第 2 章 先行研究
2.2 日本語の授与動詞に関する研究
2.2.2 構文的観点からの日本語の授与動詞における用法・意味拡張に関する研究
2.2.1で述べたように、語用論的観点から利益・不利益又は恩恵・危害かを中心に授与動
詞の補助動詞の用法を考察した研究は多くなされてきたが、構文的観点から日本語の授与 動詞における用法及び意味拡張に関して考察したものはそれほど多くない。それらのもの としては、Shibatani (1979, 1994, 1996)、Masuoka (1981)、澤田 (2005,2014) が挙げられる。
Shibatani (1979) は、類推的パターン (analogical patterning) 8 の分析では「~てくれる」
8 Shibatani (1979: 287) では類推的パターン (analogical patterning) について以下のように指摘している。
“By ‘analogical patterning’ I am referring to a practice in linguistic analysis whereby one analyzes a certain structure (normally a complex one) by analogically patterning it after another (normally simple, clear cut) structure.”
29
「~てやる」の全ての構文を説明できないと主張している。類推的パターンの分析は、シ ンプルな構文との類推によって複雑な構文を理解するという分析方法であり、このような 分析の観点から以下のように説明されている。
(26) a 太郎が花子に本をやった。
b 太郎が花子に本を読んでやった。
(Shibatani 1979: 300)
類推的パターンの分析に従うと、(26a) の「本を」を (26b) の「本を読んで」に替える ということになる。Shibatani (1979) はこのような分析に従えば、以下のように非文になる 場合が見られるとしている。
(27) a [ 僕は太郎に [ 僕が太郎の妹と結婚し] てやった]
b *僕は太郎に彼の妹と結婚してやった。
(Shibatani 1979: 300-301)
(27a) のように類推的パターンの分析に基づき、本動詞の直接目的語の位置を「僕が太
郎の妹と結婚し」で置き換えると、(27b) のように非文になる。また、以下の (28) と (29) のように曖昧な意味が生じる。
(28) 僕は太郎のために本を送ってやった。
(29) 僕は太郎に本を送ってやった。
(Shibatani 1979: 301)
(28) では、「太郎のために太郎に本を送る」又は「太郎のために誰かに本を送る」のい
ずれにも解釈可能であるのに対し、(29) では、「太郎のために太郎に本を送る」又は「誰 かのために太郎に本を送る」のいずれにも解釈可能であるが、「太郎のために誰かに本を送 る」という解釈は不可能である。
30
このような問題を解決するために、Shibatani (1979) は主節 (matrix clause) に「NPのた めに」を挿入することを提案しており、以上の (27a) (28) (29)は以下の(30)-(32) ようにな ると示している。
(30) [ 僕は X のために [ 僕が太郎の妹と結婚し] てやった]
(31) [ 僕は太郎のために [ 僕が X に本を送っ] てやった]
(32) [ 僕は X のために [ 僕が太郎に本を送っ] てやった]
(Shibatani 1979: 303-304)
更に、以上の分析を適用すれば、これまで言及していなかった以下のような例も説明で きるとして取り上げている。Shibatani (1979) は、(33) のような文は、以上の例と異なり、
「おじいさんに肩を揉ん」という句から生じておらず、「NPを」で表す対象の所有者は「NP に」で表す人間である必要があり、(34) のような構造からなると指摘している。
(33) 僕はおじいさんに肩を揉んでやった。
(34) [ 僕はおじいさんのために [ 僕がおじいさんの肩を揉ん ] でやった]
(Shibatani 1979: 304)
このように、Shibatani (1979) は、構文的に「~てやる」と「~てくれる」に潜んでいる 意味について考察を行い、新たな構文型の分類を提案しており、構文的観点から考察する 研究に貢献しており、重要な研究だと考えられる。しかし、Shibatani (1979) ではこれらの 補助動詞がどのように本動詞に関わっているか、本動詞から補助動詞へどのように意味 的・構文的拡張していくかということについて言及されていない。
Shibatani (1979) を踏まえたのはMasuoka (1981) である。Masuoka (1981) は、日本語の 授与動詞における受益構文としての「~てくれる」「~てやる」「てもらう」の意味的特徴 を考察した。Masuoka (1981) は、「~てくれる」に関しては、本動詞「くれる」は「到達
点」 (goal) の名詞句及び受益者 (beneficiary) の名詞句に関わっており、前者が後者に繋が
っていると指摘している。また、「~てくれる」は、result-oriented (結果中心) であり、本 動詞「くれる」と同様に受益者の名詞句は話者であり、「~てくれる」の構造は以下のよう なものであると提案している。
31
(35) [ [ X が … Verb ] ~てくれる ] (Masuoka 1981: 75)
Masuoka (1981: 77) は「~てやる」に関しては、action-oriented (行為中心) であり、主
語名詞句にフォーカスされており、「~てやる」文は受益を表すことが義務的ではなく、以 下のように「~てやる」の構文を提案している。
(36) [ [ X が Y のために [ X が … Verb ] ~てやる ] [Agent] [Beneficiary] [Agent]
(Masuoka 1981: 77)
Masuoka (1981) は主に「~てくれる」と「~てやる」における基本的な構文的・意味的
特徴について考察したが、意味拡張など両者の受益の意味以外に関することには言及して いない。更に、「~てあげる」に関しても言及していない。
日本語の授与動詞の受益構文を中心に考察したのは Shibatani (1994) である。Shibatani
(1994) は日本語と韓国語の受益構文 9 に関する考察を行った。Shibatani (1994) は、日本
語の授与動詞の受益構文は、到達点/受益者 (goal/beneficiary) は間接目的語であり、移 動する対象は直接目的語であると述べている。Shibatani (1994) は、受益構文を考察するに あたって以下のようなGIVE構文のGIVEスキーマを提案している。
(37) The Give-schema (for Japanese/Korean) Structure: [NP1 NP2 NP3 GIVE]
NP1 = coded as a subject
NP2 = coded as an indirect object NP3 = coded as a direct object
9 Shibatani の受益構文とは受益者が与格項として統語的に融合された構文だと定義されている (Shibatani
1996 : 159) 。つまり、以下の ia) とiia) のような構文である。
i) a. 僕は花子のために本を買ってやった。
b. 僕は花子に本を買ってやった。
ii) a John bought Mary a book.
b. John bought a book for Mary.
(Shibatani1996: 160)
32 Semantic: NP1 CAUSES NP2 TO HAVE NP3 ; ie.
NP1 = human agent, NP2 = human goal, NP3 = object theme,
NP2 exercises possessive control over NP3,
NP1 creates the possessive situation on behalf of NP2.
(Shibatani1994: 45)
Shibatani (1994) は、日本語と韓国語における GIVE スキーマは、英語の受益構文と異
なり、日本語と韓国語の受益構文は授与動詞が用いられることにより、授与行為に繋がっ ていると指摘している。Shibatani (1994) は、以下の例のように、GIVEスキーマに合致し やすい状況ほど、受益構文として認められやすくなると主張している。
(38) a. 僕は花子に本を買ってやった。
b. 僕は花子に戸を開けてやった。
c. 僕は花子に布団を敷いてやった。
d. ? 僕は花子に窓を開けてやった。
e. ? 僕は花子に布団を上げてやった。
f.*? 僕は花子に窓を磨いてやった。
g. * 僕は花子に戸を閉めてやった。
h. * 僕は花子にゴミを捨ててやった。
i. * 僕は花子に市場に行ってやった。
(Shibatani 1994: 43)
上記の (38) a-c はGIVEスキーマに合致し、授与行為に繋がっており、物の授与性が考 えられる状況であることから、受益構文として最も認められやすいものであるが、(38) d-i はGIVEスキーマから徐々に離れていくため、容認度が下がる。
また、Shibatani (1994) は主題役割構造 (thematic structure) を用い、GIVEスキーマと動 詞の合致性を以下のように示している。つまり、それぞれのGIVEスキーマにある役割は、
統語的にどのように表されるかについて示したものである。
33 (39)
やる ‘give’
< aα gα thα > α … thematic structure SU IO DO … functional structure
| | |
NP1-が NP2-に NP3-を … syntactic coding (where a = agent, g = goal, th = theme)
(Shibatani 1994 : 47)
更に、本動詞から補助動詞への意味の変化に関しては、Shibatani (1994) は、最初の段階 で変化したのは授与動詞の対象物の性質であるとしている。本動詞の場合、対象物は具体 物 (concrete object) であるが、補助動詞の場合、メタファー的拡張によって対象物は抽象 物である行為自体になっている (Shibatani 1994: 69-70)。この段階では本動詞のスキーマで 捉えられることから、本動詞の基本的な用法に近いといえる。Shibatani (1994) は、受益構 文において到達点の名詞句が授与の意味を含意している動詞と共起する場合、授与の出来 事が強調され、典型的な授与の出来事として考えられると述べている。このことから、典 型的な受益構文は授与の出来事を表すものであると考えられる。しかし、Shibatani (1994) は、自動詞が用いられており、GIVE スキーマから離れている場合でも、到達点である名 詞句を省略することによって受益構文として捉えられると指摘している。
以上のようにShibatani (1994) で提案している GIVEスキーマ及び主題役割構造では、
授与の行為や授与の場面で表される受益の出来事が説明できるが、日本語の授与動詞にお ける全ての構文が説明できるとはいえない。また、以下の例文のように授与の所有権の移 動に関わらない出来事でも授与補助動詞が用いられるが、GIVE スキーマでは説明できる か否かは不明である。
(40) 太郎は花子を褒めてくれた。
(41) 雨が降ってくれた。
(42) 何時間も寝てやろう!
34
Shibatani (1996) は、Shibatani (1994) によるGIVEスキーマ及び主題役割構造を用い、類
型論的に英語、インドネシア語、ドイツ語、中国語等様々な言語における受益構文に関す る考察をしている。Shibatani (1996) は、通言語的に分析することによってShibatani (1994) と同様に、受益構文は GIVE構文から生じており、GIVE スキーマ、つまり、授与性を表 す状況として捉えられやすい状況ほど受益構文として認められやすいと主張している。ま た、自動詞ベースの受益構文 (intransitive-based benefactive) は、GIVEスキーマとしては捉 えられにくいため、多くの言語では認められていないが、日本語のように到達点を表す名 詞句を省略することによって認められる言語も存在するとしている。これに関しては
Shibatani (1996) は以下の例文を取り上げ、説明している。
(43a) * 太郎は妻に死んでやった。
(43b)
(Shibatani 1996 : 188)
(44a) (妻12 のことを考えて) 太郎23 は死んでやった。
(44b)
(Shibatani 1996 : 190)
35
(43a) のように自動詞「死ぬ」が用いられており、到達点の役割 (g2) である「妻」を明
示化する場合、「やった」の g2 が存在するが、それに関わる授与性の対象物がないため、
主題役割構造に合致しておらず、受益構文としては認められない。これに対し、(44a) の ように到達点を省略している場合、それに関わる授与性の対象物が要求されなくなり、受 益構文として認められる。
上述のように、Shibatani (1994, 1996) では GIVEスキーマを提案しており、それに合致 しやすい状況ほど受益構文として認められやすいと指摘されている。すなわち、GIVE ス キーマが日本語の受益構文の典型的な構文であり、それに合致しにくいほどの状況は典型 的な状況から離れており、受益構文としては認められにくい。Shibatani (1994, 1996) によ るGIVEスキーマと主題役割構造を用いることは、確かに日本語のみならず、多数の言語 における受益構文の容認度を説明可能であるが、日本語の授与動詞の全ての構文が説明で きるとは言い難い。また、Shibatani (1994) は本動詞から補助動詞への拡張に関して言及し ているが、それは GIVEスキーマに近いもの、つまり、授与性を表す構文のみを説明する もので、上記の (40)-(42) のような文への拡張に関しては言及していない。
澤田 (2005) では、以下のようなLangackerによる「主体化」(Subjectification) という概 念に基づき、日本語の本動詞「くれる/やる」から補助動詞への文法化の過程を説明して おり、それぞれの段階における意味的・統語的特徴について考察をしている。Langacker
(1998: 75) による「主体化」の概念は以下のとおりである10。
主体化とは客体的な関係 (の一部) が消滅し、元々その中に内在していた主体 的関係がとり残されるという意味変化である。
(澤田2005: 442)
澤田 (2005) は、授与動詞の本動詞から補助動詞への主体化の過程に関して授与動詞は4 つの段階を経ており、最後の段階では「~てくれる」のみ成立できると主張している。そ れぞれの段階における項構造は以下のとおりである。
10 Langacker (1998: 71) による「主体化」という概念に関しては以下のとおりである。
“An objective relationship fades away, leaving behind a subjective relationship that was originally immanent in it.”
36 第1段階 Xが Yに Zを くれる/やる
第2段階 Xiが Yに [Xiが Zを V] てくれる/てやる 第3段階 Xiが [Xiが…V] てくれる/てやる
第4段階 [Xが V] てくれる/*てやる
(澤田2005: 445)
第1段階では、本動詞であり、物理的行為及び物の移動、物の授与者及び物の受領者、
主語が行為を行う意図、有情物の主語という要素が存在している。この段階は、客体的関 係であり、認知主体の視点や恩恵性に関わっているという主体的関係も持っている。第 2 段階では、本動詞から補助動詞へ拡張した段階であり、客体的な「物理的行為」の意味は 希薄化しているが、引き継がれており、主語の意図も保持されており、有情物の主語が残 っている。第3段階では、与格名詞句を項として取らず、物理的行為の意味が失われてい るが、主語の「意図性」は保持されており、有情物である主語が存在している。この段階 では「~てくれる」と「~てやる」が取る項の数は2つであり、「Xが」と「事象 (Xが…V) 」 である。「~てやる」は主体化がこの第3段階で止まっている。最後に、第4段階では、物 理的行為の意味及び主語の意図性は完全に失われており、使用される動詞は無意志動詞で ある。この段階における項の数は「事象 (XがV) 」の1つである。澤田 (2005: 445) はこ の段階の「~てくれる」は「『客体的関係』が希薄化した結果、『主体的関係』へと近づい ている」と指摘している。このように、「やる」は「くれる」と異なり、文法化が第4段階 までは発達しなかったと主張している。
以上のように、澤田 (2005) は、「~てくれる/~てやる」における文法化の段階を提案 しているが、それぞれの統語的・意味的特徴及び段階の変化の詳細に関しては言及してい ない。その後、澤田 (2014) は、構文的アプローチに基づき、日本語の授与動詞の分類を 行い、それぞれの構文の関係に関して考察している。また、澤田 (2014) は、通言語的に
「V + 授与動詞」という形式が用いられる言語における構文パターンを比較することによ って提案する構文型の分類方法の成果に関して考察している。
澤田 (2014) は統語構造を基準にし、(45) のように日本語の授与動詞を構文型に分類し た ( (45) の分類では「A型」は本動詞に、「B1型」、「B2型」、「B3型」は補助動詞に当て はまる)。澤田 (2014) は本動詞に内在する「物の授与性」「主語名詞句の恩恵を施す意図」
「前項動詞のクラス」という性質及び「授与動詞が取る項の数」の4つの基準に従ってB