第 4 章 日本語における授与動詞の多機能性
4.4 日本語の授与動詞における意味拡張に関する分析結果及び考察
4.4.2 日本語の授与動詞を含む構文の構文間の関連性
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「自然恩恵構文」は、「~てくれる」でのみ観察されたのに対し、「行為強調構文」は、「~
てあげる」と「~てやる」でのみ観察された。つまり、「自然恩恵構文」と「行為強調構文」
も、補助動詞によって使用頻度が異なることが分かる。これらの使用実態がどのように授 与動詞の拡張に反映されているか、また、これらの構文間の関連性に関しては4.4.2で述べ る。
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メトニミーによって本動詞にある性質から引き継がれたものだと考えられる。メトニミー によって本動詞の領域内にある意味の一部の意味に近接している領域がプロファイルされ る。すなわち、本動詞は、与え手が受け手に物体を移動させるという出来事の全体がプロ ファイルされているのに対し、「授与恩恵構文」は、メトニミーによって本動詞の出来事内 の物の移動経路がベース化され、出来事内の参与者がプロファイルされる。また、授与の 行為が受取人にとって利益/不利益ということにも関連しているが、本動詞である「授与 構文」では、それがプロファイルされていない。つまり、本動詞では恩恵性が背景化され ている。それに対して「授与恩恵構文」として用いられる際には、メトニミーによって恩 恵性の意味もプロファイルされている。
日本語の「授与構文」から「授与恩恵構文」への拡張は、Newman (1996) で指摘されて いる本動詞GIVEから受領者マーカーへの拡張と同様だと考えられる。Newman (1996: 212) では、GIVE動詞から受領者マーカー (recipient marker) へ拡張した際に、授与を表す本動 詞が ‘mail’ や ‘send’ 等のような移動動詞と共起し、その出来事内に受領者 (recipient) が 取り入られ、一つの構造として融合されると指摘されている。日本語の「授与恩恵構文」
も典型的に「送る」のような移動動詞と共起し、「作る」や「買う」のような作成動詞や獲 得動詞と共起する際に、出来事内に受領者がプロファイルされている。「授与恩恵構文」で は、移動の経路がプロファイされていないことにより、「教える」や「読む」等のような物 理的な移動の経路がない場合でも、抽象的な移動の経路が想定可能であれば、成立できる と考えられる。
本動詞である「授与構文」から「授与恩恵構文」への拡張を、以下の図のように示す
(Newman (1996: 216) による本動詞GIVEから受領者マーカーへの拡張を表す図に修正を
加えた)。図4-23に示すように、「授与構文」では、物の移動の経路がプロファイルされる ため、他の参与者と同様に太線で示しているのに対し、「授与恩恵構文」では、全ての参与 者がプロファイルされているが、その経路はプロファイルされないため、実線で示してい る。
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図4- 23 「授与構文」から「授与恩恵構文」への拡張
上述のように、「授与恩恵構文」は、「授与構文」と異なり、物や情報等の移動の経路が プロファイルされていない。これにより、受領者(受け手)がその物や情報等を受け取る/
受け取ったことが予測されるという意味が含意されていると考えられる。これに関しては、
澤田 (2007: 76) では、主語名詞句から与格名詞句への物の授与が成立していなくても、(82) のように、主語名詞句がその成立を意図していれば、この構文は適格であるが、(83) のよ うに、当該の物を相手に渡そうとする意図が相手に渡る直前まで継続していなければ、こ の構文は不適格となるとされている。
(82) 太郎は花子にピザを注文してあげた。
(83) *この万年筆は当初花子に買ってあげたのだが、気が変わり彼女に渡すのをやめた。
(澤田2007: 76)
これは英語の二重目的語構文に類似していると考えられる。英語の二重目的語構文にお いて以下の (84) のように、受取らなかったという否定文と共起すると矛盾が生じ、不自 然な文となる (濱田2016: 117)。
(84) ? I sent Mary the package, but she didn’t get it.
(濱田2016: 117)
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ここまで、意味的な側面についてメトニミープロセスが関わっていることについて論じ てきた。統語的変化に関しては、それに関わる一つのメカニズムは再分析である。本研究 では、本動詞として用いられる「授与構文」は、実際の言語使用において再分析のプロセ スによって「授与恩恵構文」が生じたと考えられる。「授与恩恵構文」では、授与性を表し、
典型的に「教える」や「送る」等の与格名詞句の項が要求する動詞が用いられる。その他 に、「作る」や「編む」等の作成動詞や「買う」や「とる」等の獲得動詞も用いられる。こ れは、これらの動詞と「くれる」「あげる」「やる」が連続動詞として用いられることによ って母語話者がこの事象を再分析し、2つの事象から1つの事象を表す「授与恩恵構文」
として捉えるからである。このことを以下の例文で示す。
(85) a. [花子は太郎に晩ご飯を作って] [ (太郎に) あげた]
b. [花子は太郎に晩ご飯を作ってあげた]
最初の段階では、(85a) のように、「あげる」が本動詞として用いられ、「晩ご飯を作る」
と「あげる」の2つの出来事が連続的に起こると解釈された。言語使用においてこの構文 が頻繁に使われることによって母語話者がこのような文を再分析し、(85b) のような 1 つ の出来事として解釈し、融合された構文として定着し、慣習化された。これは、2 つの出 来事が時間的に連続した行為として自然に結びつく (澤田2007: 78) といえる。本動詞であ る「くれる」「あげる」「やる」は、このような構文として頻繁に用いられることによって 構文が定着され、本動詞から補助動詞である「授与恩恵構文」へ拡張した。
これに関して、Creissels (2010) は、受益構文は再分析によって2つの節が1つの節とし て融合したことから生じたと指摘している。Creissels (2010: 48) は、日本語の例を挙げ、
以下の (86a) で見られるように、前節の動詞である「行く」が「テ」形として用いられ、
「行って」と「見る」の間に「映画を」の名詞句が挿入できるのに対し、(86b) では「書 いて」と「やる」の間には名詞句を挿入することは不可能であるとしている。すなわち、
(86b) は、1つの節として融合したことにより「書いて」と「やる」の間には名詞句が挿入
不可になったということである。
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(86) a. 町へ行って映画を見た。
b. 山田さんは田中さんに手紙を書いてやった。
(Creissels 2010: 48)
Radatzky & Smith (2010: 100) においても同様に、日本語の例を挙げて受益構文は、節連
鎖 (clause chaining) /動詞連鎖 (verb chaining) の構文から生じたと指摘されている。
(87) すしを作って太郎にあげた。(2節、項が挿入されていない)
(88) 太郎にすしを作ってあげた。(1節、項が挿入されている)
(Radatzky & Smith 2010: 100)
最初の段階では、(87) で見られるように、「作る」と「あげる」の2つの動詞が存在し、
それぞれの項が必要となる。しかし、「あげる」が文法化によって動詞に拘束され、補助動 詞として用いられる際には、(88) のように1節になり、構文上に項が挿入されているとさ れている。
「授与構文」から「授与恩恵構文」への拡張に関しては、プロトタイプである「授与構 文」から拡張したと考える。Langacker (1993) と山梨 (2009) の構文的拡張を表す図を参考 にし、以下の図4-24のように示す。
図4- 24 「授与構文」から「授与恩恵構文」への構文的拡張
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4.4.2.2 「授与恩恵構文」と「対象恩恵構文」
4.4.2.1で述べたように、「授与恩恵構文」では、動作主、間接的行為の受け手、対象物の
全ての参与者がプロファイルされる。一方で、「対象恩恵構文」では、授与性が失われてい るが、「授与恩恵構文」に内在する働きかけが保持されており、その働きかけは直接的行為 の受け手に向かっており、動作主と直接的行為の受け手がプロファイルされている。
これまでの先行研究の中で「対象恩恵構文」の意味拡張に関して指摘されているものは ほとんどない。本研究では、「対象恩恵構文」は、メタファーによって「授与恩恵構文」か ら拡張したと考える。「授与恩恵構文」では、授与性が含意されており、動作主の行為によ って受け手に物や情報等が移動することが描写される。一方、「対象恩恵構文」では、メタ ファーによって動作主の行為を物のように捉えており、それが受け手に直接向かっている ことを表す。この点で、「対象恩恵構文」は、「授与恩恵構文」と異なり、受け手が直接的 行為の受け手であり、恩恵の受け手としての役割も果たしている。
この拡張に関して、Radatzky & Smith (2010: 101) は、受益構文では、以下の (89) のよ うな授与動詞は、項が挿入されていない本動詞から、(90) のような与格名詞句の項が挿入 されている補助動詞へ発達しているという方向の他に、逆の方向、つまり、(90) のような 与格名詞句の項が挿入されている補助動詞から、(91) のような項が挿入されていない補助 動詞としての ‘affectedness construction’ への発達している方向が存在していると指摘して いる。
(89) すしを作って太郎にあげた。(2節、項が挿入されてない)
(90) 太郎にすしを作ってあげた。(1節、項が挿入されている)
(91) 一時間も太郎を待ってあげた。(1節、項が挿入されていない)
(Radatzky & Smith 2010: 100-101)
構文上では、授与性が失われていることから、恩恵の受け手は間接的行為の受け手から 直接的行為の受け手になり、「NP2ニ」の与格名詞句は無く、「NP2ヲ/ニ」のように目的 語の形で表される。授与動詞における与格名詞句である間接目的語から直接目的語へ変わ る現象は、タイ語や中国語の授与動詞でも観察されている。タイ語の授与動詞hâyは、文 法化によって基本的な意味を表す本動詞から前置詞へ拡張した。前置詞としての用法には、
与格名詞句を表すものが存在し、この用法から動作主が直接目的語に対して悪い影響を与
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え る こ と を 表 す 「 加 害 構 文 」(malefactive) へ 拡 張 し た と い う 現 象 が 存 在 し て い る (Dejthamrong 1971; Iwasaki 2008; Thepkanjana & Uehara 2008, 2015等)。このタイ語における
「加害構文」では、日本語の「対象恩恵構文」と同様に、動作主の影響を受ける人物を直 接目的語で表している (Thepkanjana & Uehara 2008等)。また、中国語における授与動詞gěi でも同様の現象が観察される (Radetzky & Smith 2010; Sanders & Uehara 2013等)。Sanders &
Uehara (2013) では、中国語の授与動詞 gěi の用法に「処置マーカー」(disposal marker) が
存在し、「処置マーカー」における動詞は他動詞であり、構文における受け手は、その他動 詞の直接目的語であることが指摘されている。
上述のような、文法化によって間接目的語から直接目的語への変更は、授与動詞のみな らず、方向動詞「来る」においても見られる現象である。澤田 (2009: 7) は、「行為の方向 付け」の「~てくる」は、話し手が (自己の心的領域内に「出現」した) 主語の行為を自 己に仕向けられた/仕掛けられた行為として心理的に捉えることを表すと指摘している。
この拡張された用法は、直接目的語に対して影響を与えるということを表し、受動構文に 置換可能だとしている (澤田2009: 8)。具体例は以下のとおりである。
(92) a. 私はヤクザに腕をねじられた。 b. ヤクザが私の腕をねじってきた。
(93) a. 私は太郎に口説かれた。 b. 太郎が私を口説いてきた。
(94) a. 私はヤクザに脅された。 b. ヤクザが私を脅してきた。
(澤田2009: 8)
澤田 (2009: 9) は、「行為の方向づけ」の「~てくる」は、話し手領域にいる人物 (典型 的には、話し手) の事象への関与の仕方により、大きくAタイプ・Bタイプ・Cタイプの 3 つのパターンに分けられると主張している。A タイプは、前項動詞が話し手領域にいる 人物への物の授与/移動を表すタイプであり、話し手領域にいる人物は物の受領者
(recipient) の意味役割を担い (例 (95) ) 、B タイプは、前項動詞が話し手領域にいる人物
に対する直接的な行為を表すタイプであり、話し手領域にいる人物は被動作主 (patient) の 意味役割を担い (例 (96) )、Cタイプは、前項動詞の行為から、話し手が間接的な影響を受 けることを表し、話し手は行為の影響を間接的に被る受影者である (例 (97) ) (澤田2009:
9)。それぞれのタイプの具体例は以下のとおりである。