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第 5 章 議論:意図的主体性に基づく他者 の意図理解の意図理解

5.4 モデルの発展と課題

102 第5章 議論:意図的主体性に基づく他者の意図理解

究の進展に伴って強く認識されるようになってきた問題である.注目したいのは,近年,

進化的な視点を持つことの重要性が指摘されるようになってきたことである.例えばフ レーム問題は,「<何を考えなくてもいいか>ということを考えずに,考えなくてもいい ことをいかに考えないですますか」(柴田, 2001)という問題で,この解決には,何に注目 しなくてもいいのかを意識することなくやりすごす能力が必要とされる.生物はこの能力 を進化的な適応過程から獲得していると考えられる.ヒトの生得的な行動は,生物進化の 過程で意味のある行動として既に機能するようになっており,環境を捉えるためのフレー ムはそこで既に与えられていると考えられる.生物が進化の過程で適応的に獲得してきた 行動の生成システムを,Wuketits (1990)は擬合理的装置と呼ぶ.

本論で構築したモデルにおいては,反射的な行動や情動的な行動がこの擬合理的装置 に相当する.例えば,視覚定位が視界に映るものを反射的に捉えることには,敵から身を 守ったり餌を見つけたりすることの適応価が考えられる.また情動的な行動も理性的思考 の妨げになるだけだという通念が長く持たれていたが,近年では非理性的な情動こそが,

社会の中での理性的な振る舞いを可能にしているとする主張が為されるようになってきて

いる(Damasio, 1994; 藤田, 2007).ここで重要なのは,一見非論理的に見える認知傾向で

も,進化の過程では適応価を考えることができる可能性があるという点である.

この意味で,ヒトが持つ特異的でかつ非論理的な能力として,対称性バイアスという 認知傾向が注目されている(藤田, 1998; 岡ノ谷, 2003; 篠原他, 2007).これは,pならば qを知ると,qならばpと思い込んでしまう傾向のことである.これは論理的には成立し ていない.例えば殺人を犯したヒトが精神異常者だったとしても,精神異常者なら殺人を 犯すわけではないはずだが,ヒトにはそう思い込む傾向がある.この対称性バイアスは,

言語を扱う基礎的な能力として重要である.りんごというオブジェクトを見て,ringoと 発声したとき,逆にringoと発声したことがりんごというオブジェクトを指すわけではな い.しかし,ヒトではこれが当たり前に成立する.こういった傾向は,本論においても重 要性を持っている.他者の見ようとしているものを自分の見ようとするものを基にして推 論するとき,自分の見ようとしているものが他者の見ようとしているものだと仮定するこ とに,非論理的な推論が必要だと考えられるからである.

擬合理的装置を基に,社会的なコミュニケーション行動を獲得する過程を検討していく ことが今後の課題である.進化的な視点でヒトのコミュニケーション行動を捉え,その発 達過程のメカニズムを理解していくことが,ヒトの心の在り様をより正しく知ることに

5.4. モデルの発展と課題 103

つながっていくのではないかと考えられる.このとき,本論が用いる構成論的アプローチ は,ヒトの心的状態の理解能力を抽象的なレベルで理解することを可能にする.またこれ と同時に,計算理論的な仮説を構築することにも有効性を発揮すると考えられる65.なぜ なら,構築したモデルから重要性が示唆される3つの機構(カテゴリの識別,馴化/脱馴 化,情報の順序的な比較)は,視覚的コミュニケーションだけではなく音声やジェスチャ などにシグナルの媒体を変えた場合にも適用できるものだと考えられるからである.ただ し,構成論的アプローチが提示できるのは仮説だけである.構築するモデルで仮定する条 件や能力は,認知実験や脳活動計測といった手法によってその妥当性を検証していく必要 があることを忘れてはならない.

65これがMarr (1982)の主張する3つのレベルのうちの「1.計算理論のレベル」を理解することに相当す

る.

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