略歴
昭和47年東京大学医学部医学科卒業。東京大学精神 神経科、帝京大学医学部精神医学教室、国立精神衛生研 究所、国立精神神経センター神経研究所、カナダ・マニ トバ大学生理学教室留学、滋賀医科大学精神医学教室を 経て、現在東京大学大学院医学系研究科精神医学分野教 授、東京大学附属病院長。
加藤教授には精神科医としてだけではなく病院長とし てのお立場から、患者さんに対する精神的なサポートに ついて、そして、東大病院の取り組み、日本における動 きをお話いただき、最後に学生への提言を頂きました。
―― 最近のインフォームド・コンセントの風潮につい てどうお考えですか。
インフォームド・コンセントをして患者さんに選択し てもらうという流れになってきているが、これまでは癌 の告知にしてもパターナリズムでもって患者さんには情 報を与えなかった。それがよかれと思っていた。ある意 味、患者さんに死が近いということを伝えることを医者 の方が避けてきたことになる。そういう中でインフォー ムド・コンセントが出てきたために、患者さんが直面す る死をこちらが受け止めて考えていくということが抜け 落ちてしまっている。医療事故に対して保険をかけるよ うな意味合いで、患者さんに任せて責任を回避するとい う局面が強くなってしまった。患者さんはいろいろな選 択を与えられながらも専門的知識を持つ医者にある程度 委ねるということはあるはずで、医師はそこを考える必 要がある。
―― 死に直面する患者さんに対してどうサポートして いけるでしょうか。
死に直面した患者さんをサポートする技術はあるはず だ。キューブラー・ロス1が書いているように、死に対
1多くの末期患者さんにインタビューを行い死とその過程について 書いた「死ぬ瞬間」の著者。精神科医。
して最初は否認して最終的には受け入れて行くというス テップはあるから、自分の感性として受け止めた上で技 術も大切だ。例えば、宗教家はある思想に基づいて人を 導くのである程度介入的である。しかし、医者のやるこ とは宗教家とは違うからそれは分けなくてはならない。
医者は基本的にサービス業であって、いわば壊れたもの を治すというのが中心だ。ゼロからマイナスになってい るのだから、ゼロまでもっていくのが医者。病気になる と身体的にも精神的にも普段とは違うマイナスの状態に なる。そこからゼロになるというのは身体的にも精神的 も健康になること。そこから上でどうするかは、その人 の人生観で、それが可能になるように医療面で助けてあ げることはできるが、それ以上に介入はしない。それ以 上は宗教家の仕事だ。
もう一つ患者さんの側から言うと、比較的高齢で亡く なるのであれば、通常は死は身近なものとして考えてい る。それだけ死が近づいているということを患者さんも 周りも受け入れやすい。亡くなった後も葬式という儀式 があり、死者の冥福を祈ることできちんと送ってあげら れたと残された人は受け入れていく。もっと若い世代の ときには問題であって、理不尽である、なんで自分だけ が、ということになる。さらに子供であるときは、親に とって自分より先に逝かれるということほどつらいこと はない。
日本の場合、病気が重くなると、一足飛びに死をどう 受け入れるかという視点になり、迫り来る死に対して闘 うという視点があまり出てこない。もっと闘ってもよい のではないか。告知して「だめです。」ではなく、「でも、
こういうケース(闘えたケース)もあります。」などと言 えることはある。そういう技術も必要だ。ファイティン グスピリット2を惹起する。そのことは、いずれ死を受け 入れることとそんなに遠くはないのではないか。近づき つつある死は意識しているはずだから、負けないという のがないと、言ってみれば簡単に死にすぎてしまう。こ れから医者になる人にはそう思って欲しい。ファイティ ングスピリットを惹起すること、そういうことを精神科 としても助けられるとよいと思う。
―― 精神科が他の科の患者さんの精神的な悩みを聞く ということはあるのでしょうか。
少ない。実際上、そういう場面で呼ばれることがまず ない。入院患者さんがうつになることはあるが、呼ばれ るのは精神症状の強い場合であって、死とは必ずしも関 係ない。ホスピスのような場面で精神科が呼ばれるとい
2病気と闘う力。
70 第1章 加藤進昌教授 インタビュー うことは、日本の一般病院ではなかなかないのではない
か。第一に、チーム医療があまり進んでいないし、第二 に、精神科としてはそういうことに対する方法論、対応 できる体制ができていない。今は変わりつつあると思う けれど、そういう形で精神科は発達して来なかった。主 に精神的な病気を対象とすることが多かったし、細分化 された科の一つとしてあるのでなかなか難しい。精神科 としてそういう技法を向上させるという努力がたりな かったのも事実だ。
身体疾患の場合では、人間ではなく病気を治すという ことがあまりに強かった。今、全人的と言っているが、ま だお題目にすぎない。保険点数などに関するバックアッ プもなくボランティアになってしまうので進みにくい面 もある。その中で、ホスピスや、精神腫瘍学部門3とい うものが出てきた。ただし、精神腫瘍学は国立がんセン ターに一つしかなく、学会で常にトピックスとはなるが、
なかなか広がらない。ホスピスは死に近づいてしまって いるのではないかというところもある。普通の病床でも できることはあり、精神腫瘍学でも闘う・生きるという ことを精神的にサポートするということに力を入れてい る。さらに精神科では、古典的な分裂病などだけでなく、
ストレスなどのような病気そのものではない二次的な精 神の問題をサポートする・QOLを上げるということに も力をいれつつある。
―― 東大病院としては死に直面する患者さんのサポー トに取り組んでいらっしゃいますか。
特にそれだけを取り上げて病院の一つのプロジェクト としてはない。時間がないからというより、チーム医療 としてやっていくなどのシステムができるに至っていな い。個人個人がやっていくには研修のプログラムにそう いうものをいれていかなくてはいけない。今のところは、
精神的なものが強くなれば精神科の病棟へ移ってしまう。
全国で言えば、リエゾン病棟というホスピス的病床が 作られている。聖路加国際病院や日赤医療センターなど では精神科も関与しているけれど、そういうシステムは まだ大きな動きになっていない。今の多くのホスピスは 高く、自己負担分が一日数万円。それでもそこに入る人 はおられて、長くはできないが最期の数ヶ月をそこで過 ごさせてあげたいという家族の思い、ニーズはある。普 通の病棟でそういうことができるシステムがあればよい が、できていない。アメリカなどでは、常にチームで行
3英語ではサイコオンコロジーという。例えば、アメリカでは、乳 がんの患者さんに集団療法をした場合としない場合での免疫機能をし らべ、集団療法をやった方が癌がよくなったという研究がある。精神 的なサポートと癌の関係を調べたものだ。
われているが、ベースとなる医療費が十倍ぐらい違う。
日本は精神科で一日1万円くらいだが、あるアメリカの 病院では12〜3万円くらい。アメリカでは医療費高騰の ために健康保険の方から制限しようとしていて長く入院 できない。比較的安く長く入院できる日本のシステムと いうのは悪者扱いされているけれど、あまりに一面的す ぎるのではないか。在宅医療と言うけれど、なかなか実 際にはできない。社会的入院として入院させていると言 われるけれど、日本では病院へのアクセスが簡単だとい うこと、病院が受け入れられるということは捨てがたい ことであるとも思う。ホスピスだけが一面的によいとは 考えてほしくない。
―― 患者さんのサポートとして東大で行われているこ とはありますか。
患者図書室というシステムが新病棟でできようとして いる。病気を知るために情報を提供する図書室だ。今ま では患者さんが知るということに対して医療者側の拒否 感が強かった。今でも古い考えの人は、そんなの知らな くてよいと思ったり、いろいろ聞いてくる患者はもう来 なくてよいと言ったりするようだが、そうではなくなっ てきている。個々の医者の意識も追いつかなくてはなら ない。
また、医療社会福祉部というのが確立している。その 仕事は退院支援といって、退院した後どうするかという ことを考える。障害が残ったままだったら介護保険を使 うとか、どういうところに相談できるかなどを伝え、支 援していくというシステムだ。病院側から言えば、在院 日数を短くするということでもあり、患者さんからすれ ば退院後のサポートになる。
―― 東大病院にボランティアの方はいらっしゃらない のでしょうか。
ボランティアは外来ロビーにはいらっしゃるけれど、
病棟にはおられない。東大病院に限らないけれど、あま りおられないのではないだろうか。そもそもボランティ アが発達していない。思想がない。外国の場合は宗教的 な背景もあり、よく行われるし、それを受け入れる。他 人を受け入れるシステムが機能している。逆にいえば、
個人が確立している。日本の場合は、会社・家族・近所な ど、互いに知っている人たちの間での互助システムが強 い。何かあるとそういうシステムが機能するようになっ ている。ときに家族のしがらみという言い方もされるけ れど。阪神大震災でも互助システムが効果的に動いたの ではないか。