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第 5 章 議論:意図的主体性に基づく他者 の意図理解の意図理解

5.2 意図的主体性に基づく他者の意図理解

94 第5章 議論:意図的主体性に基づく他者の意図理解

5.2. 意図的主体性に基づく他者の意図理解 95

を伸ばしバナナを取ろうとする.3次の志向システムでは,チンパンジーは,自分がバナ ナを食べたいと実験者が考えていることを知った状態で箱に手を伸ばしバナナを取ろうと する.

このコミュニケーション階層に本論で構築した学習モデルを当てはめる.すると,視覚 定位は0次の志向システムに,意図的主体性を形成する交互凝視は1次の志向システムに それぞれ位置付けられる.0次の志向システムでは,チンパンジーは箱という刺激に対し て直接手を伸ばす行動を生成する.同じように,視覚定位行動において子エージェント は,親やオブジェクトの視覚刺激からそれらを注視する行動を直接的に生成する.これに 対して1次の志向システムでは,チンパンジーは箱の中に入っているバナナを取ろうとす る内部状態を持つと考えられる.同様に子エージェントは,親を見てオブジェクトを想起 することで内部状態に注視目標を形成し,その注視目標に従ってオブジェクトを注視する ための適切な手段を行使する.このことから,意図的主体性を形成する交互凝視は,1次 の志向システムに位置付けられると考えられる.

2次の志向システムにおいては,チンパンジーは実験者の信念を理解する.ここでは信 念をそのまま扱うのではなく,チンパンジーが実験者について理解することを,意図的主 体性の特徴である目的と手段を用いて考える.2次の志向システムでは,チンパンジーは 実験者が箱の中にバナナがあることを知ったとき,実験者が箱に手を伸ばそうとする目的 を持っているかどうかを知ることになる.つまりチンパンジーは,実験者がどういう目的 を持っているのかを知った上で自分の目的を形成し,その目的に従った手段を実施するこ とになる.このように考えると,2次の志向システムで言われる「チンパンジーは実験者 がバナナを食べたいことを知っている」という言明は,向き合った相手が今まさにバナナ を取ろうとする目的を持っているかどうかを知ることに言及しているのであり,バナナが あれば実験者は必ず手を伸ばすだろうというような刺激–反応系としての振る舞いを知っ ていることを意味しているのではない.他者の内部状態に目的があることを前提にしてそ の目的を推論することに,2次の志向システムが持つ重要な特徴がある.

この2次の志向システムに,他者の意図を理解する構造が見い出せる.つまり,他者の 目的を推論し,その推論に応じた目的を形成して自らの手段を適切に行使することで,他 者の意図を理解する行動が実現されていくのではないかと考えられる.この構造を持つこ とにより,子エージェントは親の視線方向にあるだろうオブジェクトを想起するだけでは なく,親がどのオブジェクトを見ようとしているのかを知った上でオブジェクトを注視す

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るようになる(図5.1).また社会的参照においても,子どもが親の表情を参照しようと したとき,親の表情を応答的なシグナルとして受け取るだけではなく,親がどういう目的 を持ってその表情をしているのかを推論するようになると考えられる.2次の志向システ ムの構造を持つことによって,乳幼児はより社会的なコミュニケーションを実現していく のではないかと考えられる.

図 5.1: 共同注視における親の目的(見ようとするもの)の理解:

子は親の見ているものを自らの持つ目的と手段から推論する.

3次の志向システムでは,チンパンジーは,自分がバナナを食べたいと実験者が考えて いることを知っている状態になる.これを視線のコミュニケーションに当てはめて,ある 1つのオブジェクトを自分と親が同時に注視している状況を考える.このとき,3次の志 向システムは,自分がそのオブジェクトに注目していることを親が分かっていることを自 分は知っているということに相当する.これは,互いの注意を共有する状態である.特定 のオブジェクトに親の注意を向けようとする目的を持っているとき,子は,オブジェクト と親を交互に見る交互凝視を手段として用いることが考えられる.3次の志向システムに おいて,子は,自分の交互凝視という手段を親が見ることで,親が自分の目的を理解し,

自分の見るオブジェクトに注意を向けることを知った上で交互凝視する.ここに,他者と 意図を共有する構造を見い出すことができる.向き合う二人がこの状態にあることこそ が,共同注意(joint attention もしくは shared intentionality)の意味する状態であると 考えられる.

5.2. 意図的主体性に基づく他者の意図理解 97

この状態にある志向システムは,視線を活用し,自らの目的を相手に伝えることができ る.子が,あるオブジェクトに親の注意を向けようとする目的を持っているとき,親はま だ,子が注意を向けているオブジェクトを理解していない状況を考える.このとき,子は 親の注意をある対象に向けるという目的に対し,オブジェクトと親を交互に見るという交 互凝視を手段として用いることが考えられる(図5.2).3次の信念システムにおいて,子 は自分の交互凝視という手段を親が見ることで,親が自分の目的を理解し,自分の見るオ ブジェクトに注意を向けることを知った上で交互凝視する.この仕組みによって,子は自 らの目的を他者に伝えることができるのではないかと考えられる.

とって Only Try

9ヶ月程度 18ヶ月程度

交互凝視の活用

取れない場所 取れない場所

図 5.2: 交互凝視行動の手段的活用場面:

子は親とおもちゃの間で視線を行き来させることで,おもちゃを取りた いという目的(欲求)を親に伝える.

まとめると,3次までの志向システムは表5.1のような特徴を持つコミュニケーション 階層として記述できる.0次の志向システムにおいては,子エージェントは感覚–運動間 を直接結び付けたシステムを持つことによって,反射的な行動や情動的な行動を起こすと いう特徴を持つ(ここに視覚定位や情動的参照視が位置付けられる).1次の志向システ ムでは,子エージェントは内部状態として注視目標を持ち,その注視目標に従って適切に 親やオブジェクトを注視する手段を構成できる.これが意図的主体性の形成に相当する.

2次の志向システムにおいては,子エージェントは親がどのオブジェクトを見ようとして

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いるのかを理解し,そのオブジェクトを注視する.子エージェントが親の持つ目的を推論 することによって,子エージェントは親の意図を理解した行動を獲得することが予想され る.3次の志向システムにおいては,子エージェントがあるオブジェクトを注視している とき,子エージェントは自分がそのオブジェクトを注視していることを親が分かっている ことを知っている.自分の中に形成される他者のモデルが自分の目的を推論するという入 れ子の構造を持つことで,子エージェントは他者と注意を共有し,自らの意図を伝えられ るようになると考えられる.

表 5.1: 志向システムのコミュニケーション階層 機能的特徴

0 1 2 3

次数

子は視界に映るものを反射的に見る.

子は,見ようとする目的を持って 親やオブジェクトを見る.

子は,親がどのオブジェクトを見ようとして いるのかを知った上で,オブジェクトを見る.

ある1つのオブジェクトを自分と親が同時に 注視しているとき,自分がそのオブジェクトに 注目していることを親が分かっていることを 自分は知っている.

行動の変化(同じオブジェクトを見る状況)

(社会的参照)

(共同注意)

(共同注視)

(視覚定位)

反射的・情動的行動 意図的主体性の形成 目的の推論による 他者の意図理解

目的の伝達による 他者との意図の共有