜀 > 0が対物レンズ弱励磁のアンダーフォーカスとしている。

実際の電子顕微鏡では、電子ビームの波長には有限の広がりがあり、レンズに 流れる電流も一定ではないからレンズの強さにもある範囲の広がりがある。これらは 干渉性に影響することから、𝑞の値が大きくなるに従いCTFはダンピングを被る。よ って、CTFにこれらの影響を乗じた実効的なCTF(ここではPhase contrast transfer

function: PCTFと呼ぶことにする)は次のようになる[11]。

PCTF(𝑞) = 𝐸𝑠(𝑞)𝐸𝑐(𝑞) sin[2𝜋𝜒(𝑞)] (4.8)

式(4.8)における𝐸𝑠(𝑞)と𝐸𝑐(𝑞)は包絡関数であり、それぞれ、下記のように表さ れる。ここで、𝛽は電子ビームの開き半角である。

𝐸𝑠(𝑞) = 𝑒𝑥𝑝[−𝛽2𝜋2(𝐶𝑠𝜆2𝑞3− ε𝑞)2] (4.9)

𝐸𝑐(𝑞) = 𝑒𝑥𝑝 [−1

2𝜋2𝜆2Δ2𝑞4] (4.10)

Δ = 𝐶𝑐√(𝛥𝑉 𝑉0 𝑓𝑟)

2

+ (𝛥𝐸 𝐸0𝑓𝑟)

2

+ (2𝛥𝐼 𝐼 )

2

(4.11)

ここで、式(4.11)で表されるΔは加速電圧やレンズ電源などの安定性を示す指標であり、

フォーカスのばらつき幅を示す。𝛥𝑉 𝑉⁄ 0は加速電圧の安定性、𝛥𝐼 𝐼⁄ はレンズ電流の安 定性、𝛥𝐸 𝐸⁄ 0は加速された電子のエネルギー𝐸0に対する電子の初期エネルギーの安定 性である。また、𝑓𝑟は、相対論を考慮した補正項であり、電子の静止エネルギーを 𝐸𝑐(=511 keV)としたとき、

𝑓𝑟 = 1 + 𝐸0⁄𝐸𝑐

1 + 𝐸0⁄2𝐸𝑐 (4.12) である。

PCTFの一例として、磁界重畳型電界放出電子銃を搭載している1 MVホログ ラフィー電子顕微鏡の情報伝達性能を図4-1(a)に示す。青線がPCTFであり、算出す るために用いたパラメータは、𝜆:0.872 pm、𝐶𝑠:1.6 mmである[12]。ここで、𝜀 は 44 nmのアンダーフォーカスとした。𝛽は、RMS値*を用いており[13]、1.27×10-5 rad とした。赤線(𝐸_𝐶𝑠)が式(4.9)で示した包絡関数𝐸𝑠(𝑞)に対応しており、𝐶𝑠と𝛽および𝜀に よって決定される。緑線(𝐸_𝐶𝑐)は式(4.10)で示した包絡関数𝐸𝑐(𝑞)であり、𝛥𝑉 𝑉⁄ 0などの 安定性に起因するΔによって決定される。計算に用いたパラメータは、RMS 値[13]を 用いて、𝛥𝑉 𝑉⁄ 0:1.3×10-7、𝛥𝐸 𝐸⁄ 0:1.5×10-7、𝛥𝐼 𝐼⁄ :5×10-8とした。𝐶𝑐は 2.9 mmで ある。散乱ベクトルの長さである𝑞は空間周波数に相当することから、PCTFが最初に ゼロと交差する𝑞の値(空間周波数上の値)が装置の分解能である[14]。図4-1(a)では、

8.5 nm-1(実空間では120 pmに対応)である。一方、コントラストの反転、すなわち

PCTFの正負の符号が反転を繰り返しているものの、装置分解能より高周波数側の領 域にも結晶構造に関わる情報が含まれている(結晶構造に関わる情報が伝達されてい る)。しかし、この高周波数領域の領域では包絡関数𝐸𝑠(𝑞)および𝐸𝑐(𝑞)によって情報が 減衰されてしまう。言い換えれば、包絡関数𝐸𝑠(𝑞)および𝐸𝑐(𝑞)は構造情報の伝達性能 に関わる重要な因子である。

図4-1(b)に、(a)において Δ𝐸と𝛽を一桁程度大きな値であるΔ𝐸 =0.42 eV (RMS

値)として、また𝛽 = 1.27×10-4 rad (RMS値)と仮定して計算したPCTFを示す。これ は熱電子銃を搭載している超高圧電子顕微鏡のPCTFに相当する。包絡関数の減衰に よって、伝達している空間周波数が大幅に小さくなっていることがわかる。すなわち、

エネルギー幅と開き角を小さくできる電界放出電子銃を搭載することによって、点分 解能よりも細かい空間周波数情報を伝達する性能を得ることができる。

* RMS値:二乗平均平方根(Root Mean Square)。ノイズの波形が正弦波であると仮

定した場合、その振幅となるピークピーク値(Vpp)とRMS値(Vrms)には𝑉𝑟𝑚𝑠 =

𝑉𝑝𝑝/2√2の関係がある。実効値とも呼ばれる。

1 MV ホログラフィー電子顕微鏡において、球面収差が補正された状況を想定

する(図4-1(c))。色収差に関する包絡関数𝐸𝑐(𝑞)のパラメータは(a)と同じ値とし、𝐶𝑠=

0として計算した。デフォーカス量は-1 nm である。𝐶𝑠 ~ 0 の条件が達成されたこと

によって、𝐸_𝐶𝑠がダンピングせずに“1”を維持していることがわかる。また、𝐸_𝐶𝑐 の 影響によりPCTFはダンピングするものの、コントラストの反転が起こらない領域が 大幅に拡張している。すなわち、球面収差が補正されたことによって、PCTFがゼロ と交差する箇所は高周波数側に移動し、実質的に点分解能が情報伝達性能(包絡線に よるダンピング)によって決定されることになる。よって、電界放出電子銃と球面収 差補正器を搭載したTEM において分解能を向上させるためには情報伝達性能を改善 することが必須であると同時に、高空間周波数領域の情報伝達性能を高精度に評価す ることが重要となる。

図4-1 異なる光学条件で算出したPCTF。(a) 電界放出電子銃を搭載した電子顕微 鏡における情報伝達性能の例、(b) 熱電子銃を搭載した電子顕微鏡の例、(c) 電界放 出電子銃と球面収差補正を搭載した電子顕微鏡の例。

ドキュメント内 九州大学学術情報リポジトリ (ページ 71-77)