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第 4 章 「生活」と流行色

4.3 服装と流行色

4.3.2 洋傘

4.3.2.1 「生活」にみる洋傘の特質

『讀賣新聞』にみる洋傘の歴史と変遷は次のようである。

1870 年、洋傘が初めて輸入され41、1872 年、仙女香坂本によ り甲斐絹張が製造され、和製洋傘の始まりである42。1881 年

40 丸山伸彦編(2012)『日本史色彩事典』吉川弘文館 p.18

41 <工藝叢談(二十八洋傘業の沿革)>『讀賣新聞』1900 年 5 月 31 日 2 面

42 <洋傘の流行と其變遷>『讀賣新聞』1901 年 4 月 14 日 4 面

3 月、東京、本所に設立された洋傘製造会社が活況を呈し、

輸出も盛んであった43。1897 年、ぜいたくな婦人洋傘が流行 し始めるようになった44

『讀賣新聞』にみる洋傘をめぐる記事内容から見ると、洋 傘はたいてい 4 月から 7 月ごろまで売れるものとされる。そ して、夏の美を作るポイントである。洋傘は身につけている 着物や和装には調和の色を見せることが重要視されている。

また、髪や顔の色、周りの環境との調和など、すなわち全体 に心をかけて、おしゃれに見せる必要があると考えられる。

例をあげると、濃い色の洋傘は污れにくいが、頭の上を覆う と顔映りが暗くなる、薄色の洋傘をさすと、顔映りが明るく、

やさしい表情に見える、といった心構えが必要とされている。

次は「生活」にみる「洋傘」の記事例を二つあげてみる。

○容貌、年齢及び人々の好みにもよるがそれよりも第一に洋 傘は背景との配合を考へたい。此の點に於ては、今年は著 しく進步したやうに思はれた。…然し只一つ、衣服やその 外の持ちものとの配合を考へてゐる人は餘りないやうであ つた。多くの人は衣服はいろいろ替へても、洋傘までは餘 り取り替へないのであるから、これは無理な注文かもしれ

43 下川耿史他編(2000)『明治・大正家庭史年表』河出書房新社 p.120

44 下川耿史他編(2000)『明治・大正家庭史年表』河出書房新社 p.254

ない。洋傘が初夏の天地にはえるならば、衣服や所持品も 洋傘に相應させねば、借り物のやに見える。借り物とまで 見なくとも、店先に陳列されたその美しさに吸ひつけられ、

何の考へもなく買つて仕舞つたといふやな見識なき趣味の 貧弱さを想起させられる。(<初夏の流行>1913.5.12)

○街頭を行く人を見ると綠が大分流行してゐるやうですが、

之は着物との配合がよくありません。薄綠地にぼつぼつと 白ととばしたのなどなかなか結構なものです。茶色ちゃいろの洋傘 は緑より劣ります、西洋人を真似て真赤な感じの強い色彩 を試みる人が稀にありますが、日本人は矢張りうすい間色 が似合ひます。(<美しく見せる夏の装ひ どういふ色と 模様が調和するか 上品で涼しく見せる新鮮な色合 >1916.6.22)

4.3.2.2 「生活」にみる洋傘の流行色

1.洋傘の流行色の特徴

「生活」にみる洋傘の流行色を見てみると、「クリーム」

「グリーン」「オリーブ」といった外来語の流行色を用いる ことが特徴であると思われる。

○去年迄はうすいクリーム色が流行の中心でもずつと濃い 派手な色が好まれる。(<春の服飾品>1913.3.20)

○都會情調をつくるパラソルから見るならば、必然の傾向

としてクリーム、 純 白じゆんぱく、尾花を ば な(白茶しらちゃ)空色そらいろ、グリーン、

青磁せ い じ、薄茶うすちゃなど、明るい淡い色調が愛せられる。(<髪 飾と帽子と洋傘 今春の流行界>1914.4.1)

○クリーム、白しろ、 薄 紫うすむらさき、赤色あかいろの洋傘をやさしくかざしな がら(<初夏の流行>1914.5.12)

○若婦人向としては相變らず白しろ、水色みづいろ、クリームなど最も 優勢で(<夏を飾る洋傘 色は茶か紺の系統>1915.5.6)

○又クリームは相變らず萬人向として歡迎されてゐますが、

黄味赤味少くどちらかと申せば青味の勝つたクリームで す。(洋傘の秋仕度 色は紫と茶の系統 模様は刺繍が 全盛>1915.8.8)

○色は、紫紺し こ ん、藤色ふぢいろ、紺鐵こんてつ、錆花色さびはないろ、金茶きんちゃ、焦茶あせちゃ、土器茶ど き ち ゃ、 草 柳 色くさやなぎいろ、グリーン等で、令嬢向きには、海老茶え び ち ゃや紫紺し こ ん、 クリーム、グリーン等の地色に上品な模様を… <洋傘の 季節 長くなつた握柄 地色は派手な方>1917.3.19)

○色は黑くろよりもオリーブ、紫紺し こ ん、えんじなどが流行です。

(<蛇の目と洋傘 つゆ時の美をます品々>1926.6.2)

ここで興味深いのは、洋傘の流行色には、「クリーム」と いう流行色が多く用いられているということである。まず、

「クリーム」の基本義を、表 4-3-2 のようにまとめてみた。

表 4-3-2

出典 クリーム クリーム色

『外来語辭典』

(1916)

[英]新鮮なる牛乳 を靜置するとき液面 に生ずる皮膜。轉じ て脂肪を含む糊状の 固形體物を總てクリ ームと稱す。

『新しい語のポ ケツト辭典』

(1919)

Cream(英)①鶏卵 に牛乳と砂糖とを加 へてレモンで香を添 へたもの。西洋菓子 に用ゐる。②脂肪を 含んでゐる糊狀の化 粧品。

くりーむ色。や や青味を帯んだ 淡黄色。

『大日本國語辭 典く-し』

(1919)

新鮮なる牛乳を靜置 する時、液面に生ず る皮膜。成分は脂肪 にして、他に纖維及 び少量の蛋白質を含 む。轉じて、總べて 脂肪を含む糊状の固 形物をも稱す。

『現代新語辭 典』(1919)

クリーム(Cream) 新 しい牛乳から作つた

一種のバタのことで あるが、普通は脂肪 分を含んだ糊状の固 形の體のもの稱して ゐる。淡黄色をクリ ーム色といふ。

『言泉:日本大 辭典』(1922)

(一)新鮮なる牛乳 を攪拌せずに放置す るとき、その面に生 ずる黃ばみたる皮 膜。成分は脂肪を主 とし、繊維と少量の 蛋白質とを含む。

(二)脂肪を含む糊 状の固形體物の總 稱。化粧用のクリイ ム等、これなり。

(三)水を多量に加 へたる鯨蠟(ゲイラ フ)軟骨。

(四)次條の略。

くりいむ(一)

に似たる色。即 ち明味(アカル ミ)を帶びたる 淡黃色。くりい む。玉子色。白 茶。

45

45 http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/937203 p.79

ここから、、「クリーム」とは「クリーム」のような色を 指す。「クリーム」とは、近代になってから伝来される食物 である(アイスクリーム 1869 年・シュークリーム 1877 年)

46。辞書の説明からわかるように、「クリーム」が伝来され るまで、薄い黄色を表わすには、「玉子色」や「白茶」を用 いたと推測できる。『新版日本の伝統色その色名と色調』

(2007)によると、「白茶」や「玉子色」は元禄初めから中 頃までの流行色であった47。ここから、流行色は時代ととも に変わっていくという特質があることを示唆している。つま り、「クリーム」は洋傘の色に多用されているというところ から、「クリーム」は「玉子色」や「白茶」に取り代わって、

大正時代のハイカラ色と見なすといってよかろう。次は「グ リーン」の基本義を表 4-3-3 にまとめてみた。

表 4-3-3

http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/962022 p.141 http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/954646 p.111 http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/933344 p.60 http://www.let.osaka-u.ac.jp/~okajima/PDF/gensen/ p.1172

46 小林照子(1977)「日本食物史年表」『大阪城南女子短期大学研究 紀要』大阪城南女子短期大学 12 pp.129~140

47 長崎盛輝(2007)『新版日本の伝統色その色名と色調』青幻舎 p.158

48

ここから、「グリーン」は、緑色と同じものであると考え られる。そこで、カタカナ表記の流行色が用いられているの は、洋傘は外来のものだげあって、目新しく、新鮮な感じを 与えようとする意図が入っているのではないかと考えられる。

次は「オリーブ」や「オリーブ色」の基本義を表 4-3-4 にま とめてみた。

表 4-3-4

出典 オリーブ オリーブ色

『外來語辭典』

(1916)

(Olive)[英]

正しくは「オリ ブ」。歐洲原産の 木犀科の常綠樹。

果實より「オレー ブ」油を搾取す。

(阿列布色)=

(Olive)[英]

深綠色。

48 http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/937203.p.79 http://www.let.osaka-u.ac.jp/~okajima/PDF/gensen/.p.1172

出典 グリーン

『外来語辭典』

(1916)

(Green)[英]緑。緑色。

『言泉:日本大辭 典』(1922)

Green 黄と青との混和より成れる 色。みどり。

阿列布。又「オレ ーフ」。

『現代新語辭典』

(1919)

(Olive)橄欖 樹、地中海沿岸に 產する樹木にし て、此の樹の葉は 平和の象徵として 用ゐられ、所謂オ リーブともなる。

暗綠色をオリーブ 色といふ。

『言泉:日本大辭 典』(1922)

阿利布色・阿列布 色(おりいぶい ろ)鼠色と茶色と を含みたる綠色。

橄欖色。おりい ふ。おりぶ。おれ えぶ。

『最新現代用語辭 典』(1925)

オリーヴ(英)橄 欖樹。地中海沿岸 に產し、オリーヴ 油を採取する。そ の葉は平和の象

徴。

『外語から生れた 新語辭典』

(1926)

(英)橄欖樹。地 中海沿岸に產する 常綠樹。オリーヴ 色とはその葉の深 綠色より來る。

49

ここから、、「オリーブ」はもともと、色彩語ではなかっ たことがわかった。前述の「グリーン」より、くすんだ緑色 で、鼠色味や茶色味が入っている色であることがわかる。従 って、洋傘に用いる「オリーブ」という色は、植物の意味か ら転じ、色彩語として色を表わすようになったのである。こ れはいかにも日本の色彩語の特質にふさわしい表現であると いえよう。すなわち、物の名前をそのまま色彩語にする、と いうわけである。

2.洋傘の流行色と年齢

49 http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/937203.p.52 http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/933344.p.33 http://www.let.osaka-u.ac.jp/~okajima/PDF/gensen/.p.618 http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1016990.p.43 http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/925070. p.61

洋傘は外来のものであるが、前節の半襟と同様、流行色の 使用には年齢の指定が見られる。次の用例から洋傘の流行色 と年齢の関係について考察してみたい。

○若婦人向としては相變らず白しろ、水色みづいろ、クリームなど最も優 勢で少し変ったのに駄赤だ あ か、綠みどり等、中年以上向には白茶しらちゃ、 金茶きんちゃ、 鶯 茶うぐひすちゃ、 緑みどり、紺こんなど何れも茶ちゃ系統か紺こん系統に屬し たものばかりであります(<夏を飾る洋傘 色は茶か紺の 系統>1915.5.6)

○ 紫むらさきでは紫紺し こ んが多く濃淡さまざまに染分け、若い者にも老

人にも向くやうになつてゐます、但し之は上流向きの色で せう茶ちゃでは尾花茶を は な ち ゃ、金茶きんちゃが多い、<洋傘の秋仕度 色は紫 と茶の系統 模様は刺繍が全盛>1915.8.8)

○令嬢向きには、海老茶え び ち ゃや紫紺し こ ん、クリーム、グリーン等の地 色に上品な模様を…中年向きには薄茶うすちゃ、枯葉色か れ ば い ろ、濃紫紺こ い し こ ん、 透し縫入などで(<洋傘の季節 長くなつた握柄 地色は 派手な方>1917.3.19)

○色氣は藍系統のものが今年の流行で、若向きには紫紺、納 戸、臙脂など多く、白、水色も迎へられて居ますが矢強り 黑が一般向でせう。(<春の流行いろいろ(四)洋傘と洋 杖>1921.3.13)

ここから、洋傘の流行色には、「若婦人向」「中年以上 向」「若い者にも老人にも向く」「上流向き」「萬人向」

「令嬢向き」「中年向」「若向」「一般向」、といった年齢

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