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武谷雄二教授 インタビュー

ドキュメント内 may-fest.dvi (ページ 85-89)

略歴

昭和22年生まれ。48年東京大学医学部医学科卒業。

東京大学産婦人科教室にて研究に従事し、国立霞ヶ浦病 院、東京厚生年金病院、東京日立病院、米国NIHへの 留学を経て、現東京大学大学院医学系研究科産婦人科学 教授。

著書

最近の、メジカルレビュー社「改訂版プリンシプル産 科婦人科学1」武谷雄二他、週刊薬事新報2156「女性性 腺機能低下症の薬物療法」を初め、数多くの著書・論文 がある。

武谷教授には産婦人科としてのお立場から、出生前診 断について、それから癌の告知とその後のサポートにつ いてお話し頂きました。最後には学生が学ぶべきことに ついてもご提言頂きました。

―― 出生後の命に関わる先天性疾患の診断やダウン症 など、中絶が関わってくるような出生前診断について 教えてください。

妊娠22週をすぎると母親の生命が危険にある場合のみ 中絶が可能である。よって22週以前の話になり、日常診 療でわかる奇形や、過去に先天性疾患のある子を産んだ り母親に病気があるときなど、状況は絞られてくる。ア メリカでは日常診療でルーチンに先天性疾患のスクリー ニングを行っているが、日本では実施されておらず患者 さんの希望で時に行うことがある。

―― そういう診断は患者さんの要求によって行われる のでしょうか。

患者さんの要求がなければ通常は行わない。原則とし て医師側より提案することもしない。日常診療で明らか な異常があり、生まれても育たないときには話すことも

あるが、患者さんが聞きたくないというときはそれを聞 き入れなければいけない。

―― 検査があること自体を知らない人にも全てこうい う検査があるということを知らせるのでしょうか。

患者さんに全ての情報をという立場と、誘導してしま うので全ては伝えないという考えがある。また、知りた くないのに知らされたという人もいるだろうし、だから といって知りたいか知りたくないかを聞けないので実際 には難しい。

―― 先天性疾患や奇形を理由に中絶は法律的にはでき ないのでしょうか。

できない。

―― そういうときには医師はどうするのでしょうか。

患者さんの決定にまかせる。ただ、明らかな異常があ る場合はある程度のことは話す。それでも、中絶したほ うがよいとは決して言わない。この子は生まれても3日 もたないとか1週間だということは言う時はあるが、そ れは医師の判断というより、一般に多くの人が了解する であろう判断であると言える。

―― 中絶する時はその理由などと共に報告するので しょうか。

報告する。法律には中絶の条件が書いてあるが、比較 的幅広い解釈が可能となっている。女性本人の自由意志 を尊重する。

―― 先生ご自身がダウン症などを診断されたことはあ りますか。

東大産婦人科で染色体を調べることはできる。羊水穿 刺ができるようになったのは昭和40年代である。十分 説明した上で本人が検査を受けたいということであれば 行うことが多い。

―― 検査結果については、あと何年生きられるかなど 事実だけを伝えるのが医師の役割なのでしょうか。そ れとも産むか産まないかというところまで介入するの でしょうか。

個人の立場、医師の平均像、ガイドラインによって違 うと思うが、それに関して東大ではガイドラインはない。

個人の自由となっている。

―― 医局で統一するということもないのですか。

78 第3章 武谷雄二教授 インタビュー 医局ではそこまでは統制しづらいし、もし仮に強引に

ガイドラインを作成してもそれが医局内のみに通用する ものならばあまり意味がない。

―― 事実だけ伝えて決定権は患者さんにという方向な のでしょうか。

しかし、医師はロボットではない。人間性があるので、

自分の人生論・経験論などが入ってくる。建て前として は私情を入れないということだが、どうしても自分の内 面は投影されてしまう。

―― それは必要ですか。

本来は客観的事実のみに限るべきだが、それでは患者 さんも納得しないこともある。患者さんも人間としての 医師の存在を求めているだろうし、それに期待をしてく るのであろう。微妙な提案が入って来ざるを得ない。「私 の知っているお子さんでもきちんと育てていますよ。」

とか、「ダウンの子が一人いるともう産みたくないとい う人もいる。」とか、客観的事実を話すことと誘導は区 別しにくい。医師の個人的経験も入るだろう。同じ医師 でもダウン症の子が生まれて取り乱し手術が必要でもし ないでくれという人もいる。医師とて人間であるから、

その辺の判断は悩む。自己の価値観を抜きにして患者に ある考えを押し付けることは難しいと考える。

―― 医師にもいろいろな個性・価値観があり、ダウン 症の子をもつプラス面を強く意識する医師もマイナス 面を強く意識する医師もいますね。

だから本人にまかせるのが無難というか、生んだらど うですかというのが一番簡単で医師にとっては楽なのか もしれない。

―― 産みたいといって来ているわけであるからそうし た方が無難ですよね。

無難という表現は悪いけれど。医師の使命としての生 命を助ける存在だという正当性も出せる。それだけでい いのかという問題もあるけれど、医師の倫理観は社会の リアクションやメディアに規定されることは否めない。

―― 医師が医師の正当性を超えて自分の意見を通した ことで裁判になったことはあるのですか。

発言が身障者の団体などに批判されることはありうる。

差別・偏見や存在そのものの否定的な発言はできない。

―― 産んだ母親が後悔して訴えることはないのですか。

実際に産んだ母親はそういう心境にはならないだろう。

運命としてうけいれていく。

―― 患者さんも納得していくことが大事だということ でしょうか。

自分で熟慮して選択した道だと思ってもらうのが大事。

―― そういう悩んでいる患者さんに対して医師ができ ることというのは患者さんが自ら決定したことを納得 できるようにするということですか。

いずれにせよ患者さんが選択された方向に沿ってベス トなサポートをする事が望まれる。しかし実際には患者 さんに説明するに際し、医師が知っている医学的状況は 十分に伝わらないこともあるだろう。また医師としての 倫理観は経験や専門的知識に基づいているもので多少一 般の物とは異なっているのかも知れない。医師が自分の 考えを通すことは、悪く言えば医師の横暴・思い上がり、

よく言えばその人の立場に共感し、理解した上で当人に よかれと思ってやった行為ともとれる。そのバランスだ。

―― 患者本人が決定を下したと思えるような状況を作 るということで、全ての情報を患者さんに提供すると いうことになっているようですが、それは患者さんが 望んでいる流れなのですか。

そういう方向にいってしまっている。そしてそれが図 らずも医師にとってもあまり悩まないで判断を下すこと にもなっている。医師の最も悩まない方法と患者の自己 決定権が奇妙にうまく結びついてしまって、それが極端 なのがアメリカである。そういうことがインフォームド・

コンセントと裏表で出てきている。

―― 医師のそのような姿勢を患者さんは感じていない のでしょうか。

医師によっては、もし自分の子供だったらこれはこう する、あるいはこれはしないなどと言う。自分の子供に できないことを患者さんにはできない。しかし、子供は 独立した存在であって、医師と患者の価値観で決定付け るのはおかしいということにもなる。いま、特に知識人 に患者の自己決定権という考えが強くなっている。医者 は人の全体をみるものであるということだが、しかし、

聖職者であり親であり、と全てを期待されるのも難しい。

―― 話は変わりますが、産婦人科領域で問題になる癌 について、今現在は全て告知されているのですか。

原則全て告知する。ただ、生命の予後は話してよいけ れど時期までは話せないこともある。中には自分の余命 を自分なりに送りたいというために告知を受けたいとい う人もいるが、治療を進める上で告知するというのが基 本原則である。

―― 治る可能性があれば告知をする方向だと思います が、治る可能性が全く無いときも告知するのでしょ うか。

100%治らないということはないから100%治らないと は言わないけれど、問題は告知しても予後が悪いという 場合はどうするかということだ。今は原則としてそれで も告知している。あと数週間だというときなどは、中心 は本人だが家族の意向も考えて決める。そして、やはり 本人に告知する。家族がどうしても本人に言ってくれる なという場合は難しくケース・バイ・ケースである。こ こ10年変わった。医の倫理というのは変わらないもの のように思えるが実際には、時代とともに、また、国に よって変わる。

―― 告知の方法に関して、あとどれくらい生きられる かという数字は患者さんに伝えるのでしょうか。

場合による。まず告知されると告知されたことを覚え てないか現実のものとして実感できないことが多い。茫 然自失の状態といえる。そして拒否・怒り。それから徐々 に沈うつ。そして達観する状況に至る。どちらがいいか 一概には言えないが、告知をすると心が安らぐというか、

医師と患者の関係もよくなる。告知しないとイライラし たり、怒りを他人にぶつける状況になっていったり、人 格が変わってしまったりする傾向にある。しかし、同じ 人物で比較したわけではないし、告知されて何も食べら れなくなったり自殺したりする人もいる。

―― 告知の際に気をつけていることは何でしょうか。

あくまで患者さんを治癒させたいから、治療の戦略 上にどうするかということだ。また、治癒できなくても

QOLを考える。できるだけお話するというのが基本姿 勢である。

―― 話すタイミングについてはどうでしょうか。

難しい。お腹が痛いと来ている人にいきなり、癌だと いう人はいない。

―― 癌という確定を下すまでにある程度癌かも知れな いということを示唆したほうがよいでしょうか。

示唆して病院に来なくなる人もいるし、一概には判断 はできない。そこは医師−患者の人間関係によるもので ステレオタイプには論じられない。

―― 告知の行われる場所はどこでしょうか。

じっくり話のできる、できれば個室でお話するのが望 ましいだろう。

―― ホスピスなどいろいろありますが、告知後はどう するのですか。

受け皿が国によって違う。日本では病院が多い。その ため日本の医療事故のかなりの部分が終末期医療におい てであるが、海外では家庭・ホスピスで管理されている ことが多く、終末期医療における医療事故例は少ない。

―― 告知から受容までは医師としてはどう患者さんを サポートしていくのでしょうか。

本来はそれを受け止める存在でなければならないが、

医療技術に関しても高度な技術が求められる時代にそ こまで求められるのは大変難しい。しかも、あなたがた の両親の年代の方など人生経験のずっと多い人も診るわ けで、医者がサポートするというよりも、逆にサポート されることもあるわけだ。意気込んで全面的に支援する ということではなく、いろいろな立場で人間同士の付き 合いということになるのだろう。人と人との触れ合いで あって、医師と患者に限らないのではないか。一人一人 が弱い存在なのだから。

―― アメリカ・カナダなどキリスト教圏では牧師さん が病院に入っていたりしますが、日本ではそういうの はありますか。

牧師さんが入っている病院はあるが、日本ではそうい うのはあまり好まれないだろう。生前から宗教に守られ るということに慣れていれば受け入れやすいかもしれな いが、日米で告知後のリアクションというのはあまり変 わらないと思う。

―― 宗教を強く信じている人とそうでない人とで立ち 直り方というのは違うのでしょうか。

それより個人差のほうが多いと思うが、個人の価値観・

世界を持っている人というのは極限状態・パニックから の離脱が早いかもしれない。

―― 専門に患者さんの心理を扱う人はいますか。

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