第 6 章 GIS を用いた大規模土砂生産時の土砂移動状況の把握
6.1 はじめに
6.1.1 平成29年7月九州北部豪雨災害の概要
平成29年7月九州北部,福岡県と大分県を中心として集中豪雨が発生し,7月5日から 6日にかけて総降水量が多い地域で500mmを超えたと気象庁より報告されている。また,
福岡県朝倉市や大分県日田市等で24時間降水量の値が観測史上1位を更新するなど,非常 に短期間で多くの雨が降り注いだ。九州北部豪雨災害では豪雨に加え,多数の斜面崩壊や土 石流などの大規模な土砂移動が発生したことにより,河岸侵食や河道閉塞を引き起こし災 害前後で河川環境に大きな変化をもたらしている。本災害で発生した土砂は従来の河川の 強度・許容量を上回っており,本来谷底平野である地域に住宅等があったため,道路や鉄道 といった交通インフラ,電気・水道等のライフラインへ大きな被害が発生した。
九州北部豪雨災害で発生した土砂災害発生件数は,2017年8月31日時点で307件であ り,うち土石流等:163件,地すべり:3件,がけ崩れ:141件であることが国土交通省水 管理・国土保全局砂防部が公開している資料1)により報告されている。しかし,これらは人 家被害や人的被害により報告されているものであり,崩壊斜面を考えるとその件数を把握 することは難しく,事前に災害箇所(特に斜面災害)に関する予測が住民へ周知されること が期待されている。土砂災害警戒区域等における土砂災害防止対策の推進に関する法律(通 称:土砂災害防止法2))として,がけ崩れや土石流,地滑りなどの土砂災害が発生する可能 性のある箇所を指定し,対策工事やその土地の利用に関する制限をする等の推進を図るも のがある。このような法律により,現状として土砂災害の危険性の高い地域については統計 データに基づき事前に把握されている。その概要3)については図 6-1に示すとおりである。
しかし,昨今の降雨傾向としてはこれまでの統計情報とは一致しない降り方(いわゆる異常 気象と呼ばれるもの)をすることも増えてきており,統計的な手法のみで土砂災害の危険性 の評価を補佐することができない可能性が出てきている。
朝倉地区における崩壊について崩壊地の平均傾斜角は約 34.7°と報告されており 4),全 国の斜面崩壊の統計データ 5)(図 6-2)によると平均は約 40°であり,本災害における斜 面崩壊は全国的にも低い傾斜角において発生している。これらは長期的に大規模な豪雨が 発生したことにより,地下水位などが上昇したことなどが要因ではないかと推測される。
148 急傾斜地の崩壊
:傾斜度が30°以上である土地が崩壊する自然現象
地滑り
:土地の一部が地下水等に起因して滑る自然現象 またはこれに伴って移動する自然現象
土石流
:山腹が崩壊して生じた土石等又は渓流の土石などが一体となって流下する自然現象
土砂災害警戒区域
急傾斜地の崩壊等が発生した際に,住民な どの生命又は身体に危害が生じるおそれが あると認められる区域。危険の周知,警戒 避難体制が整備される。
土砂災害特別警戒区域
建築物に損壊が生じ住民等の生命又は身体 に著しい危害が生ずるおそれがあると認め られる区域。特定の開発行為に対する許可 制,建築物の構造規制等が行われる。
図 6-1 土砂災害種別ごとの土砂災害警戒区域・特別警戒区域に関する概要3) 主な特徴
・傾斜角30°以上
・高さ5 m
・予兆として水の噴出,
亀裂等
主な特徴
・5°~20°の緩傾斜
・地下水の影響大
・再発性が高い
・1~100ha等大規模
主な特徴
・岩塊や流木を伴う
・河道閉塞後決壊し土石流化する 場合がある
・崩壊に対して影響範囲が広い
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図 6-2 全国の崩壊地の平均傾斜角5)
6.1.2 大規模土砂生産時の土砂移動状況の把握に関する既往研究
(1) 広域土砂災害の被害状況把握に関する研究6)
この研究論文では,人工衛星に搭載されている合成開口レーダー(SAR)の災害への活用 が広域的な土砂災害に対する迅速な対応につながることが述べられている。しかし,実際に 災害時に発生する河道閉塞や土石流の発生等の確認については,各種災害事例から特徴的 な指標が決まるまではSAR画像から最大被害を推定することは難しい課題として挙げられ ている。この論文においては,SAR 画像を用いた崩壊地の抽出の条件やその抽出精度につ いて論じられており,航空写真判読結果から得た崩壊地を正とした場合の認識率は,面積
10,000 m2以上の崩壊地で60~80%程度であり,面積40,000 m2以上の崩壊地で80~100%
であると報告している。また,抽出限界崩壊地規模については 3×3 メッシュ相当で面積 900m2未満,5×5メッシュ相当では面積2,500m2未満と推測している。河道閉塞の視認性 に関する検討も実施されているが,高分解能SAR画像を用いても河道閉塞箇所の抽出精度
は50~70%に留まっている。
(2) 無人航空機を活用した被災状況の把握
昨今では国交省の推奨するi-Constructionの影響もあり,無人航空機(UAV)を用いた 測量や撮影などによる3次元データの取得を災害時の被災状況の把握と連携する取り組み が増えてきている。
例えば,UAV と地上型レーザースキャナによる地物の計測,特に河川構造物の計測をし た事例7)がある。地上レーザ測量により得られる3次元データは,植生の繁茂している状態
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から,植生を除いたグラウンドデータを作成することが可能であると報告されている。また,
基準点測量を約9割減少できるとの報告もあり,作業効率面においても有用である。一方で,
水域における地盤高や悪天候時の計測には不向きであり,測量計器の設置位置により計測 範囲が限定されるため,災害直後の対応には運用が難しいと推測される。
UAV による空中写真測量では写真や動画などの撮影データとそれらの解析から3次元デ ータとして地物の形状を得ることができる。そのため,UAVの有用性について次の2点が 挙げられている。ひとつは人が立ち入れない急峻な箇所や安全対策上立ち入りが危険な箇 所を斜め写真や動画として確認できるため,災害時においても迅速かつ包括的に現地状況 の確認が可能であるという点8)。もうひとつは,取得した3次元データを用いれば計測対象 地物を任意の視点から確認でき,災害時だけでなく平時の計測においても多岐にわたる活 用の可能性がある点である。
また,UAVの利活用は地物の撮影のみに留まらず,通信インフラとしての活用も期待さ れている。例えば,コンピュータ制御による自立飛行が可能な小型の無人航空機を用いた無 人航空機システムを用いた無線中継の研究がある9)。無線中継が実現できれば,災害時に孤 立した地域を的確に特定して被災状況の把握と通信を確保することができ,衛星通信シス テムと補完し合いながら被災後の迅速な対応が可能になると期待されている。
6.1.3 本章の流れ
本章では,九州北部豪雨災害により発生した崩壊地と流域地形との関係性の分析を行い,
斜面崩壊に影響する因子として重要な要因について検討を行う。対象流域は福岡県筑後川 流域の一支流である赤谷川の支流,乙石川とする。
はじめに,九州北部豪雨で発生した崩壊地の把握・特徴分析を行い,乙石川流域内におけ る崩壊地分布のばらつきやその特徴の把握を行う。九州北部豪雨災害における土砂災害は,
斜面崩壊による土砂生産から降雨による土砂の移動,その過程における侵食や堆積,そして 流域外への排出など様々な現象が混在している。そのため,災害後に撮影された航空写真に おいても崩壊地のみを判読することは難しい。そこで,災害後に緊急的に計測された航空レ ーザ測量データ(標高データ)を利用し,崩壊地のみを抽出することを試みる。抽出された 崩壊地に関しては,崩壊面積や傾斜角などの一般的なパラメータについて統計分析を実施 し,土砂生産の分布に地形的な影響や偏りがないか評価を行う。また,乙石川流域内では新 たな断層(以下,乙石断層 10))が確認されており,乙石断層を境に流域地形の発達過程の 違いにより崩壊地の分布に偏りが生じることが懸念されている。そこで,乙石川流域の一次 河川や二次河川のような支流域に対して地形分析を行い,流域特徴の差異や崩壊地の有無 との関係性について検討を行う。そのうえで,地形発達に着目した土砂生産に関する評価を 行い,実際の土砂移動状況の調査や水文調査から現在の土砂移動状況について総評する。