第 9 章 教員に求められる教育力
1 研究目的
本章では、わが国の現行の教育制度ではICT 活用力が考慮されていないこと を明らかにした上で、他国での実例と、わが国でICT 導入を先行実施した地域 での導入状況を元に、教員のICT活用力の向上施策について提示する。
2009年、世界の教育関係者らが、国際団体「ATC21s(The Assessment and
Teaching of 21st-Century Skills=21世紀型スキル効果測定プロジェクト)」72
を設立した。次世代を担う人材が身に付けるべきスキル、具体的に、創造力・
イノベーション力、批判的思考力・問題解決力、コミュニケーション力、コラ ボレーション力(チームワーク力)、情報リテラシー、ICTリテラシーなどの10 のスキルを「21 世紀型スキル」と定め、翌年に、オーストラリア、フィンラン ド、ポルトガル、シンガポール、イギリス、アメリカが参加した。
「21 世紀型スキル」を育む教育は、一人一台のタブレット端末を児童生徒が 持つことで、個々の進度に合わせて個別学習を実施したり、教室でタブレット 端末から情報を収集しながらクラスメイトと意見を交換する協働学習を実施し たりする形に変わっていく。このような教育を提供するためには、教員の「ICT 活用力」が重要である。本章での教員の「ICT 活用力」とは、文書作成・表計 算・プレゼンテーション用のソフトウェア等を使えるだけでなく、一斉学習・
個別学習・恊働学習といった多様な形態での学習指導を行える能力を指すこと とする。
「21 世紀型スキル」という国際的な共通理解が存在する中、わが国の教育へ のICT導入は、他国と比較すると遅れている73。わが国では、2011年に政府が 策定した『教育の情報化ビジョン』74にて、21 世紀を生きる子どもたちに求め られる力を育むためにICTを導入する必要性を強調した。ICT 導入にはタブレ ット端末や学校のネット環境等のインフラ整備、導入するための教科書検定制 度などの制度整備のほかに、教育を提供する立場にある教員のICT 活用力の充 実が必要になる。
オーストラリアでは、全国学習到達度調査を行っており、その中に、ICT リ テラシーを調査する項目がある。
児童生徒は、レベル1からレベル6まで目標が設定されている。図表78 は、
レベル2~4を意訳したものである。
72 ATC21s, http://www.atc21s.org/(2015年7月30日取得)
73 OECD,「TALIS 2013 Results」,
http://www.istruzione.it/allegati/2014/OCSE_TALIS_Rapporto_Internazionale_EN.pdf
(2015年7月29日取得)
74 文部科学省,「教育の情報化ビジョン」
150 図表 78 ICTリテラシーのレベル別目標
レベル 目標
2 ・ 情報機器を用いて簡単なコンテンツの追加、変更ができること。
・ 基本的なICTセキュリティを確認できること。
3
・ 単純な一般的な検索を電子的な情報源から選択し、関連する情 報を得ること。
・ 情報機器を利用して、編集ができること。
4
・ ソフトウェアを用いて作品を創り、発表ができること。
・ ICTの不正使用をどのようにしたら防ぐことができるかを説明 できること。
NAPSより引用75。筆者作成。
例えば、小学校6年生はレベル2や3が目標であり、レベル3は簡易的な検 索ができること、最もふさわしい情報源を選び、調べられること等がある。高 等学校1年生程度であれば、目標はレベル3から4である。レベル4は、ソフ トウェアを用いて作品を創ること等がある。このように、児童生徒の学年を目 安に目標値を設定することで、21世紀力の向上を図っている。
一方で、わが国においては、明確なレベル設定には至っていない。例えば、
中学校の秘術・家庭科の学習指導要領には、「情報に関する基礎的・基本的な知 識及び技術を習得させるとともに、情報に関する技術が社会や環境に果たす役 割と影響について理解を深め、それらを適切に評価し活用する能力と態度を育 成すること」76が目的であると表記されている。また、小学校や高等学校との連 携については、「情報活用能力を育成する観点から小学校における、コンピュー タの基本的な操作や発達の段階に応じた情報モラルの学習状況を踏まえるとと もに、他教科や道徳等における情報教育及び高等学校における情報関係の科目 との連携・接続に配慮する。」と記されているが、オーストラリアのように、小 中学校で目標となるレベル分けをするようなことは行われていない。
2 21世紀力に対応が求められている教員の指導力
教育へのICT 導入にあたり、従来通りの一斉学習を中心とした教育方法の中 で実施しても、教育効果には限界があると多くの論文が指摘している。豊福
75 NAP NATIONAL ASSESMENT PROGRAM,「Proficiency levels - ICT literacy」, http://www.nap.edu.au/nap-sample-assessments/ict-literacy/napsa-proficiency-levels---i ct-literacy.html(2015年10月4日取得)
76 文部科学省,「中学校学習指導要領解説技術・家庭編」,
http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2 011/01/05/1234912_011_1.pdf(2015年7月30日取得)
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(2015)は、わが国の一斉指導型の授業にそのままICTを組み込むことに対す る不整合性を指摘している。さらに、ICT 教具論と称し、一斉指導型では教員 の指示に従った操作を行うことが中心となり、児童が自在に扱う機会が失われ ることを危惧した。笹木(2013)は、授業でICTを活用するには、教員が、一 定レベルの機器操作スキルに加え板書や発問と同様の提示スキルも身につける 必要があると指摘した。また、坂倉(2015)は、教員の校内外研修への参加度 が、児童生徒の知識・活用・意欲といった学力の形成にプラスの相関関係を持 つことを明らかにした。
また、協働学習を行う効果について、大鹿・高橋(2013)は、教員養成カリ キュラムを受講している大学生に経験、習得させるといった取り組みを行うこ とによって、理科教育で協働学習が効果的であることを示している。
教員が、よりよい学習指導を、ICTを用いて実現することによって、児童生徒 の学習の質が向上し教科学力や学習意欲の向上にも繋がる可能性がある。これ らの論文が示唆するのは、第一に、一斉学習だけでなく、自分で考えたり周囲 と共有したりといった個別学習・協働学習が重視されることである。第二に、
教員が積極的に指導力向上の機会を得る必要があることである。
政府はICT を活用した教育方針を提示し、児童生徒だけでなく、教員による ICTの活用力においても様々な課題や目標を掲げている。2010年の『教育の情 報化に関する手引』77には、「「教員の ICT 活用指導力」が、これからの教育の 情報化の時代において、すべての教員に求められる基本的な資質能力であるこ とを意味する。」と記載している。一方、『世界最先端IT国家創造宣言』78では、
「IV.利活用の裾野拡大を推進するための基盤の強化」に「教員が、児童生徒の 発達段階に応じたIT教育が実施できるよう、IT活用指導モデルの構築やIT活 用指導力の向上を図る」といった記述がある。また、『第2期教育振興基本計画』
79、『教育の情報化ビジョン』などでも、教員研修として、e-ラーニング研修、
教育委員会や教育センター等で養成した研修指導者を活用した研修、大学等と 連携したICT 活用指導力向上のための講習を実施すること等が記載されている。
これらの提言・計画などで繰り返し発言されるICT 活用指導力は、本章での ICT活用力とは異なり、ICTを利用できる能力(以後、本章ではこの能力を「ICT リテラシー」で統一する。)を指すものであって、本章で議論するICTを活用し た個別学習や協働学習を示しているものではない。
文部科学省に組織された「ICT を活用した教育の推進に関する懇談会」は、
77 文部科学省[2010],「教育の情報化に関する手引 第7章 教員のICT活用指導力の向上」
78 首相官邸[2013],「世界最先端 IT 国家創造宣言」
79 文部科学省[2013],「教育振興基本計画」
152 2014年8月に発表した報告書(中間まとめ)80にて、教員のICT活用指導力と は、
1. 教材研究・指導の準備・評価などにICTを活用する能力 2. 授業中にICTを活用して指導する能力
3. 児童生徒のICT活用を指導する能力 4. 情報モラルなどを指導する能力 5. 校務にICTを活用する能力
と定義している。2つ目の、「授業中にICTを活用して指導する能力」では、「授 業の中で教員が資料を利用して説明したり課題を提示したりする場面や児童生 徒の知識定着や技術習熟を図る場面において、教員がICT を活用する能力」で あり、以下の4つのチェック項目で構成されている。
1. 学習に対する児童(生徒)の興味・関心を高めるために、コンピュータ や提示装置などを活用して資料などを効果的に提示する
2. 児童(生徒)一人一人に課題を明確につかませるために、コンピュータ や提示装置などを活用して資料などを効果的に提示する
3. わかりやすく説明したり、児童(生徒)の思考や理解を深めたりするた めに、コンピュータや提示装置などを活用して資料などを効果的に提示 する
4. 学習内容をまとめる際に児童(生徒)の知識の定着を図るために、コン ピュータや提示装置などを活用して資料などをわかりやすく提示する
これらのチェック項目は、ICT リテラシーに関する内容であり、ICT 活用力 を授業に活かすものではない。また、文部科学省では、「教員のICT活用指導力 の向上に向けた対策を講じている教育委員会は少なく、ICT を活用する指導力 を向上させる環境は十分でない」との認識を示している。しかし、いかに ICT 活用力を身に付けていくかついては、具体的な記載はない。
一方で、教育再生実行会議81が2015 年5 月14 日に公表した第七次提言で、
21 世紀力について言及している。この提言では、これからの時代を生きる上で 必要とされる資質・能力とは、
80 文部科学省[2014],「「ICTを活用した教育の推進に関する懇談会」報告書(中間まとめ)」
81 首相官邸[2015],「これからの時代に求められる資質・能力と、それを培う教育、教師の 在り方について(第七次提言)」