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第 4 章 「生活」と流行色

4.3 服装と流行色

4.3.1 半襟

「生活」の見出しから、<お歳暮の選擇(七)半襟>

(1916.12.12)、<今年の中元贈答品 砂糖は高い 半襟、

洋酒、文房具、その他の値段調べ>(1920.6.28)などの表現 から、大正時代では、半襟はお中元やお歳暮の贈答品にもさ れていた。それは、高価な着物に対し、半襟は比較的に購入 しやすいためであると考えられる。次は、「生活」にみる半 襟の記事例を二つあげてみよう。

○半襟は衣裳の中心になるもので、この襟一つですべてがぐ つと引立つ来るのです。色は其の人の顔色によつて定めね ばなりませんが、猶着物が濃い色の時は反對に薄く着物の 色が薄い時には襟の方は濃く又着物の色と似通つた色とか 調和のよい色とかを見定めねばなりません之が流行の色だ からといつて、何でもかでもとそれをおすすめする事は出 来ないのです。(<今秋流行の半襟 戰爭の影響はない >1914.8.31)

○現在の婦人服に就いて申しますと、美の焦點は半襟と帶と にあるやうです。(中略)帶が主として背後から見て、美 を形づくるのに對して、前面から婦人美の焦點を成すもの は、半襟であります。(<半襟と帶と 色彩の調和 >1918.4.2)

ここから、大正時代の美という基準は、半襟と帯からなっ ているのである。そして、半襟は正面から見る着装の中心で あるため、半襟の着用には、顔色や着物の色との調和が重要

視されていることがわかった。それは、半襟は本襟の半分し かないが、顔のすぐ下なので、人と向き合ったときに、お相 手の目線も襟元に行くため、半襟は着物を引き立て、顔映り を左右する重要なおしゃれの要素であると考えられる。それ から、着物と半襟の色合については、着物の色が濃い場合は、

半襟の色を薄くする、着物の色が薄い場合は、半襟の色を濃 くする、着物の色と似たような色を選ぶ、といった基準がな されている。要するに、半襟の着用には、色彩の使用が大切 であることといえよう。次は大正時代の『讀賣新聞』の「生 活」にみる半襟の流行色を対象に考察していきたい。

4.3.1.2 「生活」にみる半襟の流行色

1.半襟の流行色の特徴

「生活」にみる半襟の流行色をまとめてみると、黄色、藤

(色)、青磁(色)、新橋(色)、小豆(色)、空色、薄青 磁、錆青磁、浅黄、水浅黄、薄藤、小町藤、納戸、薄納戸、

錆納戸、茶、白茶、濃鼠、紺、古代紫、古代桔梗、鶴羽納戸、

など、数多くの流行色が現われてきた。半襟にみる流行色の 特徴は、次のようにまとめられる。

①「藤」「牡丹」(植物)、「青磁」(磁器)、「鼠」「鳩 羽」(動物)、「小豆」(飲食物)、「水色」「空色」(自 然)などからとった流行色が多く見られる。それから、色」

をつけなくても、流行色として表現することができる(次の 記事例を参照されたい)。

○色は若い人には相變らず青磁せ い じ、新橋しんばし、 藤 紫ふぢむらさき、…などが 歡迎され、年増の地味なものは 鼠ねずみ一色だけです。(<夏 の半えり 附、帯揚の流行品>1916.6.26)

○今年の冬は先づ色は青磁せ い じ、藤ふぢ、臙脂、納戸な ん ど、…もの で(<はんえり 冬の流行>1924.11.21)

○地色は…小豆あ づ き、青磁せ い じ、空色そらいろ、水色みづいろといつた調子の千種 萬樣(<半襟に見える 色彩と模様の進步>1920.5.4)

以上現われた流行色の由来を見てみると、次のようにな る。「藤」は、藤の花からきた色で、紫の薄い色として古く から使われてきた32。「藤紫」は、明治になって化学染料に よって出されるようになった彩度の高い色である。「牡丹」

は、牡丹の花の色からきた冴えた紫みの赤で、明治後期に化 学染料が普及すると、きれいな色が嗜好され、広く流行した 色である33。「小豆」は古くから食用として栽培され、色と して用いられるのは江戸時代になってからといわれている34

「新橋」は地名で、東京の新橋のことである。明治時代中期 に西洋から輸入された化学染料による明るい青緑色は、ハイ

32 川崎秀昭他編(1984)『日本伝統色色名事典』日本色研事業株式会 社 p.56

33 川崎秀昭他編(1984)『日本伝統色色名事典』日本色研事業株式会 社 p.17

34 吉岡幸雄(2000)『日本の色辞典』紫紅社 p.59

カラな雰囲気の色として広く人気を集め、新橋の芸者が愛用 したことから「新橋色」と呼ばれ、明治時代から大正時代に かけて流行した35。「納戸」の由来については、諸説があり、

いずれも定めではない。納戸(物置)の入り口にかける垂れ 幕の色、納戸(物置)の暗がりをあらわすような色、将軍の 金銀や衣服、調度出納を担当したお納戸役の制服の色から来 ているといわれている36。「臙脂」は、紅花を染料とする植 物の正臙脂と、赤い色素を含む小虫から製した動物性の生臙 脂がある。「水色」は、「水浅葱」「水縹」ともいい、藍染 の初期の段階で染め出される色「瓶覗」に次ぐ段階ぐらいの 明るい色である37

②「薄」「素」「濃」「錆」「古代」といった修飾語、もし くは「系統」という表現で、一色のみならず、色の濃淡を 表わすものが多く見られる。これは、日本の染色文化を反映 するものであると思われる(次の記事例を参照されたい)。

○色は…薄紅梅う す べ に、…などは若向きで(<新秋の半襟 色の 濃くなる傾き>1916.8.20)

○色調は二十歳前後が…薄納戸う す な ん どなど凡て薄い藍氣を含ん だもので(<涼しさうな半襟 夏の女の美しさは凡て襟

35 丸山伸彦編(2012)『日本史色彩事典』吉川弘文館 p.92

36 吉岡幸雄(2000)『日本の色辞典』紫紅社 p.143

37 川崎秀昭他編(1984)『日本伝統色色名事典』日本色研事業株式会 社 p.50

元より>1914.7.9)

○二十歳から二十か五六歳までのお若い方には 薄 鶯すすうぐいすや …薄藤うすふぢなどの地色(<明るく爽やかな 春の半襟 地は 金紗と縮緬とを混ぜたやう>1918.4.4)

○この夏流行の半襟をゑり治で覗いて見ますと色氣は 薄淺黃う す あ さ ぎが第一でそれから…薄藤色うすふぢいろ…などです。(<この 夏の半襟>1918.5.28)

○今年の流行色といふのはありませんが、春に相應はしい 素ねずみ鼠、薄うすはと、…薄藍うすあゐなど好みに應じた物となつて來 ました(<春の流行 いろいろ(三)半襟と手提げ

>1921.3.12)

○地味向は錆さびせい、… 濃 鼠こいねずみ、…などでございますが、(<

今夏の半襟 涼しさを織り方に 現はした新趣向 >1915.5.18)

○若向きとして古代こ だ いがかった 紫むらさきが出るやうな傾向がある さうです。<これからの半襟と履物 新春の新傾向 >1918.1.5)

○今秋の傾向として目に立つのは…古だいきゃう梗といつたや うなクラシカルなものが喜ばれて來たことです。(<秋 のはんえり 黃色がすたれて 昔風の古代桔梗

>1926.9.16)

○中年以上には矢張 鼠ねずみ系統と茶ちゃ系統でございます。(<

秋の半襟 御大典記念のため 異彩を放てる模様 >1915.8.18)

○今年の冬は先づ色は… 紫むらさき系統もので(<はんえり 冬

の流行>1924.11.21)

○色はねずみ、藤色ふぢいろ系統で(<初夏着の一揃ひ 若葉に映 る色とりどり 着物、羽織、帯、半襟、長襦袢など 向々の種々>1923.5.18)

③植物からとった流行色のうち、「若竹」「裏葉」「萌葉」

「朽葉色」など、植物の様子を繊細に描写する表現が見られ る(次の記事例を参照されたい)。

○地色は…萌葉も ね ば、若竹わかたけ、…などの強い明るい色が好まれて 來ました。…萌葉も ね ばは青せいに黄味をもたせたもので、若竹わかたけ は萌葉も ね ばより心持もち錆た色合です。茶ちゃ系統には…朽くちいろ、などがありますが、(<流行の夏襟 粋向と上品向 き>1917.5.12)

○中年は銀ぎんうら、…年配向としてはねずみの少し茶ちゃを持た ものさび裏葉などです、(<はんえり=春の流行 地質 は紋織が多く 盛装には櫻の縫をしたもの>1925.2.15)

「裏葉」は「裏葉柳」「裏柳」ともいい、柳葉の裏の色が 表の色よりも薄いことから生まれた色である38。「若竹」の

「若」は若々しい、新しいという意味から、鮮やかさの形容 として用いられる39

38 丸山伸彦編(2012)『日本史色彩事典』吉川弘文館 p.33

39 川崎秀昭他編(1984)『日本伝統色色名事典』日本色研事業株式会

社 p.44

④「御殿藤ご て ん ふ ぢ」「近衛藤こ の ゑ ふ ぢ」「濱淺黄は ま あ さ ぎ」「鶴羽納戸つ る わ な ん ど

」「千家鼠け ね ず」 「龍鼠りうねず」「小町藤こ ま ち ふ ぢ」「みやび鳩はと」「 初 櫻はつざくら」呉羽納戸く れ は な ん ど

」 といった流行色の特質を反映するユニ-クな流行色も見 られる(次の記事例を参照されたい)。

○地色は御殿藤ご て ん ふ ぢ、近衛藤こ の ゑ ふ ぢ、濱淺黄は ま あ さ ぎ、…鶴羽納戸つ る わ な ん ど

などの強い 明るい色が好まれて來ました。御殿藤ご て ん ふ じと近衛藤こ の ゑ ふ ぢは今迄の 藤色ふぢいろに幾分葡萄色ぶ だ う い ろを加へたもので、近衛藤こ の ゑ ふ ぢの方が梢濃い のです。濱淺黄は ま あ さ ぎは新橋色しんばしいろよりも梢濃く、…鶴羽納戸つ る わ な ん ど

は 鳩羽系統は と ば け い と う

から出た濃い色で今夏の最も新しい試みであり ます。…三十歳前後から四十位までの方には千家鼠け ね ず、 龍鼠りうねずなどが上品です。(<流行の夏襟 粋向と上品向き >1917.5.12)

○地色は若向としては小町藤こ ま ち ふ ぢ、みやび鳩羽は と ば、 初 櫻はつざくら、…な どで、向不向はあつてもこの秋の新しい色は呉羽納戸く れ は な ん ど

で ある様です。<小濱榮えて 錦紗が廢る 新流行色は 呉羽納戸く れ は な ん ど

今秋の半襟>1918.9.27)

⑤外来語の流行色は「ローズ」しか現われなかった(次の記 事例を参照されたい)。

○若向はローズ系統、…着物とは却てに對の調和がいい色 を選ぶ(<お正月の半えり 梅もやうに菊もやう

>1923.12.27)

○色は若向きだとローズ系統、それも今までより幾分かさ びを持つたものです。(<春向のはん襟 無地から縫に 移る>1926.1.16)

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