第 2 章 研究対象エリアの概要
2.3 研究対象エリア(乙石川流域)の概要
2.3.1 研究対象エリアの位置と気候
研究対象エリアは平成29年九州北部豪雨災害により被災した福岡県朝倉市であり,特に 斜面崩壊や土石流の発生が顕著であったとされている乙石川流域である。朝倉市は福岡県 の中央部に位置する。また,熊本,大分,福岡,佐賀の4県を流れる九州最大の1級河川で ある筑後川の中流部に位置する。
気象庁のデータによれば,例年6月~7月にかけての降雨量が多く,月に330から350mm 程度が一般的である。また,年降水量では1860mm程度であり,全国平均より100mmほ
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ど多い地域である。また,年平均気温については全国平均とほぼ同じであり,夏場は福岡県 各所と同じように温暖気候であるが,数値的に見れば冬から春にかけて平均気温は福岡県 内でも低くなる。
2.3.2 流域の地形・地質
朝倉市は筑後川流域の中流部であるため,朝倉市に着目しながら筑後川の流域地形につ いて説明する。筑後川は下流域を有明海と面しており,広い平野部(筑紫平野)を有する。
流域は,北部を西から背振山地,朝倉山地に囲まれており,南部は耳納山地,阿蘇外輪山,
九重山地が分布している。研究対象の乙石川流域は朝倉山地を背面に持つ,筑後川右岸側支 流の赤谷川流域の右岸側の支流域である。筑後川の源流周辺の地形は,火山噴出物と溶岩に より構成される山地であり,筑後川の上流部に位置する火山性の高原や玖珠盆地,日田盆地 および小国盆地が形成されている。研究対象である領域は,沖積作用により生成された筑紫 平野とこの火山性の性質を持つ源流域の中間に位置する。
筑後川流域の地質は,図 2-9 に示すような分布である。上流域は,溶岩や火山砕屑物な どが分布しており,極めて煩雑な地質分布を呈している。特に,阿蘇溶岩が代表するような
図 2-9 筑後川流域の地質図10) 研究対象エリア
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第四紀の広範囲な火山活動の跡が見受けられ,火山活動期及び休止期に形成された局所的 な火山礫や火山灰,植物化石などを含む地層が確認されている10)。
下流域は,筑紫平野を構成する新しい年代の地層と山地部の古い地質年代の地層が分布 している。古い地層は主に古生代変成岩と花崗岩類であり,筑紫平野を構成する当たらしい 年代の地層は,沖積平野縁辺の丘陵部を形成する山岳部の洪積世砂礫層と平野部を形成す る沖積層から構成されている。
研究対象エリアの乙石川流域については,図 2-10に示すように流域上流部に変成岩が分 布し,花崗岩類が下流域に位置している。また,この流域地形に関しては,規則的な方向性 を有しており,北西―南東方向の乙石川本流に対して両支流域が異なる河川方向を有して いる。左岸側支流は南北方向を示し,右岸側支流は東西方向を示している。また,乙石川沿 いの谷底平野は,本流の上流部や中流部に見られる狭窄部に応じて,河川方向が屈曲してい るのが特徴的である。また,後述する平成 29 年7月九州北部豪雨災害後の調査によって,
乙石側上流部に鉛直成分を伴う左横ずれ断層(以下,乙石川断層と記す)11)が確認されてい る。図 2-10 に確認された大まかな位置も示す。この断層は乙石川本流と同じ方向を有し,
10m 以上の破砕帯を伴うことも報告されている。このような状況は乙石川流域の特徴的な 地形は地質的影響を受けている可能性を示唆している。
(背景図:国土地理院 正射画像_空中写真(東峰地区)(7/30,31撮影)) 図 2-10 乙石川流域の地質分布
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2.3.3 平成29年7月九州北部豪雨災害
(1) 災害概要
本災害は平成29年の7月5日から6日にかけて,福岡県朝倉市や大分県日田市を中心と して発生した土砂災害を伴った豪雨災害である。梅雨前線や台風3号の影響によって線状 降水帯が形成され豪雨が継続し多数の崩壊や洪水が発生した。この豪雨によって筑後川中 流部の右岸側支流である赤谷川,奈良ケ谷川,白木谷川などで斜面崩壊や侵食により生産さ れた土砂が流木などを伴い,土石流等様々な現象を伴って家屋等が立ち並んでいた谷底平 野部まで流下した。その結果として,河道の閉塞や埋設,それに伴う洪水等様々な現象を引 き起こし人的被害,住宅被害を引き起こした。本災害による人的被害及び住宅被害は表 2-3に示すとおりである。
(2) 気象状況について
朝倉市黒川地区では最大24時間降雨量が829mm,最大1時間降雨量が124mmになる など記録的な豪雨となった12)。朝倉市における降雨状況は図 2-11に示すとおりであり,7 月5日の降雨開始時より6時間で7月の月降水量の平均値に到達している 13)。本災害にお ける降雨状況は,梅雨前線に向かって大気下層に大量の温暖で湿った空気が流入するとと
表 2-3 九州北部豪雨災害による人的被害および住宅被害12)
都道府県
人的被害 住宅被害
死者
(人)
行方不明者
(人)
全壊
(棟)
半壊
(棟)
一部損壊
(棟)
床上浸水
(棟)
床下浸水
(棟)
福岡県 33 5 227 795 43 21 506 大分県 3 0 48 266 5 148 843
合計 36 5 275 1,061 48 169 1,349
図 2-11 発災時の朝倉市の降雨量13)
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もに,上空に寒気が流入したため,大気の状態は不安定になって積乱雲が発達したとされて いる。このような現象が同一箇所で起き,積乱雲が続々と発生し,東へと移動することによ り線状降水帯を形成し,局所的に強い雨を継続して降らせたようである13)。
(3) 土砂流出状況
土砂災害の発生状況としては,九州全域で全307件(2017年8月 31日時点)報告され おり,そのうち163件が土石流,地すべりは3件,がけ崩れが141件に及んでいる。福岡 は 232 件である。もちろん,この件数は災害件数であるため,崩壊斜面やその影響を受け た斜面や河道までカウントするとその被害は非常に甚大なものである。このような状況を 受け,斜面崩壊等に対してもその特徴や当時の土砂流出状況について専門家により調査が 進められた。斜面崩壊については,花崗岩類(花崗閃緑岩)地域および泥質片岩(変成岩)
地域に多く発生しており,根茎到達層よりも下位にすべり面があったため,多くの流木が生 産されたと報告されている 14)。また,このような斜面崩壊により生産された土砂の到達範 囲の分析が実施され,図 2-12 に示すように到達距離が 100m を超える崩壊は斜面勾配が
50°以下(特に30°~40°)に集中すると報告されている15)。
このような地形的特徴に加え,調査事例ではあるが花崗岩類と変成岩(結晶片岩)の斜面 について崩壊の特徴を調査された研究報告 16)もある。この報告では崩壊地形の特徴として 次のようにまとめている。
A) 変成岩(結晶片岩)斜面
崩壊斜面長約100m,幅25m,高さ57mの表層崩壊
崩壊地頭部で約0.8mの滑落崖
崩壊地頭部及び下部斜面の傾斜角は,約30~35°,約20°以下
図 2-12 崩壊地の勾配と生産された土砂の到達距離の関係15)
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最大崩壊深度約2 m
崩積土は斜面上に残留せず斜面下へ流下
崩壊した地層は崖錐堆積物(礫混じり粘土)
B) 花崗岩類斜面
崩壊斜面長約20~40m,幅8m~25m,高さ11~32mの表層崩壊
崩壊地頭部で約1~2 mの滑落崖
崩壊地頭部及び下部斜面の傾斜角は,約30~35°,約45°
最大崩壊深度約4 m
崩積土は斜面中腹~下部に残留し押え盛土状に分布
崩壊した地層はDLL~DL級花崗岩(粘性土~砂質土)
また,A)では結晶片岩は風化すると透水性の低い粘性土になる,B)では花崗岩は風化する
と透水性の高いマサ土(砂質土)になるといった特徴も踏まえて次のように考察している。
A)では表流水が表層部を流れたことにより粘性土である崖錐堆積物が地表にほぼ平行に薄 く崩壊したのに対して,B)では砂質土に表流水が浸透し,より深い崩壊形状になった16)。 以上のように,どのような地形地質の斜面が崩壊するのか,斜面崩壊がどれほどの影響範 囲を有しているのか,といった空間的な評価には事後的な研究例は多く蓄積されているも のの予測精度については地域差があり,まだ確実に土砂災害を抑制することは困難な状況 にある。