第 3 章 共同注視と意図的主体性の形成
3.7 獲得した交互凝視行動の動作機構
である.そしてこの頻度分布(F)は次式で更新される.
F0(s∗t−1, st) = F(s∗t−1, st) + 1
if G(s∗t−1) = 1 , C(s∗t−1)6=C(st), C(st)6=φ. (3.12) ここで,F0は更新後の頻度分布である.また,G(s)は感覚情報が注視状態か(G(s) = 1)
否か(G(s) = 0)を識別する関数であり,C(s)は,感覚情報が親(CGV)なのかオブジェ クト(OBJ)なのか,それとも何も映っていない(φ)のかを識別する関数である.(3.12)
式の条件は,感覚情報のカテゴリ(親かオブジェクトか)に変化が起きたときに,その状 態間の遷移を頻度として蓄積することを意味する.ここに示した頻度分布とその確率分布 の形成は(3.8,3.9)式に示したものと同じである.
式(3.10)のそれぞれの条件(cond.A,B,C)はどのように表現できるだろうか.2つの 入力情報(一時刻前の想起情報(s∗t−1)と感覚情報(st))に対するフローチャートの条件 を書き出すと,cond.A,B,Cは表3.2のようになる.cond.Aは2つの入力が同じカテゴリ で,かつその両者が共に注視状態ではない条件である.これは,オブジェクトを連想して いるとき,実際に視界の中にオブジェクトが見えてきたときの状況に相当する.cond.B は2つの入力が異なるカテゴリになっている場合である.すなわちcond.Bは,想起情報 とは異なるカテゴリの対象が見えている状態である.これは,オブジェクトを想起してい るとき,視界には親が映っているような状況に相当する.cond.Cは一時刻前の想起情報
(s∗t−1)と感覚情報(st)が同じカテゴリで,親もしくはオブジェクトを注視している状態 である.すなわち,想起した情報と同じカテゴリの対象が見えている状態で,かつ,それ を注視している状態である.
3.7 獲得した交互凝視行動の動作機構
前節までに,親の視線からオブジェクトを想起する共同注視と,オブジェクトの注視か ら親を想起する参照視を学習するシステムが,どのようなシステムとして構築可能である のかを検討した.ここでは,交互凝視をしているときの内部状態がどのように機能してい るのかを解析する.
図3.23は,視界の外に配置されたオブジェクトに対して交互凝視を行なう際の,子エー ジェントの視点の移動とその内部状態の一例を示したものである.ただしここでは,視界に
64 第3章 共同注視と意図的主体性の形成
表 3.2: 想起情報の出力条件 C( )s*t-1
C( )st G( )st
G( )s*t-1 φ CGV OBJ
0 1 0 1
0 1 0 1
φCGVOBJ
C B B B B
B B A A
A C B B
B B
B B B B
B B A A
A C
cond.
何も映っていない状態(φ)での動作を確認するため,オブジェクトの配置距離を1270[mm]
に変更している(トレーニングフェーズでの設定は850[mm]).
視点の動きと,子エージェントの内部状態の推移を順に説明する.まず,左上の丸い オブジェクトから親のいる方向に視点が移動する.この間は,感覚情報(st)はオブジェ クト(OBJ)かもしくは何も映っていない状態(φ)であり,一時刻前の想起情報(s∗t−1) は親(CGV)である.一時刻前の想起情報(s∗t−1)と感覚情報(st)のカテゴリの不一致 はcond.Bに該当するので,(3.10)式に従い想起情報(s∗t)は一時刻前の想起情報(s∗t−1) になる.これにより,子エージェントは視界にオブジェクトを映しながら,親の方向に視 点を移動することになる.次いで,視界に親が現われて,感覚情報(st)が親になると,
カテゴリの一致したcond.Aの状態になり,感覚情報(st)がそのまま想起情報(s∗t)に なる.これにより,その想起情報に応じた視点の移動方向の調節が起こる.やがて子エー ジェントが親を注視すると,cond.Cによって想起情報は次に見るだろう感覚情報(st+1) として,視界には映っていない新たなオブジェクト(OBJ)を想起する.注視状態での 想起情報は,頻度分布に基づいて(3.9)式によって計算される.
次に視点は,想起したオブジェクトの情報を使って,視界に映っていないオブジェクト
(図3.23右下の三角形のオブジェクト)の方向に移動する.ここで,子エージェントがオ ブジェクトの置かれた方向に視点を移動できるのは,親を注視した状態で,親の視線の先 に置かれたオブジェクトを過去の体験から想起できるからである(図3.20左上の情報).
視覚定位はこの想起情報に従って,オブジェクトがあるだろう方向に視点を移動させる.
この間は,感覚情報(st)は親(CGV)かもしくは何も映っていない状態(φ)であり,
3.7. 獲得した交互凝視行動の動作機構 65
0.0 0.5 1.0
-1.0 -0.5 0.0 0.5 1.0 1.5
オブジェクト (OBJ)
親 (CGV)
s*t-1 st s*t
START
END
一時刻前の 想起情報 感覚情報 想起情報
子の視界
OBJ OBJ
CGV OBJ
CGV OBJ
CGV
cond.
B A B AC
s*t-1 st s*t-1 st s+t
視点座標(左右)[m]
視点座標(上下)[m]
図 3.23: 視界の外に配置された親やオブジェクトとの交互凝視の行動過
程と内部状態
一時刻前の想起情報(s∗t−1)はオブジェクト(OBJ)である.このカテゴリが一致しない 状態はcond.Bに該当するため,一時刻前の想起情報(s∗t−1)が想起情報(s∗t)になる.視 界にオブジェクトが現われて感覚情報(st)がオブジェクトになると,カテゴリの一致し
たcond.Aの状態になり,想起情報(s∗t)が感覚情報のオブジェクトになる.これによっ
て,オブジェクトの置かれた方向へと視点の移動方向が調節され,やがてオブジェクトを 注視する.このような内部状態の変更によって,子エージェントは視界の外に配置された オブジェクトの注視を行なう.
ここから分かるように,想起情報(s∗t)は注視目標として働いている.親を注視してい る状態から始まる共同注視場面においては,想起情報はオブジェクトになる.この想起情 報は,親の視線方向を向くとオブジェクトが見えたというそれまでの体験を通じて形成さ れたものである.視点を移動させている間,連想器はそれまでの想起と現在見えているも ののカテゴリの違いを判断することで,親→オブジェクトの連想状態を維持する.そして,
66 第3章 共同注視と意図的主体性の形成
その想起情報と同じカテゴリの情報を受け取ると(すなわち,注視目標が視界に入った状 態になると),連想器は想起情報を更新して視点の移動方向を調節し,注視目標を視界の 中心で捉えようとする.つまり連想器は,体験に基づいて連想したものを見ようとすると いう,子エージェントにとっての目的(注視目標)を形成する機能を持つと考えられる.
このように,子エージェントは想起情報を注視目標にすることで,対象を自律的に注視 できるようになる.またこのときには,既に獲得していた視覚定位が,その注視目標の手 段として適切に行使されている.このことから,こうした目的と手段の結合状態を実現す る本論のシステムは,意図的主体性という機能的概念の萌芽的な段階を実装する1つのモ デルになっていると考えられる.