第 2 章 人工システムの構築によるコミュ ニケーション行動の理解ニケーション行動の理解
2.3 先行研究の特徴に見られる共通性と問題点
3つのモデルでは共通して,共同注視の関係(親の視線と視点移動)を学習するための 報酬が重要な意味を持つ.Matsudaらのモデルでは,親の顔を見て,その視線方向を見 ることができたときに子エージェントが嬉しいと感じるように設定されている.親の視 線を追従することに嬉しさを感じるというのは奇妙だが,Matsudaらのモデルでは親の 視線の先に面白いおもちゃがあり,それを見ることができるということを仮定している.
この考え方は,Trieschらのモデルでは親やオブジェクトを見ることができたときに嬉し
2.3. 先行研究の特徴に見られる共通性と問題点 29
さを感じるという設定でシンプルに実装されている.それは,今見ているものが面白くな くなっているときには,闇雲に視点を動かすよりは親を見る方が面白いものを見つけやす いことを子エージェントが学習によって知るようになるという考え方である.またNagai らのモデルでも,親の視線と,その次に見たオブジェクトを子エージェントが学習してい る.これは,オブジェクトを見ることができた状態を学習の報酬と考えることに他ならな い.この意味で,学習に用いるアルゴリズムには強化学習と人工ニューラルネットワーク という違いがあっても,実現しようとするメカニズムとその機能性は同じであることが分 かる.つまり,親の次にオブジェクトを見ることができたとき,親の視線方向と自らの視 点の移動方向を学習するという仕組みが同じなのである.ここには,親の視線の先にオブ ジェクトがあるという随伴的な経験を自己評価によって取り込む仕組みがある.
共同注視を学習によって獲得することを考えるときには上記の2点が基本的に必要とさ れるメカニズムだと考えられる.しかし,この2点のメカニズムさえ持っていれば,共同 注視行動のモデルとして適切かと言えばそうではない.なぜなら,感覚–運動間を直接結 び付けると,曖昧な状況が基本的に親の視線が持つ情報の解像度に依存して解決される ようになるからである.例えば,図2.6のように親の視線の先に複数のオブジェクト(▲
と■)が置かれた状況を考えてみる.すると先行研究のモデルは,親の視線が持つ情報量 だけを頼りに自分の視点を移動させることになる.しかし,ヒトのコミュニケーションで は,同じ方向を見ていても見ている対象は違うという場合が考えられる(図2.6:右).
しかし...
親の視線特徴に
違いがある場合 親の視線特徴に
違いがない場合
図 2.6: 親の視線特徴に違いがない状況
Trieaschらは,Nagaiらのモデルが同一視線上にある複数のオブジェクトを特定するこ
とができないことを指摘して,これを解決するためにオブジェクトが配置されている距離 情報を子エージェントに受け取らせるようなモデルを構築している(Jasso et al., 2005).
しかしこのモデルの構築は的外れである.なぜならそれは,▲と■を親が同じ視線方向で
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見ているとき,近い距離には必ず▲があって,遠い距離には■があるという状況を想定す ることに他ならないからである.オブジェクトの配置が必ず決まった距離感を持っている という状況は考えにくい26.
曖昧な状況として▲と■がほとんど同じ場所にある場合,ヒトは相手の視線を高い精度 で見分けることによって曖昧性を区別するのではなく,相手の見ようとするもの(意図)
を理解することによって曖昧性を解消するのではないかと考えられる.この「見ようとす るもの」を知ることが,他者の意図を理解することの原初的な状態と考えられる.そして,
1.2節で論じたように,他者の見ようとするものを理解するときには,乳幼児自身がその 内部に形成する注視目標(目的)とそれに従った適切な視点運動(手段)のセット(目的 と手段のセット)を推論に用いるのではないかと考えれば,最初に取り組むべきなのは注 視目標を内部に形成する過程のメカニズムではないかと考えられるのである.これを共同 注視にあてはめた場合,親の視線を受けて乳幼児は何らかの「見ようとするもの」を内部 に形成し,その注視目標に従った注視を行なうのではないかと考えられる(図2.3).
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図 2.7: 注視目標を持った状態での共同注視:
親の顔を見たとき,乳幼児は何らかのオブジェクト(ここでは■)を想 起し,それを見ようとする.従って,この段階では親の見ているもの(こ こでは▲)と,乳幼児が見ようとするものは異なる場合がある.
ただしここで注意すべきなのは,注視目標を持つだけの状態では図2.3に示すように親
26壁掛け時計は遠くにあって,コップのようなものは近くにあるというような,ある程度の構造的規則性 は環境に仮定できるのかもしれないが.