第 2 章 数値計算手法
2.2 高解像度台風モデル
2.2.4 海面境界物理過程
台風の強度にかかわる過程として,吉野ら(2013)は.海面境界物理過程 (海洋混 合層過程,粘性散逸加熱過程,波飛沫蒸発過程)を高解像度台風モデルに導入して いる.ここではこれら3つの海面境界物理過程について説明する.
(a)海洋混合層過程
まず,海洋混合層過程については,台風直下の海洋混合層内において生じる鉛直 乱流混合とそれによる海水面温度低下を表現するため,Shade(1999)やEmanuel(2004)
の海洋混合層過程を MM5 に導入している.海洋混合層を単層で表現する運動方程 式と熱力学方程式により構成され,
(2.2.13)
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図-2.2.1 JAMSTEC Argoフロートデータによる海洋混合層の観測値
(2009年9月16日から9月25日までの十日間観測データ)
𝜕𝜌ℎ𝑢𝑚
𝜕𝑡 = 𝑓𝜌ℎ𝑣𝑚+ 𝜏𝑠𝑥
𝜕𝜌ℎ𝑣𝑚
𝜕𝑡 = −𝑓𝜌ℎ𝑢𝑚+ 𝜏𝑠𝑦
∫−∞0 𝜌𝐶𝑙𝑇𝑚𝑑𝑧 = ∫−∞0 𝜌𝐶𝑙𝑇𝑖𝑑𝑧
で表される.ここで,ρは海水の密度,ℎは混合層厚さ,𝑢𝑚と𝑣𝑚は混合層内の流速成 分,𝜏𝑠𝑥と𝜏𝑠𝑦は風応力成分,𝑓はコリオリパラメータ,𝐶𝑙は海水の熱容量,𝑇𝑚は混合 層内の温度,𝑇𝑖は初期の温度である.また,海洋混合層下端でのエントレインメント を,バルクリチャードソン数Rが一定であると仮定することで,
R ≡ 𝑔𝛼∆𝑇ℎ
𝑢𝑚2+𝑣𝑚2 = 𝑅𝑐𝑟𝑖𝑡= 1.0
と表現する.ここで,gは重力加速度,𝛼は海水の熱膨張係数,∆𝑇は温度躍層の温度 差であり,(2.2.14)から(2.2.17)を連立することで台風直下の海水面温度低下𝑇𝑚を 解くことができる.本研究で用いた高解像度台風モデルでは,初期の海洋混合層厚
(2.2.16)
(2.2.14)
(2.2.15)
(2.2.17)
[m]
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さℎを気候値の代わりに,JAMSTEC(海洋研究開発機構)が公開しているArgoフロ ートによる10日間観測値を基準に設定する.既往研究において台風強度は海洋混合 層厚さについて非常に敏感であることが確認されている(Wada and Usui,2007).実 際に,豊田ら(2015)で報告された海洋混合層厚さと台風強度の関係について行わ れた感度実験では,当時の海洋混合層厚さの気候値は30 mであったが,海洋混合層 厚さの初期値を50 mに設定した場合が,最も精度よく台風1330号の強度を再現で きることが明らかとなっている.したがって,台風の再現計算において,気候値を そのまま採用するのは適さないものと思われ,よりリアルタイムな観測情報である Argoフロートデータを採用する.しかし,Argoフロートデータは,図-2.2.1に示す ように観測値が入手可能な地点が限定的であるため,不足部分に関しては,NOAA
(アメリカ海洋大気庁:National Oceanic and Atmospheric Administration)のNODC
(アメリカ海洋データセンター:National Oceanographic Data Center)が提供してい る海洋混合層厚さの月平均場(気候値)を使用する(Monterey and Levitus,1997).
(b)粘性散逸加熱過程
台風内の大気境界層下部においては,強風による粘性散逸による加熱が卓越する ことから,Bisterら(1998)やZhangら(1999)の粘性散逸加熱過程をMM5に導入 している.具体的には,MM5の最下層の熱力学方程式に対して,以下の非断熱加熱 項,
𝜕𝑇1
𝜕𝑡 =𝜏𝑠√𝑢1
2+𝑣12
𝜌1𝐶𝑝𝑍1 を付加した.ここで,𝑇1は最下層の気温,𝑢1と𝑣1はMM5の最下層の風速成分,𝜌1
は最下層の空気密度,𝑍1は最下層厚さ,𝐶𝑝は空気の低圧比熱である.式(2.2.18)
より,およそ風速の3乗に比例して粘性散逸加熱は増大することになる.
また,大気境界層下部だけでなく,自由大気の各層においても,風速差の影響で 粘性摩擦が生じる.本研究では,大気境界層過程で用いられているMellor-Yamadaの 1.5次乱流クロージャースキーム (Eta PBL scheme)において評価される乱流散逸量
に基づき,𝜕𝑇
𝜕𝑡=𝐶𝜀
𝑝
の形で粘性散逸加熱を計算する(Jinら,2007).
(2.2.18)
(2.2.19)
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(c)波飛沫蒸発過程
最後に,台風直下の暴風と暴浪の環境下では,波飛沫が飛散することで,蒸発が 促進されるだけでなく,気化熱を奪うことで,下層大気が冷却される.そこで本研 究では,波飛沫蒸発過程をMM5に導入する.波飛沫による顕熱フラックス𝑄𝑆𝑆と 潜熱フラックス𝑄𝑆𝐿は,それぞれ,
Q𝑆𝑆 = 3.2 × 10−8𝑢103.4𝛾(𝑢10)𝜌1𝐶𝑝(𝑇𝑚− 𝑇1)
𝑄𝑆𝐿 = 3.6 × 10−9𝑢105.4𝛾(𝑢10)𝛽(𝑇1)𝜌1𝐿𝑒(𝑞𝑠𝑎𝑡(𝑇1) − 𝑞1)
で表現される.ここで,𝑢10は10 m高度の風速,𝐿𝑒は凝結の潜熱,𝑞1は最下層の混合 比,𝑞𝑠𝑎𝑡は最下層の飽和混合比である.また,
β(𝑇1) = [1 +0.622𝐿𝑒2
𝑅𝐶𝑝𝑇12 𝑞𝑠𝑎𝑡(𝑇1)]
−1
であり,10 m高度の風速𝑢10は,
γ(𝑢10) = 1 − 0.087 ln 10
0.015𝑢102
により補正される.MM5 により計算された顕熱フラックス𝐻𝑆と潜熱フラックス𝐻𝐿 に対して,
𝐻𝑆∗= 𝐻𝑆+ 𝑄𝑆𝑆− 𝑄𝑆𝐿
𝐻𝐿∗= 𝐻𝐿+ 𝑄𝑆𝐿
と修正することで,波飛沫蒸発の効果を含む正味の顕熱フラックス𝐻𝑆∗と潜熱フラッ クス𝐻𝐿を得る.この波飛沫蒸発の効果は,台風を強める方向にも弱める方向にも作 用し得る.波飛沫蒸発が活発化することで,大気境界層下部における水蒸気量は増 すことになるため,対流活動が活発化し台風を強くする可能性がある.しかしなが ら,波飛沫蒸発が活発化することにより,大気境界層下部において蒸発による冷却 が生じることにもなるため,飽和水蒸気量は減少し,台風強度を弱める可能性もあ る.この波飛沫蒸発過程が発達に作用するか減衰に作用するかは,台風内部コアに 周辺環境場から流入する環境場の相対湿度によって決まるものと考えられる.
(2.2.20)
(2.2.24)
(2.2.23)
(2.2.21)
(2.2.22)
(2.2.25)
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図-2.2.2 高解像度台風モデルの計算領域(黒:D1の領域青:D2の領域,緑:D3 の領域),右上図:D2・D3内で計算されたPcのコンター図,右下図:D2・ D3内で計算された風速の分布,青点:台風0416号の進路図
本研究では高解像度台風モデルにおいて,図-2.2.2 に示す計算領域を設定する.ま た使用する入力値,境界値,および同化値条件として,現在気候の状態を代表する 客観解析デ ータを用 意 する.この 客観解析 デ ータは NCEP(National Centers for Environmental Prediction:米国国立環境予報センター)が提供する観測データが同化 された最終解析値(Final Analyses)を使用する(以降NCEP FNLデータ).このうち 計算に用いる気象要素は,下端1000 hPaから上端70 hPaまでの,風ベクトル(東西 成分及び南北成分)気温,ジオポテンシャル高度,相対湿度,海水面温度,および 地表面気圧であり,1.0 °×1.0 °メッシュで構成される(表-2.2.1).
D2 (9 km)
D3 (3 km)
D1 (27 km) D2 D3
Central pressure
Wind speed Wind speed
Central pressure
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表-2.2.1 NCEP FNLデータの概要について