4. 態度度のインストラクション
4.5 状況的学習論論から教えることへ
真正の⽂文化
状況的学習論の学習観は,知識や技能の習得を,現実のコミュニティの中での仕事 や役割を遂行するための手段と位置づけたことに特徴がある.つまり,知識や技能は 現実の複雑な文脈の中に埋め込まれ,実際に役に立つものとして位置づけられてい る.
そうした知識と技能の実践によって,人はあるコミュニティの中での自分の居場所 を確定し,それが自己のアイデンティティになっていく.そこでは,何のために知識 と技能を習得するのかは自明なことである.それは,そのコミュニティでの自分の役 割を果たすためにほかならない.
コミュニティでは,伝統という名前で,実践活動が蓄積されていく.伝統の中で,
そのコミュニティ特有の文化が成立するようになる.これを「真正の(authentic)」文 化と呼ぶ.
学校のカリキュラムと真正性
学校のカリキュラムの中で教えられる内容は,科学者たちや研究者たちが築き上げ た理論や世界観,あるいは広く文化を反映している.教科内容を決めたり,教科書を
執筆するにあたっては,そうした専門家たちの意見が色濃く反映されている.つま り,科学者・研究者たちは自分たちの真正の文化を学校教育のなかに反映させようと している.たとえば,問題を発見して,仮説を立てたり,データを集めて検討したり して,それを論文にまとめるというような活動は科学者コミュニティの中の真正な文 化といえる.
しかしながら,たとえそうした意図を持って設計されたカリキュラムであっても,
実際の学校の文化は,科学者コミュニティの文化とは異なるものである.
現実の学校の文化というのは,たとえば,与えられた知識をそのまま覚えたり,試 験のためにテクニックに熟達したり,教室の中で先生に気に入られたり,友だちから 仲間はずれにされないようにうまく振る舞うことであったりする.それは科学者の真 正の文化とはまったく異なる文化である.
科学者の文化を伝えようとした内容が,科学者の文脈のない教室に導入されたとき には,正しく伝えられないということである.そこでは,何のために,どのようにな りたいがために,これをやっているのかという暗黙の文化的側面が抜け落ちてしまっ ているからである.
認知的徒弟制
正統的周辺参加モデルの元となった,伝統的な徒弟制では,知識や技能は仕事に使 われるものであり,現実の複雑な状況下(文脈)の中で習得されるものとされた.
この習得にはいくつかの段階がある.まず,徒弟は親方の仕事ぶりを手本として繰 り返し観察する(モデリング).次に,親方の助けと指導を借りて仕事を実行してみ る(コーチング).この段階では,親方は仕事が完成するまで責任を持って援助をす る.そして,最後の段階では,親方の支援は徐々に少なくなっていき,最終的に徒弟 一人が自力で仕事をこなすようになる(フェーディング).
図4.4 徒弟制の4段階
この伝統的徒弟制を教育に活かそうとしたのが,ブラウンたち(Brown, Collins &
Duguid, 1989)による認知的徒弟制(cognitive apprenticeship)である.これは,
現実的な文脈の中で,仕事に必要な知識を学んでいくという伝統的徒弟制の特長を生 かし,さらに,目に見える技能よりもむしろ一般化できる認知プロセスに焦点をあわ せている.
認知的徒弟制の教え方は次のようにまとめられる.
• モデリング:手本となる熟達者が実際にどのように問題解決をしているのかを 観察させる.それにより,どのようにしたら課題を達成できるかを学習者が概 念化できるようにする.
• コーチング:実際に問題解決に取り組んでいる学習者に,熟達者が1対1でつ いて,ヒントを出したり,フィードバックを出したりして,指導する.
• スキャフォルディング:一通りのことができるようになったら,学習者が独り 立ちできるように手助けの範囲を限定し,サポートする.
• フェーディング:学習者が独り立ちできるようになったら手を引いていく.
しかし,逆から見れば,伝統的徒弟制の弱点は,それがあまりにも文脈に埋め込ま れているために,応用が利かないという点にある.認知心理学の章で言及した「領域 固有性」が強く効いているからである.
状況的学習と⾮非状況的学習の⽐比較
徒弟制に見られる状況的学習は,熟達者を育成するのには強力な方法である.しか し,人的資源を含めて,コストが高くつくことが欠点といえる.それ以外の一般的な 課題として,コリンズ(Collins, 1994)注1は,状況的学習と非状況的学習の問題を次 のようにまとめている.
状況的学習の問題(伝統的徒弟制に⾒見見られる弱点)
• 柔軟性の問題:ひとつのことをひとつの方法でしかできない
• 学習の問題:全体の知識を体系化できない
• 転移の問題:獲得したスキルを文脈の違う状況に適用できない
⾮非状況的学習の問題(学校カリキュラムに⾒見見られる弱点)
• 動機づけの問題:一体自分が何をやっているのかを見失ってしまう
• 不活性の問題:習った知識を現実生活の問題にどう適用してよいのかわからな い
• 保持の問題:抽象的な知識はそれを使わなければすぐに忘れていってしまう
熟達した学習者は,抽象的な知識とスキルを中心に持ち,それを現実のさまざまな 状況に適応できることができる.何かを教える立場の人たちの課題は,こうした熟達 した学習者を育てるための学習環境を設計することにあるといえるだろう.
注1 Collins, A. 1994 Goal-based scenarios and the problem of situated learning: A commentary on Andersen Consulting's design of goal-based scenarios. Educational Technology 34(9), 30-32